その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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230話 仕える相手はヤベー奴

 

 翌日。黄昏の館にある執務室で事務処理をこなす者は、とある指輪の持ち主だ。居なくては始まらない、ロキ・ファミリアにおける巨大な歯車の一角である。

 今日は、将来を見据えて、とのことで、レフィーヤがサポートして駆り出されている。名実共にロキ・ファミリアの幹部となる為の特訓だと皆に公言したならば、アイズやアマゾネス姉妹を筆頭に、心当たりを持つ者が目を逸らす事になるだろう。

 

 そして本日は、ヘルプの者がもう一名。新たな戦う理由と居場所を得たエルフが、礼儀正しいノックを行ったのち、書籍が満載された台車と共に入室した。

 

 

「リヴェリア様、ご要望と推察した資料をお持ち致しました」

 

 

 二人が処理している書類の作成に、利用できるかもしれない。そのような資料収集を実行したのは、他でもないリヴェリア・リヨス・アールヴから依頼を受けた為だ。

 直接的に依頼を受けたフィルヴィスから、ロキ・ファミリアのエルフをまとめ上げるオネーサンとなるアリシア・フォレストライトに依頼が伝達。ロキ・ファミリア所属の全エルフの招集には数分と要することなく、フィルヴィスと二系統に分かれ、リヴェリアが要望した資料を掻き集めてきた格好だ。

 

 

「早いな、助かるぞ。そこに置いてくれ、フィルヴィス・シャリア。レフィーヤ、荷下ろしの手伝いを頼む」

「は、はいっ!」

 

 

 俗にいう“レポート”の作成を切り上げ、レフィーヤは小走りにて駆け寄り荷物の一部を受け取っている。広い机のある執務室だけに、置き場所に困る事はないだろう。

 極端な力仕事となれば苦手なエルフだが、このように効率的な業務となれば水を得た魚。もはや“軍隊”と呼べる程の指揮系統と連携によって、リヴェリアから「早いな」という言葉を引き出すことが出来たのだ。

 

 のちにフィルヴィスの口からエルフ達に通達され、人知れずして皆が喜んだのは微笑ましい事情だろう。もしもエルフが他種族に対してこのような応対が出来たならば、株価は破竹の勢いとなるはずだ。そして必ず、「エルフとはツンデレ也」勢力との争いが行われる事となる。

 

 さておき、フィルヴィスの仕事はまだ続いている。持ってきた資料のいくつかを、リヴェリアの執務机の横へと運ぶ仕事を、レフィーヤと共にこなしていた。

 表向きは、リヴェリアの仕事を邪魔しないよう、静かに、そして手早く。しかしフィルヴィスが時折にわたって向ける視線は、リヴェリアがしっかりと捉えていた。

 

 

「これが気になるか?」

 

 

 言葉と共にペンを止め、左手を僅かに上げる。するとフィルヴィスは、僅かにバツの悪そうな顔を見せると、謝罪の言葉を口にした。

 

 

「も、申し訳ございません。概要は伺っておりまして、その……」

「よい。恐らくは情報の通り、先日、こ……こ、婚約の意図で授かったものだ」

 

 

 左手の平を口元に掲げると、意図せずして目じりと口元が僅かに緩む。そんなリヴェリアの色気を含んだ表情に対して、同性ながらドキっとした感想が、レフィーヤとフィルヴィスの中に沸き起こった。

 それでも、祝わなければならないと振り切って声を出す。一般世間に対しては秘匿されているからこそ、こうして直接的に祝える者は、ロキ・ファミリアのメンバーを入れても数少ないのだ。

 

 

「っ――――!おめでとうございます、リヴェリア様!」

「あ、ああ。ありがとう」

 

 

 しかしどうにも、リヴェリアの見せる歯切れが悪いと捉えるフィルヴィス。実のところ当時を思い出して勝手に舞い上がっているポンコツ事情なのだが、フィルヴィスにとってのリヴェリアとは“完璧”であるからこそ、まさか舞い上がっているなどとは思うまい。

 もしも仮に、リヴェリアにハイエルフという属性が無かったとしても、男女の仲という事情に疎いフィルヴィスが察しろと言う方にも無理がある。だからこそ彼女は、最も気さくな仲であるレフィーヤに、問いを投げる事となった。

 

 

「レフィーヤ、何か問題があるなら教えてくれないか?」

「え、えーっと……」

 

 

 ――――フィルヴィスさん、そう言えば知らなかったんだ。“二つとも”。

 

 フィルヴィスと目を合わせてしまい、露骨に眉を八の字にしてしまい。己が答えて良いのかとレフィーヤは自問自答して、間髪入れずに“否”の答えを導き出した。

 リヴェリアの前だからか、レフィーヤが相手だろうとも、フィルヴィスは凛とした対応を崩さない。レフィーヤに声を掛ける時こそ僅かながらに口調が崩れているものの、“近衛”と呼ばれるに相応しい態度を続けている。

 

 恐らくはエルフ史において、いや、下手をすれば人類の歴史における最大機密の一つ。“世界樹の加護、そしてドライアドの祝福を持ち得る一般人がいる”という実態を打ち明けることは、一般市民エルフの立場にいるレフィーヤには荷が重すぎる。

 そうなれば、己の師へとヘルプサインを投げるのは自然な流れだろう。それがハイエルフで、かつ当該の機密に最も近い者とくれば、まさに適任と表現するに他がない。

 

 すがる視線を向けられたリヴェリアは、翡翠の瞳で意図をキャッチ。そして、さも自分自身は気にしていないかの如く、あっけらかんとした表情で真相を口にした。

 

 

「フィルヴィス・シャリア。君とて、必ず秘匿しなければならない情報だ。タカヒロは、世界樹の加護とドライアドの祝福を受けている」

「なるほど、承知しました」

 

「……あれ?」

 

 

 最初に疑問符が飛び出たのは、レフィーヤの口からだった。親しい仲であるフィルヴィスがどのような反応を見せるか、実は彼女も少し気になっていたイタズラ具合。

 しかし現実は、仕えるべき相手であるリヴェリアと同じ淡白な様相だ。もしかしたら、どこかで――――眷属にはなっていないものの、彼女の本拠地であるヘスティア・ファミリアのホームで耳にしていたのかもしれない。

 

 

 それとも、他に何かあるのかとレフィーヤは勘ぐりを入れる。フィルヴィスが最初の反応を見せてから、たっぷり10秒程度の時間をおいた時だった。

 

 

「――――えええええっ!!?」

 

 

 凛とした紅の瞳を小さくし、これでもかと目を見開いて。リヴェリアの御前という事実よりも、生まれ出た驚愕が上回っていた。

 リヴェリアの言う事に嘘はない、というエルフ故の刷り込み具合。この前提の下で口に出された先の言葉を、初手で理解する事は難しいだろう。

 

 

「し、しし、失礼を致しました!!」

 

 

 更に数秒ほど時間を要して我に返ったのか、頭を直角に下げて謝罪の一辺倒。「よい」という玲瓏な言葉が届けられたものの、フィルヴィスの表情は「やってしまった」と言いたげである。続けざま、リヴェリアからは、生命の樹、そしてウロの加護がもたらした原初の雨や流水に関する客観的な内容が告げられている。

 追い打ちをかけるように、跳ねるように躍動するフィルヴィスの鼓動は収まらない。とにかく「落ち着け」と己に対して言い聞かせるが、どうにも制御する事は難しい。

 

 

 己の同胞、その全てが敬意を払うハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴ。そんな人物から短剣を授かったことは今も鮮明に――――ハイエルフ・ハラスメント的な部分は、まるでロキがボンキュッボンになるかの如き勢いで美化された上で、今でも鮮明に思い返すことが出来る程。

 フィルヴィス・シャリアにとって、人生における間違いのない一大イベントだった。新たに得た戦う理由、そして決意と覚悟でもって、まだ怪人のままながらも、彼女は強い意志にのもとで今日という時間を生きるのだ。

 

 

 がしかし、そんな覚悟すらも容赦なく、そして赤子の手をひねるよりも簡単に上回ってしまう程に強烈な事実が、つい今ほど告げられた。フィルヴィスのなかでにおける状況の整理は検討の段階にも程遠く、まったくもって進んでいない。

 彼女の人生どころか、エルフ歴史において後世にわたって末永く記録される程の天変地異。生命の樹の加護、そしてドライアドの祝福を持つ者が持ち得る至高の一振りの短剣が、まさか己に授与されるとは思ってもみなかった。

 

 己がどれ程の得物を、どれ程の状況で、どれ程の者から授かったのかと、今更ながらに思い返し。腰に携える短剣を両手でもって自身の眼前に掲げ、フィルヴィスは再び目を見開いていた。

 

 

「そう身構えるな。もし折ってしまったとしても、私から修理の懇願は行える」

「……」

 

 

 例え仮の話だとしても、そんな末恐ろしい状況を想定しないでください。などと口に出せるはずもなく、フィルヴィスの白く可憐な肌の色に青みが伺う。次いで悪寒が背筋をかけ上げり、身震いとなって表れた。

 この短剣の金銭的な価値を考えた時、もしくは授かった経緯を考えた時。到底、己の命一つ(ハラキリ)で済まされる話でないことは明白である。

 

 真面目な話をするならば、この短剣はMI属性である為に、もしも仮に折ってしまった場合は再生は不可能となる。しかし「ベル・クラネルは一般水準である」と分類されるよりも強烈な尺度において一般人な彼の手によって、また新たな“得物”が誕生してしまうことだろう。

 もしかしたら、どこぞの鍛冶の神が共犯となってヒャッハーし、何事もなかったかのように打ち直してしまうかもしれない。何れにせよ一騒動が起こることは必須であり、ヘスティアが無慈悲な一撃を受ける事となるだろう。

 

 

「し、しかしレフィーヤ。お前は、大樹の御加護を、その眼で(じか)に捉えたのだろう?」

「え、あ、はい」

「どうだった、どのように感じ取れるのだ!?」

 

 

 辛い内容に潰される前に、話題を変えてしまったフィルヴィス。幸いにも、興味が湧く話題は幾らかある。

 伝説的な一幕を知る、身近な者。己の推しとなる有名人の裏話を知っていたならば、恐らくは似たような詰め寄り方をしてしまうだろう。

 

 立場が異なれば、逆だったかもしれない。もしくは、エルフならば仕方がないと片づけるべきか。

 そう考えるレフィーヤは、開いたままのドアの奥で動いた人影らしき姿に目を向ける。すると次の瞬間、ロキ・ファミリアの執務室を、原初の霧雨が満たしたのだ。

 

 

「大層なモノではない、この程度だ」

「っ――――!?」

 

 

 冷や汗と共に目を開き、間髪入れずして後ろを向いたフィルヴィス。見たことのある自称一般人の言葉は一応ながら耳に届くが、彼女の心と鼓動は、過去一番に匹敵する騒ぎを見せている。

 フィルヴィス程ではないとしても、レフィーヤも同様か。そしてエルフ三人は、反射的に膝をつき、まるで祈るようなしぐさでもって霧雨を受けていた。

 

 その時間、約8秒。スキルを持ち得る男にとっては、どうにも妙な光景に他ならない。

 だからこそ彼自身も固まってしまい、最も早く再起動するであろうリヴェリアに視線を向ける。期待通りに目線が合わさると、相手の意図を汲んだリヴェリアが体勢を直して口を開いた。

 

 

「何故こうなるか、と言いたげだな」

「ああ。どうにも不思議に映ってしまう」

「その霧雨を前にしては、祈らずにはいられない。エルフだからこその、反射的な行動の一つとでも捉えておけ。カドモスを前にしたお前が、突撃を見せるようなものだ」

「なるほど?」

 

「……」

「えっ……」

 

 

 妙な例えは、二人の間で通じたらしい。たとえそれが無かったとしても、その二人という存在があまりにも大きすぎるために、フィルヴィスとレフィーヤは口を挟むことはできなかった。

 

 

「さておき、何か話をしていたようだが、邪魔をしたか?」

「なに。この指輪について、フィルヴィス・シャリアに見せていただけだ」

 

 

 再び彼女が左手を顔の位置に掲げる繊細な手に、翡翠のアクセントが施された指輪が輝かしく栄える。普段は二人の時にしか見せない笑みが零れた事に気付かぬリヴェリアだが、どうにも“恋愛”を知らぬ少女二人には、先の指輪よりも眩しすぎるものがある。

 とはいえ双方共に、ちょっと早いかもしれないけれど、指輪が気になるお年頃。特にお洒落に気を遣うレフィーヤは、今までに見たことのないデザインに興味津々だ。

 

 

「オラリオでは見かけないデザインですね。タカヒロさん、こちらはどこのお店で?」

「いや、自分が作った」

「へっ!?」

 

 

 もしも第三者が今のやり取りを耳にしていれば、レフィーヤの反応も当然だと思うだろう。指輪の自作など――――あまり表向きになっていないだけで、詮索したならば鍛冶師たちの間では一般的なのかもしれない。

 しかし此度の作成者は、ゴリ押しと呼べる戦闘スタイル。よもやそんな彼から、このような繊細な指輪が生まれ出るなどと想像ができようか。

 

 などと口に出したならば、不敬罪待ったなしのシチュエーションに持ち込まれても不思議ではない。己の団長と違って親指型バイブレーションこそ備わっていないレフィーヤだが、空気を読むことについては長けている。

 結論、黙っていた方が良いだろう。そんな100点満点の回答を導き出して実行していると、リヴェリアが口を開いた。

 

 

「しかしタカヒロ。何回か作り直したと聞いていたが、失敗した物は、どうしたのだ?」

「全て破棄した。お前を除いて、この指輪には釣り合わない」

「っ――――!」

 

 

 予期せずして発動する、クソ度胸からくるカウンターストライク。反射的にバッと顔を背けて、己の気持ちを隠そうとするも手遅れだ。

 放たれたカウンターストライクの火力は過剰であり、エルフの少女二人に対しても飛び火している。此方も此方で、誰も見ていないというのに顔を背けている始末だ。

 

 流石に将来の“お相手”が生命の樹の加護やドライアドの祝福やらを持ち合わせておらずとも。いつか自分も、こんな事を言われてみたいと思い焦がれるのは無理もない話だろう。

 “二つ名”に焦がれる者の多いオラリオ、その冒険者だからこそ。そこに年相応の乙女心が加わって生まれた感情だ。

 

 なお、面と向かって言われたlolエルフとなれば状況が少し異なる。フィルヴィスとレフィーヤの前だからこそ凛とした態度を貫き通そうとするも、それを遥かに上回る嬉しさによって数秒おきに崩れている点は、どこかの女神が諸事情で鼻血を垂れ流す事のように正常だ。

 

 

「……ん?どうした。悪いが、君達には譲れんぞ」

「い、いいいいいえ!」

「滅相もございません!」

 

 

 有名人からサインを貰うような感覚だろうか。正直なところ、要る・要らないの話で言えば、それはもう天まで届く“レア・ラーヴァテイン”の勢いと共に「ください!」との詠唱を口にしたい。

 がしかし、現在進行形、そして少し未来の相手の立場が大きすぎる為に、どう頑張っても少女二人は、首を縦に振る事などできはしない。

 

 

 リターンは確かに大きいが、そこへと辿り着くまでの道は何よりも険しく遠い。ここはひとつ、己が仕える事になってしまった相手の“具合”の一端が分かった事を収穫として、フィルヴィスは、贈呈品のオネダリに対して戦略的撤退を決めるのであった。

 

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