とある村を起点として大地を疾走する、一つの矢。生じる土煙の舞い上がりは、疾走する速度の鮮烈さを物語っている。
交通事故こそ生じないものの、無謀にも襲い掛かったモンスターの末路は明白だ。折角地上へと進出したというのに、短絡的な思考から生まれた行動によって、ここに命を落とすこととなる。
どちらが悪いかとなれば、相手を殺そうとすべく襲い掛かったモンスターとなるだろう。轢いた側に法定速度と呼ばれるものがあるならば間違いなく違反の域に達しているが、そのような法律は無いために、大枠で見たならば只の“通行人”に他ならない。
突進の持ち得る威力は過大であり、ダンジョンに住まう生粋のモンスターだろうとも手に余る。かの者が示す突進スキルとは、例えダンジョン深層のモンスターだろうとも一撃のもとに消し飛ばすのだ。
ところで。当該の青年がそこまでして移動するには、明確な理由が存在している。
――――神殺しと聞いて参上しました。ドロップアイテム置いてけ。
文面上で“神と戦ってくれ”という依頼を請け負った青年は、上記の心境を口にすることは出来なけれど、傍から見ても呑気な程度だ。まるで「
しかし持ち得る志だけは非常に高く、依頼を断る気配すら伺うことは難しい。理由はどうあれ、主神ヘスティアからの依頼に応えた格好だ。
何せ
ヘスティアからの依頼よりも先に情報を知ったならば自ら戦闘に志願するかの如く、複数ある突進スキルを交互に使って寝ずに大地を走り抜け、二日足らずで到着した“ぶっ壊れ”は飛ぶより早いとはこれいかに。ヘルメスが持ち得る最速の伝書鳩を飛ばしてからギリギリ三日経っていないために、さっそく旅の神が混乱した様相を見せているのは仕方のないことだろう。
ともあれタカヒロは、こうして戦地へと到着した。いつかの24階層の件についてヘルメスから礼を言われるも、「知らぬ存ぜぬ」でスルー安定。まだよくわからない、かつ“神とは異なる”アルテミスという第三者が居るために、己の情報を必要以上に出さないのだ。
そんな事よりもと、状況の報告を求めている。その一言で表情を整えたヘルメスが中心となり、今現在における“人類”が置かれている状況になるまでの経緯の数々を語り出した十数秒後の事だった。
「生憎だが英雄物語なんぞに興味はない。時間もないのだろう、現状と対策だけを教えてくれ」
「そ、そうか。すまない」
今一番の問題としては、アンタレスによる天界の一撃。地上を跡形もなく吹き飛ばす攻撃は、防ぐ手段がどこにもないのが実情だ。
タイムリミットは、恐らく今日の夜いっぱいと言ったところだろう。つまりあと5時間程度しかない状況であり、上空に現れた巨大な“天の矢”は、次第に形を成している。
「タカヒロ、と言ったね。君も分かるだろう。アレが地上に放たれたならば、どうなるかを」
場に居る5名は空を仰ぐ。第二の月と見紛うかの如き美しさに秘められた一撃の破壊力は、オラリオの冒険者ならば感じ取る事が出来るだろう。
最低でも、オラリオの街は跡形も残らず吹き飛ぶに違いない。タカヒロが最も望んでいない事の一つであり、戦う理由を掲げるには十分だ。
もしもコレが偽装情報だったならば、ヘスティアが二つの意味で心を痛める事もなかっただろう。彼女が振りかざしたタカヒロという瓶からどのような劇薬が零れ堕ちるか、それこそ誰にも分からない。
「大陸一つで済めば上出来、と言った所か。どうやら“神々では倒すことができない存在”とは、一撃を放った後の事を考慮できる頭脳が無いらしい」
あえて、そのような言い回しをしたのか。場に集う三名の神々は問いを投げたい衝動にかられるが、誰しもがポーカーフェイスを貫き僅かな乱れも露わにしない。
フードの下から届く冷徹な視線。ヘスティアは真っ直ぐに見返し、アルテミスは僅かに歯を食い縛って逸らすことなく、ヘルメスは――――
「そ、それじゃ僕は、ベル君の所に戻っている。何か策がありそうなら言ってくれ、ヘスティア」
「あ、ああ。分かったよヘルメス」
内心「逃げやがった」と睨み舌打ちする二名の女神。一礼と共に去るアスフィと、普段の調子の良さが影を潜め冷や汗溢れるヘルメスの姿が遠のいていく。
神妙な面持ちを見せるアルテミスとヘスティア、そして相変わらずのタカヒロだけが場に残った。今の一言で、どうにも話題を切り出す事は難しい。
僅かに髪をなびかせる風に柔らかさは見受けられず、これから始まる物の険しさを悟らせているかのよう。それを相手に伝える敷居の高さを相まって、ヘスティアとアルテミスの白い肌を刺激するような感覚を与えている。
地上に迫る危機については、戦うべき相手の存在は、さきほど神々から語られた。
あとは、どのようにして戦うか。当初はこれしかないと考えられていたプランニングは見直しを迫られているものの、タカヒロならば、元々予定されていた“使用者”の代わりになれるはずだとヘスティアは賭けている。
リヴェリア程ではなけれど彼をよく知るヘスティアだからこそ、回りくどい言い回しは悪手と判断。情報は簡潔に、しかし伝えるべき核心は忘れない。
誰が、誰を、何を使って。討伐の達成に必要なこれら3項目の情報について、“現物を用いて”説明を開始した。
「タカヒロ君、はぐらかさずに言うよ。討つべき敵は、この道の先、ここからは見えないけど大きな城に居座っているんだ」
あとは、“神と戦ってくれ”というお願い事を口にするだけ。言いづらそうな感情を隠しもしない表情は、炉の女神から元気を奪う。
しかしそれは当然であり、口にしようとしている内容は、「死んでこい」と言うに等しい内容。例えレベル100だろうとも、子供と神との間にどれだけの差があるかについては、他ならぬ神であるヘスティアが分かっている。
同時に、もう“コレ”を用いるしか方法がない事も。一方で、彼ならば何とかしてくれるはずだと、布に包まれた一振りの槍を露わにしつつ口にした。
「タカヒロ君には、無謀なお願いをすることになる。この槍を使って、あの矢を作っている神を倒してくれるかい」
――――なんだアレは。
確かな目を持つコレクターが名高い骨董品を見つけた時のような、冷や汗と同時に男の中に湧き出る極度の緊張。ドクンと一度跳ねた鼓動は速さを増しており、つられるように興奮の心が感情を支配する。
神造武器、オリオンの槍。自分の持ち物ではない為に詳細な効能までは分からないが、槍が持ち得るオーラは痛い程に伝わっている。
早い話が、最上級に匹敵するレジェンダリークラス。その中でも一際レアとなる部類、それこそ神を倒した時に数パーセントの確率でドロップする品々と同等であることは読み取っていた。
珍しくゴクリと唾を飲むのは、どう頑張っても「それ自分にください」などと言える状況とは遠い為。時と場合によっては最低ラインの常識を微かに備える男は、自称、己に厳しいのである。
なお、悲しいかな。神々陣営はコレを使うことが前提の考えで、またタカヒロが装備について詳しいと知っている為に、「これ程の槍を使わなければならない状況」を感じ取ったのだと受け取り中。
一方でタカヒロの認識としては、「あれ程までの槍ならば、家宝の類に違いない」と受け取っており、かつての木刀と同じく貰う事は出来ないだろうなと諦めの一方で、どうにかして貰えないだろうかと葛藤中。もしもこの考えをヘスティアが知ったならば、顎が外れる事だろう。
しかし。アルテミスがこの槍を、相当の覚悟を持って地上に召喚した事実は変わらない。
地上の破壊を狙うアンタレスとは、アルテミスにとって曰付きの存在に他ならない。かつての己の過ち、その原因となった一端だ。
だからこそ、アルテミスの決意も非常に強いものがある。右手に握る槍を険しい表情で見つめながら、心中に抱く覚悟、それを成し遂げる為の方法を口にした。
「アンタレスは、必ず倒す。この槍オリオン……そして私の最後の力と引き換えに」
「その槍を使い捨てるのか!?」
珍しく叫びをあげるタカヒロに、神妙な面持ちだったヘスティアも驚愕の表情を向けている。普段から冷静で仏頂面だからこそ、こうして見せる極端な感情表現は、本当に新鮮なものがあるのだ。
せめて、「アルテミスの力を使い切るのか」、という類だったならば、まだヘスティアも対応できただろう。先のような文言を口にした、装備キチの心境は――――
――――モッタイナイ。
人読んで装備キチはバナナを前に絶好調、まさに本領発揮である。驚くところはそこなのか?と脳内が疑問符だらけになるアルテミスだが、生憎と普通の思考回路では「モッタイナイ」などという考えを抱いていることを理解するなどできないだろう。
何故だかソワソワした素振りをし出した
が、しかし。残念ながら、女神が抱く純情な気持ちは三分の一も伝わらない。アイ・ラブ・ユーを言う必要はないけれど、互いの気持ちは全力で空回る様子を見せている。
――――そんな代物を使うまでもない。それぐらいならば自分に譲渡してくれ、他の方法でアンタレスを殺してくる。殺す事が宜しくないならば、虫の息の状態で連れて来よう。
たかだか一匹の神如きに、特攻兵器など必要ない。このような感情の次点として、もう一つ。
――――神の力を取り込んだ、神そのものと言える敵なのだろう?むしろ新しい装備がテストできる上にドロップアイテムあるかもしれないから、やらせてくれ。
各々の内容を口にこそ出していないが、ONとなっていた青年の
もっとも此度においては、アルテミスが放つ気合の入れようがタカヒロをも貫いている。沸き起こった
「攻撃時に込める力、いうなれば
「分かっている。だけど、これ以外に方法が……!」
凛とあろうとするの翡翠の瞳が月明りに照らされ、うっすらと雫のようなものが浮かんでいるのは気のせいではないはずだ。青年がその点を指摘することは無いものの、フードの下にある表情は揺るがない。
少し前の時間、楽しそうに話していた時の様相とは程遠い。たった数分の時間ながらも、上辺に隠れた素直な心はタカヒロに届いていた。
今にも崩れ去りそうな表情でアルテミスを見つめるヘスティアもまた、タカヒロに対して縋るような表情を向けている。起死回生を望む彼女の心もまた分かりやすいものがあり、口にせずとも届いている。
正直なところ、全ての事象においてハッピーエンドで終える結末は困難を極めることだろう。タカヒロとて、かつてケアンの地でモンスターに取り込まれた料理人を救ったことはあるが、神を救ったことなど一度もない。
それでも、己に期待を寄せる主神がそこにいる。抱く本音とは理由が違うが、“そういうことにしておこう”。
此度においては、2つの理由に必要な前提条件が同一である。ならば、青年が出す答えは只1つだ。
「分かった。何れにせよ槍を使う程の敵でもないだろう。自分が行って、早々に終わらせてくるさ」
「タカヒロ君、冗談を言っている場合かい!?」
「貴方、自分が何を言っているのか分かってるの!?」
今更ながらも、ヘスティアとアルテミス、そしてタカヒロという二対一の2グループには、決定的な思い違いが生じている。互いの常識がぶつかり合うも、水と油は交わらない。
“彼が持つ実力と槍を使って、アンタレスを倒す”。これが、ヘスティアとヘルメスが考えていた作戦だ。故に、天の槍は使われる前提で互いの会話がなされているのである。
もっとも青年が槍など使えば逆に弱体化するだけであり、“神造兵器”に匹敵する“神話級”装備など無数にある。己が欲しいと言う理由もあるが、ヘスティアが望む結末のためにも、天の槍を使うことなど全く考慮されていないのだ。
完全にイレギュラーの存在故に、話がかみ合わないのも無理はない。神々の常識という尺度では、そこの装備キチを測ることなどできないのだ。
「……はて、アンタレスという神を殺すだけの話だろ?」
「え?」
「は?」
激怒するヘスティアとアルテミスながらも、例によってまるで話がかみ合わない。片や自殺行為にも程があるという警告、片や神殺しなど今に始まった話では無いどころかスーパーボスに限定しなければ6桁の回数を越えているそこの青年からすれば、あまり特別ではないことだ。
女神二人の叫び声が微かに木霊するも、双方の合計3人ともにポカンとした様相を示すことしかできていない。一転して辺りを静寂が包んでおり、耳をすませば、野営地にいる冒険者達の声が聞こえてきそうなほどだ。
時間にして、数秒が経過した時だった。そう言えば言った事がなかったなと思い出したタカヒロは、なぜ己が今のような言葉を口にしたかを、段階を踏んで説明することとした。
此度の問題は、アルテミスを取り込んだアンタレスが下界を滅ぼそうとしていること。そしてヘスティアが望んでいることも考慮するならば、取り込まれたアルテミスを救出することも目的の1つとなるだろう。
いずれのオプションがあるにしても、アンタレスは屠るべき対象だ。故に“一般人”タカヒロは、全てを達成できるだろうと考える1つの
「結論としては、
「それが出来るのでしたら、私やヘスティア達は苦労しません!分かりました。そこまで言うのでしたら、もしも達成したならば、この槍は貴方に差し上げましょう!!」
瞬間、男の纏う空気が切り替わる。直感から「なんだか嫌な予感がするぜ」と内心思うヘスティアだが、その鍛えられた思考回路は正解だ。
女神アルテミス、押してはいけないスイッチを押してしまうの巻。Turboスイッチは反対側へと切り替わり、アフターバーナーへと点火完了。鉄砲玉から進化したミサイルは、もう誰にも止められない。
彼が望む装備の事が絡んだが故に持ち得る意欲は最高潮。全力を出すかどうかは不明ながらも、目標を達成するための手段は択ばない事だろう。
変わった雰囲気を感じ取ったアルテミスは、思わず委縮してしまう。己は神だというのに、子を相手にこうなるとは思ってもみなかった事だろう。
そして、もう一つ。神と戦えと言われているのに恐怖の感情は生まれないのかと、彼を案ずる心が芽生え始める。
己の為にここまでしてくれる存在を、失いたくはない。かつて大切な相手を射抜いてしまったからこそ、己が原因で相手に迷惑をかける事を、極端に嫌っているのだ。
とはいえ、覚悟を示した相手を止められるほど、状況に余裕があるわけでもない。だからこそ「倒す自信があるのか」という類を尋ねたアルテミスの言葉に対し、ヘスティアへと流れ弾が向かう事となった。
「神殺しなど、さほど問題ではない。口にするのは初めてだが、今までに何度も行ってきたことだ」
オリオンの矢(ぶっ壊れ)
■乗っ取られ語録
・大損害を被った部隊の歴史について聞きたい?聞きたいの?聞きたいんでしょ?でも忙しいから言ってる暇ないわー。と煽られて。
⇒英雄物語なんかに興味はない。