その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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25話 お邪魔します

 グループと呼ばれるような集団が作られ暫く過ごすうちに、自然と各々の役割が出来上がる。前衛が敵の攻撃を受けヒーラーが仲間を回復する、と言ったような明確な仕事のようなものではなく、ムードメーカーや面倒見が良い者などと言った漠然としたものだ。

 これは、それぞれの人物が持つ性格に起因する。例を挙げるならば面倒見の良いお兄さんキャラなどがまさにソレであり、そういう人物は“兄貴”などの愛称で呼ばれたりするものである。

 

 ロキ・ファミリアとて例外ではなく、様々な戦闘員のなかでも一際ファミリアを心配する者がいる。もっとも若い者からすれば過保護や心配過剰の言葉が該当してしまっており、いざとなれば心を鬼にする彼女を相手にフレンドリーな対応はまだしも、ちょっかいを掛ける者こそ存在しない。

 もし自分が貶されようとも、ファミリアの仲間を大事に思うからこその母親(ママ)なのだ。主神ロキが呼びの親であり本人は毎度の如く否定しているのだが、そんな2文字がピッタリとハマってしまう彼女は今現在――――

 

 

「ええい。よりにもよって、なぜ納入日が今日なのだ」

 

 

 誰も居ないのをいいことに眉にやや力を入れ、珍しく“おこ”であった。

 

 その怒り、とまではいかない焦りは、誰に対するものではない。単純に、ファミリアが纏めて発注した代物の納品が、よりによってヘスティア・ファミリアを呼ぶ今日の午前中に重なったのである。

 花のモンスターを討伐し説教タイムが終わった後にスケジュールが調整されたのだが、幸いにも、彼等が来るまでには未だ1時間ほどの猶予がある。簡易的ながらも持て成しに出される菓子類も急ピッチで調理が進められており、今のところ予定通りと言っていいだろう。

 

 では、何が問題か。一階の食堂へと行く予定であったこれらの荷物を、誰かが間違って二階の踊り場に運んだ点にある。下位のファミリアメンバーはダンジョン遠征中でただでさえ人手が足りていない状況になりつつあると言うのに、それらの荷物を運搬する手が必要になってしまったのだ。

 とはいえ複数の足音が近づいてきており、誰かしらが来たようである。都合よく二階にあるこれらの荷物を持って行ってもらえたらいいなと頭の片隅で考える彼女は、間違って持ち運ばれた荷物の確認に追われている。

 

 

「よいしょっ。リヴェリアさん、これは何でしょう?どこに運べばいいんですか?」

「ん?ああ。それは食器だ、一階の食堂に頼む」

 

 

 書類と現物とを交互に睨めっこしながら一瞬だけ横を見たリヴェリアは、物だけを視界にとらえると条件反射で指示を出す。何をどこに運ぶかは、既に全て頭に入っているのだ。

 少年と思わしき声に反応して流し見た重そうな木箱の中身は、団員で使う食器の類である。その者とて忙しいはずだが、こうして自分関連の作業を優先してくれることは有難い上に、その心遣いに感心し――――

 

 

「――――む?」

 

 

 そこまで考えて、ようやく違和感というものが沸いてくる。食器などの運搬物が来ることは30分ほど前に伝えてあり、加えて何故か2階に運ばれたことも騒ぎとなっていたために、ファミリアの者ならばリヴェリアに運搬の連絡を入れることはあっても尋ねることは無いはずだからだ。現に、今の一件以外に応対をしていない。

 ならばと考え、耳にした声に着目する。先ほどは流してしまったが聞いたことのある少年の声だと思い返し、一階へ続く階段に顔を向けた。

 

 

「ぬおおおお、ものすごく重いよこれ!?」

「無茶をするなヘスティア、腰をやられるぞ。ベル君も大丈夫か?落とさないようにね」

「大丈夫です師匠、頑張ります!」

 

 

 本日ロキ・ファミリアが持て成す予定のはずの青年少年のコンビが、重そうな、大きな木箱を抱えて階段を下っている途中であった。

 

 

「なぜ君たちが働いているのだ!!」

「わあっ!?」

「なんだ、どうした」

 

 

 2階廊下の手すりから身を乗り出したリヴェリアに、条件反射で理不尽に怒られる鎧姿の二人である。何をされるか分からないと、ロキを信用していないヘスティアが指示を出した結果の服装だ。

 そんな二人が見せる反応は、文字通りに正反対。少年は本当に驚いた様子であり運搬物を落としかけ、片や屋内でフードを被ったままの背年は、すまし顔で疑問符を投げて応対している。

 

 

「どうした、ではないだろう!なぜ君たちが居る、なぜ荷物の運搬を行っているのだ!」

「何故も何もロキ・ファミリアのホームへと呼んでもらったではないか、結果として予定より早く来てしまったのは許してくれ。手伝いについては、駆け出し冒険者がパーティー行動中で手が足りないと門のところでレフィーヤ君に言われて……って、消えたし」

 

 

 彼が呟いた光景は、目の前で起こった事実である。ブン!と空気が震える擬音が鳴るかのような、己が使う突進スキルとタメを張れるほどの瞬間的な移動速度。

 文字通りの瞬間移動をしたかのような残像を残し、リヴェリアは踊り場から消え去ることとなった。レベル6とは言えステイタスの限界を突破した俊敏さに、兎少年の目が輝いたのはご愛敬である。

 

 

「――――ハッ、リヴェリア様の殺気!」

「まーた何しでかしたのよ……」

 

 

 エルフ特有の長い耳がピンと張り詰める。師弟関係は、もはや、対象を見つけるセミアクティブレーダーと飛来物を探知するパッシブレーダーのソレである。魔力を検知して一直線にレフィーヤの下へ向かう緑のミサイルと、今までの経験則からソレを感知する山吹色の攻撃目標。

 が、生憎と攻撃目標は防衛手段と明確な逃走手段を備えていない。彼等に運搬の手伝いを申し出ていたレフィーヤは来客に荷物を運ばせたことについてコッテリと絞られ、特に指示のなかったタカヒロとベルは鍛錬がてらに他の荷物も運搬することとなり、それが判明したのちにレフィーヤは“おかわり”を貰うのであった。

 

 そして、運搬作業が終わった直後。偶然にも少年は、ゲッソリとやつれた彼女、レフィーヤ・ウィリディスと鉢合うこととなり、顔を見るなり言葉を放たれることとなった。

 

 

「むきー!このヒューマンのせいで怒られた!」

「えっ!?ボク関係ないですよね!?」

「ほう……どうやら叱りが足りていないようだな」

「あっ……」

 

 

 ロキ・ファミリアのナインヘル、リヴェリア・リヨス・アールヴ。客人、命の恩人の前故にファミリアに相応しい凛とした姿を見せようとした目論見は、弟子の所業により失敗に終わることとなる。

 もっとも先日の説教タイムで既に目論見が崩れているために、傍から見れば結果的には同じだろう。

 

 

 

 そんなこんなで2杯目の“おかわり”を貰って首根っこを捕まえられ引きずられていくレフィーヤを流し見ながら、ヘスティア・ファミリアの3名は、どうしたものかと溜息をつく。

 勝手に歩き回るわけにもいかないので、しばらく入り口付近のロビーに佇んでいた。そして1分ほどしたのち、師弟コンビは案内役と共に廊下を歩くことになる。

 

 なお、案内担当は柱の陰から身体を傾げて、ひょっこりと顔を出したアイズ・ヴァレンシュタインだ。帯剣しておらずにいつもの鎧姿ではなく、可愛らしい仕草とワンピースの私服姿に心拍数が急上昇する少年が約一名。

 しかしながら、日ごろの鍛錬の応用と先日のこっぱずかしい経験で経験値を得たのか、しばらくしたら落ち着――――くこともなく、視線釘付けで機械仕掛けの動作を見てヘスティアが頬を膨らませている。

 

 彼女に釣られてロキも姿を現したのだが、男二人に挨拶と謝罪をして「ゆっくりしていってな~」の言葉を口にした直後、例によってヘスティアとの取っ組み合いが始まってどこかの部屋へと消えている。「子供の姉妹がジャレてるようなもんだろ」と放置する姿勢を決め込んだタカヒロと、アイズとの時間を邪魔されたくない少年の答えは同じであり、結果として師弟コンビは、アイズの案内を受けることとなった訳だ。

 どうやら2階へと案内されるようであり、装飾輝く、それこそ城と見間違う廊下を進んでいく。そのうち何人ものロキ・ファミリア団員とすれ違うのだが、向けられる視線の数々は怒涛のモノがあった。

 

 

「アイズさんが男と一緒に居る!?」

「ダンジョン以外に興味を示さないアイズが!?」

「あのダンジョン狂いのアイズさんが……!?」

「戦闘狂のアイズさんに男が!?」

「どっちだ、どっちがアイズさんの男なんだ!?」

 

 

 そんな3人を見るロキ・ファミリアの絵面としては、阿鼻叫喚の一歩手前。彼女に先導されて後ろを歩く二人の男のうち少年は、無数とも言える程の視線を浴びて落ち着けない。

 フードに隠れた己の師匠の顔を少年がチラリと下から覗くも、まるで平常運転である。怯えも焦りも全く見受けられないが、しばらくすると、その青年の顔にも疑問符が芽生えていた。

 

 

「……なんだ、アイズ君。ちょくちょく、いや大半に悪口が交じっているが?」

「いつものこと」

「……」

 

 

 自覚してなおスルーしているのかと判断し、タカヒロとベルは歩きながらも苦笑した対応を見せるしかない。フードの下から、やれやれと言わんばかりにため息が漏れた。

 

 二人が案内された先は、二階にある日当たりの良いバルコニー席。どうやらまだ準備が整っていないようで、ここでお茶を濁すようアイズに指示があったようだ。

 降り注ぐ日差しは暖かく、いざ焦がれた女性を前にしてベル・クラネルは盛大に緊張してしまっている。その一方で、いつもの調子で忘れていたタカヒロは、ここにきてようやくフードを取ることとなった。

 

 現れた面構えは、彼女からすれば意外だったのかもしれない。少なくともベル・クラネルと同じ白髪とは思っていなかったようで、少しだけ驚いた表情を見せており目が見開いていた。

 

 

「髪の毛……ベルと、お揃いなんだね」

「似ているのは色だけだ」

「偶然です!」

 

 

 呑気な顔と声で返事をするタカヒロだが、髪質の違いが分かったのかアイズも納得した表情を見せている。少年の白髪は兎の毛のようにモフモフであるが、彼は男性らしいややゴワっとしたモノだ。並べられている状況だけに分かりやすい。

 その感想を抱いたのは、レフィーヤに懲罰労働を与えてやってきたリヴェリアも同様だ。何気に青年とは3回会ったことのある彼女だが、ああしてフードを取った姿を見るのは初めてである。

 

――――まるで親子だな。

 

 それが、廊下から見て彼女が抱いた第一印象である。もっとも髪の毛の色以外は似ても似つかない二人であり、先日の会話で少年が師匠と呼んでいたために赤の他人であることは知っているのだが、そんな言葉が浮かんでしまいフッと軽い笑いが漏れてしまっている。

 

 

 そして、連動するように己の昔を思い出した。

 仲直りこそしたものの、少女の口から放たれた銃撃のような言葉は、古い傷跡のように残っている。突如として吹き抜けた北風のように脳裏に浮かんだ情景に対して目を瞑り、彼女は己がやるべきことを遂行する。

 

 

 一方、アイズが案内していた男二人が何者なのかと遠巻きに見ていた野次馬はザワつきを止めることができない。ロキ・ファミリアの副団長ともあろう者が、わざわざお茶をもってそちらへと足を運んでいるのだ。

 

 バルコニーへとつながる扉がガチャリと音を立て、3人の視線がそちらに向けられる。4つのティーカップが載せられた盆は床に対して見事なまでの水平さを保っており、配膳のための姿でさえ気品がある。

 テーブル横へと着いてからの配り方も見事なもので、これらは教養のなせる業だ。もっとも彼女自身が配膳をやることなどレアスキル並みに珍しい事であるが、副団長自らの配膳ということで誠意を示しているワケだ。

 

 とはいえ、態度や口調までもが変わるわけではない。それはタカヒロも同じであり、街中で互いに名乗った時と似たような応対を行っている。

 

 

「来てもらってすまない。まだ、こちらの者が揃って居なくてな。少し待たせることになる」

「問題無い、早く着いた此方が原因だ。お茶はありがたく」

「い、いただきます!」

 

 

 相変らず緊張気味なベルは、なぜか勢いよく紅茶を飲んで咽ていた。少し慌てた様子のアイズの前でタカヒロに背中を優しく叩かれ、謝罪の言葉を口にしている。

 そして直々にお茶を出した上に空いているアイズの隣にリヴェリアが腰かけたため、野次馬連中の騒ぎは輪をかけて酷くなる。全く知らない無名のファミリアらしい白髪の二人が一体どれだけの賓客かを知る者は、残念ながら居なかった。タカヒロの鎧姿を見た者の一部が酒場での一件を思い出して周囲に伝播し始めているが、ベート本人の耳に入ると色々と危ないために、周知されるのはもう少し先の話になるだろう。

 

 話題作りなのか、リヴェリアもアイズと同じように二人の髪についてを口にした。先にも彼女が抱いた感想だが、フードを取った姿を見るのは初めてだとも付け加えている。

 一方のタカヒロは、こうして出会うのは4度目だが、1度目~3度目についてはロクな状況ではなかった、とごちている。もっとも1度目は芋虫、2度目は酒場での喧嘩、3度目は花のモンスターと確かにマトモなものが1つもないのが現状であり、思い返したリヴェリアも溜息と共に同意してしまっている程である。

 

 

「あれ?師匠、居酒屋の前にリヴェリアさんにお会いしたことがあるんですか?」

「ああ。その時は向こうがモンスターに追われていてね、自分が敵を請け負ったんだ。逃げていたのは、この二人と褐色の少女。ポーションを用意して待ってくれていると公言していたのだが追ってみれば誰も居ない、見事に騙されたよ」

「あっ……」

 

 

 揚げ足を取るように口元を歪め、わるーい顔をしたタカヒロが言葉を出す。当時は52階層から逃走していたこともあってようやく思い出したのか、リヴェリアは口元を手で押さえて慌てて視線を逸らした。

 そんな彼女の顔を不思議そうに首をかしげて覗き込むアイズは、知らずのうちに追い打ちを与えてしまっている。どのように謝るべきかと彼女が焦りながら考えているうちに、青年の表情が視界に入った。

 

 そんな視線を受けるタカヒロの顔は、なぜだかとても力が入っており平常とは程遠い。そして、何かを口にしたそうな表情を見せている。

 なお、リヴェリアが見せた反応こそが原因である。先日の件も含めて、ものの見事に期待通りの反応を見せてくれるだけに、当時のポーションの詫びという事で、もうちょっとだけ色々と口にしたい感情が芽生えてしまっていた。

 

 

「いや、それはもうひどく傷ついたぞ?」

「……どこに傷を負った」

「心だよ」

「嘘をつくな」

「男も傷つく時はあるだろう」

「欠片も思っていない声と面持ちではないか!」

 

 

 力の入った顔かと思いきや全く感情のこもっていない声を察知して、徐々にリヴェリアの声が強くなる。普段は彼女に言いくるめられることが多い、と言うよりは全てにおいてそうなるアイズにとって、攻め立てられている彼女と反論する姿は新鮮だ。

 つい力が入ってしまった口調を詫びるように、コホンと可愛らしく咳をする。心なしか高揚したようにも思える頬は誤差程度に膨れており、満足気に口元を緩めて紅茶を飲む青年に対して更にモノ言いたげな目が向いている。そんな青年は彼女の反応を楽しんでおり、余裕ある表情を浮かべていた。

 

 不満の表情を隠すように、リヴェリアも紅茶に口を付ける。とはいえ怒りの類は一切なく、いつものように正論を掲げて言い返せない状況に悶々としている様相だ。

 

 そんなこんなでコミュニケーションに似た何かな応対をしているうちに、フィンたちの用意が済んだようである。ロキ・ファミリアの団員であるエルフが丁寧な対応で4人にその事項を伝達し、リヴェリアが案内を担当、アイズが最後尾に続きながら進んでいる。

 案内される先は、ロキ・ファミリアの団長であるフィン・ディムナの執務室。時折ガチャリと鳴る鎧の音が、廊下の壁に響いていた。




考えれば考えるほどに原作リヴェリアを落とせる気がしない……

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