風雲急を告げるようなシチュエーションの一歩手前とは即ち、嵐の前の静けさか。突如としてヴェルフ・クロッゾの工房へと殴り込み――――ではなく、受け取り手によって「美味しい話」と捉えるか「
――――ふざけろっ!?
ある意味では、ヴェルフにとっての口癖の一つ。しかしこの一言による受け答えが、今日ほどピッタリとハマった状況はないだろう。
ともかくヴェルフからすれば、何がどうなって、先のベルの言葉が飛び出してきたかが理解できない。協力してもらう御礼から始まったベルの話を掘り下げていくうちに、随分と微笑ましい事情が湧き出てきた。
そのあたりの事情をさておくとすれば、早い話が「余った
彼自身も鍛冶師だからこそ、
さておきヴェルフとて、自身の腕を磨くためには
とはいえ、例え業務が立て込んでいたとしても。己を信頼してくれる者、その第一号が相手となれば、差別・区別の類は良くないと分かっていても、他の客よりも優先して応えたいと思うのが人情だ。
依頼されている仕事については前倒しで進んでおり、卓上のスケジュールにおいても幾らかの余裕はある。さすがに工房の全てを貸し出す事態にはならない為に、作業が完全に止まるワケでもない。
最悪は、自己鍛錬に費やしていた時間を割り当てれば問題なし。これらより、10日程ならば協力できるとの最終回答を導き出していた。鍛冶についての基礎中の基礎をベルに教える二日間も加えて、スケジュールが練られてゆく。
例えこの二日間が加わったとしても、もう一人の人物から密かに依頼されている、折れてしまったヘスティア・ナイフの後続を製作する事についても影響はない。こちらについては金属の選定から行う手筈だったが、もしかしたら
そんなこんなで、ベルが訪ねてから三日後。環境が整えられた工房へと、
「お邪魔するわよ、邪魔はしないわ!」
「……なんか、すんません、タカヒロさん」
「想定はしていた」
例の一般人が絡んでいるという事をヴェルフから絞り出し、テンションアゲアゲな鍛冶の神。工房にお邪魔しているが実作業に手を出して邪魔をしないという言葉は、大事な部分がスッポリと抜けている。
そして。最も重要な要素の一つもまた、勘違いが生じているのだ。
「そして生憎だが、鉄を打つのは自分ではない」
「あら?」
予想外だったのか、ポカンとした表情を浮かべるヘファイストス。そして彼女の目線は、もう一人の白髪の人物へと流れついた。
ヘファイストスにとっては、少し残念だった事だろう。それでも、タカヒロが絡んでいる以上は何か面白そうなことが起こるのではないかと、鍛冶に挑むベル・クラネルに激励を飛ばしている。
「けどよベル、採寸は済んでるのか?適当に作っても、頭部に合わなけりゃオブジェになっちまうぜ」
「ああ、それならば……」
ベルの代わりに答えるタカヒロだが、どうやら、その辺りの対策も万全らしい。気持ちが先行していて「しまった」と思ったベルだが、解決策については聞いていないようだ。
そんな“対策”の答え合わせと言わんばかりに、ヴェルフの工房のドアがノックされる。応対したは良いのだが、思ってもみない人物、オラリオでは有名なエルフを迎える事となった。
「おや、フィルヴィス君が担当だったか」
「はい。リヴェリア様より、こちらに赴くよう仰せつかっております」
“とある事実”を知らされていないフィルヴィス・シャリア。レベル3の冒険者で、二つ名を
ヴェルフとて全てではないが、鍛冶師だからこそ有名な人物は知っており、幾らかの知識もある。今回の場合、フィルヴィスとは、短剣と魔法を用いる魔法剣士といった具合だ。
そして裏に持ち得る、もう一つの二つ名。
こちらもまた、噂話がヴェルフの耳へと届いている。彼自身はバカバカしいと思いつつも、こうしていざ対峙したならば、やはり何かが起こるのではないかと、感情や感想が――――
――――あれ?
横にいる一名が僅かに視界に入った途端、浮かんできた感想がコレだった。ヘスティア、ベル、ジャガ丸、アイズ、リュー、ウラノス、フェルズ、その他いくらか。そんな者達が今のヴェルフの心境を耳にしたならば、大きな頷きを見せるだろう。
なお、ヘスティア・ファミリアにおいては、「そっちの方がヤベーから通用しない」とファイナルアンサーが提出されている。当時「ツラ貸せ」されたジャガ丸が何を見てビビり散らかしたのかは、闇に葬られた歴史の一つだ。
「師匠、まさかフィルヴィスさんも」
「言うようになったな。だが冗談ならば、その辺りで止めておけ?」
「ゴメンナサイ」
いつもやられてばかりなので、場の雰囲気を変えるついでに、乗っ取られ君を煽ってみよう!そんな調子、例えるならば近所へ散歩に行くノリで口を開いたベル・クラネルだったが、見事に撃沈。例えるならば、出港の為に錨を上げることすらも許されない。
関係ない者からすれば普段と同じだが、今の口調、今の表情を引き出す言葉を続ける事は絶対に間違っている。放たれたカウンターストライクをキャッチしたならば、己がどうなってしまうかは想像に容易い。
「話を戻すぞ。リヴェリアに頼んで、アイズ君が持っているカチューシャの予備を手配している」
「だったら採寸も大丈夫ね!」
「すげーゴリ押しだ……」
オラリオにおける第一級冒険者、更にはロキ・ファミリア幹部の私物を持ち出せる者は、世界中を探しても非常に少ない事だろう。更にはアイズの母親代理――――もとい指南役が許可しているとなれば、有象無象が非を向けたところで通じない。
勿論、アイズに対しては秘匿しなければならない。そういった意味では、ヴェルフの言葉通り、全てがゴリ押しで進んでいる内容だ。
なおリヴェリアとて、ゴリ押しの先に生まれる結末について僅かな疑義を抱いている。彼女本人はファミリアの事情により参加できない為に、最も信頼できる一人のフィルヴィスへと依頼、もとい命令となった格好だ。
なお下された命令は、「暴走しないよう見張っていろ」という釘刺し内容。だからと言ってフィルヴィスに止められるのかとなれば疑義は残るが、命令である以上は従わなければ始まらない。
ということで、見本がある以上は、まずは一般的な金属を用いて試しに作ってみようとスタートする。
早い話が、例え
それでも
ともあれ。
「ほう。驚きだ、随分とサマになっている」
「そうね、ウチの新米にも引けを取らないわ」
「ええ。俺も、ベルの呑み込みの早さにはビックリですよ」
表向きについては未だ“理由は不明”ながらも、少年が持ち得る“才能”の理由については心当たりのあるタカヒロも口を開かない。時折、アドバイスがてらヴェルフが声を出す程度だ。
この金属が
雑な説明をするならば、ちゃんとカチューシャの形にさえなっていれば、素材が持ち得る防御力でもって、アーマーの一部として機能する。そしてどうやら、
「ベル君。そろそろ、これを合わせて鍛えてみよう。鉄というのは単一よりも、複数の素材を掛け合わせて――――合金と呼ぶに値するかは自分も詳しくないが、複数の金属を掛け合わせてる運用が一般的だ」
「なるほど!」
アイテム名、
名前のとおり姿かたちが非常に不揃いとなっている集合体であり、誰が見てもガラクタにしか映らない。よもやコレから神話級の装備を作り出す一般人が居るなど、誰しもが信じない事だろう。
「あら、意外な程に低品質な金属ね。意図があるのかしら?」
「そう低品質でもないらしいぜ、ヘファイストス。あの鉄屑は、事ある毎にタカヒロさんが使っている」
「そうなの?」
要所要所でタカヒロの鍛冶を目にしてきたヴェルフは、険しい表情を崩さない。彼とて何度見たってヘファイストスと同じ“低品質な金属”にしか映らないのだが、ベルにプレゼントしたネックレスや先の指輪についても、間違いなく、あの金属が使われていた。
そうこうしている中で時は流れ、三日後。初日に姿を見せたフィルヴィスは二日目以降は来ておらず、そんな中、オリハルコン特有の金属色をベースとしたカチューシャが出来上がった。
小さな鐘――――と、頑張れば辛うじて、そのように捉えることが出来るだろう小さな装飾。そんな小さな鐘の装飾が施されたのは、これがベル・クラネルからの贈り物だとアピールする為。アイズは僕のお相手だと威嚇するつもりはないが、それは捉えた者の認識次第だ。
「ふいーっ、この辺りが限界かなー……」
「上出来だと思うぜ。よく頑張ったな、ベル」
「お疲れ様。お水、ここに置いておくわね」
「ありがとうございます、ヘファイストス様」
時間的にも素材的にも、この辺りが限界だと踏んだのだろう。新米鍛冶師が顔負けするレベルで打ち込み続けていたベルだが、どうにも、かけて貰える声が一つ少ない事が気になった。
ふと当該人物を見上げると、一般人約一名の眉間に、僅かな皺が見え隠れする。そんなベルの視線に気づいたのか、ヴェルフとヘファイストスもまた、タカヒロの顔を注視した。
「……ベル君。このカチューシャ、手に取ってもいいだろうか」
「あ、はい」
カチューシャを目にしたタカヒロが、僅かなしかめっ面のままだった理由。それは――――
■カチューシャ ザ プロテクト
・ヘルム(アンコモン品質)
・要求レベル:1
+3% 物理耐性
+3% エレメンタル耐性
「……効果は微量だが、エンチャントが付与されている」
「ふざけろっ!?」
「うそっ!?」
文字通り飛び上がるかの如き勢いで立ち上がった鍛冶師二名は、目を見開いて驚きを隠せない。次いで互いの目を見やるも、どうにも言葉として表現する事も難しい。
「……へっ?」
僕また何かやっちゃい――――などと惚ける事はないものの、事の重大さを分かっておらず、可愛らしく首を傾げる純潔無垢な白兎。シチュエーションによっては自称一般人よりもはるかに規格外となる“悪魔兎《ジョーカー》”は、相方アイズ・ヴァレンシュタインの為にとハッスルしてしまった点は事実だろう。
もちろん原因の根底は、ベルが持ち得るレアスキル“幸運”に他ならない。コレをベースとして“
ヴェルフ・クロッゾよ、相手が悪い。君の積み重ねてきた努力は間違いなく活きており、生涯にわたって君を高みへと導く為の礎となるだろう。
色々な要素が偶然の如く重なって、ちょっとだけ飛び越えてしまう兎が現れた所で臆する事はない。ダンジョンで遭遇するように、イレギュラーなのだと割り切って諦めよう。
なお補足するならば、もし今のベルが武器を創ったところで、それはお飾りに過ぎないモノとなる。レベル1の駆け出しに対しては十分だろうが、第一級冒険者となれば話は別だ。
「……ん?」
手にとったヴェルフは、何かに気づいたらしい。ベルに許可を取って、カチューシャに対し、少し魔力を流してみる。
――――チリン。
耳に残り優しく消えるは、鈴、もしくは風鈴の音と表現することが妥当だろう。軽くマインドを練り上げると、それは確かに、カチューシャの装飾部より生じていた。
「へぇ、お洒落じゃない」
「……ヘファイストス様。僕、鐘の装飾は作りましたけど、中に何も入れてないですし、こんなお洒落な機能なんて知りませんよ」
なにそれこわい、おわかりいただけただろうか。一行は互いに目を合わせるも、どうやら言葉として出すことはできないようで、暫くの沈黙が続いていた。
とりあえずお洒落判定を出したヘファイストスが解析してみると、これについては、魔力に反応して生じるギミックの一つとのこと。決して呪いだのなんだの、とても渡せないような代物ではないらしい。とはいえ、何故こうなったかについては、ベル本人とて謎の部分だ。
まさか、何かしらの“運命”でもあるというのか。そのあたりの真相を知る者が居たとしても、口を開くことはないだろう。
そんなこんなで、少しのいびつさを細部に残すカチューシャが完成した事に変わりは無い。あとはコレを相方へと渡すだけとなるものの、ここから先は、少年の“冒険”だ。
いざ心構えを持つベル・クラネルだが、命を賭けた実戦よりも心が跳ねる。ロキ・ファミリアのホームが近づくにつれて加速度的に増していた早鐘は、アイズの部屋の前にて最高潮に達していた。
とはいえ、ヴェルフをはじめとして協力を得た手前、こんなところで怖気づいてしまう事だけは許されない。つまるところ退路が存在しないというならば、進む道は明確に一本だ。
加えるは、己の師匠よろしく、エイヤと一発のクソ度胸。ノックの数秒後に静かに出迎えたアイズに誘われ、ベルは大一番の舞台へと飛び込んだ。
「えっと、その……」
「?」
今も昔も変わらず、理解できない事については天然さを隠そうともしない可憐な姿。凛々しい一面を誰よりも知っているからこそ、少年の瞳には、誰よりも可憐に映るもう一つの一面だ。
焦がれる気持ちは血脈にのって炎となり、少年の顔を染め上げる。一応は言葉を考えてきた少年だが、今の今で全てが宙に吹き飛んだ。
だからと言って、この場において“語らず”が一番の悪手であることは理解できる。ということでもう一度、ここ一発の“クソ度胸”をオカワリする事となり――――
「こ、この前に貰った剣のお礼と、あ、アイズに、元気を出してもらえればと思って!」
「っ――――!」
紙袋に入れられていた、簡素ながらもプレゼントと一目でわかる箱の類。相手に与えた一撃はクリティカル、倍率は上限の2.5倍だ。
がしかし、攻撃側の少年の防御力も高くはない。クソ度胸というスタミナ消費の激しい技でもって山頂へと辿り着いた為に、ここにきて言葉が切れてしまった。
もしも観戦者が居たならば、「ヘタレー」だの「乙女心をナメんなー」と、厳しい罵声が飛び交っていた事だろう。
オラリオにおける
ここにきてクリティカルヒット、再び。さすがの彼女とて、己が普段から身に着けているカチューシャであると知ると、ベルが思ってもみなかった反応を示している。
「えっ?」
予想外の行動とは。カチューシャの入った箱を、ベルの前へと差し出したのだ。
つまるところ、ベルの手によって付けて欲しいという、間違いのない彼女の意思表示。互いのヒットポイントゲージは消え去る寸前で点滅状態、そしてダブルノックアウト寸前の状況は、言葉なく動作だけが進んでゆく。
このあとの少年がどうなったか、知る者は神ですら存在しない。
そして時は流れ、約二時間に事態は明らかとなる。青春真っ只中だった少年少女が、現在はどうなったかというと――――
「……ダンジョンへと、赴いたらしい」
「……ふむ」
ロキ・ファミリアの執務室にもたらされる、無慈悲な報告。違う、そうじゃないとばかりに頭を抱えるハイエルフだが、少し前の彼女とて大差はない。
相方も天井を見上げ、どうしたものかと悩むも、事案が事案だけに、おいそれと口を挟めるものでもない。幾らかのアシストこそしてきたが、ここから先は、プライバシーの深い領域になってしまう。
だからこそ言葉は無くなり、静けさが部屋を包み込む。新たな道を歩み始めた少年と少女の道のりは、最大の山場を乗り越えたからこそ、ちょっとだけ険しいのかもしれない。
フレイヤ様、ステイ