その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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長くなったので2話に分割しました


212話 森は木を受け入れるのに最適

 

 オラリオにおける建造物のうち、もっとも有名であるものは、中心部にそびえる“バベルの塔”だろう。二番目は、恐らくはオラリオを囲う外壁が該当する。

 では三番目はどうかとなれば、ここからは人によって回答が変わりやすいはずだ。例えば冒険者ギルドの建造物、ガネーシャ渾身の銅像など、対象は様々。それでも、恐らくは大多数の者が口にする、有名な建造物が存在する。

 

 

 外観だけを見たならば、“オラリオという城下町に(そび)える古城”と比喩して差し支えない。増築に増築を重ね――――上方向への増築は少ない為に違法建築でこそないものの、存在感はオラリオにおいて随一だ。

 

 

 名前を、“黄昏の館”。オラリオで最も有名なファミリアの一つであるロキ・ファミリアのホームであり、数多の冒険者が住まう拠点でもある。

 相部屋でなければ全てのメンバーが収まりきらない一方、部屋数も非常に多くなっており、種類もまた多種多様。誰の個室にも該当しない場所も幾つかあり、実質的にリヴェリア・リヨス・アールヴが専用で使っている執務室も、その一つだ。

 

 

 黄昏の館にある、多目的を理由として造られた10畳ほどの部屋。ロキ・ファミリアらしく多少の装飾が目を引く長テーブルの左右に延びる4人掛けのソファそれぞれへ、二つの影が仰向けで倒れ込んだ。

 

 

「あ゙――――――、ごっつ疲れた……」

「本当だぜ……」

 

 

 そんな部屋に転がり込みソファにもたれかかって天を仰ぐ、二つの死体。仮に“死体”と比喩されようが、「神は死なず無限の存在」などという不変の事実を口にする元気もないらしい。

 なお、それを口にしたどこかの地方の神は、デイリーで屠られるという凄惨な現実と対面してしまった。「無限の存在なら、ドロップアイテムも無限に厳選できるね!」などという銀河の彼方レベルの考えを持つ輩が居るなど、永久を生きた神といえど想定できなかった事らしい。

 

 

 そんな変人(一般人)の言動はさておき、この二名は、どうやら質問攻めにあったらしくお疲れの模様。本丸御殿がロキで、ヘファイストス・ファミリアの拠点近くでヘスティア・ファミリアが共闘していた為に、ヘスティアにも飛び火した格好だ。

 

 

 そんなこんなで、二名には癒しの時間が必要。上体を起こしたロキはおもむろに、己の衣服であるチューブトップの内側、胸元へと右手を手首辺りまで突っ込むと――――

 

 

「疲れた時は、やっぱコレや」

 

 

 ――――今、どこから取り出した。貶しているワケではないが、あの超絶壁胸部(スーパーフラット)身体(スタイル)、かつ手のひらを広げた程度の幅しかないチューブトップのどこにワインボトル(ソレ)を格納していたのかとツッコミを入れる気力はヘスティアには残っておらず、結果として「また酒か」という感想に留まっている。

 

 

「どや、ヘスティアは飲まへんか?」

「遠慮しておくよ」

 

 

 ハァ、と、ヘスティアは疲れと共に肺の空気を天井に吐き出す。ボトルごと煽るロキを横目に捉え、再び天井をボンヤリと見つめていた。

 冷静かつ疲労が無ければ、得体の知れない空間から出てきたワインなど飲まない方が賢明と判断することも出来ただろう。結果としては同じところに着地しているとはいえ、ヘスティアとロキが疲れ切っていたのは、勿先のディオニュソスに関する騒動が原因であることは言うまでもない。

 

 ヘスティアとディオニュソスは天界で知己の仲だったこともあり、ロキとは違う意味で数多の質問攻めを受けた。とはいえ、ベル・クラネルという“ジョーカー”がいる為に、かつてのように軽々しい扱いを受けなかった点は、一年ほど前と大きく変わったところだろう。

 

 

 レベル1から4までの最速ランクアップ記録保持者、かつソーマ・ファミリアとアポロン・ファミリアの連合軍を単騎で叩き伏せた実績。それらは焦がれと名誉と共に、畏怖の感情を生んでいる。

 

 

「にしたかって、しつこい神が多くてかなわんわ。ウチかて全部が全部知っとるワケちゃうし、そもそも話せるかーっちゅうの」

「ボクもディオニュソスの事なら少しは知ってるけれど、フィルヴィス君の情報は分からないぜ」

「しつこかったなぁ。あの反応からして、連中、クロやろ」

 

 

 闇派閥、ディオニュソス。話題の中で大きかったこの二点だが、“特定の括り”、言い方を変えれば“とある理由によりギルドが目星を付けている連中”からは、先の二点よりも、ディオニュソス・ファミリアの団長であるフィルヴィス・シャリアの行方についての問答が続いていた。

 フィルヴィスとはディオニュソスに最も近い眷属であり、ディオニュソスがエニュオと判明した以上、闇派閥としては、フィルヴィスとはエニュオの側近と判断している。つまり闇派閥の事についても色々と情報を持っているワケで、闇派閥とパイプを持つ者からすれば、気が気で仕方ないだろう。

 

 何せ連中にとっては、どこでどのような爆弾が炸裂するか分からない状況なのだ。鍛えられた今のヘスティアが耳にしたならば「なーんだそんな事かい」と流す――――ような傲慢さを見せることは無いだろうが、何れにせよ、都合が悪い情報の塊であることに変わりは無い。

 だからこそギルドのネットワークにも、“暗殺”の二文字の情報は既に引っ掛かりを見せている。可能かどうかはさておき、事態は、そのような動きを見せているのだ。

 

 

 結論を言えば、暗殺は不可能だろう。

 

 

 レベル4の時点で怪人となった事により、実質的にレベル8前半の戦闘力を所持していた彼女。その後、独りでダンジョン深層のさらに奥――――具体的には50階層以降で行動していた事は、経験値(エクセリア)として刻まれていた。

 怪人だからとて、モンスターに襲われない事などない。例外としては使役した極彩色のモンスターだが、ダンジョンで生まれたモンスターがコレに該当することはない。

 

 だからこそ戦闘行動が発生し、数多の冒険者にとって未知となる脅威と戦ったことだろう。状況次第では、逃亡の選択を行った事もあっただろう。

 本人の望みや意思はどうあれ、フィルヴィス・シャリアが築いた経験であることに変わりは無い。レヴィスの前例を踏襲すると、フィルヴィスの当時のレベル4を上回り、恐らく6もしくは7ぐらいになるのではないかと、ヘスティア・ファミリアの一般人は想定しているらしい。

 

 

「……レベル6やら7やら、そうポンポンと出てくるもんやないんやけどなぁ」

「ホントだぜ」

 

 

 オラリオの一般常識の範囲、その端っこ紙一重に辛うじて居るロキ。一方で、そこから一歩先へと行ってしまったヘスティアとでは、同じ認識でも、意識の程度に大きな差がみられている。

 紙一重とは、僅かな差であると同時に、決定的に違う証でもある。どこかの青年が口にしたこの言葉は、間違っていないらしい。

 

 

 ともあれ、今のオラリオで話題の渦中に居るディオニュソス・ファミリア。実質的に解散となったファミリアとはいえ、その元団長ともなると、取り扱いは難しい。

 

 

「ヘスティア。フィルたんの処遇、どないするんや?」

 

 

 大きく分けて、見捨てるか、保護するか。ファミリアの子供達の意見を聞くか、神の独断で決めてしまうか。

 

 相手に余程の問題となる理由がない限り、善神ヘスティアにとって、見放す選択は無いに等しい。お人好しならぬお神好しか、そのような選択になるのは彼女らしい。

 団長ベル・クラネルとて、きっと同じ選択を選ぶだろう。なんだかんだで根っこが優しい第二眷属も同意してくれるはずだと、ヘスティアは保護の選択を選んでいる。

 

 とはいえヘスティアとしても、懸念点がゼロというワケではない。闇派閥やディオニュソスにとって最も危険な情報源を持つフィルヴィスを匿うとなれば、自然とリスクは発生する。

 そんな情報源のリスクは身内にも潜んでおり、何をどうしてフィルヴィスを怪人から一般人に戻すかなど、まさに想像もつかない程。ロキに至っては、話こそ聞いているが盛大にスルーして聞かなかったことにしやがった案件だ。

 

 

「ど、どこかで、ほとぼりが冷めるまで(かくま)うしかないけど……」

 

 

 だからこそ明確なイエスの答えが出せず、このように、ありきたりな回答しかできないワケで。

 

 

「ほとぼりが冷めるまで(かくま)う言うたって……適任と、なるとやな……」

 

 

 ロキの心配も仕方がないだろう。先のリスクである情報とは、どこから漏れ出るか分からない。

 例え全く無関係のファミリアに匿った所で、鳥籠の中と呼べる環境だ。フィルヴィスの自由がないうえに外から丸見えの状況は、大きなリスクをはらんでいる。

 

 ロキとヘスティアは、ひとまず、フィルヴィス・シャリアの現状を分析する。元という文字が付随する怪人だった事と、エニュオに関する情報を多々持ち得る事から狙われる危険性も高く、生半可なファミリア、ひいてはギルドですらも危ういと判断した。

 フィルヴィス・シャリアという存在を簡単に言い換えれば、ヤベー奴。では彼女と似た者がオラリオのどこにどれだけ居るかとロキとヘスティアは考え、脳内で人物と状況の列挙を行った。

 

 本日の朝食を思い出すような程度の難易度だったことは幸いだろう。そして多少のズレこそあるものの、周囲に知れ渡っているか否かを含め、神々の意見は一致している。各自の頭の中で作られた一覧表は、概ね、次のようになっていることだろう。

 

 

 タカヒロ :真ヤベー奴(未公開。言わずもがな)

 ベル君  :超ヤベー奴(公開済。言わずもがな)

 ジャガ丸 :超ヤベー奴(未公開。言わずもがな)

 レヴィス :超ヤベー奴(未公開。言わずもがな)

 リュー  :準ヤベー奴(未公開。過去の行い等)

 リリルカ :準ヤベー奴(未公開。装備とスキル)

 オッタル :準ヤベー奴(公開済。戦闘力)

 フレイヤ :超ヤベー奴(指定封印。全て赤に染まる)

 ヘファイストス :以下略

 

 

「おっしゃ、ヘスティアん所が適任やな!!」

「そう来ると思ったぜ……」

 

 

 どこで匿うのが適任かなど、考えるまでもなかった。幸か不幸か、怪人から人間に戻った実績を持つ者も在籍している為に都合が良い。ヘスティア・ファミリアとは、包容力のニュアンスで懐が大きい為に、輪をかけて適任だろう。

 オラリオに存在するヤベー奴をリストアップした時に、約一年前に発足したファミリアが占拠しているのは明白である。ちなみに、このメンツに対して「誰が一番?」と尋ねれば、満場一致で自称一般人を指差すことも明白だ。

 

 ともあれ、臭い物に蓋をしているのならば、もう一つ二つを放り込んでも大局的に見れば問題は無いだろうという神々の考えらしい。導火線に火が付いた爆弾と例えるならば結論は別となるが、そんな例えは考えたくもないのだろう。

 言い換えとしては、沸騰している鍋に蓋をしているに過ぎない状況。加えて熱源がガスだろうがIHだろうが、現在進行形で強火でグツグツと過熱している為に、最終的な結果がどうなるかは明白だ。

 

 

 何せ、フィルヴィス・シャリアを怪人から人に戻すという、盛大に包み隠したい海より大きなビッグイベントが待っている。藪医者に負けず劣らずと言うべき、そんな手術(ゴリ押し)が実行可能なたった一人の自称一般人は「闇派閥の一件が落ち着くまで待つべき」との見解を見せている為に、まだ吹き零れる前の段階だ。

 なお理由としては、レヴィスからの事情聴取やリハビリの実績を踏まえると、戦力の低下は避けられない為。ヘスティア・ファミリアとしての戦力の問題ではなく、せっかく立ち直るチャンスを得た彼女なのだから、市街地戦となった際、闇派閥との戦いで足手まといにはなりたくないだろうという配慮の一つだ。

 

 例え人間に戻って正式にファミリアに入ったとしても、相応の手続きが必要となる。ギルドが制定した決まりごとに対しては、現在のオラリオが“平時”である為に、真正面から破る手段は行えない。

 正当防衛と称して突破するつもりは持っていないとしても、正当化には相応の理由が必要だ。のちのち規則破りが露呈して、ヘスティア・ファミリアの株が下がる事にもなりかねない。

 

 

 ワケありかつヘスティアには事前に話が通っているとはいえ、数日のうちにヘスティア・ファミリアに対して強制ミッションが発行されることとなる。これもまた、決められた規則の中にあるノルマをこなす意味を兼ねている。

 色々とお願いしているウラノス陣営からしても、最も避けなければならない事象の一つだろう。とはいえ裏に手を回すにしても限界はある為に、こうしてヘスティア・ファミリアが積極的に規則を守ろうとしている事については感謝の意を述べている。

 

 

 規則とは、その集団に所属していることが前提で効力を発揮するモノだ。だからこそ、ヘスティア・ファミリアではない者について、ギルドがとやかく口を出す事は有り得ない。

 

 

 たまたまヘスティア・ファミリアに居るだけで、ヘスティア・ファミリアの団員ではない。ダンジョンに潜っているだけで冒険者ではないという持論の如く、どこかの誰かが使いそうな正論(言い訳)だろう。

 

 

 そう。フィルヴィス・シャリアは現在、ヘスティア・ファミリアに身を置いている。

 


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