その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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242話 時計の針は回すもの

 

 死亡したと思われていたヘラ・ファミリアの冒険者、レベル7で“静寂”と呼ばれていた人物が生きていたという衝撃。その者が、ひょんな田舎で訪ねてきたという衝撃。

 例の一般人が数秒で病を癒した事については、今更なので気にも留めない。そんな程度で毎度の如く疑義を持ち得るよりも、約一名の神の胃袋に与えられるコラテラルダメージを除けばデメリットなしで与えられる恩恵にあやかる方が、遥かに大きな恩恵を受けることが出来るのだ。

 

 

 そんなこんなで、リヴェリア・リヨス・アールヴにとって様々な衝撃が重なった夕食時。生理現象だからこそ空気を読むことが出来なかったアルフィアのお腹が、クゥと可愛らしい音を立てる。

 思わず顔を背けて笑いを堪えるリヴェリアに対し、アルフィアは物言いたげな視線を飛ばしている。病が癒えた事で活力が湧き出た結果として、時刻と相まって身体が栄養を欲したのだろう。

 

 予定はなかったが3人揃って夕食を取る事となり、各自が適度なオーダーを取り付けている。酒類の類こそ無いが、病み上がり一名、飲めるがそこまで酒好きではない一名、飲んだらヤベー事になる一名(ローエルフ)の為に道理である。

 メニューが豊富とはお世辞にも言えないが、野菜や川魚を中心として鮮度は抜群。味についてはオラリオに負けず劣らずであり、舌鼓を打つには十分だ。

 

 

「どうだ、身体の調子は」

「良すぎるせいか、どうにも妙な感覚だ」

 

 

 食後にお茶が出され一息ついたタイミングで、リヴェリアが話題を口にする。上品に口元を拭いていたアルフィアは、傍から見れば目を瞑ったままの表情で、僅かに陽気さが伺える口調で答えている。

 今までの彼女ならば、本当に気を許した者にしか見せなかった態度だろう。皮肉を口にするかの如く答えている点については性格が起因しているが、それが行える程に回復した証でもある。

 

 

 ならばと、答え合わせを行うべくリヴェリアは口を開く。茶に一度口を付けたアルフィアは、答える為の覚悟と落ち着きを飲み込み胸に抱いたかのようだ。

 色々あったが、ここまできたのだ。今更「知りません」などという言い逃れは通用しない上に、おおよその真実は既に露呈してしまっている。

 

 

「お前は何かしらの理由で、私達に経験を積ませようと考えた。どうにかして私達が加減なしで向かえる状況を作ろうと考えた結果、オラリオを蝕む闇派閥を巻き込んで消し去る方向性となった。結果としてお前たちは闇派閥へと加担し、私達の敵となった。これが推測だ、“静寂”」

「……ああ、その通りだ」

 

 

 己を蝕み、近い将来のうちに命が散る。かつての英雄達であるヘラ・ファミリアとゼウス・ファミリアが滅んだ今、“終焉の時計”を知るからこそ、彼女は憂いを抱いていた。

 ならばと、次を担う者達に“経験”を与える為に。一般的に英雄と呼ばれる者が辿る、死闘の連続を用意しなければ、冒険者の底上げは望めない。

 

 巻き込まれる無益な市民は、如何程か。命を落とす冒険者、天へと還る神はどれだけか。

 

 しかし冒険者たちがここで停滞すれば、滅びの運命は避けられない。それら“引き算”に巻き込まれる者を想定してなお、彼女達は“悪”となる事を選んだのだ。

 

 

 なお、一般的ではない“リヴェリアの英雄(どこかの一般人)”となれば話は別。死闘を潜り抜けた回数など何百を優に超えており、先の定石には当てはまらない。

 そんな事は知らないアルフィアだが、思わず視線を彼へと向ける。静かに茶を口に付ける男は、どうにも一連の話など気にも留めていない様相だ。

 

 

「……あの時、お前が居たならば……。いや、もしもの話は止そう」

 

 

 彼女を蝕んだ病魔と同じように、猛毒に苛まれた一人の男。練達の武人が見せた最後の姿を見送っていないアルフィアだが、いかなる様相だったかは想像に容易い。

 彼女と同じく、未来に希望を託した一人の武人。その生き様は、今も一人の戦士の中に生きている。

 

 

「賢明だ。昔を掘り返して比較するのは、どうにも年寄りくさい」

「……」

 

 

 ハイエルフから放たれた予想外のツッコミに対し、「お前にだけは言われたくない」などと論争が起こることは無かった。軽口を言い合う様は、対外的な印象をさておけば、二人にとってお似合いだろう。

 

 

 残る謎は、そこまでの覚悟を抱いた具体的な理由。単に「止まっている者達に手を差し伸べたい」程度の内容だけならば、例え命が早々に尽きようとも、行えることもあるだろう。

 名声を地に落としてまで行わなければならなかったのかと、リヴェリアは問いを投げる。アルフィアは言いづらそうに眼を背けると、代わりという訳ではないがタカヒロがポツリと口を開いた。

 

 

「先程口にした、終焉の時計、とやらか」

 

 

 ゆっくりと視線を戻し、アルフィアは静かに頷く。しかしタカヒロは無論、リヴェリアとてソレが具体的に何を指し示すのかは見当もついていない。

 

 

「終焉の時計とは、何を指すのだ」

「……黒竜と呼ばれる存在は、お前たちも知っているだろう」

 

 

 かつてダンジョンより這い出して世界へと飛び立った、世界を蝕む最も大きな災害悪。英雄アルバートの一撃によって片眼を潰され、その状態でもってなお歴代最強と呼べるゼウス・ファミリア、ヘラ・ファミリアの連合軍を壊滅させた強大な存在。

 歴史に関する資料にも記載され、同時にオラリオの勢力図が一変した大事件。広大な世界のなかからどのように見つけ出したか、あるいは何かしらの方法で“呼び出した”かが気になるタカヒロだが、その点については凡その検討がついている。

 

 

 地上に焦がれ、神になりたいと“風の精霊”を探す、汚れた精霊。問題の黒竜もまた、それと似た存在と仮定する。

 そこに合致する、当事者のピースは只一つ。突然と、まるで何かの約束があったかのようにロキ・ファミリアへと入った、過去に存在した大精霊と似た魔法を駆使するアイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 

 彼女の出生に至る謎までは解明できないが、当時、アイズは黒竜をおびき寄せる“餌”として使われたのではないか。無論、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアはアイズを失うつもりはなく、裏でロキ・ファミリアに対して保護するよう手をまわしていた。

 何せこれらが事実かつ討伐に失敗した場合、更にアイズを失ったならば黒竜を探す事など実質的に不可能となる。妄想の二文字が似合う状況ながらも、一応は筋の通る関係だ。

 

 

 繰り返しとなるが、彼が勝手に考えているだけで見当違いの可能性も大いにある。加えてそれらの“事実”は彼にとって関係のない事であり、コンマ数パーセントの確率で本当だったとしても、アイズが思い出したいと願うことは無いだろう。

 真実とは、いつか公の下に晒されるものだ。それがアイズの口から出るかは彼の知ったところではないが、この場は聞きに徹している。恐らくは、そろそろ“終焉の時計”とやらの正体が語られる事だろう。

 

 

「私も実態は目にしていないのだが……ダンジョンには、もう一体の黒龍が存在する」

「なんだと……!」

「80階層から先の地点に居るとされている。言わずともわかるだろう。どこから生まれた噂か定かではないが、地上へと這い出した存在よりも強い、という説がある程だ」

「……」

 

 

 まさかと呼べる、もう一つの終焉の存在。一般的には驚愕となる話題を知って目を見開いて驚くリヴェリアと、神妙な顔をして黙り込む一般人。後者については口に出してこそ驚かないが、危機を察したからこその険しい表情なのだと、アルフィアは受け取ってしまっていた。

 いったい、どのような考えを抱いているのか。戦闘さながらの注意力で彼を観察する、オッドアイの視線の先では――――

 

 

 

 ――――知ってた。

 

 

 

 などという呑気な実態は、どう頑張っても口に出せそうにないと葛藤の真っ最中。実はウラノスやロキからの口留めで、推定90階層にてヒャッハーしていた事はリヴェリアにも伝えておらず、神々を除けば知っているのはフェルズとベル、レヴィスだけという惨状だ。

 

 

「それがダンジョンより這い出すのが先か、既に外にいる個体が戻ってくる方が先か。何れにせよ、今のままでは、世界は終焉を迎える事になる。それは“九魔姫(ナインヘル)”、お前とて分かっているだろう」

 

 

 少なくとも二つあった“終焉の時計”のうち片方は、どうやら誰の知る間もなくリセットされていたらしい。むしろ一度目にリセットしたのちに強制的に(アセンションで)時計の針を正方向にブン回し、またすぐに自らの手で逆方向にグルングルンと回転させてリセットしている有様だ。

 自作自演というべきか、ある意味では自転車操業とでもいうべきか。何れにせよ事が明るみとなったならば、アルフィアは凄まじい表情を披露する事だろう。

 

 

「……むっ」

 

 

 アルフィアが気付かぬならばハイエルフの下へと、目に映らぬ“虫”が、妙な胸騒ぎを持ってきたか。彼女はピクリと片眉を僅かに動かし、顔を横へと向けている。

 相方タカヒロにとっては残念なお知らせ。どうやら、このまま話題がスルーされる事はないようだ。

 

 

「待てタカヒロ。先の話題ならばともかく、この手の話でお前が静かとなれば疑義が残る」

「ぎくり」

 

 

 確かに常時ならば、タカヒロが何かしらの反応を示しただろう。それを見せないとなれば、何かしらを知っている、もしくは処理してきたと想定するに値するのだ。

 残念ながら、未来の妻には行いが筒抜けの模様。タカヒロ曰く“年輪を重ねた”からこそ、かつ想いの相手である為に汲み取れてしまった違和感は、どうやら間違っていなかったらしい。

 

 

「やはりか。何を(おこな)った、何を知っている!」

 

 

 ウマが合う二人だからか、どうやら隠し事は通じないらしい。眼前でまくしたてるリヴェリアに対して顔を背けるタカヒロだが、年貢の納め時は目と鼻の先へと迫っている。

 

 そして観念したのか、告げられる、推定90階層における“一度目”のヒャッハー。階層や、何を具体的にどうして要した時間など詳細は説明されないが、ソロにて黒竜らしき何かを討伐したことを正直に告げていた。

 

 

 がしかしアルフィアにとっては、それだけでも異端異質異常のバーゲンセール。在り得ないだろうと言いたげな、かつ言っている意味が分からないと言いたげなポカンとした表情を、タカヒロとリヴェリアに向けている。

 そしてリヴェリアとしては、タカヒロが口にする突拍子もない話は「だいたい合ってる」旨の解釈なので腹をくくっている状況だ。あのリヴェリアが頭を抱える、そんな状況から事実を受け取ったアルフィアは、疲れが溜まったかのような虚ろな瞳を見せてしまっている。

 

 

「……儚いものだ、かつての私達が抱いた覚悟は」

「待て“静寂”、生真面目に受け止めるな!事故だ、これは不可抗力の事故なのだ!そうだ、ダンジョンで特大のイレギュラーに鉢合わせたと思え!」

「……」

 

 

 言いたい放題に言われて何か反論したげな、しかし実行犯故になにも言えない一般人。「だって強い素材を落としそうなモンスターがいたんだもん」などと10歳程度の幼子と争えるレベルの言い訳を披露したならば、アルフィアにとっては間違いのない追撃の言葉となっていただろう。

 

 

 交通事故とでも受け入れて吹っ切れたのか、アルフィアは無事に再起動。カメレオンの如き変貌を見せており、先のやり取りと自白は脳内で無かったことにしているのかもしれない。

 

 

 続けられた話を聞く限り、次に大きな問題は、やはりアルフィアが7年前の事件に関与したという事実だろう。もし仮に揉み消す方向性となったとしても、事が大きすぎるからこそ、“なかった事”にするのは不可能だ。

 アルフィアは元々が第一級冒険者であるだけに、今もなお知名度は高いものがある。だからこそ“行い”の知名度も同様であり、アルフィアもまた、その行いで生まれ出た罪を今なお背負い生きている。

 

 

「なに。どのような理由と想いがあって7年前の行動に走ったかと問われれば、数年にわたって燻っていた私達も原因。つまり、同罪だ」

 

 

 自分自身をも指し示す為に、やや困り顔で口にするリヴェリアだが、間違ってはいない事実の一つ。もしも大抗争の出来事がなかったならば、レベル6へと到達できていたかどうかも定かではない。

 そこから更に流れた、7年の歳月。今まさに横に居る存在が現れるまで大きく進展することが出来なかった第一級冒険者一行が“不甲斐ない”と歴代の英雄たちに評価されても、否定する事はできないのだ。

 

 

 だからこそ決意を抱いた二人と一神が決めた、かつての行い。アルフィアがオラリオで、未来の英雄たちに望みを託す為とはいえ、悪となって闇派閥に加担したならば。

 もしも仮に。さきほど否定されたとはいえ、アルフィアが母体の中で、妹の才まで奪ってしまった事が事実だと言うならば。

 

 

 エルフの尺度としては短いながらも、永きを生きた一人の王女。リヴェリアが口にする答えは、タカヒロがフィルヴィス・シャリアに授けたものと同類だ。

 

 

「罪とは生涯で背負い、償っていくものだろう」

 

 

 無かったことにする選択は、最も行ってはならない事の一つだろう。そして己の行いに問題があるならば、償いをもって許しを得る他に道がない。

 ならば、7年前に天へと還った命の分まで。そして逝ってしまった妹の分まで懸命に生きる事こそが、アルフィアがベル・クラネルに出会うための条件だ。

 

 

「オラリオに戻ってこい、“静寂”。なに。思う所があるならば、冒険者として復帰する必要はないのだ。ベル・クラネルは、お前に会いたいと愁いていたぞ」

「っ……!」

 

 

 直接的に血は繋がっていなけれど、子が親に会いたがっている。如何なる理由を押しのける単純で明確な意思を妨げることが出来る者は、そう易々と居ないだろう。

 その想いを受け取ったのは、タカヒロとて同様だ。ベルが珍しく明確に示す望みならば、叶えてやりたいのが師としての人情である。

 

 

「しかし、あの“九魔姫(ナインヘル)”が、こうも柔らかくなるとは」

「一々余計だ、口にするな!」

 

 

 リヴェリアが発した穏やかな表情と声は、よほどアルフィアにとって意外だったのだろう。アルフィアもまた、真っ直ぐで高貴なリヴェリアを知るからこそ、余計にそう思ってしまう。

 そんなリヴェリアから真っ直ぐな答えを貰ったからこその、彼女なりの照れ隠し。どうにも素直になれない少し捻くれた性格は、なんだかんだで、リヴェリアと波長が合うのだろう。

 

 

「で。お前は何故、この者を連れている?護衛の類にしても、エルフでなければ問題が生じるだろう」

「この者はタカヒロという。……私の、婚約者だ」

「……は?」

 

 

 どうやら最後の最後で隠されていた爆弾があったようで、ハトが豆鉄砲に被弾。そんな文字が似合う表情を惜しげなく披露したアルフィアは、行儀悪くリヴェリアを指差して口を開く。

 

 

「何ッ?結婚?お前が??」

「うるさい」

 

 

 ベル・クラネルの件と並び、それ程までに驚愕だったのだろう。プイッと照れ隠しで明後日の方向に顔を向けるリヴェリアに対して、静かな右手人差し指が向けられ続ける事となった。

 言われてみれば、彼女の左手にキラリと光るリングが目に映る。全てを察したアルフィアに浮かぶ言葉は無く、ただ呆然と空間を見つめている。

 

 なおアルフィアとて既に■■歳(イイ年齢)であり、他人のことを心配している余裕はない模様。これは7年前の時点においても同様であり、もしかすると、抜け駆けされた事に対して思う所があるのかもしれない。

 

 もっとも、そんな特大の爆弾に触れる者など居はしない。一命を取り留めた宿屋の建物に物心があったならば、ほっと胸を撫で下ろしている事だろう。

 

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