その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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209話 死妖精(フィルヴィス・シャリア)(3/4)

 

 やや距離を置いて対峙する、二人の戦士。構えこそ見せてはいないものの未だ動きはなく、しかし一触即発と言える空気は緩まる気配を見せていない。

 

 互いに守るものがあり、護る者が居り、己の考えを信じている。例え互いの立場が入れ替わったとしても、それぞれは今の相手と同じ行動を取るだろう。

 故に妖精群団(エルフ・パーティー)の前に立ちはだかるは、青年とて尊敬するに値する戦う理由を持った、一人のエルフ。死地において魔石を埋め込まれ、傍から見ればロクでもない男に捕まってしまったという、その2点だけは運がなかった程度の話だ。

 

 相変わらず思った内容を口にするタカヒロの言葉にも、フィルヴィスは怒りの念を抱いていない。リヴェリアの後ろに居るエルフたちも、二人の言葉を受けてからは、フィルヴィスに向ける目を変えている。

 タカヒロが口にした内容は、全員が共感できるものだ。デュオニュソスの立ち位置にリヴェリアが居て、己がフィルヴィスの立ち位置に居ると仮定すれば、回答はすぐさま取り出せることだろう。

 

 

「……ヒューマンの言葉に、これほど惹かれる事になるとはな。できるならば、違う形で出会いたかったものだ」

 

 

 目を閉じてフッと鼻で笑い、フィルヴィスは続いてリヴェリアへと視線を向ける。凛とした誇り高き翡翠の姿は微塵も崩れず、彼によって少し進路が塞がれた先に居る至高の姿を、目にできるのは最後と思いながら深紅の瞳に焼き付けた。

 

 

 結末は、分かっている。相手の姿、18階層で一撃交えた実力は、精霊の分身を僅か数秒程度で屠った者と一致している。それ程の相手ならば、己との戦力差は明らかだ。

 

 

「正に、御身の光はリヴェリア様に相応しい。これからも、その姿を失わないでくれ」

 

 

 言葉と共に、彼女は短剣を鞘から抜く。周囲に溢れる魔力の量は瞬く間に膨れ上がり、臨戦態勢となってタカヒロを睨んでいた。

 いったい彼女はレベルいくつなのかと、エルフの者達も武器を取って警戒する。少なく見積もってレベル7に匹敵するのではないかという実力を前にして緊張が走り、後れを取らぬよう陣形を展開した。

 

 

「だが知っての通り、私とてここで引くわけにはいかない。最後の最後まで、足掻かせてもらう」

 

 

 彼女が見せる覚悟に対してタカヒロが返す言葉は1つもなく、少し腰を落として、左手に持つ、くたびれたような黄金色の盾を前に出す。幻影が掛けられている右手の盾は僅かに持ち上げられ、ピタリと石造のように静止した。

 どうでもいい戦闘においては絶対に示すことのない、ウォーロード特有の交戦体勢。万物を粉砕し如何なる苦境をも吹き飛ばす戦士の姿は、突破できぬ頂を同時に示す。

 

 星座の恩恵や過度の報復ダメージを使う予定は無いものの、それは相手の戦士が示す覚悟を受け取るため。全力をもって相手に挑むことも、確かに敬意の1つだろう。

 しかし、今のタカヒロにとってのフィルヴィスとなれば話は別。幾度にも刃を交わした上で屠る、記憶に残るべき一人のエルフだ。

 

 

「リヴェリア様のお相手……確かタカヒロと言ったな、最後に聞かせてくれ。このオラリオという街が無くなる事をどの様に思い、戦いに臨んでいる」

 

 

 かつてオリヴァスという男が口にしていた、都市(オラリオ)の破壊。行儀の悪い子供が口にする「殺す」程度の気軽さで捉えていた彼だったが、それを目論む“闇派閥”なるグループが居ることは確定的に明らかだ。

 それによって引き起こされる大問題は、ダンジョンに居るモンスターが地上へと溢れること。恩恵を貰っていない者ならば例えコボルトを相手にしても死は免れず、中層付近のモンスターが出現すれば、レベル2でも同様だ。

 

 

 青年は、似たような惨状を知っている。その未曾有と呼べる大災害は、今後数世紀にわたり、人々の心に焼き付くだろう。

 

 

 ――――GrimDawn(過酷な夜明け)。とある大陸全土において、人類が滅亡する危機を表した名称だ。

 

 その地域に居た生きとし生ける人々は、イセリアルという未知の存在に蝕まれた。生命の身体を乗っ取り、身体を造り替え、憑依体として使役し戦わせる異界の存在、イセリアル。

 立ち向かった戦士たちのなかで損傷を負った者は生きたまま脳を支配され、精神を犯され、身体の自由を奪われ操られ。イセリアルの力により強大な力を得て。

 

 

 同僚を。友を。愛する家族を、その手で(あや)めた。

 

 

 対抗するために人類の一部が暴走し、毒を以て毒を制す手段を選び、クトーニックと呼ばれる血の存在を召喚する。立ち向かった戦士たちのなかで負けた者は生き血を吸われ、クトーンと呼ばれる手足の生えたフナムシのようなおぞましいモンスターの姿に成り――――これもまた、愛する家族すらにも襲い掛かった。

 二つの人間だった存在は最早敵であるために衝突し、最大勢力を誇っていた帝国すらも崩壊し、便乗で盗賊の類も台頭を見せるなど治安は悪化する一方だ。突然変異で巨大化、凶暴化した獣も蔓延るなど、様相もまた混沌を極め続けている。

 

 またある者達はアンデッドに、ある者達はエンピリオンと呼ばれる原初の光に縋り。なんとかして地獄に立ち向かおうと、“死の目覚め修道会”、“カイモンの選民”となり立ち上がった。

 しかし、宗教あるところに戦争を起こしてしまうのが人間である。目的は同じはずの二つの組織は考えや信仰の違いにより、互いに殺し合う様相を見せたのだ。

 

 

 これだけでも極一部であり全てではないものの、1つの大陸で生じ、世界規模へと広がった大狂乱。過酷の文字こそ付いているが、後に“夜明け”と呼ばれることになった理由は、他ならぬそこの自称一般人が、この世紀末に終焉をもたらしたためである。

 

 沸き上がったアンデッドを抹殺し、

 暴走した宗教団体を抹殺し、

 混乱に乗じて悪事を働く盗賊集団を抹殺し、

 突然変異したビーストを抹殺し、

 イセリアルに乗っ取られ取り返しのつかなくなった人類を抹殺し、

 クトーニックと化したかつての同胞を抹殺し、

 最後の足掻きに召喚された“ログボリアン”を筆頭とするセレスチャルすらをも完膚なきまでに抹殺し――――

 

 

 そして終わらせた過酷、迎えた夜明け。傍から彼の行動を見たならば、そんなストーリーが組み上がって幕が降ろされる事だろう。

 その男が英雄となるか、勇者となるか。表現の手法は異なれど、第三者が向ける瞳は輝かしく、畏怖と敬意を抱くはずだ。

 

 

 無論、実態としては「強い敵を倒して強い装備を得る!!」という彼の(正義)の下で行われた“結果”に過ぎない。そのような真実を知って誰が得するワケでもなし、闇に葬るべき真相だ。よもや、一度討伐した神を“己の手で召喚”して再び殺しているなどと、記録したところで信じる者は居ないだろう。

 

 

 ともあれ、この世界にはイセリアルとクトーンこそ居ないようだが、ダンジョンに蔓延るモンスターは数知れず。地上に住まう本当の一般人では手も足も出ないそれらが解き放たれれば、狂乱の世になることは明白である。

 

 

 

――――ならば自分がオラリオに来たのは、この野望を阻止するためか。

 

 

 

 そうなのかと虚無に問いを投げたことがあるも、応えるモノなど何もない。精々、ウラノスという神から協力を仰がれた程度のことだ。

 故に、決定するのは青年自身。報酬と聞かされた装備について期待できない事もあり正直なところ興味は薄かったが、オラリオの破壊を目論むと主張する“闇派閥”に対してどのように向かうかは、自分自身に委ねられていた。

 

 一年ほど前においては放り出されたような立ち位置だったことは、もはや記憶に懐かしい。右も左もわからず成り行きで派閥(ファミリア)に入り、成り行きで弟子を取ったことも、今や少し前の話になる。

 そして様々な人物と出会い、己が変わっていくことを実感した。もしここで装備がドロップするケアンの地に戻されたところで、「オラリオに戻せ」と、神の住まう地域に喧嘩を売りに行くことは容易に想像することができる程の変化である。

 

 

「――――この街が無くなる、か」

 

 

 葉から雫が落ちるように、言葉が小さく呟かれた。

 

 

 全くもって気乗りしない、消滅の結果。いまだ1年という月日も経っていないが、様々な理由で愛着のある街になっていた。

 加えて、今回はチャンスがある。かつてケアンの地においては事件発生から随分と経ってからの参戦だが、此度は未遂の段階だ。

 

 守るべき理由はあるか。男にとって、オラリオとはどのような街か。

 

 かつての戦う理由であった装備に関してだけでも、この街で装備を更新して、数値上は圧倒的に強くなった。それこそ元の装備など比較にならない程であり、ステイタスでいうところのレベルが上がったと言っても過言は無い。

 鍛冶を司る神に作ってもらった、至高の一品。己のビルドにおいて、決して外れることのない装備の数々であることは明白と言えるだろう。

 

 

 だがしかし、それを向ける相手は居ない。本気を出すべき相手など、今のところは何処にも居ないのが現状だ。

 

 

 それでも、本気を出せぬことなど大した問題ではない。いつか遠い未来、例えばダンジョンがなくなり魔石の生産ができなくなったとすれば、オラリオという街が衰退して滅ぶこともあるだろう。

 だがそれは、今ここで闇派閥の手によって引き起こされるものではない。リヴェリア・リヨス・アールヴと出会ったこの街が無くなると考えるだけで怒りの感情が沸き起こり、思わずセレスチャル(破壊神キャラガドラ)を降臨させて八つ当たり(タイムアタック)したくなってしまう。本当に八つ当たり以外の何物でもないという酷い内容なのはご愛敬だ。

 

 

「……思い浮かべるだけで、はらわたが煮えくり返る。今の自分にとっては、最も大きな戦う理由の1つだろう」

 

 

 故に相手が何者であろうとも、それこそエルフだろうとも行うことは変わらない。相手を殺すという明確な殺気が膨れ上がり、フィルヴィスは眉間に深いシワを作ってゴクリと唾を飲んだ。

 それこそ“彼女”ですら、まったく比較にならない程の強者。フィルヴィスが生きてきた中で、最も強い相手と断言することができるのは明らかだ。

 

 

 そして、あのリヴェリア・リヨス・アールヴに答えを授けたと受け取れる程の人物。未だ不明な点がいくつも存在しているが、そんなことは些細なものだ。

 こうして言葉を交わしただけとはいえ、この者ならばリヴェリア様に相応しい。フィルヴィスは、そのような答えを抱くこととなる。

 

 

 互いの正義(答え)は明白だ。残るは、己が抱く決死の覚悟を示すだけであり――――

 

 

 

「相手にとって、不足なし。類稀な強さを誇る戦士よ、エルフの魔法剣士は手強(てごわ)いぞ?」

 

「真の強者となれば望むところだが、王の盾を崩せるか?」

 

 

 

――――この期に及んでも、まだそのような言葉を掛けてくれるのか。

 

 ふと口元が優しく緩み、紅の瞳が静かに閉じる。怪人と成り果て、死妖精と囁かれ、ほぼ全ての同胞から貶された数年間の記憶が蘇った。

 あの時に手を差し伸べてくれた者が目の前の彼だったならばと、“もしも”の未来を脳裏に浮かべた。ならばオラリオとの付き合いも変わっており、友と楽しい毎日を過ごすことが出来たのだろうかと想い耽る。

 

 

 嗚呼、そんな未来があったならばと、心中で後悔を小さく呟き。フィルヴィスはリヴェリアやタカヒロと決別するため、閉じた瞳をゆっくり開くと――――

 

 

 

 

 

「っ――――!?」

 

 

 

 

 

 両手を広げて駆け出し己へと向かう、細く可憐で小さな友の背中。山吹色の長いポニーテールを揺らした上で必死な様相を隠せておらず、己では絶対に敵わないと知る戦士の前に立ち塞がる。

 何故、全く理由が分からない。彼女に隠されるフィルヴィスは、思わず山吹色の後頭部に向けて名前を叫んでいた。

 

 

「れ、レフィーヤ!?」

「レフィーヤ、何を!」

 

 

 師であるリヴェリアもまた瞳に力を入れて、少し強い口調で名を呼んでいる。間接的に“馬鹿な真似は止せ”というニュアンスが現れてしまっており、アリシアなども同様の言葉でレフィーヤの名を呼んでいた。

 もちろんレフィーヤは感情論で動いているワケではなく、明確な戦う理由を掲げている。今この場でフィルヴィスの味方につくならば、足元すらも絶対に越えられない存在と命を賭けて戦う事になるなど言われなくとも分かっている。

 

 

「……レフィーヤ君、盟友を想う気持ちは大切だ。だがしかし、己が立つ場所と意味を分かっての行動か?」

「ヒッ……!!」

 

 

 だからこそタカヒロは、オレロンの激怒を発動させて覚悟を問う。レフィーヤとて前方からリヴェリア達の言葉が、背中からフィルヴィスの開いた眼と強い声が届いているが、どうやらそれらに耳を傾けている余裕もない様子だ。

 

 

「レフィーヤ、タカヒロの言う通りだ!」

「戻れレフィーヤ!早く!!」

 

 

 レフィーヤ自身にとって彼は味方であるはずなのに、こうして真っ向から対峙するだけで目が見開き、手足が大きく震え冷や汗が溢れ出す。正面より突き刺さる強大な絶望の二文字から逃れる手段がないなど、第三者が目にしても容易に分かる事だ。

 

 かつてメレンの地においてアマゾネス達に、そして酒による暴走からヘスティアに与えられた、背後から首筋に添えられる死神の大鎌そのもの。少し前に経験した60階層が与えてくる死の恐怖など、今ならば、まるで赤子の如く思えるだろう。

 

 膝が震え、歯がカチカチと鳴り響く。縮こまる身体と僅かに仰け反る頭部に揺れる山吹色のポニーテールは、崩れ去る数秒前の様相だ。

 

 

 

 

 しかし――――

 

 

「――――ほう」

 

 

 それでも、気高き姿は崩れない。彼女は己に対して最大限の活を入れ、目に力を入れてタカヒロと対峙した。

 

 

 今ここで引かなければレフィーヤが単に負けるだけではなく、フィルヴィスに味方をすることで、今までの名声を全て投げ捨てることとなるのは明らかだ。そしてリヴェリアどころか、オラリオの全冒険者を敵に回すことなど言われずとも、レフィーヤは痛い程に分かっている。

 

 

 しかし同時に、ここで彼女を守らなければ、己にとって大切な心を失うことも痛い程に感じている。直接的に向き合って対峙しているのが例の一般人である為に流石に心が折れそうになっており、彼女は背を向けてフィルヴィスに向き直り凌ぐこととした。

 

 

 フィルヴィス・シャリアが闇派閥と知って、人ですらない怪人であると知って。それでもなおレフィーヤは、彼女のために華奢な身体を割り込ませる。

 薄青色の瞳は真っ直ぐフィルヴィスを捉えており、先の覚悟に伴う不安を隠しきれないのか口元は強く(つぐ)まれている。エルフらしい線の細い背中を目にしたタカヒロは、構えを解いて力を抜いた。




偉業ですね

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