数分程、時は流れ。再び読書に耽っていたタカヒロの元へ、リヴェリアが戻ってきた。
「すまないタカヒロ、ロキの執務室で良いだろうか?無論、中の話が外部に漏れぬ点は担保する」
「わかった、案内してくれ」
ファミリアの謝罪という事でロキを探し回ろうと館に入ったリヴェリアだったが、食堂からエセ関西弁の怒号が聞こえてきたために時間は要さなかった。久方ぶりに超絶不機嫌な態度をとっていたベートから不機嫌となった原因を耳にした瞬間に治療室を飛び出し、当該の眷属を叱りつけている。
普段は比較的温厚なロキといえど、此度ばかりは堪忍袋の緒が切れている。周りの誰一人としてそれを止められずに、遠巻きに見守るしかない。
問題の眷属が完全に折れたところで、続いてはベル・クラネルへの謝罪を行っている。なんせ少年はヘスティア・ファミリアの団長かつ当該人物の弟子であるだけに、ファミリア間のイザコザを発生させないためにロキも必死だ。
ロキが口にする謝罪の言葉に対して、ベルは「僕じゃなくて師匠に謝ってください」と珍しく突っぱねており、謝罪の言葉を受け取る様子は見られない。断固とした態度を崩しそうにないために、こちらの膠着状態が解消されることは無いだろう。
膠着状態が続くかと思いきやリヴェリアがやってきて、このタイミングで「タカヒロが話したがっている」と口にして一発でアポイントを取り付けたことは自然な流れと言えるだろう。そのタイミングでベルは「アイズの様子を見る」とのことで席を外しており、間接的に場のセッティングをアシストしている。
そんなこんなで冒頭の台詞が交わされており、場はロキの執務室へと移動する。執務机の前にあるテーブルを挟んで3人掛けのリビングチェアにそれぞれ腰掛け、リヴェリアはタカヒロの横に陣取った。
「まずウチの子が口にしたアホな発言を謝らせてくれ。これで許してもらおうなんて思っとらんが、この通りや」
まずはロキの発言となったが、ガツンという音と共にテーブルに額を打ち付ける深刻さ。頭を上げるようタカヒロの口から言葉が出され、まずはその点についての謝罪は受け取ったうえで、特に気にしていないとの言葉が返された。
タカヒロの考えとしては、「あの言葉が出る気持ちは分かる」というモノだ。事の発端となった自分のスキルについて、傍から見ればあの言葉が相応しいと口にして自虐ネタを披露している。
ネタならば反応しないのは失礼ながらも、状況から苦笑するしかないロキの心境をあしらうかのような、清々しいほどの傍観具合。もしロキの子供が同じことをして同じことを言われたならば一戦交える程の貶し具合であるというのに、相手の落ち着き用は何かあったのかと勘繰ってしまう程のものがある。
そして二度と蒸し返すなと言われただけに、ロキとしては話題がなくなってしまったというワケだ。静けさが包み込む執務室だったが、数秒もするとリヴェリアが口を開く。
「ところでロキ。私もそうだが……ロキとて、“あのスキル”は気になっているのだろ」
「せ、せやな、リヴェリア。あ、今お茶入れるわ」
嘘ではないために、ロキは正直な気持ちを口にする。この手の場面でリヴェリアが突拍子もない事を口にしないと知っているために、正直に乗っかった方が良いかと選択しての発言だ。
「タカヒロが言うには、私にも関係があるスキルらしいのだが……どうやら、それを教えてくれるらしい」
「ほんまか、タカヒロはん。そらもちろん事の真相は気になるけど、あれ程のスキルなんて秘密事項もええとこやろ」
「リヴェリアが隣に居る以上、いつかは語らねばならんことだ。……ま、リヴェリアにとっても、悪い話ではない」
タカヒロは発言を止め、出されたカップに口をつける。それが場の一区切りの合図であり、置かれたタイミングで、聞きたいことがあればどうぞと言わんばかりにロキに対して手のひらを向けた。
特徴的な細い目は普段と変わらず、しかし表情には力が入っている。まず何を口にしようかと少しだけ考えたロキは、真っ先に思いついたことを言葉に出した。
「まず先に、何度もしつこいやろうけど礼を言わせもらえへんか。あの“雨”だけで、何人助けてもろうたか分からんわ」
大事な大事な、愛しくて仕方ない眷属達の多くを二度にわたって救ってくれた、ロキ・ファミリアの英雄。それが、ロキの中における青年の立ち位置だ。
ファミリアの規模だの、冒険者としての履歴など、全くもって関係ない。もし今の幹部たちを失えば己の身とて危ういだけに、タカヒロは結果として、ロキの恩人にもなっているのだ。
結果として、積もり積もった借りの山。返済を諦めかけている団長と違って、少しでも返せないかと色々考えているロキだが、今のところは検討が付いていない。
そんな中、はたしてこれから、目の前のビックリ箱からは、如何なる類の中身が飛び出すか。最悪はヘスティアの仲間入りかと自負するロキだが、こうなっては後に引く事も出来ない為に、いばらの道を進む覚悟は出来ているようだ。
「さて、それじゃ遠慮なくいかせてもらうで。なんで神官でもないタカヒロはんが使ったそのスキルは、猛毒や呪詛すらも治せてまうんやろか」
「不思議なことではない。有象無象の放った毒素や呪詛程度、原初の雨と水なら容易く洗い流せるさ」
「原初の雨?水やと?霧雨……なっ!?」
まさかと、ロキは思った。神ゆえに持ち得る膨大な知識と記憶の中から、“原初の雨”が意味するところを導き出す。
一つだけ該当する、遥か昔に生じた原初の事実。本心では“在り得ない”と否定しながらも、ならば筋が通ると納得した。
「た、タカヒロはん!ちょい待ちや、まさかあの霧雨は天界の――――」
言葉の途中、どこからともなく生まれ出た霧雨が部屋を包む。思わず祈る直前の仕草を見せてしまうリヴェリアだが、これはエルフ故に何かを感じた条件反射としての行いか。
そしてもう一方、百聞は一見に如かず。答えを目の当たりにしたロキは目を見開いたまま言葉を無くし、回復スキルでもってダメージを受けるという荒業を見せていた。
「名を“ヒーリングレイン”と言うのだが、自分が“生命の樹”より受けている加護、それに含まれる恩恵の1つ。ロキも神ならば、“エデンの園”ぐらいは知っているだろう」
のっけから放たれた発言に、2名は目を見開いて固まった。何とかして理解しようと脳は動こうとするものの、己が知る常識とは次元の違う話に、到底ながら付いて行くことができていない。
その男は確かに、“生命の樹”による加護を得ていると口にした。嘘かどうかはロキが最もよく分かっており、ドライアドの時と同じく、相手が嘘を付いていないことは明らかである。
エルフであるリヴェリアも、その樹のことは知っている。神聖度合いで言えばエルフの物語に出てくる大聖樹よりも遥かに高く、木の精霊のドライアドよりさらに上である原初の大樹。
それこそ、ボロボロの本に書かれているような命の源。ロキもよく知る己の神話においては、エデンの園における中心部に描かれている。
「“生命の樹”、つまり“
まだ神と呼ばれる存在が数名しか居なかった時代、世界という存在が生まれた時。世界すべての果物と生き物に影響を与える一本の大樹が、星々輝く天空に植えられた。
怪我を改善し病を治す鎮静の霧、生命を生み出すとされた恵みの雨をもたらす、その存在。楽園を生み出したまさに生命の原初であり、全ての精霊の起源でもある樹木の名前。
森羅万象、全ての生命の始まりとされる樹を示す言葉が、タカヒロが口にした“生命の樹”と呼ばれる存在である。そして生命の樹の恩恵を受けている彼は大樹によって加護もまた受けており、それによって使用する事ができるスキルを発動させたというわけだ。
命を生み出し、癒す、原初の雨。体力を瞬間的に回復させた上で、体力とマインドを持続的に強力に回復させる範囲回復の性能を持つ、特筆すべき強力な“無詠唱・即時発動”の回復スキルだ。
そして、呪詛を洗い流した原初の水。川や海など世界全ての水の流れと循環を司る神“水の番人 ウロ”、その加護によって得たアクティブスキル“浄化の水”により、敵が掛けた強力な呪詛と毒素は一瞬にして効力を失ったのだ。
だからこそ、本来ならば9割が命を落としていたであろうロキ・ファミリアの被害者は命が繋がったというわけだ。オラリオ最高の医療技術を持つ聖女とて、あれほどの人数は捌ききれなかったことだろう。
説明されたこれらの事情で力の根源を知り、目を見開いて震えを隠しきれないのは他ならぬ神ロキである。天界で神が使う力に匹敵する加護を得ている下界の存在など今までに例のない事であり、天界においても、原初の雨を降らせることができる者など存在しない。
“前例のない”というレベルには収まらず、“あり得ない”。もし仮に天界に居る頃のロキが使えるとしても、どちらも多くの力を消費する治癒の効能。だというのに、目の前の青年は何事も無かったかのような様相を示したままだ。
華奢な身体に熱がこもる。腹部がグツグツと煮え滾り冷汗が浮かぶ感覚は、ヘスティアが抱えるモノよりはマシだろう。
とはいえ、下を見ればキリがない。そもそもにおいて、神話に出てくるような加護の力を、先の様にジャンケンを繰り出す感覚で使うのは如何なものか。何かを喋らなければ冷静さを失いそうなロキは、相手を気遣う意味も兼ねて口を開く。
「せ、せやかてタカヒロはん!そなけったいなスキルを2つも使うて、身体の負荷は大丈夫なんか!?」
「ヒーリングレインならば始動から12秒、浄化の水ならば20秒経てば何度でも使えるぞ、オカワリが要るか?」
呑気な言葉と共に再び発動する、ヒーリングレイン。3人を包む霧雨は、今の驚きで消耗した体力すらも回復していることが分かる程の効能だ。
「お、お前さん正気か……いやすまん、誉め言葉や」
「ロキ。例え誉め言葉だとしても、タカヒロに対する今の言葉は取り消してくれ。本気で怒るぞ」
己の相方が授かっている加護に驚き目を見開いていたリヴェリアだが、今の一言で様相が一変する。ロキも思わずたじろいでしまう程であり、謝るタイミングすらも失ってしまった。
普段において見せる説教の延長線上にある叱りの気配とは、まるで違う。愛する者をその言葉で表現されたリヴェリアは、未だかつて無いほどの怒りを見せている。
ロキを含めてファミリアという家族を愛するからこそ、誰に対しても決して見せることのなかった、その表情。
しかし今は、例え同じファミリアの者が相手でも躊躇はしない。纏う殺気の類を隠しもせず、他ならない主神を相手に示している。
神の力に匹敵するスキルを12秒おきに使えるというあまりの驚愕さで思わず口に出てしまったロキは、我に返ると即座に謝罪した姿勢を見せた。確かに今の一言は、彼女の失言と言えるだろう。
「そう驚く程でもない。生命は生み出せんし、蘇生などもっての外だ」
しかしながら、共に歩む者から元気を貰った青年からすれば猶更のこと効きはしない。リヴェリアが向けてくれる瞳が不変である以上、それだけで、彼にとっては何よりの耐性となるものだ。
では逆はどうなるかとなれば、元より青年は、リヴェリアを只の女性としか見ていない。そのことは痛い程に理解しており嬉しく思っている彼女ながらも、相手が得ている加護が本当ならば、今まで通りにしろという方に無理がある。
「……この雨を受けることができ光栄だ、タカヒロ。お前が芋虫などのモンスターを相手にダメージを受けなかったのも、生命の樹が授けられた加護の影響と言うわけか」
「いや?あの時は、ドライアドから受けている祝福しか使っていない」
そう言えば、前回の問答ではリヴェリアとレフィーヤ君は居なかったな。と呑気な言葉を口にするタカヒロだが、リヴェリアは今度こそ開いた口が塞がらない。目線こそタカヒロに向けられているがハイライトは消えかかっており、心ここにあらずの様相だ。
天の大樹の加護だけでもエルフにとっては雲の上の存在だというのに、ドライアドの祝福を得ているとなると、その存在はエルフにとって特別極まりない存在となる。少し過剰な表現をすれば、大樹を祀り信仰するエルフにとって、もはや彼そのものが敬拝対象になり得てしまうのだ。
早い話がハイエルフかつ
必死さと共に腹部が煮えるロキとしては、リヴェリアを眷属にする際に「幸せにする」と彼女の父親に誓った以上、この恋愛を成功させてあげたいと思っている。しかしながら神ですら予想だにしていないイレギュラーな状況に、対応策が僅かな欠片も思いつかないのは仕方のない事だろう。
そもそもにおいて何事もないかのように口にしているこの男、己がどれほどの加護を持っているかを理解しているのだろうか。そのためにロキは、一応は釘をさしておくかと口を開く。
「……タカヒロはん、一応言うとくけどな。ドライアドの祝福と生命の樹の加護を持っとるなんて、エルフからしたら眉唾もん所の騒ぎやないんやで」
らしいな。と、タカヒロはぶっきらぼうに吐き捨てる。まるで自慢するようなこともなく、味のなくなったガムを吐き捨てるかのようだ。
少し前に色々とあった所詮で、エルフに関する基礎的な知識や信仰は知っていた。この話の最初にリヴェリアにとっても悪い話ではないと口にしたのは、そのことが理由である。
そしてタカヒロにとっては、そんなことよりも大切な理由が有ったのだ。例え常識外れた力を持つ能力を持っていたとしても、リヴェリアは自分を見てくれると言ってくれた。
故に青年にとってのこの程度のスキルは、些細なものでしかない。それで彼女が守りたいものを守れたのなら、あの場において示した価値があるという内容を口にしている。
「……せや。タカヒロはんが言うんなら、それだけの話や。今回の救護、心から感謝するで」
「然程気にするな、大したことはしていない」
「……うーん。大本営発表はそうやもしれんけど、結果がなぁ……」
ポリポリと頭の後ろをかくロキだが、言葉が見つからない。先ほどから言葉と意識を失ってしまっているリヴェリアが置いてけぼりを食らっているが、彼女もまた、どう反応していいかが分からない。
容姿や性別に関係なく無条件で惚れたところで、「エルフならば仕方がない」と言えてしまう程の加護を持つ人物。決してそれを目的に近づいたわけではない彼女ながらも、理解力は既にキャパシティーオーバーだ。
動作の1つ1つは潤滑油がきれかけている機械のようであり、ぎこちなさしか生まれない。ロキはロキで目の前の男にどう謝礼したものか胃酸を分泌させており、ビジョンの欠片も浮かばないようである。
本人は気にするなと口にしているが、今までも含めて作ってしまった借りが大きく、そして多すぎる。そんなこんなで悩みに悩んでいたのだが、結果として最初に動いたのは、無言を決め込んでいたリヴェリアだった。
「……タカヒロ」
「……なんだ」
非常に真剣な表情で、リヴェリアはタカヒロの顔を見据えている。
しかし。これがロクなことにならないだろうと感じ取っていたタカヒロは、恐る恐る返事を行っていた。
その実、正解である。
「結婚しよう」
「ウチは推せるで!」
「落ち着け」
結果としてリヴェリア.
加えてムードの欠片どころか影すら無い程の告白であるためにタカヒロも受け取っておらず、少しだけ正気に戻った発言者リヴェリアは頭から煙を出して悶えている。そして、大きな問題も残っているのだ。
「第一、異なるファミリア間における結婚はご法度と耳にしたぞ」
「前例がないならば、作ってしまえば良いではないか!」
とりあえず少し黙ろうかと、片腕を抱き寄せつつ言葉と共にグイグイ押してくるリヴェリアの額に痛みのないデコピン一発。青年にとっても嬉しい言葉ながらも、“シチュエーション”が宜しくない。
御法度と口にしたタカヒロだが、実の所は法律など全く整備されていない。ファミリア同士とは競い合うモノという固定観念から、実施した者は誰も居ないという現状があるだけなのだ。
そのことを気にしているのかと口にしたロキだが、実は、そう言うワケではないらしい。
今の会話のノリかとも思ったのだが、どうやら、こちらもそう言うワケではないらしい。
では、何を気にしているのか。そう問いを投げつつアイズ宜しく少し首を傾げるロキの前で、動きがある。
青年が、あからさまに目を逸らし。次の瞬間には、右手で口を覆って顔も背けてしまったのだ。
まるで、問いに対する答えを口にするのが恥ずかしくて
リヴェリアですら未だ数回しか見たことのない、羞恥を含んだ青年の表情。しかしそうなった理由が不明の為、リヴェリアとしても素直に惚気ることができていない。
一方で何事かと身構えたロキだったが、数秒後には顔の下半分を覆っていた右手が解除される。ゴソゴソとポケットを漁るように、インベントリから1つの“アイテム”を取り出した。
表現するならば、手のひらサイズ。しかし立方体と言える程に体積のある、小さな箱があったのだ。
「……こう言うのは、男から言うモノだろ」
その男、報復ウォーロード。ここに再びカウンターが発動し、今度はリヴェリア・リヨス・アールヴへと向けられることとなった。
デレおった(他人事)
■ヒーリングレイン(レベル15/MAX15)
・怪我と万病を治す鎮静の霧雨が発散する。
12秒 スキルリチャージ
8秒 持続時間
15m ⇒27m 半径
10%+700⇒18%+1260 ヘルス回復
+180⇒324 ヘルス再生/s
+12 ⇒21.6エナジー再生/s
+60%⇒108%ヘルス再生量増加
+20%⇒36% エナジー再生量増加
■浄化の水(レベル20/MAX20)
・ウロの洗浄水は、不潔な魔法のすべてを区域から浄化し、仲間の持続性ダメージを含めた否定的病を洗い流す一方で、敵に有利なオーラと呪文を取り除く。
*発動時に範囲内の味方にかかっているデバフと敵のバフを解除
20秒 スキルリチャージ
1秒 持続時間
3m⇒5.4m 半径
50%⇒90% 標的減速を 8秒⇒14.4秒
※減速:効果時間中、攻撃速度、詠唱速度、移動速度を減少させる。
つまり付与対象が減速耐性無しだと「14秒間、↑3つが“9割”」減。
リチャージ20秒なので終わったと思ったら6秒後に飛んでくる。
KUSO要素(敵視点)の一つです。