その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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運命「逃げられるとでも?」


243話 劇薬の使いどころ

 神話とは、読んで字の如く神々に関する物語。現代科学の視点からすれば、宇宙を造り山や大陸を投げ合うという、なんとも馬鹿げた話である。

 それでも神々の行いには“物語”があり、何かしらの正義が伴うもの。だからこそ、登場する神々とは“人”と似たベクトルにあると表現しても過言は無いだろう。

 

 欲望のために生み出し、戦い、神と呼ばれる存在を含めた他の生命に恋をする。

 

 そんな結果として、再び争いが行われ、何かが生まれる。物事の範疇や規模はさておくとして、人が歩んだ歴史と変わりないのが神話と呼ばれる代物だ。

 1000年前、「暇だから」という理由で地上へと降りてきた神によって、規模を縮小して再現されている光景。オラリオという都市は、そのような光景が繰り広げられる場所である。

 

 

 そんなオラリオで子供たちと過ごす多数の女神の中の一柱、ヘスティア。彼女が紹介する“とある女神”に関する一つの物語が、数日前、誰に知られることなく動き出していた。

 

 

「お、オリオン?僕が、ですか?」

 

 

 自分自身を指差し、盛大な疑問符を発する一人の少年。開いた赤い瞳と幼さが残る顔立ちにボリューミーな白髪と相まって、少年の相方は「兎みたい」との表現を見せている。

 オラリオにおいては最も有名な一人、ヘスティア・ファミリアの団長であるベル・クラネル。オリオンとは何のことか分からずポカンとした表情を見せる前で、花の如く咲く一つの笑顔があった。

 

 

「うん!」

 

 

 目を細め元気よく笑うは、水色の髪を持つ一人の女神。やや弧を描いて切り揃えられた前髪と動作になびく腰まで伸びた後ろ髪、そして翡翠の瞳が特徴的と言えるだろう。

 

 その女神の名を、アルテミス。月の女神の名を持ち、ヘスティアと並び純潔を誓った神の一柱。

 狩猟を司る神でもあり、神の恩恵を持たぬ一般人と同等の身体能力でありながら、地上で害をなすモンスターと戦える程の武芸の持ち主。彼女の眷属と共に戦う姿は、オラリオのダンジョンに潜る冒険者からすると、なんとも摩訶不思議な光景に映るだろう。

 

 

 時刻としては、アルヴの森で一騒動が起こる更に以前の五日前。オラリオで生じたこれらの出来事は、遠く地方での戦いへと変貌する。

 

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 場所はオラリオから離れ、装備を満載した徒歩での移動は数カ月もかかるような僻地。自然豊かと表現すれば聞こえは良いが、早い話が辺境の土地である。

 あれだけ見上げたバベルの塔は影すらも伺えず、山々の遥か向こう側へと消えている。幼少期を山奥で育ったベルにとっては、場所こそは全く異なれど、どこか懐かしい雰囲気を感じる程だ。

 

 

「翼竜で五日、随分と遠くまで来ましたね……」

「ああ。バベルの塔も、ここからでは見えないな」

 

 

 ガネーシャ・ファミリアから貸し出された、テイムされた一匹の翼竜。大型バイクに二人乗りするかのように騎乗して言葉を交わすは、ベル・クラネルと女神アルテミス。

 通常ならば、ベルとヘスティアが同乗する流れとなっただろう。ワケあってか、ヘスティアは別の翼竜に乗って大人しいままだ。

 

 

 しかし、オラリオを発つ前に聞かされた実情。ベル・クラネルというチッポケな冒険者が相手しなければならない存在を意識すると、自然と少年の表情が厳しく強張る。

 それこそ、まだジャガ丸が相手だと言われた方が勝機が見えるというモノだ。此度の相手は、それ程までに規格外の存在となる。

 

 

「ここ、ですか」

「うん……」

 

 

 女神の眉間に力が篭ったのは、緊張か、別の何かか。遠く一点を見つめる姿の真相は分からないベルだが、持ち前の女たらし――――もとい、優しさは決して忘れない。

 アルテミスの気を和らげるために、他愛もない話を子供らしい笑顔で続けている。幸いにも黄金ハムスターは同行していない為、どこぞのハイエルフよろしく湿度がアガることはなかった。

 

 

 大人げないハイエルフはさておき、そんな者との戦いになぜ己が選ばれたのかと考えるベルながらも、相手の神からは、「そういうものだ」という答えしか返らない。もしも言葉として示すならば、互いの“相性”がドンピシャで嵌ったとでも言うべきか。

 ともかく、とある旅の神いわく、ベル・クラネルこそ最も勝率が高いらしい。それが結果として例え0ピリオドの後に0を何十個並べた確率になった程度としても、言っていることは間違いではない。

 

 少年自身、その事実を言われたとしても否定することは無いだろう。“災害悪”と呼ばれるモンスターは、それほどまでの強さを秘めている。

 

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 目的地の塔でこそなけれど、そこへと赴く為の拠点へと辿り着いた日の夜。ベルやアルテミス達が集う場所から離れた地点で、ヘスティアとヘルメスが向かい合う。

 少し目を細めてしまう程に強く吹く風は、各位が置かれている状況の厳しさを物語るかのようだ。冷たい空気に対して寒さを見せるヘスティアだが、ヘルメスとて、「その衣類が原因だろう」とツッコミを入れる余裕もないらしい。

 

 

「ヘスティア。分かっていると思うが、今回の敵は――――」

「聞いたぜ。まったく、まだこんなのが、地上に残っていたのかい?」

 

 

 まだ神々が地上へと降りてきていない古代において、数多の戦士と大精霊たちが死に物狂いで封じ込めた災害悪。

 

 名を、“アンタレス”。全長は優に数十メートルに達する、サソリの容姿を持つ強力なモンスター。

 

 

 情報は非常に少なく、そもそもにおいて、そんなサソリが封印されている事を知る者も非常に少ない。

 それこそ、今ここにいる二人を含めて“一部の神が知っているだけ”と言ってしまって差し支えない程だ。そんなサソリの存在を知っており、かつ“今のタイミングで呼び覚ます事ができる神”となれば犯行者は自然と絞られるものの、デから始まる神の名を口にする者は居なかった。

 

 ともあれ今の問題は、そんなサソリを、“誰が・いつ・どのように”して倒すかという点。前者二つについては“ベル・クラネルが・遅滞なく”と置き換えられるものの、問題は用いる手段となる。

 旅の神がもたらした情報を鵜呑みにするならば、例え第一級の鍛冶職人が丹精込めた武器を用いても通じない。防具となればその逆で、いかなる防具も紙切れ以下の程度となるとの事だ。

 

 

 これらを総合するならば、討伐など夢のまた夢。小手先の技術でどうにか対応できるならば希望の光も微かに見えるかもしれないが、そもそもにおいて、いかなる攻撃すらも期待値は非常に低い。

 とはいえ、いくら己の欲に忠実で“いいかげん”な所がある神といえど、有事の時となれば話は別だ。討伐対象であるサソリに対抗する、まさに“切り札”が存在する。

 

 

 ―――― 一般名称を、神造武器。基本として天界にのみ存在する代物であり、神々をも殺せると言われる武器の総称を示す言葉。

 此度の名は、“オリオン”と呼ばれる槍だ。神々の言葉で“射貫くモノ”を意味する単語であり、定命の鍛冶師では足下に及ぶ一振りすらも作ることは叶わない。

 

 

「でもヘルメス、その槍は……」

「……分かってるさ」

 

 

 伝記における勇者が使う聖剣の如く、通常ならば、先のようなモンスターを倒すための特効薬となるだろう。しかし苦虫を噛み潰したような顔を見せるヘルメスに、普段の気軽さは見られない。

 神アルテミスが最後の死力を尽くして地上へと召喚した、神造武器。すなわちその槍に宿る力は、アルテミスという“神が持つ(エナジー)”、その残り香そのもの。

 

 

 そのように比喩される武器を使うという事が、神アルテミスにとってどのような末路をもたらすか、分からぬヘルメスではない。ヘスティアも分かっているからこそ、盟友の死を前に、切り札の存在を喜ぶ事などできはしない。

 許されるならば、槍を持って戦場から逃げ去りたい。これを隠したところで“アルテミスが消える”という運命を迎える事は変わらないと知りながらも、訪れる現実から逃げ出したい葛藤に襲われる。

 

 

 百歩譲って、用いる事で確実に倒すことが出来るならば、歯を食いしばって見送る覚悟も抱けるだろう。しかしどうやら、その槍が最大の効力を発揮するための条件についても大きな問題があるらしい。

 

 

「無いんだ……時間も、方法も。これでも、恐らくは足りない可能性の方が高い。……いや、絶対に足りない」

 

 

 アンドロメダの傍に、ペルセウスが並ぶように。年に一度の時とはいえ、織姫と彦星が出会うように。

 神造武器と、それを担う英雄。物語に必須と言える二つのコマは、出来すぎた映画の如く此処に揃った。

 

 

 だがしかし、ここで大きな問題が生じている。一か八かの賭けは功を奏し、オラリオにて“英雄となる者”を見つける事が出来たものの、置かれている状況が非常に問題と言える内容だったのだ。

 当該の英雄、僅か14歳の少年とその相方が事情を耳にしたならば、なんと自分勝手な話だと内心で怒りを抱くだろう。とはいえその感情は何も間違っておらず、世界を救えるかもしれない僅かな確率の為に相方を捨てるなど、優しい優しいベル・クラネルが許さない。

 

 何せ、口にこそ出されていないが条件が最悪なのである。アイズ・ヴァレンシュタインがいるというのに、よもや女神アルテミスと“感情を深め合う”というのだから、何がどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 早い話が二股を掛けろ、という、ベルからすればフザケた内容。ハーレムは悪手と分かりつつ自然と作りかけているのは白兎が持ち得る運なのかフェロモンなのかはさておき、例えヘスティアが口にしたとしても、明快な回答を返すことは無いだろう。

 

 

「ベル君を責めるわけじゃないけど、ベル君には剣姫(けんき)が居る」

「ああ、知ってるさ」

「だったら――――」

 

 

 どうするのか。問いに対する答えが返ることは無いと知るからこそ、ヘスティアもまた口をつぐんでしまう。

 いつもは調子が良く「胡散臭い」とまで言われる陽気さを見せるヘルメス。口と手足を一ミクロンも動かさなければ“爽やかイケメン”の神が見せる表情はかつてない程に険しく、ヘスティアも彼が抱くもどかしさと辛さをくみ取れるが、それでも問い(ただ)さずにはいられない。

 

 

「だから“更に深い仲”は期待できないぜ、ヘルメス。変化があったとしても上辺だけだ、本質は変わらない」

「なんとかするしかない。もう一度、ベル君をアルテミスと――――」

 

 

 話を聞いていたのかと、ヘスティアは少し強く声に出す。今にも取っ組み合いが始まりそうな状況ながらも、互いに余裕がなく危機的状況と分かっているからこそ、声を荒げる程度に収まっている。

 一方でヘスティアとて、完全にヘルメスを責めきれない。世界を滅ぼそうとする勢力に対し、今この場においてアルテミスが持ち得る“槍”という武器を使わなければならない事は彼女とて分かっている。

 

 

 だからこそ、その槍が持ち得る効能、それを発揮するための条件。先に真向から実現を否定した、アルテミスと感情を深め合う事が必要とも分かっている。

 

 

 矛盾する、二つの答え。ボードゲームならば間違いなく“詰み”とよべる状況なだけに、ヘスティアの表情も暗く思わしくない。それはヘルメスとて同様だ。

 何せ、時間という時間がない。上空に作られる槍は、あと二日もすれば完成してしまうことだろう。

 

 迫る刻限までに、何としても見つけ出さなければならない。それが不可能と分かりつつも、予想していた方法では何れにせよ失敗する。

 何としても、ベル・クラネルの代役が必要だ。アルテミスが召喚した、“槍”という“装備”を使いこなす――――

 

 

「っ――――!!」

 

 

 盟友を想うヘスティアは、“槍”を“アルテミス”と捉えるからこそ、新たな道を見つける事が出来なかった。道の状態を示すならば深い藪に閉ざされているものの、決して道そのものが険しいわけではない。

 

 単純に、“彼”という藪をつついて蛇が出る程度で済むかどうかが分からないのだ。蛇は蛇でも、八岐大蛇に匹敵するモノが飛び出してきたとして不思議はない。

 それでも、他に考えなど思いつかない。まさに、背に腹は代えられない状況であることは明白であり――――

 

 

――――居るじゃないか。この危機的状況、打つ手が何もない文字通り後がない最悪の状況をひっくり返すことができる最強(最悪)の存在は、ボクの近くに居るじゃないか!

 

 

 ヘスティア・ファミリアにおける最古参の分類。もっともファミリアそのものが結成から1年も経っていないために古参も何もないのだが、それでもヘスティア・ファミリアの歴史においては初期メンバーであることに変わりはない。

 決して、普段の行いが原因で「居なかった事にしたい」などとは思っていない。そこから芽生え育った「見ない事にしよう」という本能が、彼という存在を消し去っていたワケでもない。

 

 

 何度、その者が御手玉感覚で扱っている爆弾の数々に胃を痛めたことだろう。何度、「少しは気にしてくれ」と叫びたくなったことだろう。

 

 少年にとっても、ファミリアにとっても父のような、兄のような不思議な存在。己の子供達は、彼に鍛えられて着実に育っている。

 

 

 その者が己の一番眷属であるベル・クラネルを育ててくれたおかげ様で、少年はヘスティアも見惚れる程の姿に成長した。少し胃が痛むことはあれど何処に出しても恥ずかしくない、立派な戦士へと成長した。

 

 

 

 世界の危機であるがために、四の五の言っていられない。一度浮かんでしまったこの考えが酷く強烈であるが為に、もうそれ以外の考えは浮かばない。

 

 降り注ぐ星々の数――――とは流石に過大表現とはいえ、数々の胃痛に耐えてきたのは、この時のために。ヘスティア・ファミリアが持ち得る、恐らくは全世界において最強の戦士に事の顛末を委ねる場面は今である。

 

 

「ヘルメス!!」

 

 

 故に、呼び寄せる手段を持つ者に対して強く叫ぶ。時間が無いことは、ヘスティアでも分かっていることだ。

 故に、とある青年の名を出して呼び寄せろと強く叫ぶ。ヘスティアは伝達手段を持っていないために、ここはヘルメスの出番というわけだ。

 

 その者が強いことは、ヘルメスも知っている。もっともウラノスやアスフィから又聞きした程度であり、“レベル8ないし9”とて、これほどの危機に対しては無力であることは分かっている。

 強ければどうにかなる、というものではない。それでよければ、真っ先にフレイヤ・ファミリアへと声を掛けているからだ。苦虫を食い潰したような表情でそのことを早口で言い切るヘルメスだが――――

 

 

「ボクたち神々の尺度でも測れないよヘルメス!そしてタカヒロ君のレベルは“8とか9”じゃない、“100”なんだ!!」

「……ほへ?」

 

 

 先程まで出ていた気がかりもどこへやら。世界が危機的状況だというのにヘルメスの思考回路はストップし、二つの白丸で表現できそうな瞳からハイライトが消えている。ヘスティアがそんな冗談を言う神ではないと分かっているからこそ、猶更の事今の発言に納得できない。

 しかし同時に、納得している暇はない。とにかく連れてこいと飛び掛かって胸倉を掴むヘスティアに対して承諾の言葉を掛けると、時間軸に考えを割く余裕もなく、旅の神はすぐさま伝書の使い魔を使用するのであった。

 

 ベル・クラネルとアルテミスが“親しい仲”となれない事など、他ならないヘスティアが一番分かっている。アルテミスが用意した兵器を使ったならば、今いるアルテミスがどうなるかなど、考えたくもない。

 しかし残酷にも、アルテミスを選んだならば世界が滅ぶ。加えてベルが当初の期待に応えられないとなれば、ならばヘスティアは、タカヒロに土下座を行ってでも討伐に赴いてもらう考えでいる。

 

 

 しかし、そんな行為は必要ない。何せ呼び出す対象は、色々と規格外と言える“ぶっ壊れ”。

 

 

 もしもロキ・ファミリアのフィン・ディムナがヘスティアの立場だったならば、彼の親指は携帯電話のバイブレーションよりも高速で振動を続けている事だろう。なんなら親指どころか、肩から先が、そのようになりかねない。

 

 此度の戦略をいうなれば、毒を以て毒を制す。いまだ表に出てきていない“ヘスティアが知りたくない理由”は、そのうち分かることとなるだろう。

 




距離などが原作(映画)と異なっていますが、原作(映画)通りだと原作(小説等)のストーリーに影響が出そうなので、この辺りは私の解釈+改変が入っております。
例え1日でも100日でも影響はないため、ご了承ください。

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