安らぎを覚える場所や情景となれば、どのようなシチュエーションがあるだろうか。
多くの人は、大自然に囲まれたシチュエーションを脳裏に浮かべる事だろう。鳥のさえずり、さざ波の揺りかご、はたまた、ポツポツと不特定なリズムを奏でる雨音でも良いかもしれない。
しかし上記のシーンにおいては、大抵、何者かに邪魔される。大自然とは屋外であるために、大抵は昆虫の類によって非情な現実へと戻される事になるだろう。
他の要素を一切省くという前提を付け加えたならば、大抵の者にとっての安らぎが生じる場所は自宅が該当するだろうか。現実は何よりも非情ながらも、もしも一人暮らしだったならば、中々の割合で当てはまる事だろう。
趣味や志を共にする仲間と過ごすケースもまた、該当するだろうか。こちらについては気が休まるというよりも、楽しさが沸き起こると表現した方が正しいかもしれない。
「なんだと、奴の部隊がやられたのか!?」
「通信が途切れた、こっちにも近づいているぞ!」
ここ
主神であるタナトスに仕え、死後、望んだ者の所へと逝く為に。その望みが叶うかどうかは神のみぞ知る状況ながらも、闇派閥を構成する大半が掲げる“戦う理由”だ。
そして、闇派閥の目的を阻むべく突撃を開始したメンバー達。一行もまた“戦う理由”を掲げ……ていないペットも含まれるが例外の為にさておくとして、各々の理由の下に進行を続けている。
正義と、正義。それは即ち、戦う理由と戦う理由のぶつかり合い。
獣畜生が行う縄張りや勢力争いとは異なる、人類が遥か昔から行う命の奪い合い。決してなくなる事のない戦いの一幕、人類が辿る歴史の全体から見れば一瞬にも満たない時は、今この場においても繰り返す。
闇派閥のテイマーを相手するは、レヴィスとジャガ丸という凶悪なコンビネーション。双方ともに“火力だけ”である点など問題なく、そもそも反撃自体を許さない為に被ダメージもまた軽傷にすら及ばない。
人造とは言え迷宮の為に弓の類は有効に使うことが出来ず、かと言って魔法を放ったならば結末は確定となる。ジャガ丸が持つ反射能力によって、害を受けるのは闇派閥のテイマーだけだ。
もしも戦いの様子を、第三者が知ったならば。これは
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闇派閥におけるテイマーで構成されている部隊の数々が、グラマーな女性や可愛いペットと一緒に戯れている頃。もう少し下の階層では、ロキ・ファミリアの1チームが進行を続けていた。
花や蝶のように例えるならば、その集団は蝶の群れ。重厚な、それこそ男くさい鎧姿など無縁であると万人が主張を掲げる光景は、到底、
花ではなく鼻ならば、女神フレイヤが該当する。しかし此度においてはバベルの塔にいる為に、花の文字が変換されることはなく血栓の平和は保たれている。
ともあれ、
此度において普段と異なる部分があるとすれば、普段は女性エルフのみで構成されているメンバーに男性のエルフも交じっている点だろう。だからこそ当該パーティーの戦闘能力は非常に高く、連携能力も非常に高い。
「貴様は……」
そんなパーティーは、ほぼ一直線と言える通路で一人の男と対峙していた。見る限りは一般の闇派閥構成員のような非常に薄いローブを羽織っており、獲物が槍である事が伺える。
そして、何らかの自信も持ち合わせているのだろう。口を開いたリヴェリアに対し、相手はニヤリとした表情を浮かべて応対していた。
目元をスッポリと覆うゴーグルは、特徴的なモノがある。まさしく、突入前にフィルヴィスから忠告を受けた容姿であり――――
「ディックス・ペルディクス!?」
そのような特徴から相手を特定できたエルフの一人が、思わず名を叫ぶ。特定が出来ていなかった者も相手が誰であるかを理解すると同時に、その身体は反射的に、強敵との戦闘態勢を築いていた。
しかし、これらの驚き様には理由がある。ディックス・ペルディクスとは、イケロス・ファミリアのメンバーとして知られているのだ。
「そんな、イケロス・ファミリアは壊滅した筈では!」
単にヒッソリと、同じ闇派閥のタナトス・ファミリアへ
ロキ・ファミリアとして「残虐極まりない人物」という噂話は聞いた事があるものの、エンカウントするのはこれが初めての事。そして初顔合わせは相手も同じであり、挨拶代わりにと、ディックスは己の“魔眼”を使用するべく右手を前方に突き出した。
対象の精神を混乱させ、同士討ちへと導く狂気の呪詛。不特定多数の者に対して使用したならば、まさに“カオス”という表現がふさわしい狂乱の宴を作り上げる。
使用中は使用者のステイタスが低下するデメリットこそあるものの、詠唱も比較的短文と言える程。つまり己が安全な地点に居る事が担保されるならば、対集団戦において非常に強力なスキルなのだ。
「っ、隠れろ!」
リヴェリア達は、事前に情報を共有していたのだろう。リヴェリアが発した短文と共に、全員が物や柱の陰、横に反れる通路への退避行動を行った。
魔法を反射するようなマジックアイテムを持たない限りは、防ぐ手立てのない類の魔法。故に対策もまたシンプルであり、魔法そのものに攻撃能力は無い為、こうして射線を切ることで防ぐことが出来るのだ。
故に全員の動きや声が止まり、通路には静寂が訪れる。彼女たちの対応を目の当たりにしたディックスは、思わず詠唱を中断してしまう程のものだった。
「あ?なんでテメェ等が、俺の能力を知ってんだ?」
疑問に思ったディックスながらも、もちろん「実はフィルヴィスがこっち側に居ます」などと答えるエルフ・パーティーの者は存在しない。マインドの消費が多いのか連続して発動できるワケでもないようで、ディックスはゴーグルを元に戻した。
初見殺しに匹敵する程の凶悪さながらも、タネが割れていれば容易に対策が可能の為に連発する意味がない。苦虫を噛み潰したような表情を魅せる彼は、一方で脳裏で最良の選択肢を模索する。
「……チッ。ヤル気が失せた」
そう一言だけ発した彼の数メートル先。少し距離のあるエルフ・パーティーとの間に割って入るかの如く、格子の壁が天井より落下した。
響き渡る地鳴りのような音から、相当の重さを有していることは伺える。そして例えば牢屋の格子のような、どこか一部がドアになっているような都合のいい事はない。
「リヴェリア様、あれは……」
「ああ……恐らくは、
「ご名答」
あくまでも様相から推察した程度の山勘ながらも、どうやら正解だったようだ。歩きながら首を横に向けて言葉を吐き捨てるディックスは、そのまま奥へと進んでいく。
闇派閥から見れば、仕切り直し。エルフ・パーティーから見れば、攻略不可能の壁があるとはいえ、みすみす相手を取り逃す直前だ。
故にどうにかならないかと、エルフ・パーティーの誰もが思う。状況が動いたのは、その時だった。
今回は遠距離戦闘がメインの為に後方支援という事と、偶然で最後尾に居るアリシアの更に後ろ。そこから鳴り響いた金属音に、彼女はすぐさま反応した。
鎧の音で誰が来たのか分かったアリシアだが、これには明確な理由がある。かつてメレンにてイシュタル・ファミリア達に襲われていた際に夜街に響いた、あの鎧と同じだからこそ。
加えて、このように劣勢な場面でやって来るパターンは一度限りの事ではない。ヘスティア・ファミリアには秘匿されている内容ながらも、何らかの常識外れな方法で事実を知り、リヴェリア・リヨス・アールヴを想うならば必ず駆けつけるとエルフ一行は信じていた。
再度、特徴的な鎧の鳴る音を耳にしたアリシアは、振り返りつつ口を開く。「これで勝つる」と言わんばかりに勝利を掲げるかの如く、やってきた者の名を告げるために。
「タカ――――」
しかし、口に出した相手の名前は先が続かない。瞳からハイライトが消える程ではないモノの、続けて目にした全員には口を開く余裕がない。
全員の視線の先には、メレンの時と同じ白いプレートメイルのフルアーマーを纏う者。芸術品かと思うほどに美しいフェイスシールド部分について、唯一にして、非常に大きな理由がソコにあった。
薄明りに輝く白いヘルムの両サイド。どう頑張っても耳全体をスッポリと覆っているはずのヘルムから、なんと、エルフの特有と言える長い耳がヒョッコリと飛び出していたのだ。
長さに特徴のあるエルフ耳だからこそ、目にした時の違和感は非常に顕著。準備に時間を割く事が出来なかったのだろう、少し遠めでも分かる程に左右で取付位置がズレている。
「エルフ・パーティーと聞いている。ならば自分も、正装にて加わらねばなるまい」
「……」
呑気に口を開く、自称一般人。世間には“まずは形から”という言葉があり、恐らくはソレを体現したのだろう。いつかアイズが衝動買いをして白兎を興奮させたアイテムであり、今の今までインベントリで眠っていた代物だ。
戦場真っ只中ということも忘れ、呆れここに極まれりとでも言わんばかりの表情を浮かべるリヴェリア・リヨス・アールヴ。嬉しさと呆れがぶつかり合い、彼女の心境は色々と複雑である。
彼が決して悪い存在ではないと言う事は、この場の全員が知っている。むしろリヴェリアを除くエルフ一行は、相手がドライアドの加護持ちと言う事で敬意を払っている程だ。
エルフ耳を外して美術館などの落ち着いた状況下で見たならば、息をのむほどの美しさを兼ね備えるプレートメイル。それを着ている中身の存在と相まって、だからこそ滲み出る胡散臭さが凄まじい。
一行の視線が、止まる。言葉が、止まる。荒げていた息も、止まる。
嗚呼、あの時の鎧か。嗚呼、遊戯で使うエルフ耳をソレにくっつけたのね。その程度の事は見れば分かる。
――――うん、何やってんの?
だからこそ誰しもが、このような感情を抱いている事だろう。しかしリヴェリア以外は相手がドライアドの祝福持ちであることを知っている為に、そのようなツッコミすらも行えない。
「……え、えっと……。そ、そのお耳は」
「エルフだ」
This is a pen. I am elf.
ニュアンスとしては、そんな感じの程度のモノ。自分はエルフであると言い聞かせるかのように呟く謎の男は、此処が人造迷宮ではなく地上だったならば、平時のオラリオにおいてもヤベー奴として認定されガネーシャ・ファミリアによってブタ箱までご同行になるだろう。
「えっ?」
「自分は、エルフなのだ」
「あ、はい」
果敢に問を投げたアリシア・フォレストライト、僅かにも抗うことは叶わず綺麗に撃沈。例の祝福を所持していると言う事実も、アリシアが深くツッコミを入れることが出来ず、感じる重い空気に拍車をかけていることだろう。
淡々とした口調で返された言葉には妙な重みが乗っており、先の事実をさておくとしても、何故だか否定できる空気とは程遠い。そして――――
「チッ!ロキファミリアに、まだエルフが居たとはな……」
――――騙されてますよおぉぉぉ!!
何が起こるか分からないからツッコミを入れるな、絶対に口に出すなと己に言い聞かせる一方で内心にて叫ぶレフィーヤ・ウィリディス。もうそろそろ我慢の限界を迎えるレベルに達しているが、紙一重の領域で、己の腹から噴火しそうな声を抑えていた。
とはいえ対象者はヘルムで顔も見えず、全身が重厚の鎧であるために種族的な見た目の区別を付けることは難しいだろう。その点、フードやヘルムで隠しきるのが難しいエルフの耳というのは、他者にとって分かりやすい“特徴”だ。
呆れる一方で敵に悟られぬようポーカーフェイスを保とうとしているエルフの面々であるものの、一部は面白おかしさから破綻しかけているのはご愛敬。それがディックスにとっては援軍を喜ぶように捉えられてしまっており、悲しいかな状況は悪い方向に進行中。
「……羽虫共が。覚えてろよ、あとで血祭りに上げてやる」
とはいえ、いくらフィールド的には有利に立とうとも、数の差で圧倒的に劣る事は明白だ。それはディックスとて重々承知しており、だからこそ此度は少し前の時間帯から撤退の選択肢を選んでいる。
彼とて、決して阿呆の類ではない。闇派閥の一員というだけの話であり、戦況を読んで不利となれば撤退する勇気を持つことが出来る、頭脳派の戦士の一員だ。
いくら強力な
ディックスの戦闘スタイル例を挙げるならばフィン・ディムナのような人物像であり、持ち得る狡猾さは、もしも味方となれば心強い事だろう。今まで様々なファミリアの追跡を振り切ってきた事実が、持ち得る狡猾さと慎重さの高さを示している。
だからこそ彼は此処で待ち構えていたワケであり、双方の間に君臨する
ディックスの脳裏にあるのは、どのようにしてエルフの連中を仕留めるかと言う方法だけ。ある種の快楽殺人を彷彿とさせる催しを、どのように実施するか楽しみにしている程だ。
そんな彼の後ろから、まるで興味を引くかのような言葉が掛けられた。
「――――嗚呼、そうだ。
ニヤリの3文字で表現する事がよく似合う、わるーい表情を浮かべるハイエルフ。約一名が来たことで勝ちを確信している点もさることながら少しの惚気も交じっているが故に、日頃の平常心が崩れている。
そして男女の二人は、以心伝心。リヴェリアが出そうとしていた追撃の号令など言われなくても捉えており、故に己がやるべき事も理解している。
まるで毎日の朝の如く、「いってらっしゃい」と「いってきます」が交わされるかのように。右手に持つくたびれた黄金色の盾を振り上げた男は、権能を振りまく神にも有効打を与える事が出来るアクティブ攻撃スキル、“正義の熱情”でもって振り下ろした。
金属が砕け散る音を、耳にした事があるだろうか。
落下先となる床の素材にもよるが、例えば軽量なアルミニウムならば、カラン。あるていど重量のある物ならば、ガシャンとでも表現することが出来るだろう。
なお此度においては非常に硬い金属同士、更には片方が持ち得る運動エネルギーは凄まじい。故に響き渡る音の重量は生半可とは程遠く、敵味方そしてモンスターを問わず、思わず全員が耳を塞ぐ程の轟音だ。
例にもれず、ディックスは思わず耳を塞いで僅かに屈む。何が起こったのかと考えて直後に振り向けば、そこには全く予想だにしない光景が飛び込んでくる事となった。
「……は?」
穴、と呼ばれるには少し歪ながらも円形の形状。対象が紙一枚程度の薄さだったならばともかく、決して
しかし現実はどうだろう。万物を阻む目的で作られた落下式の格子扉は、殴打された付近が完全に粉砕されている。空いた穴の大きさは直径で8メートル程はあり、今この場に居る人数ならば、隊列を成したとしても問題なく通過することができるモノだ。
冷や汗が湧き出るディックスの視線の先には、仁王立ちする一人のエルフらしき何か。格子を破壊した際に生まれた衝撃で左耳が外れて後方へ飛んで行ってしまっているが、本人は全く気付いていないらしい。
その後方左側には、相も変わらず“わるーい”表情を浮かべたハイエルフ。「待ってました」、もしくは「よくやった」とばかりに、この世界における
「“
「……エルフって、何でしたっけ?」
「レフィーヤ、言ってはいけません!」
限界を超え、一周回って気が抜けて炸裂する
とはいえ彼という存在に秘匿が必要ならば、彼という存在が、目撃者ごと片っ端から全てを壊せば結果は同じ。リヴェリア・リヨス・アールヴの心境は、そんな感じの脳筋理論に染まってしまっている。
アールヴの名を持つ、王の一言。それは紛れもなく、各地で活躍する同胞に対する盛大な風評被害であった。