「黒い鎧の御仁、再び助けて貰い感謝する」
アイズとタカヒロのやり取りが終わった後、ほんの僅かに重心のズレた歩き方で近づき、口を開いて軽く頭を下げたのはリヴェリアだ。よく言えば高貴な、悪く言えば無駄にプライドの高いエルフ、それもハイエルフが率先して頭を下げるのは非常に珍しい光景である。
しかしそれは、口に出したように身内を2度も助けてもらったことに対する心からの謝礼であるが為。アイズに続いてハっとしたレフィーヤも頭を下げ、リヴェリアの行いを無駄にしないよう注意している。
「……誰?」
「……」
「アイズ……」
「あ、アイズさん……」
そんななかアイズの口から出た今更の一言目で、場が凍った。可愛らしく首をかしげながら、それでも目だけはしっかりとタカヒロの顔を見据えて口に出されているが、流石に誰もが擁護できる範囲を超えている。
「剣を貸してくれてありがとうございます。あなたの名前はなんですか」と聞きたかったのであろうその一文は、彼女が得意とするエアリエルの魔法のように超短縮文章として最後の要点だけが口に出されてしまっている。そんな彼女にほそーい目を向ける緑髪のエルフの内心では、後の説教コースに盛り込まれることが確定していた。
1つ前のボディジェスチャーこそ翻訳できた流石のタカヒロも無言の返答を見せるしか対応できず、フードによって呆気にとられた表情は読み取れない。そんな静かな状況を打破するべく、翻訳担当のリヴェリアは詳細なる説明を口にした。
「えと、二度も助けていただきながら、我々はご芳名を存じぬに居る。良ければお聞かせ願えないだろうか。私はロキ・ファミリア所属のリヴェリア・リヨス・アールヴ。礼儀は結構だ、リヴェリアと呼んで貰って構わない」
「……アイズ・ヴァレンシュタイン。アイズって、呼んで」
「れ、レフィーヤ・ウィリディスです!はじめまして!」
「エイナ・チュールです。冒険者ギルドに勤めています」
各々の名前が告げられ、俗に言う苗字ではなく名前で呼んで貰って良いと言われるものの中々に敷居が高いのが男のサガである。相手がエルフならば、彼にとっては猶更だ。
どうしたものか、と己の中で問答を行うタカヒロだが、言われたことはそのまま受け取る決定を行った。ならば口調も、敬語無しの方が良いかと判断している。
別に、例を挙げれば「リヴェリアさん」と言えばいいだけだが完全に思考が回っていない。スキル【
「……リヴェリア、か。承知した、そのように呼ばせてもらおう。自分はヘスティア・ファミリア所属、タカヒロ。苗字は無い。お近づきになれて光栄だ」
数秒の間をおいて、タカヒロはリヴェリアに向かってガントレットながらも右手を出す。エルフのなかには排他的であり身体に触れることを極端に嫌う者も居ることは書物で学んだ内容であるものの、ヒューマンである彼からすれば意識は低く、彼は「しまった」と思い手をひっこめようとする。
しかし、リヴェリアは何の躊躇もなく右手を取った。2秒ほどして互いに手を放すも、素手じゃないから良かったのだろうかと、タカヒロは考えを巡らせている。すると、鎧越しに彼の右の二の腕を優しくつつく者がいた。
「……私も、覚えて。アイズでいいよ。皆から、そう呼ばれてる」
「……あ、ああ。わかったよ、アイズ君」
線の細い要望の声に応えるも、「さっき聞いたよ」と口には出せない。不思議な会話と共に差し出された右手を握り返し、やはり2秒ほど。それが済むと、アイズは残りのペアへと顔を向けていた。
「……二人は?」
「じゃ、じゃぁ私も!」
「えーっと、私も……?」
なにせ、相手の4名のうち3名はハーフを含んだエルフである。天然少女から生まれた謎の流れに溜息をつきそうになりつつ、タカヒロは「調子が狂う」と内心で呟きながらフード越しに頭の後ろを掻くのであった。くたびれた黄金の盾が動くために目立っている。
もっとも、調子が狂っているのはエイナも同じである。いつかリヴェリアが口にした謎の男が目の前に居るために色々と聞きたいことのある状況ながらも、謎の流れに乗せられており発言のチャンスが巡ってこない。
また、リヴェリアを差し置いて相手の事を聞くという点もはばかられるために、口にしづらいことに拍車をかけている。更には彼女が所属するギルドとは、いかなるファミリアの間においても中立の立場を明確にしているだけに、情報収集をするだけでも規約に抵触しかねない。
仮に情報が得られたとしても、「ヘスティア・ファミリアに、52階層へソロで行ける人物が居ます」などと口にしたところで誰が信用するかと考えると、答えは1つだ。彼女自身とて疑問を抱いているのとロキ・ファミリアが水面下で動いているらしきことをリヴェリアも口にしていたために、下手をすればロキ・ファミリアと敵対しかねないためにノリ気がしないのも事実である。
「……さて、アイズ」
突然と名前を呼ばれ、彼を観察していたアイズの背中がピンと伸びた。おまけに小さく震えている。あまりの豹変ぶりに、思わずタカヒロも「大丈夫か?」と声を掛けている程である。
一方で内心でギクリとし、彼女の愛弟子であるレフィーヤもまた身を細かに震わせる。リヴェリアの愛弟子である彼女は、これから起こる説教という事態を察してエイナの後ろに逃げてしまっていた。
案の定、先ほどの戦いにおいて防具無しで最前線へと駆け出したことについてお叱りが入っている。ガミガミ・クドクドというわけではないが、論理立てて問題点を指摘していた。
その行いも、1分程が経過した時。口に出される内容に対して真剣な眼差しを向けて聞いていた青年が、途中で横槍を入れることとなる。
「……その行い、叱りを受けるべきものなのか?」
内容を耳にしてポツリと呟かれた一言で、全員の目がそちらを向いた。本心だったのか思わず声に出た言葉を取り消すように謝罪すると、彼はリヴェリアの方へと歩いていく。
「……いや、失礼した。ロキ・ファミリアの問題に自分が意見を出すべきでは無かったな。とりあえず――――」
「ッ!!」
擦れ違いざま右手でもって、彼はリヴェリアの左わき腹にポーションの入った試験管を軽く当てる。いつの間にか取り出された物であり、まさかの不意の一撃に大きく顔をゆがめた彼女を見たレフィーヤとエイナは慌てふためく表情を浮かべ、痛がるリヴェリアの肩を支えていた。
周囲に感づかれないようにしていた彼女だが、どういうわけか彼には筒抜けの状況となっている。いつのまにか彼女の手に先ほどのポーションが渡されており、物言いたげな視線を黒い背中に向けるも、それを口にして痛みが引いたことも事実である。結果的に説教が中止となって、アイズ・ヴァレンシュタインが、ものすごくホッとした表情を見せていたのはご愛敬だ。
「持ち合わせが無いようだが、他人を案ずる前に自分の傷は治しておけ。先ほど庇った際に負った左わき腹への一撃、軽くヒビが入ってたのだろ。歩くだけで痛んだはずだ」
背中越しに言い残し、彼は集団から離れていく。ガチャリと響く鎧の音が少しだけ遠ざかるが、それも、とある声にて停止することとなる。
「あれ。師匠と、アイズさん!?あ、エイナさんまで!」
前方からやってきたのは、己の弟子と主神である。珍しく街中で盾を持ち歩いている師を不思議がり、少年はトコトコと駆け出した。そしてアイズを名前で呼ぶ少年に対する山吹色の鋭い視線を受け、思わずたじろいでしまっている。
そんなベルから見れば、タカヒロとロキ・ファミリアはともかく、自分のアドバイザーであるエイナとくれば、脈略もない組み合わせである。己の師の前に辿り着くと、何かあったのかと質問を投げた。
タカヒロが「モンスターと戦っていた」との内容を口にしたために、エイナはハッとした声と表情を見せている。全員の注目を集めたタイミングで、残り二体のモンスターが野放しだったことを思い出した。
アイズが特徴を聞くと、シルバーバックとオークというモンスターの名前を告げている。どちらもダンジョンにおいては有名な存在であり、特徴を話さずとも全員が外観をイメージできていた。なお、タカヒロは参考書程度の知識である。
「あ、それなら両方とも倒しましたよ」
そんな場面に、ケロリとした表情で告げる華奢な少年。目を開いて驚いたのは少年が数日前に5階層で活動していたことを知っているアイズであり、エイナもメガネから目が飛び出んばかりに見開いて彼を見ている。
とはいえ、そんな反応も仕方ない。シルバーバックとは12階層付近に出てくるモンスターであり、冒険者となって1か月経つかどうかという駆け出しが相手に出来るとは思えないのが定石なのだ。
新人一カ月目におけるアビリティのランクは、良くてFと言ったところ。それよりも低いGだろうが特に不思議ではないのがその頃の駆け出しであり、センスがある者でも3階層辺りをウロウロするのがセオリーなのである。
もっとも、その二体の討伐に関しては神ヘスティアが証明しており、目撃者の数も少なくない。そのあたりで目撃情報を集めれば真相がわかる旨を、ヘスティアは口にした。
そうなれば、アイズの関心は報復ダメージとは違うところへと向けられる。なぜ一か月目の新人が防具無しでシルバーバックに立ち向かおうと思ったのか、そして何故それほどまでに速い成長ができるのかという点に焦点が当てられており、関心の度合いはさらに増した。
なお対象の少年は、冒険者は冒険をしてはならないという持論を持つアドバイザーから逃げられるはずもなく、捕まってコッテリと絞られている。よりにもよって「防具無しで倒しましたよ」と口走ってしまったのだから当然だ。
そんな雰囲気のせいでとばっちりを食らったアイズもまた、先ほどの続きが再開されていた。痛みが引いたリヴェリアの口調はいつも通りに戻って絶好調であり、アイズはおやつを取り上げられた子供のようにしょんぼりしている。
一方はガミガミ。もう一方は、静かながらも言い返せそうにもない声が続く。傍から見れば、姉と母親がそれぞれ弟と娘を叱りつけているかのようなシチュエーションとなっていた。
「……物凄く失礼なことを聞くことになるが、エルフというのは説教が趣味なのか?」
「……そ、そんなこと、無いと思いますけど……」
溜息と共に呟かれた外野の疑問に、レフィーヤは苦笑で返すしかない。キッパリと否定できない点が、彼女の中でも困りモノだ。
モンスターによる避難の影響で、一帯に人が居ない点が幸いだろう。周囲をほったらかして開始されたハイエルフとハーフエルフの説教タイムは、随分と長い時間にわたって続いていた。
アイズの興味があっちいったりこっちいったりで、結局ベル君がターゲットにされたようです。兎ちゃんの運命やいかに。
ところで本作においても12話でアイズの父が少しだけ出てきたのですが、髪色を調べたところ漫画(外伝2巻p9など)だと明るい系、原作(外伝8巻242p)だと黒っぽいんですよね……。
本作とは関係ありませんが、どっちが正解なのでしょうか……。
P.S.
例のウイルスの所詮で来週以降は振り回されることになりそうです。次話は、ほぼほぼ出来上がっているのですが、投稿遅れましたら申し訳ございません。