まるで、流れるかのような足運び。ただ普通に歩いているだけにもかかわらず、神秘的で、どこか地上の生き物とは異なる様相は、注意を引き付ける対象となるだろう。
視線をさらうとは、言葉通りの表現だ。玉座に腰かけていたラーファルですらタカヒロの言葉に信じられないものの、しかし本能的に立ち上がり、全員の顔が彼女へと向けられている。
歩みを進める彼女の自己紹介は、タカヒロによって行われた。それに対して即座に否定も肯定の返答は無かったものの、タカヒロの前、2メートル程の距離に辿り着く。
そして辺りを見回し、口元だけをわずかに緩め。リヴェリアよりも凛とした、しかし根底には
「いかにも。“この女”、
発した言葉に対して、質疑の類は許さない。そう言わんばかりにドライアドは力の一端を開放し、玉座の後ろにある大樹が明らかに反応した。
木々の騒めきと呼ばれる言い回しがあるが、風の一つもないというのに、そのような反応が連続して生じている。自然の動きが不自然の条件で生じる
何が起こった、そして本日の出来事の全てが吹き飛んだ。ここアルヴの森に住まうエルフ一行の心境は、これらの言葉で足りるだろうし、かと言って不足もしていない。
想定の外で起こっている出来事は、一撃一撃が、エルフにとっての規格外。ただでさえリヴェリアがヒューマンを連れてきたうえに王と問答を繰り広げている最中に生じた、貴族への罵倒。
それだけでも、対応を一つ間違えば、リヴェリアもしくは他の貴族を含めた誰かの首が飛ぶ。沈黙という対応によって後回しにされたものの、それほどの危険性を孕んだ出来事だった。
しかし、そんな一大事すらも綺麗さっぱりと流されてしまった。
文字に起こしたならば、1000年の時を軽く凌駕するエルフの歴史。本当の原初のエルフこそ定かではないものの、アールヴの名を持つ王族が同胞を率いてきた。
その地こそ、ここアルヴの森に他ならない。大聖樹と呼び、木々の大精霊であるドライアドが宿るとされた伝記は、エルフ達の間において、あまりにも有名だ。
これらは、アルヴの森に住まうエルフでなくとも親から教わる程に、エルフの間では常識的な話と言える。精霊と交流を深める地、“精霊郷”と呼ばれる場所もあるが、此方に集うのは小精霊が精々だ。
数多の神々が登場する、普通に聞いたならば「有り得ない」と感じてしまう程のお伽話。流石に1000年以上と言う時はエルフにとっても短い部類とはならないらしく、これらの神話と同じように感じられているのが現状らしい。決してドライアドの伝記を忘れることは無いものの、常日頃から意識しているかとなれば、解答は難しい。
それでは。そんな伝記がある前提において、今この場におけるエルフ達の反応は、どうなってしまうのだろうか。
誰もかれもが、相手の特異性は感じ取れる。そして彼女の言葉でもって、大聖樹が、かつてない反応を示した。
答え合わせは、行うまでもない。かつての歴史にすら前例がない為に、謎の人物の登場時こそ想定の外で反応が出来なかったものの、聖樹の様相を再び目にしてエルフ一行は我に返る。
おおよそ、2-3秒の出来事だっただろう。条件反射でもって、すぐさま全員がリヴェリアと同じように片膝をつき、ドライアドよりも
それに気づいたのは、玉座と言う少し高い所に居たラーファルだ。ドライアドを紹介していた手前、ただのヒューマンではない事を感じ取り、敬意を含む言い回しにて口を開く。
「タカヒロ殿、ドライアド様の御前である。エルフでないことは承知しているが、この場は
「ラーファル・リヨス・アールヴよ、その者はよい。なんせ、
その言葉で、リヴェリアを除く全員の頭が持ち上がった。なお言葉をそのまま受け入れられず――――エルフ基準においてはこれだけでもドライアドに対する不敬罪になりそうなものだが、揃って目が見開いた状態というオマケ付きである。
しかしリヴェリアだけが顔を上げなかったことで、知っていたうえで黙っていた事を察したラーファル。もしもリヴェリアが初手でドライアドの祝福を口にしていたならば、先のような小競り合いも生まれない。
遅くとも、タカヒロが、エルフたちから暴言を浴びせられていたタイミング。望まぬ婚姻の件も含め、勝敗など一撃で決まっていた事だろう。
今になって思い返せば、不自然な点が幾つもあった。あまり表には出せないが極度の親バカ――――もとい愛娘を案じるからこそ、久しぶりに実家に帰ってきた娘に対してテンションが上がってしまった事も、眼鏡が曇ってしまった理由の一つかもしれない。
「……リヴェリア。タカヒロ殿がドライアド様の加護を授かっている事を、知っておったのか」
「はい、父上」
「何故、口に出さなかった」
勿論、口に出さなかった事には大きな理由が存在する。真摯な表情をより一層のこと引き締めたリヴェリアは、ラーファルに対して向き直り、口を開いた。
「父上。タカヒロは、私を只の一人の女として捉えています。故に私も、只一人の男として捉えたいのです」
己と妻の間に授かった娘の性格を思い出し、ふと口元を緩めるラーファル。大精霊ドライアドの御前だというのに微塵もブレない娘の姿を、口には出せないが、親として誇りに感じていた。
そんな姿を横目見る、話の中心となる男女二人。「お久しぶり」的な会話を交わしてから話をどのように繋げるか悩むものの、正直なところ話すことなど何もない。
何せ、「お久しぶり」の言葉にあるように、こうして面と向かって話をするのは初めてではない。一度だけとはいえオラリオにて出会った時、“核心”に触れる話も済ませている。
ケアンにおいては信仰の力が足りておらず、星座としての体を成すだけだったドライアド。だからこそ、自称一般人が己の祝福を得ていることは知っているが、その程度だ。そう言った意味では、このドライアドとは“異なる存在”と言えるだろう。
“彼の地”において自称一般人が成し得た数多の偉業は、あまり彼女の耳には届いていない。とはいえ先の状況である上に、神々自身が自称一般人を鉄砲玉として扱っていた事と、幾らかの神々が彼を気に入ってしまった事で、不特定多数の神々や精霊に、情報が漏れていないのだ。だからこそドライアドとて、“
一方ここアルヴの森では、エルフをはじめとして数多の信仰を得ているドライアド。もっとも伝記の中で少しばかり出てくる程度で、エルフ達と具体的な交流があるわけでもない。
初見の際、エルフ達がドライアドと看破できなかった大きな理由の一つだ。事前に祝福について知っていたリヴェリアだけが、なんとか対応できたものの、未だ音一つ生まれぬ上に、エルフ各位の鼓動が跳ね続ける程の衝撃なのである。
「久方ぶりじゃのう。先のオラリオでは世話になった」
「祝福を多用させて貰っているからには、突然だろうとも応えるさ。しかしあの時は、お陰様で遅刻したが」
「連絡の手段も無いのじゃ、許せ。と言いたいが、我が里の者の非礼でもって、借りが増えてしもうたわ」
――――いかん。どげんか、どげんかせんといかん。
方便はさておき、ラーファルの中で、不安と焦りと考えと胃液が揃いも揃ってメリーゴーランド。尚速度は降下中ジェットコースターの如き激流の模様であり、ヒューマンに対する謝罪に加え、これ以上、ドライアドに謝罪の言葉を口にさせるワケにはいかないと打開策を捻り出そうと必死である。
がしかし、此度の基準は全てがラーファルにとっての規格外。かつて例のない為に無情にも考えの欠片も浮かばず、“激流に身を任せどうかする”以外の方法が見当たらない。
もっとも、王として、それだけはイカンと持ち得る頭脳をフル回転。しかし無情にも、王そっちのけで、二名の会話が進んでいる。
「有象無象の戯言は捨て置け。借りがあると言うならば、当たり障りのない話題に切り替えよう」
「むっ。左様か、承知した」
――――いかん、最もいかん。救いを得たようで、根底は何も解決しておらん……!
ようは、アルヴの森とタカヒロを並べた様相に対して、ドライアドこそ森の代表として謝罪しただけ。エルフがドライアドにかけた迷惑、謝罪の言葉を口に出させたという最悪の事実は、何一つとして解決していない。
最悪ついでに言えば、当該の貴族の言葉が、ここにきて脳裏に思い返される。
あの男は、ドライアドを相手に、何と口にしたか。よもや、「この女」だの、「摘まみ出せ」だの口にしたことは、己の耳が老いた為の聞き間違いだろう。
今この時だけで良い、ここ一時間ほどの出来事は夢であってくれ。長寿の歴において最大の願いを届けるが、どうにも門前払いの気がしてならず、血の気が消え失せる感覚が五感を支配する。
そのような感覚は、妻のフォターナとて同様だ。己の夫を支える事こそ最大の務め――――と意気込むも、無情にも、手札の全てが通じないことは火を見るよりも明らかだ。
ましてや己は王妃であり、それこそ、夫を差し置いて何かできる事など限られている。この場が玉座の間であることから、その風潮は猶更だ。
唯一の希望が残されているとすれば、最も大切な愛娘。こちらについては不思議な事に、ヒューマンに対する暴言については反論の続きを行うつもりはないようだ。
そうとなれば、母として、王妃として、どのようにしてリヴェリアとの仲を支持するかを考える。そして「相手にドライアドの祝福があるなら是非もないのでは」と、「ドライアド様がどう思われるか分からない以上は動けない」と、相手の手札がロイヤルストレートフラッシュであることを察している。
そして当の二名は、脱水中の洗濯機で絞られているかの如きラーファルの心境なんぞ、どこ吹く風。当たり障りのない話題が何かないかと考え、アルヴの森、玉座の背後にそびえる大聖樹に関する内容を口にした。
「大聖樹、と言ったか?君は、あの大樹に宿る精霊だったか」
「うむ、見事な大樹であろう」
傍から見れば自画自賛となるものの、納得の貫禄。見上げても視界に収まりきらぬ大きさの大樹は天に向かって聳えており、見上げた先には青々とした葉が生い茂る。
冬の訪れが近いというのに、ここだけを見たならば春や夏を思わせるような青さを感じるだろう。故に大聖樹と呼ばれる存在であり、一年を通して青々とした様相を示していると、ドライアドは付け加えている。
「一年を通して葉を付ける、か。しかし、冬でも葉を枯らさない木々など他にもあるだろう?」
「なんじゃと?」
妙に波長が合致するのか、そこらへんに生えている針葉樹と大聖樹を同等に扱うような煽りの混じった会話が弾む。
ともあれ、首を垂れるハイエルフとエルフそっちのけで話が進む。王の御前で勝手な発言が許されないように、ドライアドの前では、それと同じことが起こるのだ。
お陰様でラーファルは、マトモな考えすらもさせて貰えない。突然と、それこそ“爆弾発言”が飛び出した際に応じる為、目の前の会話に集中しなければならないのだ。
しかし。どこにおいても、例外は存在する。
「っ、動くでない――――!」
「なっ!?」
「誰か――――」
甲高い女性の悲鳴と共に、水に石を投げ込んだかのように空間が作られる。次から次へと生じる想定外の事態に相乗りするかの如く、ラーファルを筆頭に大臣クラスのエルフにとって、どう足掻いても特大な頭痛の種にしかならない出来事が生じてしまった。