その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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23話 妖精と似合わぬ花

 性格と呼ばれるものは人によって様々だ。例として一概に“活動的”と括られる場合でも、その大小もまた様々であり、価値観も合わされば組み合わせは無限大である。

 祭りにおいても捉え方は人それぞれであり、騒がしい行事と捉える人から全力で楽しむ人まで多種多様。そんななか、とある青年はというと……

 

 

「……これが怪物祭か。楽しんできなよ、とは言われたが……」

 

 

 まるでイモ洗いだ。とごちり、鎧にフードといういつものスタイルであるタカヒロは100メートルほど先の眼下に流れる人の波を横目見つつ、高台にある喫茶店のテラス席でお茶を飲む。主神に言われた祭りを楽しむ内容とは程遠いが、彼個人としては十分にリラックスできる環境だけに問題ないだろうと勝手な解釈を行っていた。

 時たま眼下に向ける視線を本へと戻し、飲んでいる紅茶には詳しくはないものの“本日のおすすめ”、ミルク入りのアッサムに口をつける。やや塩気のある、ザクリとした歯ごたえのクッキーとも相性が良い。

 

 今彼が読んでいる本、中身としては雑誌に近いものがあるその本は、ここオラリオにおいて15年前に起こった出来事を纏めたものだ。当時最強と言われていたゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアが、三大クエストと呼ばれていた最後の1つ、“隻眼の竜”の討伐に失敗するという内容である。今も世界中が、このモンスターの討伐を熱望しているらしい。

 これを見る限り、当時はレベル9や8を誇る冒険者がチラホラと居た模様。まさに全盛期と言って過言ではなく、それから比べれば現在のオラリオは、最高レベル7が一人だけとなっており随分と衰退したと言えるだろう。

 

 しかし、どこかしこのページを流し見ても固有装備らしきものが伺える。もっとも、流石に敵対していない者を殺してまで固有装備を奪うスタイルについては青年の守備範囲外となっており、故にあまり興味がわかず内容を読み流しているのはご愛敬だ。

 

 一方で目に留まる内容も含まれており、そこには、外観程度は知っているロキ・ファミリアの情報も書かれている。新世代に芽生えた勢力筆頭として、フレイヤ・ファミリアと共に特集が組まれて紹介されていた。

 なお、ここで初めてリヴェリアがただのエルフではなく王族カテゴリとなる“ハイエルフ”であることを知る事になる。酒場でも聞こえていた単語だが、単にあの“犬”の言い回しかと勘繰っていたのが実情だ。なお、発行者がこの雑誌に狼人の記載をしなかったために、タカヒロは依然としてベートは犬人と勘違いを続けている。

 

 また、どこぞのアイドル張りの勢いで見開き紹介となっている団長のフィン・ディムナが42歳という情報を見て居酒屋での姿を思い返し、桁を逆にして更に2で割った12歳の間違いではないかと何度も読み返していた。居酒屋での人物は人違いだったのだろうと結論付けようとするも、どう見ても同一人物である。

 そんなこんなで本は読み進められるも、祭りの会場からは離れている故に静かな空間は続いている。人気のない空間は、彼好みのものとなっていた。

 

 

 人間とは不思議なもので、公共の場においては全くの無音よりも微かに雑音が混じった方がリラックスすることができることで知られている。今回の場合、会場から聞こえてくる微かな騒めきが、程よいBGMとなって静かな空間に響いていた。

 オラリオという大都市の活気が、最も強く表れている一日と言って過言ではない。青年にとっては暑苦しいと感じてしまう熱気は、まさにピークへと達していた。

 

 

「……なんだ?」

 

 

 突然と状況が変わったのは、しばらくしてからだ。先ほどの騒めきとは違う、何かしらの重量物が破壊される音。微かな振動も響いている。店内でも音が聞こえたのか、店員が外に出てきて辺りを見回していた。

 本を閉じて立ち上がり、代金を渡しつつ何があったのかを店員に問う。とはいえ店員側としても全く状況が分かっておらず、どうやら祭り特有の騒ぎでもないようだ。店員曰く、去年はこのようなことは無かったらしい。

 

 ケアンの地という何が起こるか分からない世紀末な環境で培った青年の直感は、現場に向かえと告げている。何かと己を生かしてきたモノであるために、彼は音の発生方向へと駆け出した。

 近づくにつれ、振動や轟音は大きくなる。時折建物の陰から花や触手のような物体が見えており、何かしらが暴れているのだと考えた。

 

 

 音のする方に走ると、そこそこの広さの通りにおいて先ほど目にした花のようなモノが蠢いていた。オブラートに包んでモンスターと呼んで差し支えのないそれは、根なのか触手なのかよくわからない部分を使って歩き回るという器用さを見せている。

 コモン級、推定レベル3から4の花のモンスター、その点については然程どうということはない。そのうちどこからか冒険者が現れ、アレを討伐して何事もなかったかのように騒ぎは終息するだろう。現に、彼も知る黄金の彼女が、折れた剣を持ちながらも立ち向かっている。

 

 しかし、その者から離れた位置にある地面。明らかに一度、後ろから奇襲を受けてモンスター側へと吹き飛ばされた3名の姿。内1名は彼も知っている人物であり、その眼前からは別の触手がその3名を穿とうという構えを見せている。

 

 

「……先ほど本で見たばかりじゃないか。よくよく“あのエルフ”とは縁があるな」

 

 

 何度か目にした、忘れることは難しいと思えるその姿。その者以上の美貌を探そうとするならば、オラリオどころか全世界を探しても難しいと瞬時に断言できるレベルの容姿を持つ、緑髪たなびく後ろ姿。

 スキルも示す通り、その種族が穿たれるところを見過ごしたならば己にとって寝覚めが悪く、ならばと考えれば選択肢は1つしか浮かばない。武器スロットをチェンジして、小さな剣と、普段から使っている黄金の盾を構えると各装備の報復ダメージを有効化する。

 

 あくまで主役は、折れた剣ながらも最後まで頑張っている黄金の彼女である。そんなことを考えているウォーロードは、庭の草でも毟るような気軽さで突撃を行った。

 

 

=====

 

 

 そのモンスターが現れたのは突然だった。

 

 元より今回の騒動の発端は、怪物祭を取り仕切っているガネーシャ・ファミリアがダンジョンから連れ出したモンスターが脱走したことに起因する。ギルド職員のエイナはその対応に追われており、偶然にもリヴェリアを筆頭としたロキ・ファミリアに遭遇。討伐を依頼することとなる。

 逃げたモンスターは6体。うち4体は近くにいたこととアイズ・ヴァレンシュタインが武器を携帯していたこともあってすぐさま討伐に成功した。既に簡易的な避難は完了しており、通りに一般人の影は無い。

 

 

 では残りの2体はどこへ?となったところで、突然と地面から触手のようなものが生えてきたのである。

 

 

 条件反射的にモンスターであると視覚したアマゾネスの双子、ティオナとティオネが拳で殴るも対打撃においては強固なのか有効打には程遠く、触手の数も非常に多い。打つ手が無いために二人は武器を取りにホームへと戻り、アイズが剣で斬ってみれば斬撃の類は有効でありレベル3程度でも相手になると思われるが、いかんせん数が多い。

 触手だけではなく3体いる花の本体の動きも図体の割には早い類であり、触手は斬ることができても本体へのダメージが通らない。偶然にも日々のメンテナンスの代用として借りていた剣は無数ともいえる触手を屠って折れてしまい、集団の攻撃力は大きく削がれた。

 

 ならばとレフィーヤとリヴェリアが詠唱を始めたタイミングで、その後ろの地面から触手が出現し攻撃を放ったのである。リヴェリアは反射的にエイナを庇い、レフィーヤは辛うじて杖に攻撃を当ててガードしたものの、3人は前方へと吹き飛ばされてしまう。

 完璧な奇襲、それも背面から。後衛部隊、特に魔法職が最も苦手とする物理攻撃だ。更には眼前から別の花による追撃が放たれており、目を見開いてこちらに駆けてくるアイズの、それも折れた剣では間に合わない。

 

 

 見開く眼光、迫る触手。穿つは己の身体であり、相手の狙いに狂いはない。建物に沿って集中線でも書かれているかのように、リヴェリアの瞳はしっかりと触手にピントを当てて捉えていた。

 1秒、いやコンマ数秒。残された時間はその程度で、結果はエルフ3名の串刺しの出来上がり。いや、横に居る者を突き飛ばせば自分一人で済むだろう。

 

 意外と冷静だった頭でそのように考え、行動を起こそうとした彼女は最後に瞬き―――――

 

 

 

 眼前には、第三者の姿。同じファミリアの少女、アイズではない。目にも留まらぬ速度で突如として現れたというのに翻ることのない黒のレングスには、同色の鎧と同じ素材の棘が見受けられる。移動してきた速度の度合いを示すかのように、直後、突風が吹き抜けた。

 右手に持たれる剣と、左手にあるくたびれたような黄金色の特徴的な盾を持つ姿。右手の武器こそ違えど、その全容には見覚えがある。後者でもって触手を防ぐ動作を見せるその顔は、深いフードによって口元しか映らない。

 

 そして、記憶を掘り起こす前に事は動く。3人のエルフを庇った彼が攻撃を受けたことを瞳に捉えた途端、どういう原理か、未聞となる触手のモンスターを圧倒した。

 

 

『■■■■―――――!!』

 

 

 雄叫びから続いた悲鳴は、モンスターのものである。攻撃として放たれた3本の触手は根元から飛び散り、一瞬にして傷だらけとなった本体にも相当のダメージが加わっていることは明らかだ。

 

 直後、右手にあった片手剣が投げられる。一直線にアイズ・ヴァレンシュタインへと向かうその剣を見た彼女はグリップ部分を掴んで受け取り、目の前に立ち塞がる触手を断ち切った。

 アイテム名を、“スピリア・スクラップメタル グラディウス・オブ アタック”。レベル1の初期装備の剣ながらも、攻撃能力と追加の物理ダメージを発生する2つのAffixがついた、彼お手製の駆け出し用のマジック等級な片手剣である。この世界におけるおおまかな性能としては、レベル5の冒険者が使うような代物だ。

 

 

「……えっ?」

 

 

 一方、守られた当の本人であるリヴェリアは。発生した事態に対して反応するのに、緊急時だというのにたっぷり5秒の時間を要していた。

 

 

 彼が現れた時を速さだけで表現するならば、自分達のファミリア、いやオラリオでも3本指に入る速度を誇るベート以上。それが“堕ちし王の意志”と呼ばれる突進型スキルを使った時のみに発生する一時的なものとは知る由もないが、リヴェリアの目の前に突然と現れたのは事実である。

 

 突然と現れ剣を投げた者は右手を腰に当て、攻撃を弾いた左手の盾を力なく下ろしている。とても攻撃を行う姿勢ではなく、また防御に徹する姿勢にも見受けられない。斜めに向けた背中越しに顔を向けているも、目深なフードのせいで見えるのは口元だけだ。

 しかし、ロキ・ファミリアが探していた人物であり、いつか、芋虫の大軍に追われている時に見かけた姿。お礼をしたいというのに酒場では逆に恨みを与えてしまい、その後は所在も分からずに謝罪の機会を望んでいたものの、結果として足取りは掴めなかったが――――

 

 

「……いつまでへたり込んでいる、腰抜けではないだろう」

 

 

 ようやく目当ての者に出会えたかと思えば、まさかの一言目で、このように煽られて。普段は落ち着いて高貴な様相を見せるハイエルフは、「なにくそ」と言わんばかりに声を発した。

 

 

「だ、誰が腰抜けだ!」

「そ、そうよ!リヴェリア様に向かってなんて言葉を!」

「撤回なさってください!」

 

 

 連動して、他二人のエルフの頭に血が上る。彼女達からすれば王族であるリヴェリアに対する先ほどの言葉は聞き過ごせないモノがある。

 

 しかしアイズだけは、触手を相手しながらも今の一撃に疑問符を抱いている。彼女の目には、まったくもって反撃の瞬間が映っていなかったのだ。

 見えたのは、超高速と呼んで過言ではない一瞬で彼が来たことと、3本の触手による攻撃を盾でブロックした程度。実を言うと報復ダメージであるがゆえに反撃をしていないので彼女の考察は正解なのだが、それを理解できる余地もない。

 

 そして発破をかけるつもりだった青年は、予想通りの反応と思いきや少々度が過ぎているために若干ながら困惑中。一発で3人ともに元気が戻ったのはいいのだが、もはや、攻撃の意識はモンスターではなく彼に向けられてしまっている。

 

 

「……はて、敵はこちらではないのだが。元気が有り余っているのなら、彼女のように花の相手をしたらどうだ?」

「そっ、それとこれとは……!!」

 

 

 更に食って掛かるレフィーヤに対して、最前線だというのに呑気に答える青年は鼻で笑う。やかましい花の雄叫びを耳にして、ようやく正面に向き直って3人の前を歩き花の本体と対峙するが、しかし生憎と、相手は知性のないモンスター。自分の腕を吹き飛ばした人間を殺すべく、無数ともいえる触手を乱雑に振るう。一帯を纏めて薙ぎ払う気だ。

 レベル5であるアマゾネス姉妹の右ストレートを受けて微動だにしないソレが、無数。貸し出されている剣で10本近くを切り刻んだものの、未だ数えられない程のその全てが。持ち主である3体のモンスターは、彼に向かって触手を振るう。

 

 

目覚めよ(テンペスト)――――させないっ!」

 

 

しかしそこは、剣を得て攻撃力が戻ったアイズ・ヴァレンシュタインの守備範囲。己が使う“エアリエル ”と呼ばれる風のエンチャント魔法を使用しても持ち堪える武器に関心を抱きつつ、仲間を守るために剣を振るう。

 

 

「――――閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬、我が名はアールヴ……“ウィン・フィンブルヴェトル”!」

 

 

 モンスターながらに花が焦りの感情を生むも、時すでに遅し。掩護射撃とばかりに魔法の詠唱を終えていたリヴェリアが、小範囲ながらも威力の高い氷魔法でもって攻撃する。

 青年の4メートルほど後方から放たれた極寒の吹雪は、アイズに気を取られていたモンスターへと見事命中。ナインヘルと謳われるオラリオ随一の魔法使いが持つ火力には耐えきれなかったようで、残りは一撃のもとに勝敗が決定した。

 

 

「……言葉を撤回してもらおう、腰抜けではないぞ」

「……なるほど、撤回しよう」

 

 

 力の籠った翡翠の瞳が向けられると共に呟かれる声に対し、フードの下の口元がニヤリと緩められて返事となる。皮肉に対し実力で証明し、なおかつそれを認めるように異議申し立てる前向きで強気な姿勢は、性別や種族はさておき中々に彼好みである。

 

 そんな彼女が放った魔法攻撃に対して「なるほど良い攻撃だ」と内心思うタカヒロは、見事なまでに洗練されていた魔法攻撃に感銘を受ける。自身は魔法というジャンルにからきし疎く物理職であるために、猶更の事新鮮に感じている。

 これ程のモノが後ろから飛んでくるならば、前衛としても遣り甲斐があるというものだ。狭い地点では高確率でフレンドリーファイアになりそうな問題点さえ解決できれば、威力・範囲としても申し分ないだろうと考えている。

 

 

 佇む青年に対し、身体強化のエンチャントも付与できる風の魔法“エアリエル ”まで使って駆け出したのはアイズである。自身が強くなるために目の前のカラクリが参考になるのではと考え、先を考えずにとりあえず駆け出した格好だ。

 タカヒロの前に立つと丁寧な動作で剣を返し、何やら両手をブンブンと上下に振って会話らしき行動を行っており、のちに彼が前に突き出した盾を必死になってバシバシと殴っているが何も起こらない。最初の一発目はおっかなびっくりで、寸止めを含めて恐る恐る一撃を入れていたのは可愛らしい仕草である。

 

 しかし、既に報復関連のスキルは無効化されている上に、有効化されていたとしても彼女を敵と認識していないので反応することはあり得ない。もっとも今回の場合はトグルスキルもなければ装備の能力のみで花に対し報復ダメージを与えたのだが、アイズがそれに気づける余地はないだろう。

 

 やがて彼女の息が上がりはじめ、実験は終了となった。手による一撃とはいえ、あのアイズが息を荒げて放つ手刀を受けて平然としている点に気づいているのはリヴェリアだけだが、52階層へソロで到達できることを思い出し、とりわけ問題ではないのだろうと判断した。

 「満足したかね」と軽く笑いながら、青年は右手を腰に当てる。息を荒げつつも頭を下げるアイズだが、その目は険しさを増して相手を捉えるのであった。




ソードオラトリア小説11巻で「都市内での魔法の行使は危険だから禁止だってギルド長が~」というセリフがありましたが、原作でもレフィーヤがぶっ放していましたしベル君もファイアボルト使っていましたしセーフということで……。

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