白基調のシンプルな壁紙が貼られた飾り気のない6畳ほどの部屋に、あまり大きくない長机が一つと、囲うように配置されている6つの簡易な座席。ミーティングルーム、もしくは簡易的な接客室と、対応する用途は幾らか広く及ぶだろう。
ヘスティア・ファミリアのホームに二つ造られた部屋は、狙い通りに様々な用途にて用いられている。傾向としては、同種族、同職業などが集う事が多いようだ。
今現在、そんな部屋を使っているのは、ヘスティア・ファミリアのエルフ達。
話の内容は、ヘスティア・ファミリアの簡単なルール。まだ正確にヘスティア・ファミリアのメンバーとなったワケではなく、怪人から元に戻ったワケでもないが、こうして迎え入れの準備は進んでいたのだ。
なお、フィルヴィス側からも問いを投げたい項目は少なくない。さも一般風景の如く食堂にて普通に食事をしているレヴィスや、その唐揚げを分けて貰おうと袖を引っ張るジャガ丸の穏やかな攻防に対しては、残像が生じるレベルで五度見を披露したほどだ。
視線の先に居たのがダンジョンの
「お前たちは……私の過去を、知っている筈だ」
かつてダンジョン内部で発生した、“27階層の悪夢”と呼ばれる出来事。同じファミリアのメンバーは元より、同胞のエルフからすらも「
歴史が浅い事もあり、オラリオの中堅冒険者の間では有名な話である。だからこそフィルヴィスは、こうして“普通”に接されることに慣れていない。
「耳にしたことがない。と言えば、嘘になりますね」
「オラリオにある噂話の中では、有名と言えるでしょう」
つまるところ、知ってはいるが気にしていない趣旨の裏返し。強弱の個人差はあれどツンデレ属性が多い、エルフらしい言い回しとも言えるだろう。
とはいえ、それをさておくとしても。先の返答には、どうやら大きな理由があるらしい。
「もし仮に、貴女が、死をもたらすような存在だったとしましょう。ですが、ここでは全く通じない」
「どういう――――」
言いかけて、フィルヴィスは一人の存在に辿り着いた。エルフ達曰く、自身のことを一般人と呼んでいるらしいが、そんな情景の欠片すらも思い浮かばないのが実情だ。
困惑を纏うフィルヴィスの心境を察したのか、周囲のエルフ達の口元が少しだけ緩んでいる。当の青年にとっては残念ながら、一般人であることを難渋してしまう旨の同意、かつ苦笑の笑みだ。
そして、フィルヴィスがヘスティア・ファミリアへとやってくる少し前のタイミング。どうやらヘスティア・ファミリアの眷属達にとって、面白おかしい一幕があったらしい。
「そもそもですが、私達は、世間が口にする先の言葉は嘘だと捉えております。当時の団長とリリルカさん達のやり取り、お伝えしましょうか?」
――――だったら試しで、師匠と一緒にダンジョンに潜りましょう。
――――
――――仮に呪いが本当だとしても、タカヒロ様に通じるのですか?
――――成し得たら過去一番の大偉業ですよ。
――――
――――……戦士タカヒロ、言われ放題だが?
――――ジャガ丸ちょっと来い。
――――
戦闘関係となれば、妙な雑さ加減で扱われる自称一般人。そんな取り扱いに少しだけ憐んだフィルヴィスだが、包まれる優しさに顔がほころぶ。世間から向けられた言葉の真意など彼女にすらも分からないが、このファミリアは、そんな彼女すらも暖かく包み込んでくれる。
炉の女神とは文字通り。なお、暖かな炎が発するエネルギーの影で炉のメンタルが削られているようにも受け取れるのだが、きっと多分、気のせいだ。主神のエネルギーを属性変換などしていない、はずだ。
「あ、ここに居たんですね」
「クラネル団長」
噂をすれば影が差したのか、ドアの影から、ふらりひょっこりと現れるベル・クラネル。その後ろから似たような動作でアイズが続き、次の人物が目に入った途端、エルフ達は全力で立ち上がって姿勢を整えた。
まばゆい翡翠の長髪の持ち主が誰であるか、知らぬと
「調子はどうだ、フィルヴィス・シャリア」
「はい。お陰様で、問題ございません」
いつもの魔導服姿のリヴェリア・リヨス・アールヴに続き、いつものワイシャツ姿の男が一人。ここに居る者達は、男とリヴェリアの関係を知っているからこそ、そちらについてもソコソコの敬意を向けている。
一方のリヴェリアとしては、フィルヴィスをフルネームで呼んでいたりと、まだまだ距離は開いている様子。とはいえ、ただでさえ距離感を長く設定する種族である為に、例え同胞であろうとも無理のない話だ。
そんな二人のやり取りに目を向けたタカヒロの視線は、別の一点へと注がれる。フィルヴィスの腰に携えられた鞘は見覚えのある短剣を有しており、やがて周囲の視線も集める事となった。
「あっ……」
彼女自身、言われるまで全く気が付かなかったらしい。力のない表情から零れた言葉は僅かであり、皆から生まれる音の全ては消えていた。
鞘から抜いた短剣は机に置かれ、彼女は目を細めて見下ろす姿を続けている。やはり内心では思う所があるのだろう、暫くして口を開いた。
「……ディオニュソス様から、頂いた代物です」
無意識のうちに、肌に離さず持ち歩いていたのだろう。主神の下を離れると決めたとはいえ、染み付いた癖を治す事は難しい。
彼女が向かい合い、乗り越えるべき大きな過去の一つ。辛いであろう心境を察した皆の口は自然とつぐみ、彼女から視線をそらしている。
そんな空気が、数秒ほど続いた時だった。
「ディオニュソス様の、ばか――――ッ!!」
「っ!?」
「フィルヴィスさん!?」
唐突に短剣の腹に振り下ろされる、
ともあれ、レベル8の一撃を受けて無事でいられる武器も珍しい。それがレベル3の時に新調したものだからこそ、耐えられる要素などどこにもなかった。
なお理由は不明だが、短剣が置かれていた机は傷一つなく顕在。状況が状況ならばツッコミ役に回るはずの数名が疑惑の念を向けているが、どうにも、声を出す事も難しい。
何せ数秒前に破壊された短剣は、フィルヴィス・シャリアにとっての戦う理由。ディオニュソス様の為という、彼女にとっては“生きる理由”に等しかった。
何やらコミカルな雰囲気が混ざっていたものの、彼女にとっては大きな覚悟を要しただろう。言葉通り、もしもディオニュソスが救いようのない馬鹿でなければ、違う未来もあったはずだ。
カランカランと床に転がった刃先が哀愁を漂わせながら滑り、やがて止まった。そちらを視界に捉えた者達は、次いで、フィルヴィスへと向けられる。
耳の先まで真っ赤にしながら僅かに涙を浮かべ、小さく震える可愛らしい姿。勢いだけで起こした行動は、普段は大人しい性格の彼女にとって中々の羞恥だったらしい。
「フィルヴィスさん。武器、どうするんですか……?」
「……」
後先を考えていないのだろう行動に対するツッコミか、単純に、装備をどうするかに対するツッコミか。そんな二択の可能性に気づいたのはリヴェリアとタカヒロの二人だけだが、どうにも確認できる雰囲気には程遠い。
さておき、着の身着のままでヘスティア・ファミリアへとやってきたフィルヴィスにとっては、ソコソコの問題となるだろう。ベルの言う通り、冒険者とは装備がなければ始まらない。それこそ第一級冒険者の限りなく後半に位置する者が取り扱うとなれば、一般世間基準で言う所の“大金”が必要だ。
それよりも――――
「フィルヴィスさん、どうするの?戦う理由」
「っ――――」
リヴェリアの予想に反してアイズが尋ねた、大切な理由。戦いに身を置く者として武器を掲げる理由は、今のフィルヴィスに欠けているモノだ。
此度の理由においては、ポッカリと空いた大きな穴を埋める事が必要だろう。そう簡単に抱くことはできないと分かるからこそ、周囲も口を開けない。
もしもここにヘスティアが居たならば、ヒヤリと汗が湧き出ていたことだろう。このような場面においては、ヘスティアにとって最も黙っていて欲しい男が口を開いた。
「リヴェリア。近衛と呼ばれる騎士は、王が剣を授ける習わしが一般的だが、エルフも同じか?」
「ああ。アルヴの森では、父上が行っている」
ならば。とでも言わんばかりに、彼は、どこからか一本の短剣を取り出した。
そして手渡され、ポカンとした表情のリヴェリア。それでもすぐさまタカヒロの意図を汲み取り、行うべきことは理解できた。
しかし意に反して、翡翠の視線は短剣へと吸い込まれてしまう。己の戦闘スタイルに合致しないことは百も承知だが、それでも到底、無視することが出来ない一振りだった。
とはいえ、この期に及んで手間取る事も
「り、リヴェリア様、しかし――――」
「良い。なんだ、私の授ける剣が受け取れないか?」
「い、いいいいいえ!そ、そそそのような事は!!」
エルフならば、ハイエルフ・ハラスメントを断れようか。目を開いて全力で否定するフィルヴィスは、完全に被害者の立場である。
ともあれ、アールヴの一族から剣を授かるなど、エルフにとっては最も大きな誉れの一つだろう。少し落ち着きが戻ったフィルヴィスは僅かに頬を高揚させ、リヴェリアに対して片膝をついて顔を上げた。
続いて剣を授ける動作が1分ほどで行われたのだが、リヴェリア曰く、記憶にある見様見真似とのことらしい。そして彼女や周囲も短剣の詳細が気になっているらしく、視線がタカヒロへと注がれていた。
「エンチャンターズ・リフト スカージ スライサー・オブ ザ ヴォイド。このナイフの正式な名前だ。持ち得る効能については――――」
■エンチャンターズ・リフト スカージ スライサー・オブ ザ ヴォイド
・レア 片手ダガー(MI)
・必要なレベル: 5
・必要な狡猾性: 35(敏捷)
・必要な精神力: 44(魔力)
+6 エレメンタルダメージ
+8-19 酸ダメージ
+17% エレメンタルダメージ
+19% 酸ダメージ
+20% 毒ダメージ
+14% カオスダメージ
17% 物理ダメージをエレメンタルダメージ に変換
50% 冷気ダメージを酸ダメージ に変換
+14 攻撃能力
+7% 総合速度
+3 ニダラのヒドゥン ハンド
+2 シャドウ ストライク
+225 酸ダメージ : シャドウ ストライク
100% 刺突ダメージを酸ダメージ に変換 : シャドウ ストライク
-20% スキルエナジーコスト : シャドウ ストライク
・付与されたスキル:エレメンタル シール (攻撃時 10% の確率)
破壊の力が吹き込まれたアルケインの印を、 地面に作り出す。
4 秒 スキルリチャージ
6 秒 持続時間
3.5 m 半径
+30 エレメンタルダメージ
「以上となる。強いとは言えないが、武器の性能に振り回されるのも考え物だろう。とはいえコレ以下の短剣となると、持ち合わせがなくてね」
「……」
“強い”の定義って、なんだろう。その場にいた誰もが同じことを思い浮かべ、瞬時に考える動作を放棄した。
とはいえ、口に出された内容が嘘だとも思っていない。形の上とはいえ己に仕える騎士を任命したリヴェリアは、今更ながらに目を瞑って手を
装備と呼ばれるジャンルについて詳しいかとなれば、目を丸くしているフィルヴィス・シャリアは首を横に振るだろう。彼女も冒険者である為に、ある程度の良し悪しについては分別が行えるが、それが具体的かとなれば話は別だ。良し悪しの判断が行えるだけでも、冒険者という括りにおいては上出来と呼べるかもしれない。
しかし、そんな程度の彼女ですらも、差し出されたコレは目にしただけで“別格”と、言葉を選ばなければ“規格外の一振り”と断言できる。だからこそ部外者ベル・クラネルの瞳もキラキラと輝いており、前へ前へと繰り出し間近で眺めようとする行動を、アイズが両脇の下から手を差し込んで止めている状況だ。
残念ながら、自称一般人の毒素が移りかけている。もしもヘファイストスやヴェルフがここに居合わせていたならば、場は相当のカオスと化していたに違いない。
ともあれ、フィルヴィスに渡された短剣は、あのタカヒロが保管していた一振りだ。数秒ほどしてダガーが持ち得る効能の説明が行われたものの、名実ともに、破格の性能を持ったダガーである点は確かだろう。
とある種類のモンスターからドロップするレア装備、通称“MI”の分類となる装備。超のつく希少さである“ダブルレア”でこそないが、レア分類の
ダガーの名前を、エンチャンターズ・リフト スカージ スライサー・オブ ザ ヴォイド。レベル5、かつ少量の狡猾・精神数値を要求するが、総合速度を筆頭に様々な攻撃性能を向上させるエンチャント効果を持った、片手ダガーの武器である。
総合速度とは、攻撃速度・移動速度・詠唱速度の3種類を指し示す。7%という数値を“僅か”と見るか“7%も”と捉えるかは人によるが、これら3種類に対して効力を発揮するエンチャントだ。
無論、それだけには収まらない。付与されているエレメンタル・酸の基礎ダメージは、ヘスティア・ナイフと違い、発動に魔力を要さない。攻撃時に10%の確率で小規模範囲攻撃魔法を無条件で発生させる効能は、手数を誇るナイフの運用に合致している。
それぞれの基礎ダメージが追加される効果もある上に、それらを統合して2割弱の割合上昇の性能も付属している為に、攻撃力の上昇具合は破格と言えるだろう。魔法剣士であるフィルヴィスにはベストマッチであり、機能していない効能も幾つかあれど、差し置いたところで評価は全く揺るがない。
通常、この手のMI装備に付随する“接頭辞”と“接尾辞”は、基本として装備が持ち得るエンチャントと同系統のモノとなる。今回の例では、主に、毒・酸ダメージを増強する内容が該当するだろう。
しかし問題は要するレベルにあり、自称一般人の視点で“僅か”の域となるレベル3やレベル5――――つまるところ、序盤の中でも本当に初期にしか使い道のない装備だ。割合上昇という観念において、基礎の能力が非常に低い序盤の装備を厳選したところで得られるメリットは非常に少ない。
彼のビルド構成からしても、使い道が非常に希薄であるのは明らかだ。接頭辞はともかく接尾辞については明らかに場違いであり、数値についても“厳選”の言葉とは程遠い。
では何故そのような装備を彼が所持していたかとなれば、単なる収集癖である。ダブルレアでこそなけれどAffixが前後共についており、MIという点は変わらないため、「とりあえず確保しておこう」という、彼のような生き物にとっては“あるある”と言える本能のもとで眠っていたのだ。
しかしリヴェリアは、問題が別にある事に気付いていた。あのタカヒロが、己が収集した装備を授ける事。それがどれ程までに重大かつ驚愕に値する事か、言葉で表現するのも難しい。
いくら彼自身が使わないからとはいえ、おいそれと譲渡することなどありえない。使う・使わないの括りで言えば、確かに、使わない装備が99.999%程を占めるだろう。
繰り返しとなるが、だからと言ってコレクションの一つを渡す事など、リヴェリアですら想定の外にある行いだ。2回ほどアイズに剣を貸したことはあれど、あくまでレンタルの取り扱いであり、雲泥の差と言える程。
とはいえ彼も、考えなしに授けたワケではないらしい。
「手を差し伸べた責任は、最後まで持つつもりだ。生きる為に戦う理由が要るなら、自分やリヴェリアの為に足掻いてみろ」
「っ……!」
女性で、エルフで、騎士らしく、凛としたお堅い性格。いくら絶対の相方が居るとはいえ、そんな王道属性モリモリのシチュエーションとハイエルフが織りなす組み合わせをエルフスキーが見逃すなど、幼子が笑顔を振りまくよりも難しかったのかもしれない。
それらに加え、彼自身のケジメのつもりだったのだろう。しかしながら、色々と病んでしまっていたフィルヴィス・シャリアにとってクリティカルダメージ。彼女に生まれた心境を察したリヴェリアから色々と口にしたそうな鋭い視線が飛来するも、タカヒロ本人が気にしていないので始末に負えない。
超一級品のダガーを目にしてお目目キラキラだったベル・クラネルと抑えていたアイズ・ヴァレンシュタインの姿勢は一転して、そそくさと逃げ出しかねない動作に切り替わっている。それはヘスティア・ファミリアのエルフ達も同様であり、事が勃発しそうになれば、“無礼講”の三文字を使って逃げ出すことだろう。
鈍感アイズですらも察することのできる、ハイエルフの大人げない嫉妬の感情。紅の瞳に宿る闘志という炎の温度と共に、なにやら湿度もアガってきた。
「身に余る光栄。この身が果てる時まで、お二人に忠誠を誓います」
床に片膝を付き、タカヒロとリヴェリアの間に向かって首を垂れる一人の少女。紅の瞳に宿る光は、戦う理由を見つけた戦士の眼差しを抱いていた。
■リフト スカージ スライサー
・レア 片手ダガー(MI)
8-19 酸ダメージ
1.93 攻撃 / 秒
+17/+26% 酸ダメージ
+17/+26% 毒ダメージ
36/54% 冷気ダメージを酸ダメージ に変換
+6/+8% 総合速度
+3 ニダラのヒドゥン ハンド
+2 シャドウ ストライク
225 酸ダメージ : シャドウ ストライク
100% 刺突ダメージを酸ダメージ に変換 : シャドウ ストライク
-20% スキルエナジーコスト : シャドウ ストライク
必要な プレイヤー レベル: 5
必要な 狡猾性: 35
必要な 精神力: 44
アイテムレベル: 5
■エンチャンターズ
・必要レベル:3
4/6 エレメンタルダメージ
+10/+18% エレメンタルダメージ
11/19% 物理ダメージをエレメンタルダメージ に変換
+10/+18 攻撃能力
・付与されたスキル
・エレメンタル シール (攻撃時 10% の確率で)
破壊の力が吹き込まれた アルケインの印を、 地面に 作り出す。
4 秒 スキルリチャージ
6 秒 持続時間
3.5 m 半径
30 エレメンタルダメージ
■オブ ザ ヴォイド
・必要レベル:3
+13/+19% カオスダメージ