その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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211話 死常識(ヘスティア・ファミリア)

 

 闇派閥の撲滅という名の、大義名分。その効力は凄まじいものがあり、実質的な強制ミッションとなって、様々なファミリアが動き回っている。

 しかしながら極一部においては、何故だか反発の動きもある。闇派閥と水面下で結託して甘い汁を啜っていた者達であり、これを機に白黒を付けたいギルドは、何かあれば強気の対処を行うらしい。

 

 ガネーシャ・ファミリアによりディオニュソス・ファミリアの家宅捜索の類も行われたが、もぬけの殻。通常ならばファミリアの誰か一人でも居そうなものだが、これには大きな理由があった。

 

 まず、事実を知ったディオニュソス・ファミリアの者達が一斉に離反。ギルドへと身柄の保護を求めに来ており、団長のフィルヴィスについてはロキ・ファミリアが保護した事として公表されている。

 幸か不幸か、もともとフィルヴィスは同じ団員の者からも毛嫌いされていた事と、その実態はオラリオの冒険者にも広まっていた為に、なぜ彼女だけがロキ・ファミリアなのかという点について追求する者は居なかった。もし仮に疑義を唱えた所で、ロキが「なんや文句あるんかいな」とでも睨みを利かせれば終わるだろう。保護先の実態はロキ・ファミリアですらないのだが、やがて真実は明らかとなるかもしれない。

 

 ともあれ、このような場面で大きく出ることが可能な点については、オラリオ二大ファミリアの片方となるロキ・ファミリアが持ち得る名声だ。何故、どうやってなど、いちいち探りを入れているのは、闇派閥ぐらいのモノである。

 だからこそロキ・ファミリア側としてもヘスティア・ファミリアの情報を使って“釣り”を行ったり、色々と使えるパターンが多いようだ。ヘスティア・ファミリアの団員そのものを巻き込んでいないのは、主神ロキによる配慮となる。

 

 

 一歩ずつ、着々と闇派閥を追い詰めてきた。そして此度は、その親玉と言えるエニュオの正体に辿り着いた。

 

 

 予定外の最後によって生じた混乱もさることながら、ディオニュソスもまた逃走手段を用意していたのだろう。結果として取り逃がしてしまった結果だけは大手を振って喜べないが、これにて敵は明白となった。

 認識は、皆が共通。打つべき敵を心中で理解しつつ、ひとまずは、当時の状況をオラリオ全土に公表するらしい。

 

 

「そろそろ、映し出される頃かな」

「ああ」

 

 

 ロキ・ファミリアのホームである、黄昏の館。食堂の最前列に座るフィンと横に並ぶリヴェリアとガレスを筆頭に、かつての戦争遊戯(ウォーゲーム)の時のように、全員が映像を映し出す硝子(モニター)を見つめていた。

 

 

 始まるのは、ロキ・ヘルメスとディオニュソスによる問答、録画されたモノの再生だ。最初の方や途中の余計な部分はカットされた上で、例によってやや湾曲した編集となっているものの、フレイヤの水晶玉によって第三者からの視点ということも拍車をかけ、ロキとヘルメス側には緊迫した空気が伺える。

 ディオニュソスが抱いた真の目的をロキが暴いた時、見せた反応。気味悪いと表現できる声を耳にして、眷属の一部が身を震わせた。

 

 これがロキと同じ神かと疑問を抱き、否定し、目的を脳裏に思い返して強く憎む。誰一人として口には出さないものの、抱く心境は同一と表現して良いだろう。

 画面に映る状況は引き続きディオニュソスが余裕を見せており、その様相を崩さない。万が一に備えて影で待機しているロキとヘルメスの斥候もまた、自分達から先に飛び掛かるワケにもいかず、かと言って主神が襲われたならば取り返しがつかない為に、酷い緊張を崩せない。

 

 

 この点、実はロキは、襲われる点について危惧していない。何せディオニュソスが目論んでいるのはモンスターによる地上の虐殺であり、同時に、此度をゲームの感覚として捉えていると察知した為だ。

 それらはディオニュソスの言動から確信へと変わっており、一方で、相手が所持しているだろうカードが読めなくなる。最悪は7年前のレベル7冒険者のような隠し玉と睨んでいるが、それ以上のカードとて有り得るために、想像の域は青天井だ。

 

 

「私を殺したところで終わらんぞ?そうだロキ、得意だよな?ポーカーをしようではないか」

「ポーカー、やて……?」

 

 

 ゲーム感覚を例えるならば、このような一幕だ。確かに相手の心理を読むカードゲームのポーカーは、ロキが得意とする遊戯の一つである。

 とはいうもののロキは、何故ポーカーに例えられたのかが分からない。

 

 そもポーカーとは、トランプを使ったシンプルなゲームである。山札からカードを5枚引き、手札で役を作り優越を競うゲーム。

 しかしその裏で、最も重要なやり取りが発生する。「自分の手札は強いぞー」などとハッタリを効かせて、いかにして騙し、バトルフィールドから相手を下ろすゲームでもあるのだ。

 

 

 つまるところポーカーというゲームの根底は、真向からの心理戦。そして、“手持ちのカード”を使うゲームとなれば――――

 

 

「お前さんが揃えたコマはロイヤルストレートフラッシュ並。そんでもって絶対の自信がある、っちゅーワケか」

 

 

 睨みながら出されたロキの言葉に対し、ニヤリとでも表現するかの表情でディオニュソスは答えとした。答え合わせが必要か否かについては、語るまでもないだろう。何かと自慢したい年頃らしい。

 

 

 ともあれ映像は、ここで終了。幸いにもヘファイストス・ファミリア襲撃未遂についてのやり取りが表に出ることはなかったが、ディオニュソスの悪行を知れ渡らせるには十二分と言える。

 

 

 事実、既に反応は広がっており、一般の人々は、7年前の戦闘を思い出して恐怖に震える。

 冒険者を筆頭にファミリアの者たちは、闇派閥の悪行を許すまいと、心中に確かな正義を抱く。

 

 

 戦う理由は、人それぞれ。友を守る、家族を守る、オラリオそのものを守るなど、最も大切な対象は様々だ。

 

 

 それでも。各々にとって守るべきものは、確かにある。

 

 

 答えを貰った疾く風も、答えをくれた者やその仲間の力になるべく準備を進め。

 救いを貰った白巫女も、作戦と警戒の立案・検証に余念がない。

 

 

 それらを指揮するは、天界のトリックスター。加えて此度に起こるだろう抗争で相手から繰り出されるカードは、彼女にとっては想定外のモノが幾つもあるだろう。

 7年前の大抗争も、そうだった。だからこそ、万が一にフィンが想定していない抜け穴がないかと、ロキは自室で一人、様々な方面から検討を進めている。

 

 

「なぁディオニュソス、知ってたら教えてくれへんか」

 

 

 ウイスキーの注がれたグラスの氷がカランと鳴って、独り言と同じく木霊し消えてゆく。まるでこのあと行われる戦いと結末を現わしているかのようで、ロキの口元が軽く吊り上がる。

 彼女が下界に来てから、まず間違いなく一番面白いイレギュラー。ロキが愛する子供たちにとっての敵ではない為に、闇派閥陣営が向かえる結末を想像して愉悦に浸ってしまっている。

 

 なんせ、ほんの1年前には存在すらしていなかったヘスティア・ファミリアが所持する戦力は。今や桁外れたと表現するに等しく、オラリオどころか世界規模においても最強と言えるだろう。

 

 

 恐らく普通(立派な団長)、ベル・クラネル。

 自称、普通(自称一般人)、タカヒロ。

 比較的普通(推定一般人)、レヴィス。

 相対的普通(皆のペット)、ジャガーノート。

 

 

 役割だけを見れば火力しかいないという大きな問題もあるのだが、その火力の一つ一つですら、中堅ファミリアの1つと片手間で渡り合える程。弾幕はパワーとの言葉があるように、ようは消される前に燃やし尽くせば済む話だ。

 

 現時点では誰も知らない事象だが、実はこの中に“半径27メートルを誇る体力(ヘルス)精神力(マインド)の範囲回復持ち”も混じっている為に継続戦闘能力も十分に備えている。あくまでヘルス回復に限った話ではあるものの、オラリオ随一のヒーラーであるアミッドが持ち得る半径5mの回復魔法など、まさに比較にならない程のカバー範囲に匹敵する程だ。

 

 下3名との比較になってしまうベル・クラネルが、ロキには少しばかり不憫に思えて仕方がない。不本意ながらも今は格が違う程の存在ばかりなのだが、一方でオラリオの者達がベル・クラネルへと期待を寄せていることも大きな事実だ。

 なんせ当該4名の中で冒険者なのは彼だけであり、残りについては名前も知られていない程の存在なのだから、期待が偏るのも無理はない。そして全てを知っている――――つもりのロキは、ヘスティア・ファミリアに所属する4名の事を、次のように評価しているのだ。

 

 

「……ジョーカー4枚使(つこ)うて出来上がる役って、何なんやろな?」

 

 

=====

 

 

 一方、こちらもまた映像を目にしていたヘスティア・ファミリア。メンバーたちは食堂に集っており、ロキから借りていた投影用の少し大きな水晶を見つめている。

 全員が抱いた感想は、「絶対に阻止してやる」。オラリオを守ると言う正義は此処にも生まれ、ひいてはヘスティア・ファミリアのホームを絶対に守ると言う心中の正義へと成長する。

 

 

「……ディオニュソス。君は本当に、そこまで堕ちてしまったのかい」

 

 

 一方、冒険者とは違った心境を抱く者も居た。普段は元気さを振りまくツインテールも力なく垂れさがっており、水晶へと向けられる藍色の瞳が僅かな悲しさを抱いているのは、相手が誰であろうとも悲しみを感じ取ることが出来る善神である為だろう。

 ある程度は推測をロキから聞いていたヘスティアだが、こうして第三者の視点から見ると、相手が抱く狂気はより一層のこと強いものがある。天界で抱いた恐怖の感情が再び思い起こされ、負けじと右手に力を入れた。

 

 同郷の出身であり、オリンポスの座を譲った相手。映像に映るディオニュソスを見るヘスティアの表情に普段の陽気さは欠片もなく、滅多に現わさない悲しげに溢れている。

 例え明確な敵だろうともまず最初に相手の身や心を案ずる当たり、彼女の善神さが溢れている。後ろで見ているファミリアのメンバーも彼女の顔を目にして、掛ける言葉が見つからない。

 

 それでもオラリオの平和を守る為、戦う決意を心に抱いた。ロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアのメンバーと比べると抗争に慣れていないために、自分は足手まといになってしまうのではないかと考えている。

 例え無力と笑われたとしても、彼女は這いつくばってでもオラリオの為に戦うだろう。酒に溺れてひと悶着こそあったものの、他ならぬ眷属達と出会ったこの地を、彼女は誰よりも愛している。

 

 

 

 

 

 だというのに、そのすぐ後ろでは――――

 

 

 

 

 

「あああああ!レヴィスさん、それ僕が食べようとしていた唐揚げなのに!!」

「ふふふ、早い者勝ちだぞクラネル」

 

 

 お隣の領土から奪った唐揚げにフォークを突き刺し、背筋を伸ばしつつドヤ顔を披露する元怪人。ヘスティア・ファミリアに加入して以降は、現代の食事を心から堪能している。

 しかしながら、此度は状況が宜しくない。立ち上がって遺憾の意を口にするベル・クラネルだが、それも仕方のない事だろう。

 

 

「人の皿から盗る奴がいるか。ベル君、ジャガ丸、奪い返せ」

「よし、いくよジャガ丸!!」

■■■■(よっしゃぁ)――――!』

「お、おい待てクラネル、ジャガ丸!止まれ!!」

 

 

 右手にフォーク、左手に取り皿。戦闘態勢へとスイッチしたベル・クラネルは、どうやって持っているのかは不明なものの両手にナイフとフォークを掲げるジャガ丸と共に、お隣領土のレヴィスへと宣戦布告。

 食べ物の恨みは恐ろしいとは、随分と昔からある言い回しだ。勿論レヴィスも似たような言い回しは知っていることと、ベルとジャガ丸の目が本気である為に、何かと必死な様相を隠せない。

 

 

 とはいえ。この戯れが先の映像の最中に行われている点は、周囲の人間ならば百も承知だ。

 

 果たして堕ちたのは、どちらの事か。そもそもにおいて人や神の話なのか、はたまたヘスティア・ファミリアの常識そのものか。

 

 

「君たちさぁ……」

「……ホント、あの方々は常識が壊れていますね(平常通りですね)

 

 

 此方も此方で、一応は映像に目を通していたヘスティア・ファミリア。しかしレベルを上からソートした時の上位3名+ジャガ丸、ロキ曰く4枚のジョーカーは、全くもって興味の欠片も向けていない。

 名目上は、オラリオ防衛チームの切り札となるヘスティア・ファミリア。その主神である彼女と指揮官リリルカは心底から呆れながら、後ろに振り返りつつ女性にあるまじき破綻した表情を向けている。

 

 なお、先の唐揚げのやり取りにおける3番目の発言者。そもそもにおいてオラリオの破滅を阻止するためにウラノス達に協力しているはずなのだが、例によって装備が貰えない上に、リヴェリアとの暮らしが楽しくて興味が向けられていないという惚気事情。

 何気に最も大きなキーワードを握っているハイエルフ。そんなキーワードの人物を心から信頼しているために全く持って危機感が湧かないベルや、そもそも戦い以外には興味が湧かないレヴィスなど原因は様々だ。

 

 

「タカヒロ君達も見てただろ。あんな狂気を纏った神は、滅多に居るもんじゃないぜ……」

「……」

 

 

 流石に「見慣れている」とは返せないタカヒロは無言を決め込む。確かにケアンの地に居た者達と比べれば、今のディオニュソスですらも普通と呼べる域になるのだから無理もない。

 とはいえ、無言を貫けば怪しまれることだろう。故に何かしら口を開かなければならないと考えた言葉を口にした青年だが、回答として出された内容が問題だ。

 

 

「なに。命の危機に怯え死に至る迄が至高の時だと言うならば、その身でもって味わえばいい」

「僕は死にかけても笑うことなんて無かったですけどねー」

「気持ちのいいモノではないぞ、笑うなど(もっ)ての(ほか)だ」

 

 

 各々が感想を述べている、その横で。

 

 

■■■!■■■!(うまい!うまい!)

「ああああジャガ丸なんで全部食べてるの!?」

「なにっ!?」

 

 

 発言順に部外者、被害者ながらも未遂者、経験者、そしてモグモグ者は語る。味方と闇派閥の二つ、そのどちらが狂っているかを考えたヘスティアは、上回っている方が味方ではないかと考えて頭が痛くなったようだ。

 同時に、どのような鍛錬の果てにベルがここまで強くなったのかが分かってしまい、輪をかけて頭痛が酷くなる。胃薬の次は頭痛薬かと考えることが出来ているだけ、まだマトモな思考は残っていると言えるだろう。

 

 

 ある意味で、このまま彼等が無関心を貫く現実となれば、ディオニュソス陣営の勝利もコンマ数パーセント以下の確率で在り得たのかもしれない。とはいえ数日経たずにロキ・ファミリアが動きを見せる事を内々で知っているヘスティアは、やはりディオニュソス陣営の勝利を疑っている。

 

 そして、この期に及んでディオニュソスは相手の総戦力に気付いていない。もっとも何かと情報が制限されているために気付く要素がないのだが、その点はもはや運命の悪戯と呼べる域に達している。

 

 

 

 やがてディオニュソスは、嫌と言う程に思い知ることとなるだろう。イレギュラーという言葉のくくりにおいては双方ともに手札は同じロイヤルストレートフラッシュなのかもしれないが、相手の手札には複数のジョーカーが入っているということを。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 4枚目のジョーカーをドローし終えている神ヘスティアは、ターンエンドを宣言していないのだ。

 


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