その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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241話 ハイエルフの導き

 今日、今この場においての出会いから始まった内容など、全てが綺麗に吹き飛んだ。 アルフィアにとっては、それ程までに衝撃的な内容だった事だろう。

 

 

「軽い白髪に深紅の瞳。到達現在レベル5、二つ名は“悪魔兎(ジョーカー)”であり、オラリオにおいて名を知らぬ者は居ない程の偉業を残す程。ヘスティア・ファミリアにおいて団長の職を見事に務めている者の名前は、ベル・クラネルだ」

「っ……!!」

 

 

 細く閉じられていた瞳。左右で色の違う二つの宝石が溢れんばかりに光を捉え、据わった表情で宝石を捉える青年の顔から逸らせない。

 何故その名前を知っているのだと、口に出すことはできなかった。そんな些細な疑問をかき消して、驚愕の感情が彼女の脳裏を支配している。

 

 

「今や、どこに出しても恥じることのない立派な戦士の一人だろう。縁があって、自分とは師弟の関係だった事がある」

 

 

 普段は目を閉じたような表情を見せるアルフィアだが、見開いた瞳は先程から変わらない。こんな偶然があるのかと、現実を喜ぶ一方で受け入れることができていない。

 

 

 もう二度と、会うことも名前を耳にすることもないと思っていた、その存在。母親の胎の中で妹の才を、健康を奪い、オラリオにおいて悪となった己に唯一のワガママが許されるならば、最後に顔を見たいと星々に願ったであろう一人の存在。

 

 それを事細かに知る存在が、ひょんな噂から訪れた場所に居た。それどころか師弟関係という深い仲であり、淡々とした表情ながらも口にされたベル・クラネルという人物の日常風景は、アルフィアが知る存在と同じ、そして唯一無二の姿と言って良いだろう。

 

 到底、相手の男が嘘を口にしているようには見られない。ふと隣に並ぶリヴェリアに目を向けるも、軽く頷く動作で返されたのだから、確信度合いは猶更だ。

 かつては敵であり小娘と小馬鹿にしていたアルフィアだが、リヴェリアの事を根底から否定しているワケではない。言葉の受け取り方はどうあれ、基本としては信頼を置いている。

 

 

「……そうか。ふふっ、そうか。あの小さく可愛いかった子が、今では一丁前に、(いち)ファミリアの団長ときたか」

 

 

 アルフィアは身体を斜めにずらし、表情を伏せる。その目じりが微かに光ったのを見たタカヒロとリヴェリアは、揃って明後日の方向へと顔を向けた。

 一周回って目線を合わせる二人だが、言葉を発することはない。リヴェリアの視線に対して目を伏せて回答するタカヒロは、共に、しばしの静寂を決め込んでいる。

 

 

「まったく、よりにもよって団長など。……いつになっても、生意気な子だ」

 

 

 言葉とは裏腹に、口元に浮かぶは屈託のない笑みの類。決して声を出して笑うことはないものの、思う気持ちは明快だ。

 抱く心は軽く、まさに羽が生えたかの様。澄み渡った気持ちは湧き出る原水の如き鮮明な一方で、せせらぎの奏でる音は、一つの終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 この世に想い残すことは、何もない。この話を土産にもって、やっと、天に居る妹メーテリアの元へと逝ける。

 

 

 

 あの九魔姫(ナインヘル)が認める程に育ったベル・クラネルならば、もう自分が心配することはないと、アルフィアは気持ちに区切りを付ける。育った顔は見ることが出来なかったが、ベルが逞しく立派に育ってほしいと願ったワガママの一端は、こうして見事に叶っていたのだ。

 ならば、想い残すことなど何処にあろうか。今日初めて会った者ながらも、この男が居るならば大丈夫だろうと、アルフィアは託すような視線を向けている。

 

 

 しかし、ベルに対しては根っからの心配性であるアルフィアは。先程の青年が発した言葉を噛みしめ直して、ふと、とあることが気になった。

 

 

「それにしても、14歳でレベル5ときたか。私が別れたのが……7つの時だ。どれだけ幼い頃からオラリオに行ったのだ?あの子は」

「いや?オラリオで冒険者になってから、まだ一年も経っていない」

 

 

 数秒、会話が止まる。到底ながら理解することはできない、とでも言いたげな心境が、その整った顔が作り出す表情の隅にまで現れてしまっていた。

 とはいえ、彼女が知る現実には則している。もしも今アルフィアが口にした言葉、ベルが幼い頃から冒険者であった点が本当ならば、多かれ少なかれ、彼女の耳にもベルの情報は届いていた事だろう。それらが無いという事は、残念ながらも先の一文は事実なのだ。

 

 

「……は?」

「……気持ちは分かるぞ、“静寂”。しかし、事実だ」

 

 

 清々しい程に悔いはないと思いきや、思い残すことが発生してしまった状況だ。湿っぽい雰囲気に緩んでいた様子から突如として破綻したアルフィアの表情を目にして、リヴェリアは同情する表情を見せている。

 悲しいかなソコの男は、無自覚ながらもシリアスな空気を悉く破壊してきた実績持ち。発言者も話題の対象者も揃って“ぶっ壊れ”とくれば、訪れるのは喜劇の類に他ならない。

 

 抱いたワガママを見届ける為に病にむしばまれる身体に鞭を打って過ごしてきたものの、違うベクトルの“見届けたさ”が発生中。何をどうしたらそうなったのか、万人が認める“才能の化身”とて、まったく予想にもできない偉業である。

 アルフィア自身とて数多の仲間と共に身を削ってリヴァイアサンを倒し、レベル7へと昇格しただけに猶更だ。主神のことも含めて大小様々な苦悩を乗り越えたがために、当時の彼女の地位がある。

 

 

 よもや可愛い可愛い甥っ子が、たった1年の間において、

 

 レベル1の時に、ミノタウロスの強化種をソロで倒し。

 レベル2の時に、59階層において穢れた精霊を相手にブン投げられ。

 レベル3の時に、二人のレベル1と共に階層主のゴライアスを倒し。

 レベル4の時に、中堅ファミリア二つの連合軍を単騎で壊滅させた。更にはデバフ付きとはいえ90階層付近のモンスターを倒した。

 

 などとは夢にも思っていないだろう。もっとも、これらは大事だけを抜粋した概要程度に過ぎない為、少し掘り下げれば神ヘスティアの胃にダイレクトアタックするイベントは次々と湧き出てくる。

 とある人物と出会い、ベル・クラネルが歩んだメモリアの数々。主神ヘスティアとしても未だに信じられない出来事の数々は、彼女にとっては残念ながら、紛れもない事実である。

 

 

 なお、そんなことを“当たり前”と言わんばかりに口に出している自称一般人。普段は閉じたままであるアルフィアの目は開かれっぱなしであり、久々に目を開けた影響か瞬きすらも忘れているようだ。

 一応はタカヒロのために付け加えるならば、レベル2と4の時は確かに青年が原因と言えるだろう。しかし原因と言うよりは起因と言える一方で、実際の戦闘や、その他については関与していないのが実情だ。

 

 

 つまるところ。今現在において少年が持ち得る実力は、本人の中にある“才能”こそが理由に他ならない。

 

 

「ベル君が見せる吸収力については、自分も甚だ驚愕している。だが親族が持ち得る才能を知った今は、同じ血縁だからと少しは納得できる」

 

 

 本当にアルフィアが才能を奪ったならば、ベル・クラネルで覚醒する事はあり得ない。一方で病弱だった妹さんは残念だったと、タカヒロはお悔やみの言葉を口にして目を閉じる。

 アルフィアは親族だからこそ、己とベルとの関係を深く考えてしまう。しかし、彼女の気持ちをさておき身軽に考えるならば、リヴェリアもまた、タカヒロが口にした言葉に行きつくのだ。

 

 

「“静寂”。私も先程まで、父上と仲違いをしていてな。一つ、助言をさせて貰おう」

「……聞こう。どうにもお前たちの音は、私にとって心地よい」

 

 

 リヴェリアが知る最強の冒険者の声ではなく、角が取れた穏やかな母の声。夕食を用意しているのだろう厨房から微かに聞こえる音色が、不思議と心の曇りを取り払う。

 

 今ここに、“静寂”という冒険者は存在しない。居るのは只、甥と亡き妹を心から想う、アルフィアという名の優しい女性だ。

 

 

「先程、お前は“資格がない”と口にしたな」

「……ああ。理由は、聞いての通りだ」

 

 

 己の妹の子より、“終末の時計”を遅らせることを選んだ。だから、“ベル()”の面倒を見る資格は無い。それを罪だと言うのなら、彼女の中にある最も大きな罪であり、先程アルフィアが口にした内容だ。

 

 

 しかしリヴェリアは、これについて言いたいことがあるらしい。

 

 

「では言い方を変えてみよう。お前は、ベル・クラネル一人ではなく全ての人を愛した。違うか?」

 

 

 ならば、アルフィアがベルを“選ばなかった”事には成りえない。そう締めくくったリヴェリアの横では、彼女の相方が僅かに口元を緩めている。

 

 

 恐らくは、考えもしなかった解釈なのだろう。少し肩の荷を下ろせたアルフィアは、僅かに目を開いてリヴェリアを見つめている。

 

 

「そして辛いだろうが、だからこそ思い返してほしい。病に伏せ気味だった親族は、お前を恨んでいただろうか」

「っ……」

 

 

 右手で自身の左肩を抱くアルフィア。彼女のこんな弱々しい姿を見るのは、リヴェリアとて初めてだ。

 レベル7という世間体や気の強い性格と相まって、誰かに頼ることを知らない高貴な姿。すぐ目の前に居る翡翠の髪を持った人物と似た姿は、今この時、誰かの後押しを欲していた。

 

 口に出すべき、たった一つの事実。かつての儚い情景は、他ならないアルフィアが誰よりも分かっている。

 だからこそ、言葉が詰まって続かない。それを口に出して良いのかと、彼女の中に生きる罪の意識が抵抗を続けている。

 

 

 答えは、否。彼女の心で微笑む妹は、今も昔も、屈託のない笑みを浮かべている。

 

 

 下種な言葉で表現するならば、アルフィアの勝手な“思い込み”だった。妹メーテリアが自身に向けていた想いは、アルフィアの中に残る記憶(メモリア)は、恨みの感情とは程遠い。

 そして今までの思い込みは、先程タカヒロによって否定された。繰り返しになるが、本当にアルフィアが才能を奪ったならば、ベル・クラネルで覚醒する事はあり得ない。

 

 

「親族から向けられる想いとは、私達が考えるよりも素直で暖かいものだ。私はお前の妹について疎いが、君に向けられた態度や言葉を、素直に受け取るべきだろう」

「……そうか」

 

 

 言葉数が少ない事もあって、受け取り手によっては“ぶっきらぼう”となってしまうような、彼女の言葉。その口元と口調は、先と変わらず柔らかい。

 遠くより聞こえる小鳥のさえずりが、格式高い庭園に生える大岩に染み入るかの如く。心を縛っていた枷を外してもらった彼女は、一度大きく、新しい空気を吸い込んだ。

 

 

 ――――しかし。

 

 

「っ……!」

 

 

 突如として苦痛に顔が歪み、前のめりになるとともに、両手でもって口元を抑える。このような会話でさえ、今の彼女にとっては相当に大きな負荷となっていたらしい。

 

 

「カハッ!」

 

 

 窒息を防ぐために生まれ出る多数の咳きが生まれるたびに、苦痛に表情を歪ませた。せり上がる血液を漏らすまいとするも、生じた咳によって僅かに飛び散る。

 残り少ない僅かな命が燃え、儚く散りゆくよう。手より零れ堕ちた鮮血が手袋越しに分かる細い指を伝い、僅かに閉め忘れた蛇口から滴る水の如く零れ落ちる。

 

 

「アルフィア、しっかりしろ!」

 

 

 咄嗟に私物のタオルを手にして立ち上がったリヴェリアが駆け出し、肩を支える。タオルを差し出してアルフィアの口元を拭う二人の間に、かつてのわだかまりは存在しない。

 十数秒ほど続いた咳き込みも収まりを見せるが、苦痛に歪む表情は痛々しい。微かにヒューヒューと鳴る息吹は今にも消えそうな程で、鮮血も僅かに続いているようだ。

 

 

「……っ、すまない、“九魔姫(ナインヘル)”。タオルも床も、汚して、しまったか」

「この程度、気にするな」

 

 

 肩で息をしながら謝罪の言葉を口にするアルフィアが、かつてオラリオで栄華を誇ったヘラ・ファミリアのレベル7と信じる者は少ないだろう。少し小突けば崩れそうな程に弱々しく、リヴェリアに寄せる力も少なくはない。

 肩を貸したリヴェリアが、近くの椅子にアルフィアを座らせる。二度の咳と共に血を吐き出せたのか、アルフィアの呼吸は少し落ち着いたようだ。

 

 

 しかし、状況が落ち着くことは無いらしい。突如として生じた霧雨と流水が一帯を包んだのは、その時であった。

 

 

「っ、これは……!?」

「タカヒロ……」

 

 

 場所や過程は違えど、血で床を汚すという状況は本日二度目。アルヴの森で生じた時と同じく、一帯を包む霧雨が、病に蝕まれたアルフィアの身体を癒してゆく。

 彼女にとっても、もはや記憶の彼方の情景。首も座らぬ赤子を母が優しく抱くような、海よりも深い優しさと小春日和のような暖かさは、微かな眠気と同時に、大の大人ですら“身を委ねたい”と判断してしまう程だ。

 

 同時に一帯を支配する魔力のような力に驚くも、喜ばしい事に、そちらに驚いている余裕はない。時間が経つにつれて、己の身に起こる驚愕は一層のこと大きくなるばかりだ。

 何せ彼女の身体に生じる痛みは、様々な名医が「治療できない」と敗北を口にしたほどの大病。妹の命を奪い、こうして己の身体を蝕み続ける事を知っているからこそ、生じる驚きは輪をかけて大きく強いものがある。

 

 

「なんだと。身体の、痛みが……」

 

 

 世界樹がもたらす恵みの霧雨は、傷を癒し万病を洗い流す原初の雨。恩恵によってスキル化する程に頑固な病だろうとも、神々と同じ、もしくは上回る存在の前では、大海原のさざ波に浮かぶ塵に同じ。

 全ての汚れが洗い流され、包まれた者の身体(ヘルス)精神(マインド)を癒やしてゆく。タカヒロが最も気に入っている回復スキルの一つが持ち得る効能は、それ程の力を有しているのだ。

 

 

「病が消えた身体で何を成すかは自由だが、無駄にしない事を願っている」

「……」

 

 

 どんな手を尽くしても治らなかった難病が、たった10秒ほどで消え去った。レベル7にまで上り詰めた彼女の人生の中で、最も衝撃的なイベントの一つに刻まれる事だろう。

 とはいえダンジョンにおいては、どれだけイレギュラーな事が起ころうとも、眼前の現実を受け入れなければ死を迎えるのみである。だからこそ畏怖こそ生まれているものの、紐神とは違って現実を見つめている。

 

 

 そんな光景を作り出したタカヒロが口にしたのは、先の一文のみ。今がリヴェリアとアルフィアの場であることを承知しつつ、一方で、二人ではどうにもならない、アルフィアを縛る大きな大きな足枷を取り払った。

 この場がどう転ぶかは、続けて行われる二人の答弁によるだろう。しかしタカヒロは、リヴェリアが必ず正しい方へ導くと信じている。

 

 

 

 

――――しかし。告げられた真実に“自身の行い”が絡んでいようとは、思ってもみなかったらしい。

 

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