その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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一方その頃


220話 兎は追い駆ける、英雄の道を

 迷宮都市と呼ばれるオラリオの地下には、ダンジョンと呼ばれる迷宮がある。街が迷宮都市と呼ばれる最も大きな理由の一つであり、それに蓋をするように聳え立つバベルの塔もまた世界的に有名な建造物。

 ダンジョンとは、人と神がタッグを組み、千年という時間を費やしてなお突破できない強固な要塞。もっともここ1年ほどの間で“例外”が生まれたのだが、その者はダンジョンそのものに興味を向けていないので結果としては同等だ。

 

 そんなオラリオの地下にある、人造迷宮(クノックス)。所詮“人”の手によって作られた建造物とはいえ、それが持ち得る構造と脅威は侮れない。

 物理的、生物(モンスター)的なトラップなど当たり前。加えて通常のダンジョンとは違い、どこかしこも同じ素材で作られているがために方向感覚が惑わされる。

 

 

「このっ、本当に迷宮だ……ダンジョンの中層で目にした脅威と、何ら変わりない……!」

 

 

 単独で行動しているベル・クラネルは、己が進むべき通路を決定できずにいた。戦闘の痕跡などから判断しようにも、彼のスタイルはカウンターを狙う最小限の動作で行われるために周囲を巻き込む派手な攻撃を行わない。

 だからこそ痕跡を残さない為に、通路を目にした際の判断材料は無いに等しい。これがもしマップ作成能力を持っているか、ガレスのようなパワーファイターならば床や壁に痕跡を残すために、状況は変わってくることだろう。

 

 

「どけっ、邪魔だ!!」

 

 

 そして要所要所で少年に襲い掛かる、無数のモンスター。幸いにも今のところ毒持ちは混じっていないようだが、それもいつまで続くかは分からない。

 かつて8階層でミノタウロスの強化種を相手にしている時に見せた師のように、ベルは後先を考えずに走り出している。己にはフィンやリリルカのような頭脳は無いと割り切っており、自分自身で猪突猛進と理解できているとはいえ、立ち止まることなどできはしない。

 

 

 しかし、今いる此処はダンジョンそのもの。オマケに単騎とくれば、最悪の場合、木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊(ミイラ)になる可能性も有り得る話だ。

 それでも、どこに居るかすら分からないアイズ・ヴァレンシュタインを見捨てる選択肢はあり得ない。師と同じく、兎にも角にも、ベル・クラネルは迷宮を疾走する。

 

 時間にして、既に30分は過ぎている。流石のベルにも疲れの色が見え始めており、とある選択を迫られていた。

 

 一度戻るか、否か。素直に師の力を借りるべきかと眉間に力を入れ、アイズを見つける事ができない己自身に苛立ちを覚えている。

 歯を強く噛みながら、今までやってきた通路の暗闇を睨みつけた。せめて、何か手掛かりがあれ、“誰かの手助け”があればと思い歯ぎしりする。

 

 

 少年の髪の毛が逆立ったのは、まさにその数秒後。

 

 

「えっ!?」

 

 

 地下ゆえに吹き抜けるはずのない、最も身近にあった優しい風が。まるで導くかの如く、ベル・クラネルが居た通路を力強く駆け抜けた。

 

====

 

 風が呼ぶ、風が叫ぶ。

 

 君の探している姫は此処に居ると、成長を見届けられなかった己の替わりに支えてくれと囁くように。肌触りこそ穏やかで優しく、しかし力強い風が人造迷宮(クノッソス)の通路を駆け巡る。

 風が指し示す地点はただ一つ。誰が発し、そこに何者がいるかという根拠を持たない白髪の少年だが、確かな確信を持っていた。

 

 なにせ、己の隣に居てくれた優しい風だ。もしも五感を塞がれようとも間違うようなことがあるならば、ベル・クラネルという男は彼女の相方として失格だろう。

 

 故に、この風の先にアイズ・ヴァレンシュタインが居ると断定する理由となる。そして風が運ぶ必死の感情はベルにも伝わり、アイズが危機的状況にいるのだと確信した。

 だからこそ、向かってくる敵を無視して人造迷宮(クノッソス)をひた進む。己を導くように吹く風が、少し前の懐かしい記憶を少年の脳裏に呼び起こした。

 

 

 何度、その焦がれた刃を受けた事だろう。通じないと知りながらも反撃せんと己の刃を繰り出し、軽々と防がれた事だろう。

 初めて目にしたのは、ダンジョンの5階層。ミノタウロスから逃げようとした時に、相手の後ろから巨体を一刀両断した姿。

 

 駆け出しの冒険者にとって死そのものであるモンスターを、当然のように葬り去る実力に対する恐怖。同時に、ダンジョンの中でも光り輝いていると思えるほどに美しかった。

 相反する感想は、一人の少女を目にしたがゆえに出た代物。あの時の光景は、いまだ目に焼き付いて離れない。恐らくはきっと、死の寸前まで忘れることはないだろう。

 

 

 己の一目惚れであったことは、間違いのない事実。祖父の言葉通りに出会いを求めてダンジョンにやってきて出会った、掛け替えのない、ちょっと不思議な一人の少女。

 一緒になって、北の城壁の上で行った鍛錬を思い返す。最初は空中を散歩する時間の方が長かった気がしたが、最近では、何とか鍛錬という形になるまでこぎ着けた。

 

 

 吹き荒れていた風の中心点。己が戦うべきバトルフィールドに辿り着いたのも、同じタイミング。

 それは、少女の物語が終わる五秒前。桃色の髪を持つ相手の女剣士が振るう長剣が振り下ろされれば、そこで全てが終わってしまう。

 

 

――――見える。レベル5になったから? 違う。今まで師匠の鍛錬を受けてきたからこそ、ハッキリと……!

 

 

 見えるはずのない、コンマ数秒後の刃が見える。黄金の刃と赤い刃が交差するタイミング、衝撃、それによって生じる優越の差がはっきりと眼に映る。

 向かえる結果は、紛れもなく後者の勝ちだ。ならば黄金の刃を構える愛しき者がどうなるかは、口にするまでもないだろう。

 

 

 ベル自身も、怖くなるほどに集中していた。相手の女らしき人物が発している奇声など、微塵も耳に入らない。

 ベル自身も、怖くなるほどに怒っていた。少年をここまで導いてくれた大精霊の風の音など、とうの昔に消えていた。

 

 

 誰だ。目にしたことのない、あの者はいったい誰だ。師の言葉を借りて表現するならば、いったい何処の有象無象だ。

 

 

 主神を貶された時とは違う。尊敬する鍛冶師の武器を笑われた時とも違う。自分をここまで引っ張ってくれた師を罵倒された時よりも、遥かに強いと心底思う。

 気持ちが煮え立ち、はらわたが煮えくり返る。隣に立つ少女が更に血みどろになる姿を思い浮かべる度に目は見開き、強烈な殺意が湧き上がる。

 

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが居なくなる結末は、他ならぬ己が許せない。

 

 

 

 ならば、どうするべきか。アイズ・ヴァレンシュタインを守るために、己は一体どうするべきか。

 

 

 単純だ。此度の場合、それしか手立てがない事が有難い。

 このような状況においては、遠慮は要らない。相手が何者だろうとアイズを殺そうとするならば、アイズを守るために相手を殺す――――!

 

 

「なにっ!?」

 

 

 敵が驚く、まさかと言える第三者の乱入。ベル・クラネルは叫ぶより先に、反射的に身体が動いて攻撃を行っていた。

 沸き上がる殺気を隠しきれていないために、一撃は通ることなく防がれる。しかし敵の注意を引き付けるには十分であり、力なく膝を付くアイズの為に行った一撃としては十分に正解と言えるだろう。

 

 

 レベル1の鍛錬を思い起こさせるがむしゃらな一撃でもって相手は大きく飛び退き、距離が開く。互いの間合いからは完全に外れており、投擲物でも使わなければ先制攻撃は察することが出来るだろう。

 だからこそベルは、自分が今いる状況を模索する。広い視野は少しでも情報を見逃すまいと懸命に脳を動かし、この死地から二人が生きて戻る方法を模索する。

 

 

 今更ながら、フィールドは人工の建造物。壁の骨格は超硬金属(アダマンタイト)と聞いているが、内装の類はレンガそのもの。強い攻撃を当てたならば、いくらかは崩れ落ちる事だろう。

 攻撃によっては相手の注意を惹く事にも使えるだろうし、一方で己の邪魔になる可能性もあると分析していた。次いでの状況把握は、相手と己との比較となる。

 

 ナイフや短剣と呼べる二刀流のベルに対し、相手は一般的な丈の長剣(ソード)の類。背格好は似ている故に、魔法を考慮しなければリーチとしては不利となるだろう。互いに異なる利点と欠点を備えているが、カタログスペックとしては同等だ。

 勝敗を決めるとすれば、抱く覚悟と今までにおける実戦経験と言えるだろう。後者は乏しいと言えるベル・クラネルだが対人経験だけは異常なほどに豊富であり、前者の覚悟においても、此度は今までにおいて一番と言える程のものがある。

 

 

「ハッ、悪魔兎(ジョーカー)じゃねぇか!英雄になりたいお人好しが助けに来たったワケか!?お前も剣姫(けんき)と同じく、ここを死地にしてやるよ!!」

 

 

 とある理由により、バトルフィールドはアイズを襲った者に有利となる。アイズがここまで圧倒された理由の一つであるのだが、見た目の特徴は皆無である為に、何も知らない初見で見極めることはできないだろう。

 

 広い目を持つベル・クラネルは、新たな武器を得たアイズが一方的にやられるには何か大きな理由があると瞬時に察していた。確かに対人戦闘は少しばかり不得意なところはあるものの、持ち得る直感や対応能力は、間違いなく第一級冒険者のソレである。

 そして一度の瞬きの時間だけアイズの負傷に目を配ると、己もよく知る師のように圧倒的な力の差があったワケではない。つまり“純粋にアイズより少し強い”か、“何らかの理由でアイズの能力が弱体化した”かのどちらかに絞り込んだ。

 

 

 

 しかし、正直なところ。ベルとしては、細かい事などどうでもよかった。

 

 

 

 相手が例えレベル100であろうとも。

 己に不利となるトラップの数々が仕掛けられていようとも。

 今の今まで走りっぱなしで、どれだけ疲れていようとも。

 

 

 

 己が今ここで足を止める事や背を向ける事は、絶対にあり得なく。許されるのは、真正面から立ち向かい少女を救い出す一本道。

 59階層で立ち向かい、50階層で尊敬する師に貰った言葉を思い返す。師もまた同じ言葉を守り通したからこそ、あの強さを得たのではないかと少年は考えた。

 

 

 

 己が抱く、アイズ・ヴァレンシュタインへの確かな想い。つい先程知ることとなった“情景一途(リアリス・フレーゼ)”が発現する程の想いが本物ならば、何があろうとも絶対に貫き通せ。

 

 

 

 スキルを知ったのは先程ながらも、少年は、常にその信念に沿って頑張ってきた。年頃の少年故にいくらか鼻の下が緩みそうになる事もあった点は仕方がないとはいえ、結果としては、抱く想いを守り通した。

 

 

 事の初めは一目惚れ。つまり、只の中で生まれた焦がれだった。

 

 

 いつしか、横に並んで戦いたいと想うようになり。

 

 いつしか、一緒に並んで過ごす事に楽しさを覚え。

 

 いつしか。己が最も大切な、護りたい者と想うようになっていた。

 

 

 

 状況も心象も、少年が抱くものは真っ直ぐで無垢な想い。母より受け継いだ優しさが根底にある少年は、向けられる想いを否定することにも抵抗を覚えている。

 

 ヘスティア・ファミリアの団長として。一人の男、ベル・クラネルとして。絶対に負けられない覚悟を抱く、一人の少年。

 心中の正義には戦う理由が勇ましく掲げられ、あとは開幕の(ベル)を鳴らすのみ。僅かに腰を落とし、構えとは呼べない姿勢を見せているのは、無意識のうちに師を思いだしているからだろう。

 

 

 一定の状況は把握できた、そして相手がアイズに匹敵する強者であることなど分かっている。しかしここでアイズへの想いを断ち切り引き下がるような愚行を行うならば、かつてのパーティーでダンスを断った女神フレイヤをも汚してしまう。

 同時に、師を筆頭にフィンやオッタルなどから向けられている期待に背いてしまうことは明らかだ。一人の雄として、それらの結末は絶対に許せない。

 

 

 案ずる心が一度だけアイズに視線を向け、直ぐに正面の敵に向き直る。相手から向けられる開いた瞳と荒い息は、持ち得る疲労と、アイズとの実力差を測る材料だ。

 理由は不明だが、今までの勝負は互角だった。故に溢れ出ているアドレナリンは、興奮を後押しする要素としては非常に大きい。

 

 それでいて今の姿勢を崩さないとなれば、疲労が溜まろうともベル・クラネルを相手に負けるつもりもないらしい。自負するわけではない少年だが、あれだけ有名になったならば、普通は警戒もされるだろうと考えている。

 つまるところ、何かの隠し玉やトラップを配慮すべき。状況を把握しているが故に生まれ出る余裕は態度にも表れている相手だが、それが“情報”となってベルに届いている点までは頭が回っていないようだ。

 

 

「此処が、僕の死地ですか」

 

 

 死地に立ち向かう少年は思ったよりも冷静で、舌なめずりを行いながら発せられた先の一文が脳裏をよぎる。

 

 嗚呼。そう言えば返事をしていなかったと、怒りを抱きながら先の一文を思い出し――――

 

 

 

 

 

「――――それで良いでしょう、死ね(攻撃)」

 

 

 たかが兎と侮ることなかれ。オラリオに住まう英雄達に鍛えられた立派な戦士は、今まさに、加減なしの戦闘態勢で牙を向けているのだ。




ヒートショックが生じる温度差になりました…。

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