その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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210話 死妖精(フィルヴィス・シャリア)(4/4)

 

 誰もが全く予測していなかった、少女の介入。突如として驚愕の感情が辺りを包む一方で、戦闘の気配もまた瞬時のうちに消え去った。

 

 フィルヴィスからすれば、ここでレフィーヤがオラリオの敵になる事など全くもって望んでいない。その考えが浮かぶ時点で既にディオニュソスと彼女()を秤にかけた時のバランスは決まっているのだが、その点に気づく余裕はないようだ。

 ともかく求めるのは、唯一の友であるレフィーヤの名声と言えるだろう。だからこそフィルヴィスは意識をレフィーヤへと向けており、声高に叫ぶこととなる。

 

 

「レフィーヤ、何故お前が此方につく!」

「私は今まで上手くお伝えできませんでしたけど、タカヒロさんも仰ったじゃないですか!フィルヴィスさんはフィルヴィスさんです!今までだって、ただ利用されていただけじゃないですか!!」

 

 

 いつか50階層で耳にした、ベルが口にした事と同じ意味の言葉。片眉を僅かに動かして反応したタカヒロは、当時の光景を脳裏に浮かべている。

 

 己が失ってしまった、純粋な心。ケアンの地において“戦いを楽しむ”と言っては語弊もあるだろうが、必死になって只々強くなる道を模索していた過去を、タカヒロは思い返している。

 “がむしゃら”の向けられる方向こそ全く違うが、ベルやレフィーヤは、持ち得る“優しさ”に向けている。名実ともに咎人となるフィルヴィスに対して優しさを向けることについては賛否もあるだろうが、相手がただ利用されている事実が無いならば、二人とてその感情を向けることは無いだろう。

 

 

「確かにレフィーヤ君が言う通り、君が抱いている負の部分は“穢れ”ではない。表現するならば、“(かげ)”とでも言ったところだろう」

 

 

 自分の言葉は届かなかったけれど、純粋で優しい心に影響されたのか。タカヒロもまた彼女を救えないかという感情を抱きなおし、レフィーヤの援護に回る。

 思わぬ援護射撃を耳にして、少し目を見開いたレフィーヤが振り返った。目深なフードで表情こそは伺えないが、そこに戦う気配は欠片もない。

 

 

「冒険者殺し、か。オラリオの過去においては、ファミリア同士の抗争や戦争遊戯(ウォーゲーム)において多数の冒険者が命を落としている。並べ比べた時の違いは、自分には分からないな」

 

 

 だとしても、殺しは殺し、とも言えるだろう。行ってはいけないと決められているならば、定められた処罰に従う事が道理である。彼女が行った殺人が公に出たならば、決して許されることではない。

 

 

「君は進むべき道を誤った、だからこそ残された道は一つだけ。それは己の犯してきた罪を償い、オラリオの為に生きる道だろう」

 

 

 彼女が命を奪った者。その者達にも、守りたいものがあったはずだ。その全てに対して償うことは物理的にも不可能だろうが、道があるとすれば、それは先程彼が答えた内容だけ。

 更に目を細めるフィルヴィスだが、己が怪人であり人を殺めたことがある以上、己が穢れているという決定は変わらないらしい。そのために、口から出てくる言葉も変わらずだ。

 

 

「その例えだとしても、(かげ)である私と、光であるレフィーヤは」

「光が生まれることで(かげ)が出来るのは自然の理だろう。並行詠唱を覚え第一級冒険者への道を歩み始めたレフィーヤ君が放つ光は、まさに君が作ったものではないか」

 

 

 ああ言えば、こう返される。だがしかし、その返しを受け取ってみれば肩の荷が下りることもまた事実だ。

 フィルヴィスは思い返す。レフィーヤと知り合ってから今に至るまで、彼女から貰ったのは暖かい言葉ばかりではないか。それらの言葉は、差し伸べられた救いの手と何が違うと言うのかと疑問に至る。

 

 

 

 遠ざけていたのは、この手ではないかと。レフィーヤをはじめとして差し伸べられた幾つかの手を振り払っていたのは他ならない己ではないかと、フィルヴィスは答えの一つに辿り着いた。

 

 

 

「お前は独りではない、よき友が居るではないか。だというのに穢れた身だと自身を貶すとは、お前を救おうと真摯(しんし)に応えているレフィーヤまでも侮辱することとなるぞ」

 

 

 据わった口調の中に優しさが見える、リヴェリアが発する玲瓏(れいろう)な言葉。愛弟子の覚悟を受け取った師もまた、相方と共に援護に回る。

 それと主神ディオニュソスを天秤にかけてはいけないと、随分と小さくなったもう一人の彼女が反発の姿勢を崩さない。地獄の底へと差し伸ばしてくれた手を忘れてはならないと、途切れることなく感情に訴えかける。

 

 

 一方で。己の抱く心境が明らかに変わったと感じる、もう一人のフィルヴィスが居ることもまた事実。

 

 

 フィルヴィスは、怖かった。かつて差し伸べられた手を忘れてしまって良いのかと、そして掲げた戦う理由を捨ててしまって良いのかと、心の中で自問自答を繰り返す。

 心から抱く不安は、そのまま自然と言葉に現れる。その事象に対して思い当たることがあるのか、今度はタカヒロが口を開いた。

 

 

「冒険者とは、戦いの中に身を投じる者を指す言葉。月日が経てば、掲げた正義や戦う理由が変わっていく事もあるだろう」

「……分からない。そのようなことが、起こると言うのか」

万物流転(ばんぶつるてん)装備(ひと)とは遷り変わるモノだ。未来永劫において不滅なモノなど存在しない」

 

 

 かつて装備のために戦ってきた男が経験した、最近の出来事。完全に消滅してこそいないものの、オラリオに来てから生まれた別の理由が大きなウェイトを占めているのまた事実だ。

 なお“ひと”と表現しているが、“そうび”や“ビルド”と読むこともできるのはご愛敬。最良と疑って信じない装備やビルドにおいても、何かしらの改良点はあるものなのだ。だからこそ妖怪ソウビオイテケが出現し、日刊で神々が犠牲になっている土地もある。

 

 

「モンスターとは只同じことを繰り返す存在であることは知っているだろう。一方で、例え僅かながらも変化が生じている事こそが、君が怪物(モンスター)に堕ちていない決定的な証明だ」

 

 

 ただひたすらに他の生命を殺し、地上を目指す怪物(モンスター)。異端児やジャガ丸など一部のイレギュラーは対象外なれど、モンスターが持ち得る思考回路は基本として不変である。

 

 突き詰めたならば、疑念や矛盾も生まれるだろう。しかしフィルヴィスにとっては、問題に値しない些細な事だ。

 今の一文だけでも、彼女がどれだけ救われたかは定かではない。そして動きつつある彼女の心は加速を始めており、タカヒロは続けざまに言葉を掛ける。

 

 

「決して裏切る訳ではない。心から仕えたいと思った主が、心から支えたいと思う者が道を踏み外し戻れぬと言うならば、引導を渡してやるのも立派な忠義の一つだろう」

 

 

 フィルヴィスが考えもしなかった、一つの道。とはいえ身もふたもない表現をするならば、“物は言いよう”である。

 示された一つの考えに対して、言葉や表情で答えることはできない。定まりつつあるものの不安定な彼女の心には、決定打が欠けている。

 

 こればかりは、他種族のタカヒロや少女レフィーヤが持ち合わせていない内容だ。直後、タカヒロの横から玲瓏な声が届けられる。

 

 

「あまり大層な事は言えないが、お前よりも長く生きた者として、一つだけ言わせてくれ」

「なんなりと」

 

 

 フィルヴィスとリヴェリア。死に至るまで忘れはしない事が起きた過去ではなく、前へと向けられた二人の視線が強く交わる。

 

 

「かつての者がくれた答えだけが、お前にとっての唯一ではない。世界は広いぞ、フィルヴィス・シャリア」

 

 

 世界を見るために己の生まれ故郷アルヴの森を飛び出した、エルフの王女。その者から出された一言が、最終的な決定打の一つとなったと言って過言は無いだろう。

 

 タカヒロの言葉では届かなかった。レフィーヤでは上手く表すことができなかった。もちろんリヴェリアが言葉を掛けたとしても、それだけでは彼女の決意を揺るがすには程遠い。

 

 三人が揃っていたからこそ成し遂げた、フィルヴィスに本当に必要な救いの手。その決定が間違っていたかどうかは、今後の彼女が示す行動に左右されることだろう。

 何事に対しても、正解かどうかなど、結局は事が済んでみなければ分からない。少なくとも手を差し伸べた三名は、各々が抱く考えが正しいと信じている。

 

 

 やや瞳を閉じて、フィルヴィスはオーブを見つめている。映し出されている問答は未だ終わりを見せていないのか、緊迫した様相が感じ取れた。

 緊迫しているのは、彼女の心とて同じこと。ぎゅっと胸元で拳を握る彼女の視線は自然とレフィーヤへと向いており、レフィーヤは穏やかな口元のまま瞳に力を入れて軽く頷く。

 

 紅の瞳は、再びオーブへと向けられる。そしてフィルヴィスは意を決して、静かに口を開いた。

 

 

「……ディオニュソス様。あの時、私は、貴方の言葉に救われた。これは、間違いのない事実です。一度は手を差し伸べてくださり、感謝します」

 

 

 されどオーブに映る男の姿は、彼女がよく知る神とは程遠い。フィルヴィスを助けた、手を差し伸べた主神の姿は、欠片も残っていないのが実情だ。

 ただ己の欲に溺れる快楽主義者であり、一般論としては神という名で呼ぶにもおこがましい。故に己を救ってくれた主神とは別モノだと、フィルヴィスは決定を下している。

 

 

「……さようなら、ディオニュソス様。これから私は、罪を償う道を歩んで参ります」

 

 

 エルフらしく、凛とした姿勢と口調で出された別れの言葉。主神ディオニュソスのために戦うという正義はここに降ろされ、彼女の旅路は区切りを迎えることとなった。

 水晶に向けられる瞳、睫毛は伏せられ表情に影を落とす。己が生まれて初めて本気で好意を抱いたが故に、少し残ってしまった悲しみと未練が表れているのだろう。

 

 それでも、彼女が抱いた決別の覚悟は変わらない。ディオニュソスの為に戦う覚悟を抱いた時と同じく、此度の覚悟もまた強いものがある。

 

 言葉通り、罪を償いながらオラリオに住まう人々の為に生きる道。それは決して、生易しいものではないだろう。

 それでもエルフの名に恥じぬが如く、フィルヴィスの決意は固く、強く気高い。短刀をホルスターに仕舞ってレフィーヤに手渡し、両手を上げた。

 

 

 リヴェリアを先頭として大勢のエルフが、彼女へと歩みを進めていく。

 

 

 穢れていると罵る為ではなく、決意を新たに償いの道を歩もうとしている同胞を励ます為。言葉数は非常に少ないが各々が見せる表情が全てを物語っており、フィルヴィスにとっては、それだけでも暖かさを感じ取れる様相だ。

 

 

 しかし一方で、どう足掻いても覆す事が出来ない点がある。彼女は前に立っているリヴェリアに対し、率直に問題点を投げかけた。

 

 

「ですがリヴェリア様。ご存知の通り、この身は怪人に堕ちた存在です。そのような私が、オラリオの地上で暮らすなど……」

「ああ、それなら人の身に戻せるぞ?」

 

 

 リヴェリアの横に居た経験者は、相方が答えに詰まるだろうと予測して自ら語る。自称一般人は息をするかの如く、一帯を疑問符で埋め尽くす爆弾を投下していた。

 

 

「……は?」

「え?」

「……タカヒロさん?」

 

 

 その男にとっては、あくまで“普通”かもしれないが。全員にとって遥か斜め上、それも成層圏を行く程の異端具合。

 空気の二文字を完全に破壊して周りに居た全エルフの視線を集めてしまった青年は、フードの下で視線を右往左往。最も頼れそうなリヴェリアが物言いたげなジト目を向けてきているために、頼れる確率はゼロだろう。

 

 

 そんな状況を打破する為ではないが、オーブから、またもやロキやヘルメス、そしてディオニュソスの声が響き始める。見える・見えないはさておいてエルフたちの視線も自然と集まり、辺りは再び静寂に包まれていた。

 どうやら一時的に通信が切れていた間も、何かしらの話し合いが行われていたらしい。ディオニュソスは、あくまでもゲーム感覚の様相を示している。

 

 

「7年前と同じ轍は踏まない。今日にでも“前哨戦”と行こうではないか、では私自らが声明を出してやろう」

 

 

 相も変わらず余裕差を振りまくディオニュソス。そんなエニュオという存在が闇派閥に対して指示していた内容は――――

 

 

「オラリオにおける二大鍛冶屋である、ゴブニュ、ヘファイストス・ファミリアから狙いを」

 

 

 一番やっちゃイケナイことを、やろうとしている様相だ。間髪入れずに、ヘルメスとロキが反論する。

 

 

「やめろディオニュソス!それだけは、それだけは絶対にやっちゃダメだ!!!」

「おどれ何さらそうとしとんじゃ考え直さんかい!!このままやとオラリオが滅んでまうわ!!」

「ふはははははははは!!!藻掻け苦しめ、絶望を抱け!貴様等神々も、滅びの運命に怯えるのだ!!」

 

 

 なお、オラリオが滅ぶという言い回しは、誰が何をするとは書かれていない。ロキとヘルメスが見せるあまりの慌てように、ディオニュソスは勝利を信じて余韻に浸っている。

 目の前に居る二人の神、ヘルメスとロキの表情は絶望そのものと言って良い程のものであり、顔面は蒼白だ。目を見開いて必死になって叫ぶ様相は、ディオニュソスからすれば非常に気分が良い光景だろう。

 

 もちろんロキもヘルメスも、別に闇派閥が動いたところで何かが起こるとは思っていない。レベル7へと昇格したロキ・ファミリアの3人やフレイヤ・ファミリアの猛者など、ロキが知る視点においても簡単に負ける要素は見当たらない。

 ウラノス繋がりでヘルメスが知っているレヴィスやジャガ丸という隠れた存在も加えれば、その傾向は猶更だ。ヘルメスはロキ・ファミリアなどのことも知っているために、負けると考える要素は輪をかけて低くなっている。

 

 

 ではなぜ両者ともに、先の表情で先の言葉が出てきたのか。勿論、理由は非常かつ非情に単純である。

 

 

 大好きなエルフたちと一緒に映像を見ている、一人の自称一般人。もし仮に此度の戦いが幕を開けた際にオラリオが滅ぶ要因は敵ではなく、まさかの味方にあったのだ。

 

 

「……オラリオに蔓延る虫けら風情が。今回は、間違った獲物を選んだな(攻撃)」

 

 

 己の望む装備の数々を作ってくれたヘファイストス、及びそのファミリア。そこを名指しで襲撃すると宣言された以上、装備キチが黙っていることなど在り得ない。

 良くも悪くも“フィルヴィスを人の身に戻せる”という言葉が消し飛んでいる程の、凄まじい殺気。相も変わらずローエルフだけは惚気ているのだが、他のエルフ達は完全に後退りしてしまっている状況だ。

 

 

「タ、タカヒロさん。闇派閥の戦力は強大だ。いくら御身が強いとて、奴ら全てを相手にするのは……」

「なに、腹を割って話すだけだ」

 

 

 腹を割って(物理)な気分。割ったところで中に誰もいないだろう。

 

 フィルヴィスの忠告も何のその、そもそも負ける気など皆無である。珍しい“激おこ”な装備キチとマトモにお話しできるのは、それこそリヴェリアぐらいの者だろう。

 ちなみにだが、これは7年前の大抗争においても使われた敵の戦術の一つ。故に今回も予測していたロキ・ファミリアは、表向きは知らない様相を示しつつも、ベルやアイズといった主戦力をシッカリと配置済み。

 

 なお、それでも暴れかねない約一名については、リヴェリアがアイズ達の対応を含めてリアルタイムで説得中。彼女に言われてはどうしようもなく、タカヒロはフンと鼻息を見せ呟いてヘソを曲げていた。

 色々と理由があり、計画段階で一人だけノケモノにされていたのはご愛敬。しかし、ヘファイストス・ファミリアへの襲撃という事実が分かれば、その男は味方の作戦を考慮に入れず真っ先に行動を起こしていた事だろう。

 

 

 

 

 色々とあったものの、闇派閥の目論見は失敗に終わり、その者等の暗躍が地表へと露呈する。なんだかんだで予定外に生じた混乱――――具体的には、自称一般人が暴走するという危機に対し、具体的な名前やヤバさを伏せながら言い合ったからこそ上手く伝わらず、言葉による取っ組み合いに発展したロキとヘルメス。

 

 誰のせいかとなれば、誰のせいと決めつける事は難しい。そんな混乱に乗じて逃げ出したディオニュソスも含め、ディオニュソス・ファミリアに対してギルドによる調査のメスが入ることとなった。

 




運命「もうちょっと足掻いて見せて!」

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