時は、緊急ミッションが発生する数日前に遡る。以前から約束を取り付けていたタカヒロは、まだ夜が明けるかどうかという時間帯に、その場所へと足を運んでいた。
場所は、オラリオにある1つの工房。ここの主であり、今最も名声のある
今日1日、ヴェルフの工房を貸してもらう事で話がついていたのだ。とはいえ昔と違ってヴェルフは暇ではなく、ベル・クラネルが
蛇足だが、ヘスティア・ファミリアのほぼ全員はヴェルフの武器を使っている。本日は、それらの受け取りも兼ねているということだ。
「忙しいだろうに、すまないな」
「いえいえ、お安い御用です。どんなものを作るのか俺も興味がありますし、勉強になりますから」
「なるほど、手を抜くわけにはいかないワケだ。君が、ヘファイストスに渡す時の勉強か」
「ゴホンッ!……へ、ヘファイストスとは、まだそんな関係じゃありません!」
「仲が宜しい事で」と怪しい薄笑みを浮かべながら口にするタカヒロに対し、照れ隠しで物言いたげなヴェルフの視線が突き刺さる。否定するにも否定できない内容であるために、彼も言葉が見つからないようだ。
ともあれ、タカヒロの事前準備は万端のようである。インベントリからいくつかのアイテムを取り出し、机の上に並べていた。
それらのうち幾つかは、ヴェルフも目にしたことが無い代物であることは明白だ。全部をケアン産の素材で作るとレベルや精神などの要求値が発生してしまうために、基本としてはオラリオの素材がベースとなる。
とはいえリヴェリアに贈るもののため、80~90階層で得た素材を惜しみなく用意している。故に、ヴェルフが素材の大半を知らないのも無理は無いだろう。
金属同士がぶつかり合い、火花と共に狭い空間に鳴り響く。少し後ろに立っているだけで汗が噴き出す程に高温の環境下に居るヴェルフだが、実際に鉄を打っているタカヒロは涼しげな様相だ。
暑くない、などという感想が生まれるはずがない。現に熱を帯びたオリハルコンが少量ながらも打ち延ばされており、背後の炎すら陽炎となる程となれば猶更の事だろう。
何故暑くないのか、気にならないと言えば嘘になる。しかしそんなことは、目の前で繰り広げられる鍛冶の技術からすれば些細なことだ。
集中を邪魔してはいけないために声をかけることはできないが、ヘファイストスとはまた違った技術であることは見て取れる。打ち始める前に「見様見真似」と口にしていたタカヒロだが、どうやら見本となるアイテムがあるらしい。
頭の中に設計図があるのか見本は取り出していないものの、作業は黙々と続けられる。やがてしばらくした時、1つの指輪が出来上がった。
「……失敗、か」
「こ、これが失敗、ですか」
詳細はさておき、一目見ただけで分かる程の逸品ながらも、本人が失敗だと言うのだから失敗なのだろう。口には出されないが目標の“Affix”が付与されなかった為であり、すぐさま第二弾を作るために素材の数々に手を伸ばした。
なお、当然といえば当然なのだが、10回目になっても目的のモノは造れておらず、立ち上がったタカヒロは「少し外出する」と言い残してオラリオへ消えている。残された“失敗作”を見て、ヴェルフは勉強の真っ最中だ。
いつのまにか1時間ほど経過しており、再びヴェルフの工房のドアが叩かれることとなる。出ていったのは一人だが、そこには二人の人物が存在していた。
「あん?なんでベルが……」
「あはは……」
手抜きはできない事もあって拉致られる運命となった、便利な“
結果は明白であり、まさかの7回目で目標のモノが完成することとなった。そんな今日の一日を就寝前にヘファイストスに話していたヴェルフは、「なんで呼んでくれなかったのよ!!」との言葉を浴びると同時に猛獣の如く飛びかかられる事となるのは、また別のお話である。
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ということで、箱の中身は何じゃろな。そんな類の感想しか芽生えないリヴェリアと、一方で“ソレ”を納める箱の形と瓜二つなために中身が分かってしまった悪戯の神。
お前さんマジかと言いたげにタカヒロを見るも、「悪いか」と物言いたげなジト目が返されている。この男、捻くれてはいるものの、やる時は、やるのです。
そもそもにおいてアイナとの問答の際、結婚について「ソレ以上に望む未来はない」と語っていたこの男。欲しい装備を求める時のように気分は全力、持ち得るクソ度胸が本領発揮しているというワケだ。
が、しかし。相手はあのリヴェリア・リヨス・アールヴ、その箱入り具合をナメてはいけない。この少しだけ首を傾げているハイエルフ、箱の中身がサッパリ全く分かっていないのだ。
そこでロキが、すかさず彼女に耳打ちを入れている。耳打が終了して数秒後に再起動したリヴェリア
「おおおおおおおお落ち着けタカヒロ、突然どうした。落ち着くんだ、とても落ち着こう、かなり落ち着こう、凄く落ち着こう」
「何を今更。君が言い出したことだろ……」
「リヴェリアが落ち着きーや、それタカヒロはんやのうて部屋の壁やで」
「なにっ……?ああすまないロキだったか、落ち着くんだタカヒロ」
「偶然やろうけど許 さ ん で ?」
そんなこんなでカウンターストライクと流れ弾が綺麗に決まって、例によってハイエルフはインスタントにポンコツ化。お目目グルグルな様相は相変わらずであり、相変わらず壁と向かって話をしている。
もう暫くは、今のままから戻ることは無いだろう。先の一言を怒るに怒れないロキは、青年が口にした文言の本気度合いを確かめるべく問いを投げていた。それに対する返事は、非常に前向きなものとなる。
「いつかは口にしようと思っていたことだ。神の前で誓えば、証人にもなってくれることだろう」
「ほー、ウチみたいな神でもええんやろか?」
「いや実は物凄く」
「不満あるんかい!!」
もちろん、照れ隠しプラス捻くれ成分によってチョイスされた言葉だ。タカヒロとしては、ロキが
なんせ、エルフの里からリヴェリアを引っ張って来た張本
少し前屈みの姿勢にて開かれる、装飾のないシンプルなリングケース。ペアではないために婚約指輪であることは明らかだが、そこにあったのは、トンデモナイ代物であった。
「……結婚ではなく婚約の指輪だが、受け取ってはくれないだろうか」
銀の筐体にルーン文字が彫られ、ハイエルフの翡翠を象徴するかのごとく“磨かれたエメラルド”の粉砕品がリングの外側7か所に散りばめられた、見た目の印象としては幾何学的なデザインが合わさる煌びやかな指輪。レアリティこそ“レア”等級に留まるものの、魔法使いの、それこそ魔導士の力を引き出すエンチャントが付与された指輪である。
■ライト ブリンガーズ・ロアキーパーズ バンド ルック・オブ アルブレヒツ フォーカス
・リング(レア品質)
・要求レベル:5
+15% エレメンタルダメージ
+15% イーサーダメージ
+15% カオスダメージ
+8 体格(耐久)
+8 狡猾性(器用)
+14 精神力(魔力)
+5% 精神力(魔力)
+10% 詠唱速度
+25% 照明半径
+10% エレメンタル耐性
+10% カオス耐性
+10% 出血耐性
+1.1 エナジー再生/秒(マインド)
+2 アルブレヒトのイーサー レイ
“力”と書いても、“基準”は無論“ぶっ壊れ”。当たり前だが付与されているエンチャントは相当のモノとなっており、その数々を得意げに説明中。
タカヒロが口にする能力値としてはエレメンタル与ダメージを15%、同耐性と出血による持続ダメージ耐性と詠唱速度を10%、魔力量の5%を向上させ、微量ながらもエナジー、リヴェリアにおいてはマインドを毎秒にわたって回復させる効果を持つ。オラリオにおいては効果の意味を持たないエンチャントとなっているものも幾つかあるが、魔導士ならば死に物狂いで求めてしまう
ここオラリオで市場に出回ったならば、軽く数百億ヴァリスの値が付くことは間違いない。エンチャント効果を証明したうえでオークションにでもかけようならば、国外も含めた王宮から数多の引手が殺到することになる文字通りの逸品と言えるだろう。
早い話がケアン水準では普通もしくは微妙な程度ながらも、オラリオ水準においては青年宜しく“ぶっ壊れ”の類である。見た目の豪華さこそ皆無であるが、見る者が見れば、そんなことなど全く持って気にならない程の代物だ。
故に彼女もまた、先ほどまで
”凄い”や”魅力的”な感情を軽く通り越した指輪を見て真顔になり、抑え込んではいるが本能に従うならばドン引きしてしまうほどの逸品を前にして固まってしまっている。アクセサリーをプレゼントすると言われて兆円単位のモノだったならばどうなるか?恐らく同じ反応になるだろう。
――――やらかしたか。魔法使いには便利な品物、かつギラギラしたものは似合わないと思うし彼女も嫌っていた為にバランスとしては丁度いいと思ったのだが……。
――――な、なななななんだこの指輪は!?デザインも落ち着いていて私好みで素晴らしい、そして気持ちも凄く嬉しいが効果に間違いがないならば明らかに国宝級のマジックアイテムだぞ!?こんな大層なものを貰ってしまっていいのか!?
なお。もしもリヴェリアがレベル8だったならば、もう少し酷い具合のエンチャントが付与されていた点を追記しておく。
「本気(のデザインも含めたセンス)で選んだ“一品”だ……」
「本気(で王族に渡すに相応しい“逸品”を探し出して手に入れた)の“逸品”、か……」
オラリオの物価を破壊することも可能なタカヒロは、当然ながらモノの値段など知る由もない。そしてどうやら、肝心なところで起こる微妙な擦れ違いは、リヴェリアのポンコツ化がトリガーらしい。
擦れ違いは解消されないが彼の気合の入れ具合は伝わったようで、リヴェリアは表情を和らげる。左手の袖を少し捲り、彼の前に差し出した。
つまり、了承のサイン。彼が小指の1つとなりに優しく指輪を入れると、彼女は嬉しそうに指輪を見つめ、仄かに頬を高揚させるのであった。
彼は立ち上がり彼女の肩を抱き寄せ、彼女は彼の腰に手をまわす。勘違いはさておいて傍から見れば全身全霊をかけたプレゼントが成功し、瞬間、光景を見守っていたロキは歓喜の声を沸きあげた。
普段はおふざけな彼女も、此度においては心からの祝福を向けている。表情が緩みっぱなしのリヴェリアだが、そんな表情をしている彼女が口を開いた。
「嬉しいぞ、タカヒロ。これ程の指輪……(探し出すのに)苦労をしただろう」
「ああ、その繊細な指の形に整える事が難しかった」
「ん?」
「ん?」
穏やかな顔で会話を交わしたかと思えば互いに本気の疑問符を浮かべて顔を向け合い、固まる。彼の腰に手をまわしていたリヴェリアは直感的に、彼を逃がさぬようにガッチリとホールドする態勢に切り替えた。当然、そのスイッチの切り替えは彼にも伝わっている。
――――あ、これヤベーやつだ。
そう脳内で考えて覚悟するタカヒロはお叱りを覚悟するが、今回は原因が分からない。指輪に関する何かだとは予想がつくが、落ち度に関してはまったくもって予想だに出来ていない。
リヴェリアが口にする問題点は、タカヒロが渡した指輪の価値によるものだ。先の会話から、この指輪の価値を分かっていないのだと直感的に判断している。
「……タカヒロ、確認程度に聞いておこう。この指輪、まさかお前が作ったのか?」
「あ、ああ。以前、アクセサリーがどうこう話したことがあるだろう」
「……そうか。では、どのような基準でエンチャントの選定を行った?」
「リヴェリアに渡すモノだ。デザインも控えめで魔導士に似合った、かつ性能も両立させたモノを作ったぞ」
まさかの自作ながらも、その点についてはリヴェリア的には問題無い。エンチャント効果の件を抜いたとしても、立派な指輪であることに間違いは無いのだ。
しかし、付与されている効果の内容が内容である。実のところエンチャント内容を知っているヴェルフが言うには、彼が知る限りの範疇ながらも、詠唱速度増加とマインド回復についてはヘファイストスですら付与できない効果。
ということも聞いていたタカヒロだが、「そんなワケないやろー」的なニュアンスで怪しんでいる。恐らくは素材の影響と判断しつつ、ともあれオラリオにおける逸品物が作れてテンションが上がっている結果となっている。
「そうか、それは私としてもとても嬉しい。では意地汚い中身になるが聞き方を変えよう。もし仮に、絶対に有り得ない仮の話だ。この指輪を市場に流せば、いくらの売り値がつくと考えている」
仮とはいえ、まさかの質問。真顔で飛んでくるその質問に、なんとなく問題の方向性を感じ取った彼。
手を口に当てて、真面目に悩む表情を見せている。そんな姿のまま10秒ほどして、どうやら答えが出たらしく――――
「662ヴァリス」
すなわちオラリオにおいて、ざっくり勘定で“簡素な昼飯”。参考にした指輪のケアン地方における平均的な店売り価格を、ドヤ顔で口にした。原価にだけ目を向ければ強ち間違いではない為に、ロキの嘘発見器も残念ながらスルー安定。
直後「あれ、そんな安物を渡していいのかな」と思いつき、ハッとした顔を見せているのはご愛敬だ。ツッコミ役は不在だが、心配のベクトルが全くもって違っている。
一方で目の前の彼女は、ニッコリ。そんな擬音が似合うかのように、しかし高揚させていた気分もまた、ロマンティックな感情と共にどこへやら。2つの感情は手を繋いで海外へと高飛びしている。恐らく楽器を入れるケースにでも入っていたのだろう。
海外へと逃げ出した理由は単純だ。微笑みながらも怒りの炎が見える般若の心に立ち向かう勇気など、彼女本人が持つ感情とて、到底ながらに持ち合わせていないのである。
神々が作り上げたとしか思えない容姿に宿る、鬼の気配に反応したのはロキも同じ。彼女もなんとなーくそのヤベー気配を感じ取っており、じりじりと後退を始めている。
「なんとかしろ」と言いたげな視線がタカヒロから飛んでくるも、あいにくと彼女に対してロキは全くの無力である。これについては、ロキの日頃の行いが原因と言えるだろう。
ともあれこうなれば、タカヒロは自分で何とかするしかない。意を決して、噤んでいた重い口を開いた。
「あー、そのー、なんだ。お怒りの方向性は了解したぞリヴェリア、とりあえず落ち着こう」
「心配する必要は無い、とても落ち着いている。しかし、どうやら物の価値が分かっていない青年が居るようでな。なに駄賃は取らん、例えば今の状況における適正はどの程度かなど指導をしてやろうと思ってな」
流石のタカヒロも、詳細な値段は不明ながら渡したアイテムがこの世界において馬鹿みたいな値段となることは察していた。ちなみに?と価格を聞いて国家予算クラスの数値を耳にし、溜息をついて完全に把握する。
しかし金銭面はおいておくとしても、彼からすれば怒られるのは心外だ。困ったような顔を見せたかと思えば真面目な顔になり、彼女と顔を合わせて言葉を発する。
「この場合における適正価格か。しかし、その説教は真理に反するぞ?」
「むっ、なぜだ」
「どれほど安物だろうが、高値で絢爛豪華な指輪を用意しようが同じだろう。お前を前にしては、全くもって霞んでしまう」
「……?っ―――!?ば、馬鹿者!お、おま、お前は何て言葉を!!」
カアッと一瞬で、整った顔と長い耳が朱色に染まる。ここ一番において、湯気が立つほどのセリフを真顔で簡単に言い放てる彼のクソ度胸から来るカウンターストライクを失念していた、リヴェリアの敗北だ。
回された腕を掃ってポカポカと可愛らしく彼の鎖骨部分を殴るが、その程度でメンヒルの防壁は揺るがない。言いたいことを言えてスッキリしている青年は、そんな彼女の頭を優しく撫でている。
そんな一大イベントも一段落すると、三人そろって食堂に居る者達の事を思い出す。ドライアドの祝福について知っているエルフならばネタバレOKということで、別室においてリヴェリアの口から、呪詛を治した真相が話された。
なお、まさかまさかの“
「嘘やないで。リヴェリアが口にしたことは、ウチもさっき確認した。ウチらが助かったあの霧雨は、生命の樹がタカヒロはんに授けた加護の1つなんや」
そこにロキの援護射撃が加わるも、一行が見せる上の空の表情は変わらない。エルフの古き物語にもある「天空に植えられた」とされる伝説を各々が思い返しており、やはり驚愕の表情を隠せない様相だ。
そんなエルフや己の眷属一行を見て、「そら、そうなるわな」とロキは反応を楽しんでいる。数名ほど明らかに顔色が悪いのは、かつて青年に対して言い放った言葉を思い返しているからだろうか。
この日より、ロキ・ファミリアのエルフがタカヒロに向ける態度があからさまに変わることとなる。リヴェリアが左手の薬指に指輪を付けていることが発覚したこともあって、まるで王を迎えるかのような対応へと変わっているのだ。
疑問や驚愕を抱いた者が理由を聞いてみるも、エルフの誰一人として口を割らない。そのためにロキ・ファミリア内部において「何かあったのか」と一騒動が起こったのだが、それは仕方のない事だろう。
■ロアキーパーズ バンド(通常版)
・リング(エピック品質)
・アイテムレベル:21
・精神力: 108
+12% エレメンタルダメージ
+1.1 エナジー再生/s
+5% 詠唱速度
12% エレメンタル耐性
+2 オーバーロード
売値:662鉄片(鉄片=通貨単位)
■ロアキーパーズ バンド ルック(作者オリジナル)
・リング
・要求レベル:5
+10% エレメンタル耐性
■ライト ブリンガーズ
・要求レベル: 5
+9/+15% エレメンタルダメージ
+3/+5% 精神力
+3/+5% 詠唱速度
+25% 照明半径
6/10% カオス耐性
6/10% 出血耐性
■オブ アルブレヒツ フォーカス
・要求レベル: 5
+9/+15% イーサーダメージ
+9/+15% カオスダメージ
+4/+6 精神力
+1.1 エナジー再生 / 秒
+3/+5% 詠唱速度
+2 アルブレヒトのイーサーレイ
■磨かれたエメラルド
・完璧に磨き上げられた 素晴らしい 宝石。
・(盾, 詠唱者用 オフハンド, 指輪, 頭と胴の 防具 に適合)
・コンポーネント
・要求レベル: 1
+8 体格
+8 狡猾性
+8 精神力
「大した性能じゃなくね?」
との感想が浮かんだ読者様。毒されております。