その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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214話 男は悪者

 

 ヘスティア・ファミリアにて、色々と起こった翌日のこと。ロキ・ファミリアと共に先のディオニュソス騒動に加担していたヘスティアは、ギルドから何かしらの任務、言わば“強制ミッション”が課せられるのではないかと危惧していた。

 これについてはロキ・ファミリアも同様であったが、蓋を開けてみれば幾らかの“報告書の提出”という内容に収まっている。味方の誰かを恐れて味方の誰かが裏で手をまわしていることは明らかながらも、全員が口を閉じている為に真実は闇の中だ。

 

 

 ということで、ロキ・ファミリア、ヘスティア・ファミリアそれぞれの立場からの報告書提出が義務となる。記載される内容、例えば“一連の事件に対するファミリアとしての受け取り方”などに大きな差異が生じては余計な面倒事となる為に、ギルドのように裏を合わせておいた方が良いだろう。

 互いのファミリアにおいて、文書作成能力に優れ、かつ意思疎通に問題がない人物。となれば回答が出されるのに時間はかからず、恐らくは両ファミリアの全員が見解一致する二名が抜擢された。

 

 

「タカヒロ君、頼むぜ!」

「リヴェリア、任せたわ!」

 

 

 神二名のサムズアップと共に、1秒という長々とした脳内会議で決定された出来事である。

 

 

 作業としては、真面目に取り組んで4-5時間程度のものとなるだろう。今までのファミリアの調査結果やギルドからの提供資料とも合わせて、行うために、そう易々とは終わらない。

 加えて両者で全く同じ文面ではなく、表向きは――――ではなく表も裏も差がある両ファミリアにおいて、それぞれ表の立場から捉えたかのような文面だ。それでも、根底の見解は一致しているモノに仕上がりつつあるのは流石と言った所だろう。

 

 

 がしかし。いくら内容については疑念の余地がないとしても、物理的な状況となれば、抱く感想は先の内容とは異なるだろう。

 

 

「……なぁ、リヴェリア」

 

 

 本来の備え付けである一人掛けのチェアではなく、三人掛け、頑張れば四人が座わることができる程のロングチェアを用意したハイエルフ。そこに二人隙間なく並んで座っているのだから、本来の目的を達成するには幾らかの疑念が生まれてしまう。

 本来は、一人で机のスペースをフルに使って効率よく行う想定だった書類業務。パソコンで言うところの“メモリ容量”が半分となったならば、効率は半分とまでいかずとも、大幅な悪化は避けられない。

 

 

「……なんだ」

「……いや、なんでもない」

 

 

 そもそもにおいて、わざわざ隣で、それも隙間の無い真横で行う必要の是非について。業務処理という目的に焦点を当てたならば、“不適切”の回答がふさわしい。

 しかし、そのような正論という名の問いを口に出したならば、男が悪者となるだろう。男は理不尽だと異議を唱えるかもしれないが、こんなシチュエーションでは仕方がない。

 

 とはいえ、このまま我慢するというのも、男が納得するには難しい。何か軽いことが出来ないかと考え、幼子の悪戯のような一つの動作が脳裏に浮かんだ。

 行いとしては単純で、“いぢわる”宜しく、座り直す動作のついでに僅か鉛筆一本程の隙間を開けてみる。すると相方は、間髪入れずに横方向への動きを見せて埋めてくる。

 

 

 まるで飼い主に甘える小動物を相手しているかのようで、愛おしい。ならば、“好きな子には悪戯をしたがる男子”という真理に基づき、男は、先と似た動作を行った。

 

 

「むっ」

 

 

 二回目の座り直し後に互いの手が止まり、顔が自然と向き合う。整った顔を持つ女の頬は僅かに膨らみ、無言の抗議を見せていた。

 このような状況で見せる表情にも凛々しさの欠片が残っているところが、どうにも彼女らしい。しかし残念ながら、今ではエッセンスの一つに納まる程度のことだろう。

 

 

「……」

「……」

 

 

 まるで構ってほしい駄々っ子か、別の生き物に構う飼い主に物申すペットの類か。このまま続くようならば、「最年長らしくない」と、そろそろツッコミの一つも入れたくなる。

 

 

 そうは思うものの、コレはコレとして可愛らしいのでヨシ。相方の“新たな一面”とは、周囲に迷惑等を振りまかない限りは美化されるものである。

 

 

 僅かな膨らみを指の腹で押してみると、僅かな凛々しさも消え去って“間抜け顔”。男の口元は思わず少し緩んでしまい、だからこそ、翡翠色で物言いたげな半目の表情は険しさを緩めない。

 離れる事への抗議か、はたまた隣にいて欲しい欲求か。何れにせよ、もしも今のリヴェリアを一般エルフが目にしたならば、盛大に表情を歪める事となるだろう。

 

 

「向こうのテーブルで、一息つこう」

 

 

 男の提案で、書類を曲げたり汚さぬよう、別の机へ。かつてタカヒロが勉強の為に使っており、複数人の座学に対応した大きな四角のテーブルだ。装飾は無くシンプルながらも重厚さを備えており、勉学の為に向き合ったならば身が引き締まることだろう。

 そんな机の一辺、更にその一部に、紅茶を用意して二人並んで掛け。横目に映る相方リヴェリアの背中は、心の沈み具合を表すような丸まりを見せている。

 

 彼女に耳や尾が備えられていたならば、力なく垂れさがっていることだろう。上下方向にはほとんど動かないエルフの耳だが、普段の張りがないように見受けられる。

 

 

「自分がフィルヴィス君に剣を授けた事を、気にしているのか?」

「っ……」

 

 

 思い当たる節となればそれぐらいしかない為に聞いてみれば、正解であった。目を逸らして更に丸くなる背中が、成否の判定を物語っている。

 それ程までに、“危機感”を抱いたのだ。容姿はともかく、傍から見た雰囲気も似ており、更に相手が20歳未満とくれば、感じるモノは大きかったことだろう。

 

 まぁ、分からなくもない。それが男の本音であり、まだ完全な信頼を得ていないかと僅かに残念がる一方で、もしも立場が逆だったならば、大なり小なり同じ焦りを抱いたかもしれないと想い耽る。

 何せ、互いに“唯一無二”と呼べるような関係だ。リヴェリアはさておき、内面・外面の双方において自称一般人の代わりが務まる者など、世界を探しても居ないだろう。

 

 彼女がこんな調子では、男の方の調子も狂ってしまう。欠片も似つかない沈んだ空気は、リヴェリア・リヨス・アールヴに相応しいワケがない。

 逆に絶好調となれば、二人して、紅茶や菓子を片手に他愛もない言い合いをしている時だろう。意味や成果の有無など全く考えない、悪い表現をすれば“無駄な時間”とは、互いが最も必要としている空間だ。

 

 

 なお、そこまでは考えていない一般人。ここ最近はヘスティア・ファミリアのイベントが立て続けに生じており、あまり構ってやれなかったことを思い返す。

 フィルヴィスの時と同じく、モノで機嫌を取ろうとすれば悪手だろう。同じ手を使うことについてリヴェリアが文句を口にすることは無いだろうが、彼としても、“悪手”と呼ばれるセオリーならば、選択からは外した方が良いだろう。

 

 

「確かにフィルヴィス君は、エルフであり容姿端麗で、傍から見た女性としての魅力は高いだろう。だが自分にとって、お前には遠く及ばない」

 

 

 沈んだ翡翠の顔と瞳は持ち上がり、僅かに相方の方へと向けられる。直後、貰った言葉を頭の中で再生し、顔に桃の色が灯った。

 もしも犬耳と尾が備わっていたならば、同時にピンと立ち上がっていたはずだ。次いで、尾は千切れんばかりに振られていた事だろう。

 

 チョロリア・チョロス・アールヴ、どうやら今の一文で機嫌は治ったらしい。まだそこまで慣れていないこともあり、彼女にとって先のような言葉は、小腹がすいた時の甘味のように、いくらでも受け入れることができるものだ。

 アガる気持ちは、行いとなって現れる。相方の腕をからめとり、自立を放棄してもたれかかる姿は、未だ横の男しか見たことのないものだ。

 

 

 執務室のドアが勢いよく開かれリヴェリアの背筋が瞬時に伸びたのは、そんな状況が10秒ほど続いた時である。

 

 

「リヴェリア様~!やりました、レベル4に……い……」

「おめでとう、レフィーヤ」

 

 

 だからこそ、嬉し駆け足にて師に報告へやってきたレフィーヤ・ウィリディスへと翡翠の半目を向けてしまうlol-elf。言葉だけは優しいものの、表情とのミスマッチが凄まじい。

 だからこそ、レフィーヤの表情は引きつってしまう。師弟の関係であり他のエルフよりは距離が近いとはいえ、相手は他ならぬエルフの王族、それも直系の子孫で第一王女。そんなポンコツが先の表情を見せていれば、仕方のない反応だろう。

 

 更にレフィーヤとしては、横の男の存在は想定になかったらしい。

 

 彼女もまだ16歳と少女の類。タカヒロに対しては幼い面を見せる事があるベル・クラネルのように、師であり、実質的に自分を育ててくれる母のような存在のリヴェリアに誉めてほしかったことだろう。

 そんな数秒先の未来と喜びが、木っ端微塵となってしまった。頬を膨らませてキッとした表情の鋭い視線を向けるも、何事もなかったかのように紅茶へと口を付ける男には通じない。挙句の果てには、「自分が何かしたか?」と呑気な問いを投げる始末だ。

 

 

「み~んな、貴方に盗られたんですからね!!リヴェリア様も、アイズさんも、フィルヴィスさんも!!」

「盗った盗らないとは、穏やかではないな」

 

 

 リヴェリアを盗る盗らないと表現して不敬罪に該当しないかどうかはさておき、彼からしてみれば、盗った盗らないの話ではない。ツッコミにて抗議するが、レフィーヤのプンスカ状態は収まらないようだ。

 更に言えば、アイズについてはベル・クラネルが該当者となるだろう。此方への抗議を行う際は、恐らく今を上回る烈火の炎が見られるはずだ。さながら無詠唱で発動する“レア・ラーヴァテイン”の如き様相を見せるだろう。

 

 

「レフィーヤ。詳細までは尋ねないが、発展アビリティなどは取得できたか?」

「はい!」

 

 

 そんな烈火も師が投げる問いの前では収まり、詳細までは語られなかったが、どうやら耐久に関するスキルを会得したらしい。なぜ耐久が?と疑問が生じたリヴェリアは僅かに首を傾げたが、それも仕方のない事だろう。

 何せ魔導士とは、基本として敵の攻撃に晒されることは少ない部類となる。だからこそ耐久のステイタスは上がりづらく、比例して、発展アビリティも生じる事は無いと断言できるほどだ。

 

 なお、そもそもの話として、レベル3以降についてはランクアップ時に発展アビリティが生じる事も確定ではない。今回は他に選択がなかったようで、先に話された耐久のアビリティを確保したらしい。

 そして、説明を終えたレフィーヤの顔には疑念の色が付きまとっている。今回のランクアップ時に生じた疑念は、どうやら発展アビリティだけではないらしい。

 

 

「ランクアップ直後から、耐久のステイタスがS:999、だと……?」

 

 

 今のリヴェリアと同じように、ランクアップを行ったロキが盛大に首を傾げた、異常事態(イレギュラー)。彼女がレフィーヤに対して不正を働いたワケでもなく、だからこそ、こうなった理由が分からない。

 

 一方で、異常事態(イレギュラー)について、誰に相談できるワケでもなく。だからこそロキはヘスティアを“食事”の名目で誘い出し、レフィーヤに起きた事象について聞いていた。

 

―――― なぁヘスティア。恩恵を刻んだ時、元々ステイタスが極端に高い事なんて、あるんやろか?

 

 そう言われ。ヘスティアは、約一年前に第二眷属が加入した日の出来事を思い出した。

 

―――― 普通に考えれば、そんなこと無いだろうぜ!

 

 そして、光の速さで消し去った。いや、もしかしたら今の一瞬だけは、光を超越していたかもしれない。

 

 神は、神の嘘を見抜けない。例えそうでなかったとしても、今の一文は正解である為にスルーされていた事だろう。

 何せ、初めて恩恵を刻んだ瞬間に耐久ステイタスが6000を超えていた奴の事など口に出せるはずもない。念願の二人目の眷属ができて頭でも狂ったのかと言われ、取り合ってもらえない事など容易に想像がつく。オマケにレベル100で頭オカシな(色々な)加護やら恩恵やらを所持しているとくれば、輪をかけて猶更だ。

 

 

 ともあれ、レフィーヤが驚異的な耐久の経験値を得たことは事実だろう。そういった意味では、発展アビリティとの関連性も説明できる。

 今までの耐久が無いに等しい為に、彼女が極端な耐久力を得る事はないだろう。それでも、彼女が得た明らかな利点である。少し先か遠い先か、必ず役に立つ時が来るだろう。

 

 

「フッフーン!ともかくこれで、あのクラネルさんと同じです!少しだけ先を越されましたが、もう後れは取りませんよ!」

 

 

 ――――残念ながら、もう既に後れを取っている。

 

 などという事実は、口に出さない方が良いだろう。そもそも、そのような感想を抱けるのは、実態を知っているタカヒロかヘスティアの二名だけだ。

 プンスカ状態で放たれていたヘイトは、何故か彼女が目の敵にしており何時でもレベル5へとランクアップ可能なベル・クラネルへと移管された模様。しかし残念ながら、事実を知ったならば、頬の膨らみは大きさを増すだろう。

 

 我が道を行くどころか、無重力状態の如く飛び跳ねているベル・クラネル。現在ステイタスの最大値が2200オーバーとなっている“比較的一般的バグ兎”は、恐らくは誰にも止められない。

 

 とはいえベルによっては喜ばしい出来事ばかりではなく、現に武器については耐久性に難を抱えており、ベルも気づいているが、タカヒロが最も気にかけている事の一つとなっている。だからこそ裏でコソコソと動いていたところ、鍛冶師ルートで情報をキャッチし、蜜に吸い寄せられるハチドリの如く飛んできたヘファイストスには筒抜けの状況だ。

 そこから情報が漏れることは無いだろうが、なにせレベル5や6が扱う武器とのことで、色々な方面で苦労が大きいらしい。決して貶すワケではないが、レベル2の鍛冶師にとっては荷が重い案件だ。

 

 

 ともかく、レフィーヤ・ウィリディスがレベル4へとランクアップしたことに変わりは無い。そして耐久が999、かつ偉業の判定基準すらもクリアしているらしく、偉業の事象は不明ながら、一応はレベル5へとランクアップの可能な状況。

 前例がなく疑問を抱えながらも「すぐさまレベル5となるのか」と問いかけたリヴェリアだが、どうやら行うことは無いらしい。繰り返しとなるが前例がないために、リヴェリアは、とある大きな問題点に気づかなかったのだ。

 

 

「ロキによればランクアップ可能とのことですが、今のままですと、“魔力”ゼロでレベルアップする事になるので……」

「ああ、なるほど。お前の言う通り、避けた方が良いだろう」

 

 

 ランクアップを行えば、ステイタスは皆等しくゼロに戻る。しかしランクアップ前に保有していたステイタスが無駄になることはなく、本人が発揮できる実力に、間違いなく影響を与えるモノだ。だからこそレフィーヤも、レベル4へと至る時に、魔力をS-999まで伸ばしている。

 現在は耐久こそカンストしている為に上がる見込みは無いが、そもそも魔導士にとっては上がりにくいステイタス。レベルや本人の経験に左右されるとはいえ、本来は200程まで上がれば御の字であり、無駄になる量も少ないだろう。

 

 一方で、耐久以外のステイタスがゼロという状況は宜しくない。ましてや魔力バカ――――もとい、レベル6時代のリヴェリアに匹敵する程に非常に高い魔力を誇る彼女だからこそ、ここで手を抜くことは悪手だろう。

 

 

 話としては以上だったようで、礼儀正しく頭を下げたレフィーヤはパタパタと廊下を駆けてゆく。恐らく次は、アイズに報告をするのだろう。

 

 

 

 一方で、部屋に残った大人二名。そしてリヴェリアは、一連の報告について物言いたげな翡翠の瞳をタカヒロへと向けるのであった。

 

 

「そろそろ諦めも見えてきたが、今回の件も人のせいにするか?」

「フィルヴィス・シャリアの時の一件だろう。あのような異常事態(イレギュラー)だ、お前が関与していなければ腑に落ちない」

 

 

 原因の正解とは、レベルアップ装置タカヒロ。そんなフザケた事由で腑に落ちるのもどうかと思うが、そこの男が様々なイレギュラーに関与している為に状況証拠は揃っている。もしも「関与していない」と否定したならば、どこからか「異議ありだぜ!」の言葉が飛んでくることだろう。

 例え本人は自覚していないとしても、何かしらの影響を与えていることには違いない。相手した者が「激流に身を任せ“どうか”する」勇気を持ったからこそ、得られた対価そのものだ。

 

 

「おや。どうした、拗ねてしまったか?」

「うるさい」

 

 

 先とは変わって、今度は男が僅かにプンスカした様相を披露中。珍しい光景を前にして、薄笑みと共に相手の顔を胸元に抱き寄せるリヴェリアは、今まで知る事のなかった幸せを満喫するのであった。

 

 

 

 そして。この幸せが続く未来を守る為、ファミリアとして動き始める決意を固めた。




新年あけましておめでとうございます。
少し時間が空いてしまいました。皆様、お体ご自愛下さい。
本年もよろしくお願いいたします!

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