バベルの塔の地下に広がる一般的に「ダンジョン」と呼ばれる場所と比べても、何が起こるか予想できない度合は負けず劣らずの未知の世界。ダンジョンと比べて得られるモノも少なく、リスクとリターンと比べた時、マトモな思考ならば足を踏み入れようとは思わないだろう。
そのような場所。闇派閥が拠点とする、
目標は語るまでもなく、少し前にレヴィスからウラノス陣営へと報告された内容。オラリオを破壊させるために配置された、“穢れた精霊の分身”の撲滅だ。非常に大規模な戦闘となり、地上にも影響が出る恐れが懸念される為に、対策も講じられている。
ギルドが率先した「突発的な避難訓練」の名目を掲げたガネーシャ・ファミリアの旗振りの下、住民たちの退避は間もなく開始される想定だ。オラリオ郊外の他丘に移動する為、戦闘に巻き込まれる恐れも低いだろう。
その住民たち側ではなく、
嗚呼、とうとう来てしまったと目を細めて、星々輝く天を仰ぐ。輝きについて己を笑っているかのように受け取ってしまうのは、被害妄想に近い一種だろう。
星の数は、下界に住まう子供達の数より遥かに多い。目を凝らせば違って見える輝きも、子供たちの個性そのものを表現しているかのようだ。
詩人の如き内容と言えるだろうか。到底ヘスティアらしくない、というよりは似合わない考えを抱いてしまう理由は、先日に揃い、現在は数メートル程に集っている連中にあったのだ。
「積年の恨みを晴らす時ですよ、レヴィスさん!」
「無論だクラネル。誰一人として、闇派閥を生きては返さん」
一度だけ振るわれ空気を切る大剣は、目にした者に唾を飲みこませる。オッタルをも上回る実力は、問答無用で畏怖の感情を植え付けるのだ。
「お願いですアルフィアお義母さん、オラリオを守ってください!」
「私の罪滅ぼしでもあり、お前の頼みだ。
知る者ぞ知る、かつてオラリオに栄えたヘラ・ファミリアの一員。知る者には困惑と共に、例え知らずとも、こちらも畏怖の感情を与えるには十分だ。
「ジャガ丸、君も協力して欲しい!」
『
あまり分かっていないものの右手を上げて了承するジャガ丸は、直後に戦闘態勢へとスイッチしている。動きだけを見たならば可愛らしい姿からは、よもや先の二名すらをも瞬殺する実力を保持している事など想像も難しい。
「ドライアド様、お願いです。ここに大樹はありませんが、僕と師匠が出会った地を守ってください!」
「ほう?あの御仁にとって、それ程の地か。ならば、死力を尽くして薙ぎ払おうぞ」
――――見なかったことにしよう。現場を目にした神々はそのように決め込み、まさかの名を耳にしたエルフ達は、口にして騒ぐことこそなけれど、目を血走らせて姿を焼き付けようと必死である。
さておき、戦う理由は様々なれどベル・クラネルを除くジョーカー4名、全員の
その他としては、フレイヤ・ファミリアやロキ・ファミリアの面々を筆頭に、様々なファミリアに属している第二級以上の冒険者。一応ながら間違いなくオラリオ最強戦力が集結しているのだが、先の4名のインパクトが強すぎて、すっかり霞んでしまっている。
耳にした敵の情報よりも遥かにヤベーことが分かる人員を目の当たりにして、誰一人として言葉の一つを発することもない。故にヘスティア・ファミリア陣営を除いて異常な静けさに包まれており、文字通り“お通夜”の状態だ。
「ということで皆さん!!なんだか一人足りない気がしますけど、討伐へのご協力をお願いしまあああああす!」
「ん……わかった!」
一応ヘスティア・ファミリアの所属となっている者達に対して指示――――もとい、全力で“お願い”するベル・クラネル。結果としては合格ながらも、もはや、後先を考えぬヤケクソであった。
目の前に並ぶ四名は味方のはずなのに、戦闘態勢にスイッチした今は、味方である気が起こらない。今までのどんな敵よりも、具体的にはレベル1でミノタウロスの強化種と対峙した時を遥かに上回る恐怖に潰されそうになっている。
別ファミリアながらも、ちゃんと反応してくれているアイズのアイズによるアイズ語だけが、今のベルにとっての心の拠り所だ。そんな彼女に縋るベルの言葉以外に何も考えていないようなアイズの発言を耳にして、ロキ・ファミリアの全員が彼女へと視線を向けている。
「もおおおう!なんで戻ってこないんですか師匠の馬鹿あああああ!!」
天に向けられたベル・クラネル悲痛の叫びは、大空へと消えてゆく。その実、アルテミスを救出してオラリオへと戻っている最中なのだが、何故かリフトを用いていない。
なおリフトを使わない理由については、アスフィに伝えられた伝文が原因だ。発信時点での最新情報である“数日後に戦闘開始”は、“伝令が生じた数日後に”、アンタレスとの戦闘地点に届いたからこそ“数日後に戦闘開始”と伝文のまま伝えられている。つまり受け取り手のタカヒロとしては、地上を走って戻っても、最終決戦には間に合うと認識してしまっているのだ。
「なんで“数日後”のまま送ったんだ!?」
「“この伝文を送れ”って聞いていたんだが!?」
裏事情を知る数名は、どうにかして事情を伝達すべく緊急の対策を行いつつも、当時の伝文を送付した責任のなすりつけ合いに勤しむ始末。至急という状況は、いつの時代も過ちを生み出す事に変わりは無いらしい。
そしてリフトを使用しないもう一つの理由として、大地を疾走しつつ誰にも邪魔されない“アルテミスの槍”の鑑賞タイムに入っていることが大きな要因。そして「ドライアドおるし、オラリオまでの道中は何とかなるやろ」の風潮は、彼の中で大きな渦を巻いている。
「ああっ、ヘスティア様がまた倒れたぞ!」
なお、開始のゴングが鳴る前から味方の一名が死にかけているのもご愛敬。彼女が知らぬうちに繋がりが生まれ、こうして揃ってしまった6枚のうち5枚のジョーカーを前にして、そして何故だか大問題の一般人が戻ってきていない事を知り、ヘスティアは正気を保つことが出来なかった。
決して、彼女が天へと旅立つ為に作られたお通夜の空気でないことは付け加えておこう。敵を欺くならば味方から、という言葉に習って、敵を倒すならば味方から、というような言葉があるわけでもない。
ヘスティアにとっての此度の災害、“オラリオの危機”とはよく言ったものだ。それよりも先に己が胃潰瘍で臨終する危険性の方が遥かに高く、オラリオにしても、もしもどこかの一般人がここへと戻ってきて暴れるならば、コラテラルダメージで壊滅する危険性の方が上回る。
何故かオラリオに居てヤル気をみなぎらせている大精霊すら可愛く見える、桁外れた立場の存在。盟友アルテミスを救ってくれた己にとって過去最大の恩人でもあるのだが、此度においてはヘスティアに突き刺さる多大な視線が与えてくるストレスが感謝の念を上回っている。
「胃薬急げ、あるだけ持ってこい!量!?知るかそんなの、今すぐにだ!!アミッドさんなら何とかしてくれるだろ!」
「多量を飲んだところで効果が上がるわけではありません!それよりも誰か敷物を!」
「お、おれ、俺が、ガネーシャだ……」
ひょんな形で再びヘスティア・ファミリアと関係を持つことになったアミッドだが、まさか主神を診ることになるとは思ってもいなかった。マイペースでマッチョな神ガネーシャの口から出るセオリーな言葉の音量も、今回ばかりはおとなしい。
いつもはフレイヤの貧血具合を診ているとはいえ、神々の耐久性とは、真の一般人に近い存在。だからこそ冒険者を相手する時よりも気が抜けず、慎重に、かつ迅速な対応が必要となるのだ。
「ヘスティア様、ご気分は」
「み、見ての通りさ……」
死屍累々という言葉を、まさかのソロプレイで表現中。痙攣するこめかみと青ざめた表情は、左わき腹から生じる痛みに加え、理解できない現状との戦いを続けている。
どこで何がどうなって、こんな未曾有の状況となったのか。この光景を闇派閥やエニュオもが目にしたならば、同じ感想を抱くだろう。
幾らかの、いや大半の理由に絡んでいるであろう己の第二眷属は不在のために聞くことも叶わないが、残念ながら、全てに絡んだ結果としてこうなっている。運命と呼ばれる存在が遊んでいた結果なのかもしれないが、状況証拠すらもありはしない。
例え事実を聞いたところで、時間を巻き戻す事などヘスティアにできはしない。しかし現実を受け入れようにも、メンタルと胃袋のキャパシティは限界を超えている。
力なく、地面に伏せて横たわる要救護者ヘスティア。力の抜ける感覚に襲われているものの、残り僅かな力を振り絞って横を見ると――――
「――――皆、聞いたかしら。あの可愛い可愛い冒険者、ベル・クラネルの言葉よ」
「「「「心得ております、フレイヤ様」」」」
「それじゃあ、貴方たちにお願いをするわ。私のお願い、聞いてくれるかしら?」
「「「「女神フレイヤ様のご随意のままに!!」」」」
オラリオ最強を誇るファミリアが、
とはいえ意識と士気だけは無駄に高く、普段は“フレイヤの一番”を争っている者達も今回ばかりは団結している。普段から今のようにしていれば、ダンジョンの60階層など片手間程度に突破できることだろう。
「今回の抗争、敵と味方は分かっているわね?」
「「「「勿論です!!!!」」」」
「可愛いベルを邪魔する者は!?」
「「「「薙ぎ払う!!!!」」」」
「可愛いベルを攻撃する者は!?」
「「「「叩き潰す!!!!」」」」
「そうよ、今こそ力を示す時!女神フレイヤの名の下に命じるわ、存分に暴れなさい!」
「「「「「Урааааааааааааааа!!!!」」」」
フレイヤを象徴する色彩は
そして戦う理由が、少しだけ、ほんの僅かに周囲とズレてこそいるものの。結果として討つべき目標は同じだけに、ツッコミを入れる者は居なかった。
「――――
野太い声が響く、反対側。永く美しい翡翠の髪に似合う
猛々しいフレイヤ・ファミリアとは正反対。それでも静の中に生まれる高貴さが持ち得る意志の強さは同等のものを供えており、ファミリアという垣根を超えて構成されているエルフの集団が持ち得る士気の強さもまた同等だ。
「あちら、御前にいらっしゃるのは紛れもない大樹の大精霊、ドライアド様。お前達、まさか知らぬ者などいるまいな?」
「「「「存じております、リヴェリア様」」」」
「そして目にした者もいるだろう。今ここには居ないが、棘が特徴のフルアーマーを身に着けた者は、
流石にどよめきが広がるも、口にしているのはハイエルフであるリヴェリア・リヨス・アールヴ。故に数秒で収まりを見せる数多のエルフたちは、次の言葉を待っていた。
「我々の目的は、オラリオの地下にいる汚れた精霊を消し去る事。無粋極まりない創作が行われた地点の清掃、文字通りの汚れ仕事だ。あの者や、ドライアド様の手を煩わせることは、最小限に食い止めねばならん」
「「「「無論です、リヴェリア様」」」」
「宜しい。では、やるべきことは分かるな、お前達。気高きエルフとしての使命を果たせ、狼煙を上げろ!!」
「「「「「ハッ!!!!」」」」
フレイヤ・ファミリアの者達が荒々しい戦士の集団というならば、こちらは統率の取れた軍隊と言えるだろう。どちらが上と比較することはできないが、どちらも非常に強力な戦力であることに違いはない。
なんせエルフとは、基本として魔法の扱いに長けた集団だ。それでいて近接戦闘をこなせる者も数多く、盾役となれば荷が重いが、非常にバランスの取れたチームとして機能するだろう。
そんな二組が士気を上げ、ヘスティアが胃酸を増産している中。レヴィスやアルフィア、ベル達もまた、集って何かを話しているようだ。
「では穢れた精霊について、誰が何体を相手にするかについてだが……」
「アルフィアお義母さん、それって分配できるようなものなのですか?」
「いや、厳密には出来ないだろう。あくまでも目安ということだよ、ベル」
「なるほど!」
普段は凛々しい口調ながらも、ベルが相手となると柔らかな母の口調へ。そして再び凛々しい口調に戻り、ドライアドへと問いを投げる。
「大精霊ドライアド。御身は、穢れた精霊を知っているか?」
「うむ。概要程度じゃがの、想像もつく」
「後れを取る事は?」
「在り得ぬ、侮るなよ小娘。有象無象の類、片手間で数秒と掛からぬだろう」
あくまでも、“天の大樹の加護”を持つ者に“お願い”されたが為に協力しているドライアド。大精霊の名に相応しい実力は顕在であり、口にしている内容に間違いはない。
「相手は精霊の紛い物じゃぞ?おぬし一人でも無理せず相手になる程度じゃて」
「なるほど。では、6体の振り分けは――――」
討伐ノルマの目安として、ドライアドが3体。アルフィアが1体。フレイヤ・エルフ連合軍で1体。アイズ、レヴィス、ベル、フィン、ガレス、ベートで1体。ジャガ丸はペット枠につきノルマなしだが、布でぐるぐる巻きにされたアヤシイ杖をリリルカが持って騎乗中。何やら戦力の比重が凄まじく偏っているが、誰も否定しない為にそのまま採用。
その他、残った者達で組まれた連合軍は道を切り開く役割という住み分けだ。その他を含めて方針としては定まったものの、今この段階においてはジョーカー5枚、人読んで“チームぶっ壊れ”でしか共有されていない情報だ。
故に、それを関係各所に伝えなければならない。もっとも話が通じるだろう、ということで、フレイヤに対してはベルが。エルフに対してはドライアドが担当することとなった。
さっそくベルは駆け足でフレイヤの元へと赴いており、気付いた彼女は「おいで!」と言わんばかりに両手を広げて小動物を迎えるような仕草を見せている。幾らか物言いたげなアイズの視線が飛んでいるものの、妨害する気はないらしい。
「フレイヤ様、さっそくですが追加のお願いです!さきほどドライアド様とお話をしまして決まったのですが、フレイヤ・ファミリアの皆さまとエルフの人たちでチームを組んで、一緒に行動してください!」
「もちろんよ、他に何かあれば何でも言って頂戴!!貴方たち、聞いたわね?」
「「「「女神フレイヤ様のご随意のままに!!!!」」」」
「エルフとの反発は許されないわよ、心得なさい」
「「「「「ハッ!!!!」」」」」
「リヴェリア・リヨス・アールヴよ。女神フレイヤには別の者が話を通しておる。そなた等は、フレイヤ・ファミリアと合流して共に行動するように」
「承知しました、ドライアド様。聞いたなお前達。フレイヤ・ファミリアと連携して、我々エルフの責務を果たすぞ!」
「「「「「ハッ!!!!」」」」
もはや、勢いは誰にも止められない。フレイヤ・ファミリア、そしてファミリアの垣根を超えたエルフ連合軍が見せる士気の高さに、ガレスはすっかり押されてしまっている。
「……フィン。どうするんじゃ、この流れは」
「うーん……。想定を大きく上回るけれど戦力的には問題ないと思うし、僕としてはロキ・ファミリアも、今の流れに乗った方が」
「いやいや、そもそもだけどさ!?誰か納得のいく説明をしてくれよおおおおお!?」
胃痛に悩む、悲しいヘスティアの叫び声。仮に闇派閥やエニュオが目にしていたならば、恐らく共に祈願していた光景だろう。
闇派閥死すべし、慈悲は無い。これから響くであろう闇派閥の奏でる雄たけび、その前哨戦の如く、女神の甲高い声は天高く吸い込まれていった。
もしもこの勢いを真向から否定したならば、闇派閥の一員と判断されても異論するのは難しい。かと言って強行されたならば、後ほど質問の雨嵐となることも目に見えて明らかだ。
だからと言って、どうしてこうなったかと説明できる者が居るかとなれば、答えは口にするまでもなく明らかだ。だからこそ知将フィン・ディムナもまた、ここに生まれた“激流”に身を任せる最良の選択肢を選んでいる。
通称、コラテラルダメージ。今のヘスティアが置かれている状況にとって、まさにピッタリな言葉と言えるだろう。