その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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238話 掃除と水やり

 

「っ、動くでない――――!」

 

 

 甲高い女性の悲鳴と共に、水に石を投げ込んだかのように空間が作られる。ついで一瞬の空白を挟んだのちに、様々な言葉が機関銃の如く向けられた。

 

 

「何をなさる!」

「血迷われたか!!」

 

 

 ナイフより少し長い刃物を振り回す、先程まで強気で居た貴族のエルフ。反対の手で近くに居た貴族の女性エルフ一人を捉えており、力の差から、女性が振りほどく事は難しいだろう。

 

 当該の貴族にとって、後がない状況。自称一般人を侮辱した点は百歩を譲って許されると仮定しても、ドライアドを“この女”呼ばわりした点については、“知らなかった”では通じない。

 貴族の首一つで済む程、状況は安くはない。隠蔽したつもりではあるものの、用意したリヴェリアの婚約相手、すなわち己の身内ごと詮索を受けたならば、どこまで隠しきれるか分からない黒い裏側があるのも事実の一つだ。己の野望から生じたものとはいえ、野望とは、見方を変えれば謀反である。

 

 言うなれば、やぶれかぶれの状況から生じた立てこもり。その直前に発生した驚愕の出来事があった為に衛兵たちも反応することが出来ておらず、現在も後手に回っている状況だ。

 

 女性貴族に“何かあった”では済まされない為に後がない衛兵達だが、後がない状況は、犯行に及んだ貴族も同様である。もしも女性を殺したならば、待っているのは男貴族の死亡、もしくはそれに匹敵する制裁に他ならない。

 まさかの禁じ手を前にしたが故に、彼も奥の手として今の犯行を利用する決意に至ったのだ。それは、リヴェリアがアールヴの名を持つことを利用した安易な発想から生まれたものである。

 

 

 例え口で承認しただけだとしても、地位ある者の言葉ほど重いものはない。故にリヴェリア・リヨス・アールヴが先の見合いについて承諾し、あわよくば婚姻についても認める返答を口にさせるのが目的だ。

 もしもドライアドや謎のヒューマンが動いたとしても、立てこもりの場所からは距離がある。最悪は捉えた女性貴族に刃物を突き立てたならば、己の野望を阻止した腹いせはできるだろう。この期に及んで最適な回答と思っているようだが、お目出たい頭に救いを求める事は難しい。

 

 

 

 

 ともあれ、犯人と人質だけに的を絞ったならば、犯人側が非常に有利。誰一人として己を止めるには至らないと、血迷った貴族は口元を歪めて勝ち誇る。

 

 

 

 

 

 しかし、リヴェリアとドライアドだけは別である。手段こそは思いつかないが、貴族の思惑が未遂に終わることを確信していた。

 

 

 この状況において権力者一行が不変と言う不気味さが身を包み、数秒して、“何が来るか分からない”という恐怖の感情が貴族の表に顔を出す。警戒してキョロキョロと辺りを見回す貴族だが、先程から周囲の者が立つ位置も気配も変わらない。

 

 

「――――ゲス以外の何者でもない。万死に値する(攻撃)」

 

 

 僅かな静けさを狙ったかのように、据わった声が場を貫いた、その瞬間。ふと、タカヒロの身体が生み出す影に何かが沈んだように見えたのは、この場にいた全員の目に生じた錯覚だろうか。

 

 時を同じくして、対峙する貴族においても変化が生じる。意識が及ばぬほどの時間が経つと、突如として貴族の右腕が軽くなったのだ。

 

 

「――――えっ?」

 

 

 口から出されるは、素っ気ない疑問符だけ。あまりにも一瞬の間で行われた為に、思考回路や状況認識すらも追いつかない。

 

 

「あああああああああっ!?」

 

 

 よもや己の右肩から先が、突如として無くなるなど。突如として出現した大型の獣が、男貴族の右腕を食いちぎるなど、エルフ達の誰が想像しただろうか。

 

 数秒の間をおいて貴族一行の悲鳴が響き渡り、解放された女性は髪を振り乱しながら、駆け足にて問題の貴族から距離を取る。すぐさま衛兵によって保護されるも、彼等に休息が訪れることはなさそうだ。

 一転した状況は、突如として出現したモンスターによって作り出されたもの。溢れ出る血液が王の間に滴り落ちる光景、その少し先に立つ今まで存在していなかった生物は、注意を引くには十分だ。

 

 灰色の毛並みを持つ、大きな姿。容姿はライオンと虎のハーフのようであり、人の背丈を超えた体高と合わせて見た目の威圧感は十分と言えるだろう

 その迫力ある見た目に似合う、実力の持ち主。行われた攻撃はアクティブスキル、“シャドー ストライク”であり、影の中から目にも止まらぬ速度で飛び出し攻撃する一連の動作が特徴と言えるだろう。

 

 

 しかし、そんな攻撃すらも霞むほど。目を見開いて驚愕するドライアドは、それほどまでに獣が特異的に見えたらしい。

 

 

「お、お主、その神獣(ビースト)は……」

「おや、知っているのか?」

「い、いや。しかし……」

 

 

 神々が“子”と呼ぶ存在からすれば特異的と言える大精霊ドライアドが動揺してしまう程の、特異的な存在。付近のエルフ達もまた目を見開き、その神々しい獣を前に身動きの一つも行えない。

 

 

「動揺には及ばない。遠い地に居る“友”、その化身だ」

 

 

 ケアン地方に存在する魔境、古代の森。その内部にある“この世ならざる場所”、つまるところ“ローグライクダンジョン”と呼ばれる禁呪の領域。

 その内部に出現するヒーロー級のビースト、“マンティコア デスストーカー”からのみ6%の確率で設計図がドロップする。これと他の複数の素材を用いて作成することができる、少々特殊なレリックが存在する。

 

 森の入り口にてタカヒロが“用心”した為に付け替えられた装備、部位の名前を“レリック”。今回の選択対象は、神々を相手するには選択肢とならないが、レリックがもたらす効能は、種類によって非常に特徴的だ。このレリックは、とある“ビースト”を呼び出すための装備の一種。

 

 

 召喚に応じるは、タカヒロが口にした“友”の化身。闇夜に紛れ獲物を狩る獣であり、ケアンの地における放浪の民からは、“獣と放浪者を司る神”として崇められている存在。

 ビーストに属する存在、名を“Death stalker(デス ストーカー)”。ケアンの地で喧嘩し、のちに和解したスーパーボス級のセレスチャル“獣神モグドロゲン”、またの名を“モグドロゲンおじさん”、通称“モグおじ”の化身なのである。

 

 

「タカヒロ……」

 

 

 友と口にしたタカヒロの声に、ほんの僅かな寂しさが混じっていた事は、リヴェリアだけがくみ取れた。

 

 

 ……決してそして、「友達いたんだ」などという感情では、ない。そして輪をかけて、己の相方が“只のヒューマン”と呼ぶには程遠い存在であることを輪をかけて認識している。

 更に同時に、どこかで見かけた光景――――ジャガ丸という存在を思い返していた。どちらが上下ということはないが、どうにも、彼女にとってはあまり違和感がないらしい。

 

 

 ジャガ丸と同等の敏捷性を備えていることも、理由の一つだろう。瞬くよりも早く影の中を移動して攻撃した、特異的な存在。咥えた右腕を吐き捨てて、デス・ストーカーはタカヒロの元へと静かな足取りで戻ってくる。

 なお、此度の男貴族はすぐさま捕縛と治療が行われ、女性貴族についても怪我の一つなく保護に成功。これにてどうにか、衛兵たちのメンツも保つことが出来ただろう。

 

 

 此度に生じた事件の後始末は、そう長くない期間において行われる筈だ。お堅い性格の多いエルフだからか、賄賂等の実態は非常に稀と言える程度に留まっている為、間違いも起こらない。

 

 しかし後始末、と言うよりは掃除の類となるが、王の間が血で汚れている。前例がないために誰も対処法が分からないが、清掃の者を呼びに行く旨の会話を交わし、兵士たちの一部は部屋から飛び出した。

 大聖樹の御前が汚れた事についてドライアドに怒りが生じないかと心配していたラーファル達だが、今のところは気にしていないような様相だ。掃除を筆頭として事が落ち着いたのちに、正式に謝罪の言葉を向けるべく妻のフォターナと小声で話を進めている。

 

 

 しかし、この場に居る残り一名。デスストーカーを召喚した張本人であるタカヒロは、どうやら自身が掃除を行う考えでいるらしい。

 ここまでの事態を想定していたかとなれば、答えはノーだ。単に“善かれ”と思ったのか、はたまた何かしらの“策略(ゴリ押し)”があっての考えかは、今いる誰にも分からない。

 

 

「さてドライアド、血濡れた玉座は縁起が悪い。洗い流すついでに、大聖樹へ水をやっても良いだろうか?」

 

 

 ついで扱いについてはともかく、問いの内容は疑問符で返したくなるものがある。わざわざ尋ねてくるとなると、ドライアドにとってすら特殊な何かがあるのかと気になるのは仕方のない事だろう。どうやら彼女も知らされていないようだ。

 なおリヴェリアだけは、タカヒロが持ち得る特大の隠しネタを知っている。今の言い回しが行われるという事から、ドライアドが知らないという点についても察していたからこそ、あのドライアドがどのような反応を見せるかについて、興味半分、恐れ多さ半分の感情となって状況を見守っていた。水が紙に染みるように、彼女もケアン基準に侵され始めてしまっている。

 

 

「なんじゃ、藪から棒に。特別な水でも持っておるのか?」

「いかにも。相応しい“水”はウロの流水か、それとも生命の樹(ユグドラシル)の霧雨か」

 

 

 二択となった言葉に、国王王妃を含めて誰一人として反応を示さない。相手がドライアドの祝福を持っていることも吹き飛ぶほどの内容である為に、リヴェリアを除く全員が、無言のまま「こいつ何言ってんだ」と言いたげな神妙な表情を向けていた。

 もちろんドライアドの感想とて、基本としては同様である。十秒ほどかけて一通りの呆れ顔を順番に披露したかと思えば、最後には溜息と共に言葉を発した。

 

 

「……そなたよ。冗談で口にしているならば――――」

 

 

 百聞は一見に如かず。そうとでも言うかのように、タカヒロは返答を待たずして2つのスキルを発動させた。

 

 湧き出るウロの流水、続いて間髪入れずに霧雨を発するヒーリングレイン。服が水を吸って滴る様子は無く、霧雨を受けた者は、なんだか力が湧いてくるかのような錯覚を抱く程。

 かつて見聞きしたことのない、特異的な事象だ。今までの流れから事実を察しつつあるものの、だからと言って動けず語れず、そもそもにおいて各々の本能が、受け入れる覚悟を持てていない。

 

 このような心境は、ドライアドとてエルフ達と類似している。今放たれた異なる二つの水は、ドライアドにとって正に二者択一。

 木々に宿る精霊という特性上、流石に天の大樹が授けた効能が上回る点については仕方のないことだろう。それでもウロの流水とて原初の水であることに変わりはなく、捨てるには惜しい選択だ。

 

 

如何(いかが)かな?この身に授かる星々の恩恵、大精霊のお眼鏡に適うと良いのだが」

「……」

 

 

 煽り交じりでタカヒロが口にする言葉を受けてドライアドの呆れ顔は一転し、目を見開いて驚きに変化。そして数秒後に我に返ったのか天を仰ぐと、再び呆れ顔へと戻っている。

 なお、同じ呆れ顔でも内容については異なるもの。今の霧雨がどのようなものかは感じ取っており、こうなってしまっては、大樹の精霊ドライアドとて、青年に対して敬意を払う必要がある程だ。

 

 

「……ラーファル・リヨス・アールヴよ」

「……は、ハハッ」

「今の流水と霧雨、確かに真正(しんせい)であった。(まこと)、信じられぬが……この“御仁”は、生命の樹(ユグドラシル)と、水の番人の祝福も受けておるぞ」

 

 

 加護なのか祝福なのかはさておき、ドライアドを筆頭に、全員の心に驚きという感情が溢れて言葉が続かないようだ。神聖な水とは耳にしており嘘ではないことも見抜いていたが、まさか先の2択になるとは全くもって想定にしていないのだ。

 衛兵のいくらかに至っては手から武器を落としている程であり、そして誰一人としてその状況を咎める者もいなければ、気付く様相の欠片もない。

 

 

「先の問答を勝負だというならば、おぬしの負けじゃ。(まつりごと)においても、婚姻を拒む理由が無くなってしもうたのう」

「……」

 

 

 そう言えば。と、誰しもが此度に生じている物議の根底を思い出す。“生命の樹(ユグドラシル)”の加護を持つ人物が目の前にいるという事実は、王族の婚儀すらも一撃で掻き消す程の衝撃を与えていた。

 

 

 決して、相手の男を侮ってはいなかった。娘が選んだ相手は、俗に言う“煽り耐性”も高く、今の所は性格にも問題はなさそうだ。

 相手の考えを尊重する一方で、相手がハイエルフだからとて侮る事も、へりくだった姿勢もない。そういった意味では、向けられる敬意はシッカリと感じ取れる。

 

 それでもラーファルは、リヴェリアが、アルヴの森の王であるべきとの意見を固めた。

 

 先程それを口にするまで、とても大きな葛藤があった。リヴェリアの慕う親として生きるか、従え王として生きるか。

 答えは、後者。彼のなかでは、それがこの里のエルフにとって、もっとも“有意義”と判断したからだ。納得して貰うには難しかろうが、かのヒューマンならば、リヴェリアの意見を尊重してくれると信じた上に、今後も無下に扱うつもりはなかった。

 

 追加でラーファルが一言を述べるならば。お持ちの祝福について、もう少し早く、口にして頂きたかった事だろう。

 

 その者が持ち得る加護について、論理的に受け入れる事ができるかとなれば、ドライアドとて不可能だ。それは沈黙の空気として明確に表現されており、目の前の自称一般人に対してどのように対応するか、彼女ですら見当がついていない。

 

 そもそもにおいて、戦いと呼べる領域にすら達していなかった。たった1時間、いや30分以内に発生したイレギュラーの数々を、各々の思考回路は受け入れることが出来ていない。

 正直なところラーファル王に丸投げしたい、というのが全員の中の実情で、その雰囲気は一瞬にして蔓延している。しかしアルヴの森が始まって以来のとなる盛大なイベントをどのように片づけるかは、ラーファル王が一人で背負うには荷が重すぎる内容だ。

 

 

 ともあれ、王たる己が何かしらのアクションを起こす必要があることはラーファルも分かっている。だからこそ胃の辺りがキリキリと音を上げ始めており、徐々に浮かび始めている冷や汗を隠すことも難しい。

 どうやら味方に胃酸過多を振りまくデバフについては、ここでも職務を全うするべくハッスルの真っ最中。多大なメリットを引き換えとして生じるそれは、オラリオ(ウラノス)やヘスティア・ファミリアに限った話ではないようだ。




■乗っ取られ語録
・ケアンの地を乗っ取って色々しようとしている事を喋った中ボスに対して
⇒「ゲス以外の何者でもないな。万死に値する(攻撃)」


■デスストーカー
モグドロゲンの怒りの恐るべき化身、デスストーカーを呼び出して、近くの敵の物理、毒、出血耐性をズタズタに引き裂く。
・いかなる時も、召喚できるのは一体のデスストーカーだけである。
・デスストーカーは、プレイヤーのダメージボーナスに対応する。
200 エナジーコスト
30秒 スキルリチャージ
1 召喚上限

デスストーカー 属性 :
不死
6526 エナジー

・生来的属性
130 物理ダメージ
130-215 酸ダメージ
210 出血ダメージ/3s

・デスストーカー 能力 :Aura of Darkness(闇のオーラ)
10m 半径
50 出血ダメージ/s
-10% 物理耐性
-10% 毒酸耐性
-10% 出血耐性
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