その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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219話 選択肢にはご注意を

 

 通路を作る両壁に積み上げられたアダマンタイトの一つ一つに目を配れば、とても丁寧な仕事がなされている。それこそ王宮や神殿と言ったようなクラスの建物を建築する者ですら息をのむ程に精工で、機械によって織りなされた緻密な工作かと見違う程の整い様だ。

 時に規則正しく、時には一定の法則性を保ちながらも不規則なアルゴリズム。地下と言う広大な土地のメリットを生かし、縦横斜めに張り巡らされた通路の全てが、このような構造だ。

 

 とはいえ、いくらか限度が付きまとう表現でもある。観光地として開放することが出来たとしても、ダンジョン37階層の白宮殿(ホワイトパレス)と呼ばれているエリアの美しさには遠く及ばない。

 あちらは頂上が見えぬ程に高く白濁色の壁面が(そび)え、同色の天井が織りなす非日常的な景色となっており、まさに宮殿と呼んで差し支えのない代物だろう。反面、オラリオでは名の知れた危険地帯でもあり、辿り着くまでの労力と危険を考えれば、人造迷宮(クノッソス)で得られる美しさも費用対効果は十分だ。

 

 

 時は1分ほど巻き戻り。此度の戦闘は、そのような場所で行われようとしている。

 

 

 傍から見れば“起死回生の一撃”とばかりに対峙の状況をリセットした乱入者。それはヘスティア・ファミリア所属の一般人、名をタカヒロという。

 戦う理由は、リヴェリア・リヨス・アールヴを護る為。そんな理由を達成すべきと思った矢先に閉じられた最硬金属(オリハルコン)の格子扉をジッと見つめる彼は、とあることを考えていた。

 

 かつてケアンの地においても、木製もしくは石造りながらも、隠された場所を守る扉のような存在はいくつか在った。その手の場合は対象物に攻撃を加え、破壊することができる。

 そんな通路の先にあったのは、隠しチェストの類など。此度においてはそのような物を期待する事は出来ないが、逃走者の確保を相方が求めていることは明白だ。

 

 もし耐久をゼロにするようなロジックでは無くとも、自分達がここを通過できれば目標は達成されるワケで、結果として問題ない。そして見た限り、格子が持ち得る耐久性能は高くない。

 繰り返しになるが、相手を確保する為には、格子の突破は必要だ。つまり――――

 

 

――――これ、壊すか。

 

 

 嗚呼、具体的な銅像などではなく所詮“格子”とはいえ、確かに美しい精工さを兼ね備えたモノだった。実際のところ約1000年、つまり十世紀という途方もない時間をかけて作成された一部ということを、仮に理解していたとしよう。

 史実の戦争においては、教会や遺跡の類を攻撃してはならないという暗黙のルールがある。爆弾一つを落として終わらせることが出来ない大きな理由の一つであり、歴史ある建造物とは、このようにして大切にされることが大半だ。

 

 

 しかし彼が抱いた感想は、いつかのアイズ・ヴァレンシュタイン宜しく「そんなの関係ねぇ」程度のモノ。奇遇にも相方から「やっちゃえ」的なアイコンタクトが飛んできており、実行しない理由など見つからない。ついでに最硬金属(オリハルコン)として回収し、誰かしらの装備に再利用(リサイクル)できないかと考えている呑気さだ。

 オラリオどころか全世界で最も固いと言われる金属、最硬金属(オリハルコン)ですら、風の前の塵に同じ。とはいえ、権能を発する神を相手に明確なダメージを与えることが出来る火力、それを受けることが出来る金属など、滅多にあるものではない。

 

 

 故に、一撃。見た目こそ変わっているが愛用のメイス(名称:全く普通の盾)を振り下ろし、格子に先の大穴が開けられたというワケだ。

 

 そして、物理法則は止まらない。エルフ特有と言える長く尖った左耳は、格子を殴った衝撃(反動)によって接着部分が外れてしまった。

 

 接着剤と素材との相性が悪かったのか、そもそも乾燥時間が足りていなかったのか。くるくると回転しながら放射線を描いて後方へと飛んでいく、エルフとしてエルフ・パーティーに加わるという儚い夢。そんな諸行無常が頭上で響く姿を、アリシア他数名は顔を動かして追っていた。

 種族の垣根を示すかのように、どこまで飛んでいくのやら。もしも“エルフ耳跳躍選手権”などという頭のオカシな競技があったならば、恐らくはK点越えを達成している事だろう。

 

 

 

――――ふざ、けんな!?

 

 一方で、装備(設備)の差から生まれ出る余裕に浸っていた者は、理解が全く追いつかない。とはいえ彼は紙一重のところで僅かな冷静さを保てており、相手集団が追撃してくるという状況については理解ができた。

 たった一度とはいえ、つい先程は別部隊によって躱された“始祖の罠”。なお此度は回避どころか真向からの粉砕である為に、相手の存在が持つ危険度合は凄まじい。

 

 そんな光景が、あまりにもふざけ――――もとい、現実離れし過ぎていた為か。ディックスは桁外れのバケモノと対面しているという恐怖よりも先に、面白おかしい感情が湧き出てきたらしい。

 さきほど片耳が飛んで行った事も、間違いなく影響していることだろう。間一髪、それこそ“致命傷で済んだ”レベルとなっている逆側の耳も千切れたように外れかけており、絵面のシュールさは輪をかけて酷くなっている。

 

 

「なんだテメェ!絶対にエルフじゃねぇだろ!?」

 

 

 故に思わず、そんな言葉を真正面からディックスが言い返す。彼の中で如実に増える恐怖の感情を殺すためでもあるのだが、どうにも増える量の方が非常に多い。ついでにレフィーヤは内心で全力でディックスの言葉を肯定中、此方は中々に余裕があるようだ。

 そして、一体どのような人物なのか全く分からない謎の男が取り得る回答は、二つに一つ。エルフであると肯定するか、否定するかのどちらかだ。

 

 

「自分は、エルフだ(説得する)」

「ふざけんな!!」

 

 

 淡々とした据わった声による、彼らしい回答。状況を目の当たりにしているレフィーヤだけは相変わらずディックスと共に否定というツッコミを入れたくてウズウズしているが、紙一重の所で留まっている。

 しかしどうやら、ディックスは納得する素振りを見せていない。いつか張り付けとなり燃やされる直前となっていた魔女、及び集団と対峙した時の“乗っ取られ”の如く、男二人は同じ問いと回答の選択を繰り返す。

 

 

「自分は、エルフだ(説得する)」

「嘘を吐くなああああ!!」

「自分は、エルフなのだ(説得する)」

「テメェさっきから何なんだよ!何かに“乗っ取られ”てんのか!?」

「自分の事を何と呼んだ?(攻撃)」

 

 

 正論ながらもディックスが地雷を踏んだことにより、オラリオの人造迷宮に“妖怪ソウビオイテケ”の亜種が出現。さながら“神々の鉄砲玉”が自ら“当たり屋”の類になるというタチの悪さである。

 とはいえソウビオイテケが回答内容を間違えたワケではなく、同じ問いを繰り返さなかったディックスに責任の全てがあるのは言うまでもない。もしも繰り返していたならば、こうして“(攻撃)”となる未来も変えられた可能性がコンマ数パーセント以下の確率で存在する。

 

 ついでに言えば、返答を分析するに、どうやらメンヒルの意思は固いらしい。己はエルフであると言い聞かせている理由については神のみぞ知るところながら、此方も回答を変更するつもりは無かったようだ。

 なお本人は、エルフ達とのパーティー行動という事ですっかり上機嫌。片やすっかり闘志を失ってしまった本物のエルフたちを前にして、自称一般エルフは敵への攻撃を開始する。

 

 自称エルフとは言うものの付け耳に留まる話であり、戦闘スタイルについては今までと何ら変わらない。瞬くよりも早く2体のガーディアンが召喚され、まず初めに突進スキルとガーディアンの突撃でもって周囲のモンスターが一掃された。

 この間、僅か2秒あるかないか。正確には1秒と言う時間の間に3つの突進スキルが順に放たれ、その間にガーディアンが突撃して残りを薙ぎ払った恰好だ。

 

 本来、“(攻撃)”を意識したならば、相手が由緒正しい一般人だろうがモンスターだろうが神だろうが、即座に戦闘態勢にスイッチするのが“乗っ取られ”と呼ばれる種族である。今の今までは色々とあって大人しかったのだが、此度においては状況が特別だ。

 前提としてディックスという男は、リヴェリア・リヨス・アールヴを筆頭にエルフ集団を殺しにかかった実績持ち。故にタカヒロが加減する理由など何もなく、こうして取り巻き一同は数秒と持たずに壊滅している。

 

 

 “相方”については言わずもがな、そして“エルフ達”を殺めようとしたという、正真正銘の大悪党に対し。妖精嗜好(エルフスキー)による天の審判が下されたのだ。酷い字面(じづら)である。

 

 

 なおそれを“メンヒルの化身”がやってしまっているので、実質として“天罰”と呼べる状態になってしまっているのはご愛敬。エンピリオンもメンヒルも全く気にしていない上に彼本人も自覚は無いために、止められるのはリヴェリアぐらいのものだ。

 此度はタカヒロ側から突撃をかけている状況もあって、被ダメージの欠片もない。その為に全てのスキルが発動しておらず結果として全力には程遠いものの、有象無象を相手にしては十分な攻撃能力と言えるだろう。

 

 

「あっ……」

 

 

 どうあれ、またたく間も無くヤベー状況に追い込まれたことを意識したディックスだが、時すでに遅し。元々が前衛職ではない事もあり、基本として相手にデバフを振りまきつつ、多数の味方と合わせて乱戦を作り出すのが本来のスタイルである。

 このようなタイマンの状況、それも最悪のジョーカーとなるレベル100が相手など最初から想定にしていない。この部分に限って言えば過去に彼を相手した誰しも、それこそ権能を振りまく神だろうとも当てはまる事象とはいえ、対処するにしても難易度が非常に高い点は揺るがないだろう。

 

 レベルは知らないながら、相手は最硬金属(オリハルコン)を破壊する程の実力者、そして距離は二歩三歩程度のもの。打開策がないかと考えるディックスは、一か八かで、己の能力を使用すると決意した。

 

 

 対象の理性を奪い、混乱させ、同士討ちを発生させる呪詛(カース)の類。先程はリヴェリア達に対して不発に終わったものの、この距離ならば隠れることなど出来はしない。

 使用後に己のステイタスが下がる為に殺されることにはなるだろうが、己を殺した後は、対象のヘイトがエルフたちに向けられる。そうなれば、一矢報いる事は可能となるだろう。

 

 

「迷い込め、果てなき悪夢(げんそう)

「っ、タカヒロさん!」

 

 

 特徴的な短文の詠唱が行われ、赤い光がタカヒロに浴びせられる。此度は呪詛(カース)の全てを一人に対して発動させた為に、持ち得る効力も非常に高い。

 それを知って、アリシアたちは不安げな声と表情を浮かべている。なお最も近い約一名は相も変わらぬ仏頂面をキープしているが、持ち得る“知識の量”が異なる為に仕方ないだろう。

 

 ともあれ、数秒もするうちにタカヒロに変化が現れる。覚悟も含め、ニヤリとした表情を浮かべるディックスに対し、少し項垂れた青年は右手でヘルムを抑えつつ、呟くように口を開き――――

 

 

「レジェンダリー……ダブルレアMI……厳選っ……!」

 

 

 彼らしい悪夢に(うな)されていた。

 

 というよりは、ただトラウマの1つを思い出しているだけに過ぎない事。誰がどう見ても、錯乱や狂乱と呼ぶには程遠いと言えるだろう。

 

 

「……効いて、ない?ナンデ?」

 

 

 相手を混乱させる術を放った者が混乱に迷い込んでしまうという、まさに珍事。今の所、フルアーマーの相手に狂気など欠片も見られない。

 だからこそディックスは“効いていない”と判断しており、そしてコレが通用しないとなると“詰み”の段階だ。いうなれば、蛇に飲み込まれて消化されるカエルの気分とでも言った所だろう。

 

 

「……果てなき悪夢(げんそう)、か。嗚呼、なるほど確かに根底だろう」

 

 

 挙句の果てには、十秒も経たずして正気を取り戻してしまっている始末。しかし何やら同意しており、珍しく口元は僅かに吊り上がる様相を見せていた。

 

 

 ところで、この男が呟いた内容とは何の事か。それは単純に“装備の収集”が当てはまるのだが、この場で知り得る事が出来たのはリヴェリアぐらいの者だろう。

 しかし彼女もまた、疑問が残る。装備や素材の収集が趣味となる彼にとって、なぜ悪夢となるのかについては予測することが出来ていない。

 

 ヒントとしては、彼が呟いた内容にある。

 

 Aというビルドを作るには、Xという装備が欲しい。そのXがもしも特定のレジェンダリーやモンスター固有装備となるダブルレアMIならば、期待できるドロップ率はコンマ数%よりも遥かに低い数値。

 ただひたすらに、強迫観念のままに数カ月にわたって同じモンスターを屠り続け。対象のモンスターから向けられる憎悪の念が最高値になってからが、ようやくスタートと言える程だ。

 

 故に最初に訪れるのは、基本としては絶望という悪夢の類。「それでも掘ってやらぁ!」などとヤル気が沸き起こるのは、あくまでも次の段階で生じるものなのだ。

 

 

 例え世界が滅びる時まで歩こうとも決して終わりが訪れる事がなく、逃れる事の出来ない歩みの一つ。それを傍から見たならば、恐らくは並大抵の悪夢よりも酷く映る事だろう。

 

 

 とはいえ、トラウマの一つを思い出す程度かつ僅か十数秒で解除されている事には理由がある。こちらのヒントについては、彼のビルドが自称ながらもディフェンシブな所にあるだろう。

 

 タカヒロが持ち得る数多の耐性の一つ、“減速耐性”。移動速度を低下させるデバフに対する抵抗もさることながら、この数値は実のところ、呪詛(カース)に対する効力を発揮する。

 物理的ダメージを軽減する物理耐性や魔法ダメージ軽減のエレメンタル耐性と違って“高い数値”と表現する事はできないものの、装備の更新――――だいたいヘファイストスがハッチャけた事によって60%に迫る数値を叩き出している。その為に、僅かな影響を受けてしまったというワケだ。

 

 そして、もう一つの耐性。無秩序を意味する“カオス”に対する耐性は現在、なんとベース値で92.4%の値を備えているのだ。

 つまるところ、ディックスが対象を一人として放った渾身の呪詛(カース)は、まず減速耐性によって持ち得る威力が4割にまで減少。そこから更に、カオス耐性によって約9割がカットされた。

 

 本来の威力を100として計算式に当てはめるならば、100%*(1-0.6)*(1-0.924)。もはや数値の上では効力が残っているかすらも怪しくなる、たった3%の威力となって届いている。

 その僅か3%で効果が生じたのは、先の内容が彼にとって魂の奥底に染み付いたモノだった為。快楽を得るためには苦悩を伴うと言う、表裏一体の理だ。

 

 

「……嘘、だろ?」

 

 

 そのような事実を知る余地はないものの、起死回生の奇策も通じず“詰み”となる。ロキ・ファミリアが用意していた“魔法の使用を阻害する特殊な首輪”が装着され、ディックスは敗北を認める事となった。

 

 

 エルフ・パーティーは進行を停止し、ディックスを地上へと送り届けるために後退を開始する。敵味方を問わずにヘイトをかき集める“壁”が新たに同行している為、道中の脅威に対しては僅かな危険も生まれない。

 先ほどとは違って、基本としてエルフ達のスキルアップの為に直接手を出すことは稀となる。しかしいざ参戦となれば、何もかもを一撃のもとに消し飛ばす程に加減を見せていない珍しさだ。

 

 

 目に映り流れ続ける蹂躙に対して冷や汗が流れ続けるディックスだが、俎板の鯉である為にどうにもならず。人造迷宮(クノッソス)の入口からギルドへと引き渡され、やがて取り調べを受ける事となるだろう。

 

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