その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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甘未を一つまみ


223話 揺るがぬ絆

 

 窮地に立たされたクノッソスからロキ・ファミリアのホームへと帰還したメンバーの内、負傷者は黄昏の館の内部にある診療所のような場所に運ばれた。幹部の者達や複数のヒーラーが立ち会っており、容体を見守っている。

 もっとも全員の容体は安定しており、早ければ明日には目を覚ますこととなるだろう。故にヒーラーたちも万が一に備えてスタンバイしている程度であり、表情には穏やかさが伺える。

 

 一方、他のロキ・ファミリアの者とベル、レヴィス、ジャガ丸は食堂に集っている。しかしながら此方は笑顔など何処にもなく、立っている者、座っている者全員が視線を床か机へと落としていた。

 奇跡的に全員が助かったと言うのに、まるで通夜の様相と表現して良いだろう。原因は、最後の最後で全員を救った人物に他ならない。

 

 

 ただひたすらに強い、という訳とは次元が違う。人間離れした中級冒険者の視点から見ても、どう考えても常識的な力には思えない。例えレベル9や10が居たとて、あれ程の治癒魔法を詠唱なしで放てる者など居はしない。

 ましてや、彼は紛れもない前衛職。二枚の盾を持ち強敵に立ち向かう姿は、ロキ・ファミリアのほぼ全員が知っている。

 

 だからこそ、自然と“恐怖”が芽生えてしまう。アレは何者なのかと論議は沸騰しており、通夜の様相は一転してガヤガヤとした声が支配していた。

 納得のいく答えを得ようと、ポツポツと沸き起こる会話は青年の内容一色となっている。しかし質問の数々は、ベル・クラネルとて答えることができない内容がほとんどだ。

 

 タカヒロという存在は一度も全力を示しておらず、秘匿しているスキルも一つや二つではない。比較的大きな秘密を知っているベルと言えど、全容は、ましてや此度に使用されたスキルについては全く耳にしていない。

 だからこそ、聞かれても答えることなどできはしない。分かりません・ごめんなさいと言った言葉の中で、ふと口にしようとした「師匠は謎が多い人」という言葉の3文字目迄が口に出たならば――――

 

 

「師匠だ!?お前、あんな人間離れしたバケモノがまだ信用できるってのか!?」

 

 

 このような棘のある意見を持つ者も、出てしまう。

 

 

(あ゙)?』

「お前っ、取り消せえ!!!」

「ッァ!?」

 

 

 いつかの酒場然り、凄まじい形相と勢いでベル・クラネルが飛びかかる。殴るなどの素振りを見せる様相は無いが、発言者の胸倉を掴んで離さない。

 ジャガ丸も爪を付きつけ、まさに一触即発。部屋の端に寄り掛かるレヴィスは此度ばかりは口を挟まず、静観に徹していた。

 

 かつて、皆が見た年相応の少年の姿はどこにもない。目は見開かれ歯は折れんばかりに食い閉められ、次があれば容赦なく殴りかからんとするその姿は、まさに鬼神染みたものがあると表現することができるだろう。

 

 

「テメェ……」

 

 

 同様に、今のタイミングで診療所から戻ってきたベート・ローガも、あからさまに殺気を抱いて詰め寄ることとなる。こちらも負けず劣らずの様相を見せており、此方もこちらで一触即発の状態だ。

 怒りを向ける相手はベルと同じく、先程の発言を行った人物。久しぶりとなる超絶不機嫌なベートの姿を前に、ロキ・ファミリアの団員達は口を出せない。

 

 

「廊下にも聞こえてたぞ。随分と大きな口を開くじゃねぇか、ああ?」

「だってベートさん、あれが」

「だったらテメェは、あの状況から全員を救えたってのか!?ああ!?どうなんだ言ってみろ!命を賭けてな!!」

 

 

 ベル・クラネルから発言者の胸倉を奪い掴み、立ち上がらせる。ベートとて少年の気持ちは十分に分かっているが、それでもベルは他のファミリアであるために肩代わりした格好だ。

 体格差もあって宙に浮きかける団員だが、自業自得であるために仕方がない。息苦しさが滲む謝罪の言葉を耳にしてベートが手を放すと、その場の床に崩れ落ちた。

 

 

「覚悟しとけよ、テメェ。スキルか何か知らねぇが、あれ程となりゃぁ機密の塊だろう。それを使って他のファミリアの命を救ってくれた英雄を貶したんだ。奴がそんなことをするとは思えねぇが、殺されても文句を言うんじゃねぇぞ」

 

 

 ケッ。と悪態をつきながら、その場に居づらくなったベートは負傷者が居る診療所へと足を向ける。

 

 

「何故だ、ベート……何故あの者は、先の言葉を……」

 

 

 その入り口で目を見開いていたのは、他ならぬロキ・ファミリアの副団長。今の一連の流れを耳にしていたのは明らかであり、その心は現状を受け入れることができていない。

 

 

「……おい副団長。テメェ、一緒じゃなかったのか」

 

 

 そう言われ、リヴェリアはハッとして我に返る。確かタカヒロは、慣れてきたとはいえ広大な館の内部で迷わぬようにと、ベートが出ていった数秒後に診療所を出たはずだ。

 

 

「私が出る少し前、お前のすぐ後に病室を出ていったが……まさか」

「チッ……とっとと探しに行け。もしかしたら、聞かれてたかもしれねぇぞ」

 

 

 苦虫を食い潰したような顔になり、リヴェリアが廊下を駆けてゆく。一連の会話は食堂全体に聞こえており、場は別の意味で通夜の様相へと切り替わった。

 廊下を走るリヴェリアは、夢であってくれと、僅かな望みに祈りを捧げる。己の自室へと向かうも施錠されたままで、そこには誰も居はしない。

 

 ならば彼と彼女が最も長い時を過ごした、リヴェリアの執務室。そこに居るのかと続けて向かうも、そもそもこちらも施錠されており入ることができなかった。

 かつてない程に焦っていると考え、彼女は己に落ち着きを求めている。他のファミリアの者が赴ける場所であり、己と相方にとって関連のある場所はどこかと思い返し、1つの場所を引き当てた。

 

 

 

 

 かつて、ロキ・ファミリアへと初めて訪れた白髪の二人を迎えた場所。いつのまに着替えたのか鎧姿ではなくいつものワイシャツながらも、月明かりに照らされる一人の青年。

 先程の騒動も何のその。入口から背を向けた位置にあるバルコニー席に座って、優雅に読書タイムに耽っていた。

 

 しかしながら今の彼女には、その背中すらも遠く感じるものがある。それでも、声を掛けずにはいられない。

 

 

「ここに、居たか……」

「すまんな、勝手に借りている。食堂が盛り上がっていただろ?当の本人が顔を出せば、それこそ一波乱が起こると思ってね」

「っ……」

 

 

 最悪だ。ベートの予測通り、やはりあの騒動で出された言葉は彼の耳に入ってしまっていたのだと、リヴェリアの顔が苦痛に歪む。

 よりにもよって、己が手を伸ばしたファミリアに、あのような言葉を言われたのだ。もしこれが自分ならばと彼女は考え、恐らくは心が崩れていただろうと。そしてロキ・ファミリアを信用できなくなっていただろうと思い、一層のこと胸が痛む。

 

 

「……さて。フィン達をやった敵のカードに、目星はついたのか?」

「いや、まだだ。しかしタカヒロ、あの言葉は……」

 

 

 先のようなことがあったというのに、目の前の戦士は普段と全く変りない。彼女に向けられる視線もまた、平常通りと言って過言ではない。

 

 そのことが、胸に突き刺さる程に辛かった。かつて59階層で己の非礼を詫びた時の情景が、今の場面に重なってしまう。

 

 彼女はロキ・ファミリアの副団長として、団員が口にした非礼を心から詫びる事となる。とはいえ、これで許してもらえるなどとは思っていない。

 今ここで敵対の仲となっても、ロキ・ファミリアが青年を非難することはできないだろう。団員の一人が発した先の言葉が原因により、タカヒロが持つロキ・ファミリアへの信頼が地に落ちているとリヴェリアは捉えている。

 

 

「言わせておけ。それで気が晴れるなら、安いものだ」

 

 

 建前か、冗談など一切のない本音か。彼を知るリヴェリアは、今の一言が後者の類であることを感じ取っている。

 それでも彼女は、絶対に伝えたいことがある。頭を下げ謝罪の言葉を終えたのち、リヴェリアは悲しげな表情と共に、心からの気持ちを口にした。

 

 

「私程度では月並みなことしか言えないが、どれ程の力を示そうがタカヒロはタカヒロだ!何があろうと私は、お前に向ける視線を変えはしない!これだけは……信じてくれ」

 

 

 最後は、消え入りそうな切ない声で。上辺(うわべ)でも、ましてや嘘偽りのない、彼女が抱く心からの気持ち。

 相手の心に届くには十分だ。彼女の心を現した言葉を向けられた青年は本を仕舞って立ち上がり、相手を見つつ僅かに表情を緩めて応対する。

 

 

「……その言葉だけで、自分はどれ程の苦境だろうとも戦える。そんな顔をしないでくれ、リヴェリア。少なくとも戦場における自分の前では……あの59階層の時に君が見せた絶望的な顔は残さないと、戦う理由に誓ったんだ」

「っ……!」

 

 

 浅はかだったと、彼女は己を責めた。彼が示してくれた覚悟の丈を知っていたはずだと、心の中で混乱して勝手に痛みを覚えうろたえていた自分自身をぶん殴った。

 共に在りたいと、その横に立ち続けたいと願ったではないかと、歯を食いしばった。あの場における多数の命を救ったことで、彼にのしかかる重みを測り違えていた。

 

 一人だろうが、神すらも相手し冥府にも駆け付けると口にした程の心中の覚悟。それを成すためならば血や涙を流すことに成るだろうが、彼自身が傷つくことなど触れられてすらいなかった。

 つまりこの戦士は、いかに戦いにおいて痛みを背負おうとも、決して弱さを見せないのだ。しかしながら当然、痛みがないワケがない。彼女では計り知れない、ただ強靭な精神力でもって、我慢しているに過ぎないこと。

 

 

 

 本当にこのような状況だったならば、どれだけ美しい物語の一節だったことだろう。嘘偽りを口にする必要がない、そしてリヴェリア相手に嘘を口にするつもりもない一般人の言葉は、まさに過不足の無い真相となる。

 流水も霧雨も、彼にとって“あって当たり前”だからこそ、色々と言われた事については本当に気にも留めていないのだ。シチュエーション故に仕方ないとはいえ、重みを測り違えていたリヴェリアだが、その対象は一つではなかったらしい。

 

 

 妙なすれ違いこそ生じているが、互いが互いを想う心は太鼓判を押す事ができるだろう。リヴェリアの目の前に居るのは機械ではなく、一人の人間――――人間だ。一抹の不安を抱えているであろう、それでいてなお強く有ろうとする一人の男という本心を見つけてあげることができるのは、まさしく彼女において他ならない。

 戻るつもりなのか、リヴェリアの横を通り過ぎる相方の姿。月明かりが落とす青年の影は、持つ心を映し出して居るように見えてしまった。

 

 しかしながら、問題はここから先。やりたいことは分かり切っているというのに、まったくもって方法が分からないのだ。

 彼が負っているはずの、隠され、見えない傷。他ならぬ自分が、誰にも治せぬであろうその痛みを癒してあげたい。

 

 

「……タカヒロ」

「なんだ、まだ何か――――」

 

 

 どうしていいのか分からないために、半ば勢いに任せて行ったのであろう。勢いこそあれど優しく両頬に添えられた手で、振り返った青年の顔が斜め下に向けられる。

 すぐさま、柔らかく優しい女の唇が、男の唇に重ねられた。閉じられた目を見せる相手の表情に驚いた青年もまた目を閉じて、入れたはずの肩の力を抜き、彼女の気持ちに応えている。

 

 ようやく一通りの行動が済んで顔が離れた時、リヴェリアは恥ずかしさを意識したのだろう。赤く染まった紅葉が揺れるように顔を背け、それでも相手の反応が気になり、幼年の子供のように落ち着きなく、少しだけ目線を向けては逸らしてを繰り返している。

 

 

「……こ、これでは、お前が負った傷には効かぬだろうか」

「……いや、エリクサーなんぞ話にならない程に効いている」

 

 

 貰った言葉だけでも十二分だったのだが、相手が向けてくれる優しさが嬉しくて、ぐっと力強く抱き寄せて繊細な身体を包んでしまう。細身ながらも鍛えられた身体に押し付けられ僅かな痛みが生まれてしまう程に力強いが、彼女にとっては、その痛みが嬉しいのだから不思議なものだ。

 己が彼を愛し、彼が己を求めてくれているという確かな証拠。彼女は己を支えてくれる相手に体重を預け両手を相手の首に回し、その力強さと温もりに浸っている。

 

 

「……ありがとう。気を使わせるなど、不甲斐ない男で、すまないな」

「馬鹿者……お前が不甲斐ないと言うのならば、周りの男はどうなるのだ」

 

 

 時間にして、どれぐらい経っただろうか。闇から響いたフクロウらしき鳥の声と共に離れた二人のうち、青年は黄昏の館の内部へと足を進める。

 横に並んで「どこに行くのか」とリヴェリアが問いを投げると、「そう言えばどこに居るか知らなかった」と呑気な答えが返される。なんだそれはと言いたげに苦笑したリヴェリアは、誰を探しているのかと聞くと、1つの文章が返された。

 

 

「どうせ、あのスキルは何や何やと騒いでいることだろう」

「ロキのことか?」

「ああ、自分が使った2つのスキルのネタばらしだ。先に貰ったバケモノという言葉の御礼に、天界のトリックスターとやらの度肝を抜いてやろう」

 

 

 彼の十八番と言えるカウンター、ここに発動。肝を物理的に抜くわけではないものの、ロキとリヴェリアで、三者面談が行われる事が決定した。




ロキ逃げて
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