各々が目標を一つとし、盛り上がりを見せる集いの場。ボルテージは正に最高潮であり、特にエルフ側は、ドライアドの出現によって輪をかけて顕著であった。
言っては失礼かもしれないが、エルフらしからぬ熱気である。かつてない光景を前に、エルフではない者達は、声を掛ける事すらもできないようだ。
そんなエルフの一人。普段は一般的なエルフよりも活発的で明るい少女、レフィーヤ・ウィリディス。しかし今回ばかりは場の雰囲気に押されてしまっており、最前線から少し離れた端っこで熱気を浴びていた。
「レフィーヤ、ここにいたか」
凛とした口調のイントネーションこそ似ているが、師の声とは異なる、聞きなれた声。熱気の中でも通り聞き分ける事ができた声の持ち主のことを、レフィーヤは誰よりも知っている。
「フィルヴィスさん!……と?」
やってきたのはフィルヴィス・シャリアだけではなく、横に居たもう一人の人物。緑色のフードを被っており身体をマントで覆っている姿は、オラリオでは珍しい。
雰囲気からするにエルフと判断したレフィーヤだが、誰か分からずに首を傾げた。姿を目にした冒険者の内、大半の者は疑問と共に、極僅かな者は驚愕と共に迎えることとなる。
無理もないだろう。5年前の事件が起こったのは、レフィーヤが冒険者としてオラリオに来る前の事だ。
当時オラリオに居た冒険者の記憶から消える事のない、ダンジョンで生じた
そして地上で行われた、一人の少女による復讐の数々。ギルドとしては“死亡”と扱われている存在の現状を知る僅かな者は、彼女がこうして再び公の場に戻ってきた事に驚いている。
「
「あっ。この声、豊饒の女主人にいらっしゃる!」
コクリと静かに頷く姿の面影は、先程レフィーヤが口にした“豊饒の女主人”にいるウェイトレスの面影が、ほんの僅かに伺える。一般的なエルフらしくあまり表情が動かない姿は、顔半分を覆う布マスクによって輪をかけて単一だ。
やってきたエルフ二人の視線は、自然とレフィーヤを通り越して少し後ろへと届いている。それに気づいたレフィーヤは振り向くと、邪魔をしてはいけないとばかりに一歩下がった。
歩みを進めてきたのがリヴェリア・リヨス・アールヴ、そして大精霊ドライアドならば、無理もないと捉えるべきか、当然となるべきか。何れの答えか全く気にしていない様相のリヴェリアに対し、フィルヴィスとリューが首を垂れる。
「フィルヴィス・シャリア、一つ良いだろうか」
「なんなりと」
「この人数だ。お前の長所を活かした立ち回りは難しいかもしれんが、近接領域における私とレフィーヤの護衛を頼む。期待しているぞ」
「っ……!全身全霊を尽くし、必ず成し遂げます!」
突然の激励。直後、僅かながらも口元を緩めたリヴェリアに対し、フィルヴィスは躊躇することなく片膝をついて忠義を見せた。
姫に忠誠を誓う騎士の様。数多の仮想物語において使われる王道であるものの、オラリオにおいては、そのような王道に焦がれる者は数知れず。
勿論、彼女の歴史において最高と呼べる程の戦意の高さを持ち合わせているのは言うまでもない。
なにせ、アールヴの名を持つハイエルフからの激励なのだ。一連のやり取りを目にした周囲のエルフ達は羨ましいと思う反面、フィルヴィスから溢れる覇気の強さを前にして自然と敬意を抱く程である。
一方で、そんな二人と最も距離が近い一人であるレフィーヤは、少し違う視点を持っていた。フィルヴィスが見せた行いは「まぁエルフだから仕方ない」という旨で納得している。
しかし一方で、付き合いの長さという尺度で測るならば、リヴェリアが見せた表情の変化も珍しい。他種族を排他的にこそ見ないものの、“他人”との距離感の遠さについては、リヴェリアもまたエルフ特有の距離を持っているからだ。
フィルヴィスが同胞のエルフだという点を考慮しても、沸いた疑念は拭いきれない。相手が同胞エルフとなれば初期の距離こそ縮まるが、そもそもにおいて、ほぼ初見となるフィルヴィスに対して短剣を授けるような行いを見せたことに対しても、今更ながら疑念が生まれる。
――――もしかして……ムムムッ。
パっと“答え”の一つが思い立ったレフィーヤだが、その解答こそ正解であり、単純にして明快だ。
語る必要があるだろうか、自称一般人の所業である。他人の前では絶対に口に出す事は無いが、相方への信頼度の高さは愛情と共に天元突破済み。
そんな彼が“剣を授ける”と選んだ相手なのだから、大きな間違いを犯すはずがないと核心を持って僅かに心を許している。現に、かつては
これについては僅かな誇張もされておらず、もう少し時間が経てば、異論を唱える者も居なくなるだろう。エルフからの見方を変えれば“ドライアドと世界樹の加護を持つ者が選んだ相手なのだから信頼しなければ不敬罪”となってしまうが、此方についての考えは全く無いリヴェリアであった。
タカヒロ繋がりで言えば、ベル・クラネルに対する態度も似たようなベクトルだ。此方についてはアイズの存在もあるとはいえ、他のファミリア、それも他種族に見せる反応としては破格の域に達している。
そんな信頼という名の矢印を大きさで示すならば、逆方向の大きさはマックスだ。そこに尊敬やら役立とうとする心構えなどが加わっている為に、フィルヴィスは、リヴェリアにとって例え耳が痛いような内容だろうとも、隠すことなく真実を告げる事になる。
「ところでリヴェリア様。タカヒロ様に対する誹謗の言葉が出回っているらしいのですが、ご存知でしょうか」
「なに?いや、聞いたことがないな」
フィルヴィス曰く、今回の大集合のタイミングで初めて耳にしたらしい。とはいえ、リヴェリアに伝える勇気を持つエルフなど存在しないのだ。彼女は今まで世間から避けられていた為に、情報が回らずとも仕方がないだろう。
トリガーは、リヴェリアが剣を授けた一件だ。この事実は瞬く間にオラリオのエルフ達に――――駆け巡る事は無く、まずロキ・ファミリアとヘスティア・ファミリアのエルフ達に緘口令が出され、フィルヴィスが生きていることが、ディオニュソスに対して隠し通された。
そして、解除されたのがつい先日。今までの“
誰かが口にした一言について通称を設定するならば、“さすリヴェ様”と言った所だろうか。オラリオに住まう名も知られぬエルフとはいえ、この考えを持っているエルフが多いのもまた実情だ。
ともあれ。リヴェリアとしては、フィルヴィスが言う所の“誹謗”の内容が酷く気になる。
少し前にロキ・ファミリアのホームで起こった一件が、気配りに拍車をかけているのだろう。相方としてもロキ・ファミリアの幹部としても、到底ながら放置できぬ案件だ。
「私が耳にした言葉です。リヴェリア様と並ぶには程遠く、精進も足りない、と」
「なんだと?」
「ほう?」
言葉を耳にして片眉が歪むドライアドとリヴェリアは、揃って珍しく怒りの感情を抱いている。自身に対する暴言となれば幾らか煽り耐性の高い彼女二名だが、タカヒロの事となれば話は別だ。
なお、元の文言については「リヴェリア様と並ぶには程遠い。努々、精進を怠らないことです」となる。つまり今現在においては認めてこそいないものの、横に並ぶ努力を続ければ到達できる可能性を見出しているからこその、どちらかと言えば肯定的で応援の意図を含んだ発言だ。コレにエルフだからこそ持ち得るツンツンなコーティングにて加工されると、先の一文が出来上がる。
しかしながら、伝言ゲームとは恐ろしい。いつかアポロン・ファミリア内部において行われた伝言ゲームとはベクトルが異なるとはいえ、現に“噂”として定着してしまった以上、それを書き換えるとなれば至難の業となるだろう。
「……」
いつの間にか集団の端に逃げており、冷や汗と共に、みぞおち辺りに痛みを覚える一人のエルフ。「ワタシジャアリマセン」と主張する為に、薄い黄緑色に染めた髪の毛を今すぐに伸ばして地毛の金髪に戻すか、まったくもって別の色にしたいと思ったことは、今以上にないだろう。
彼女にとっての宿敵である闇派閥の撲滅のためにと来てみれば、まさかの敵扱いされかけるという予想外の事態だ。 無論フィルヴィスだけではなく、全エルフ達は今この時も“噂”を流した犯人探しに躍起になっている。
――――攻撃者に対して電光石火の速さで反撃を浴びせるために、極めて鋭い準備状態に入ること。とある男に対して放たれた言葉に対するカウンターストライクは、どうやら時すらも超えるらしい。
とはいえカウンターストライクとは被打時に発動するスキルなので、誰が悪いかとなれば攻撃側となる。どこかの国には“口は禍の元”などという言葉があるらしいが、まさに、そのような状況だろう。
素直に相手を誉める事はめったにないツンツン具合を有するエルフだからこそ、“噂”が柔らかな方向に崩れる事などあるワケがない。彼女が最初に口にした言葉について、“応援”の意図があることを何かしらの方法で明確化していたならば、このような事態になる事はなかっただろう。
「フィルヴィス・シャリア。先の言葉は概要だろう、詳細は聞いているか?」
「はい。まずリヴェリア様より強く、頭脳明晰で容姿も申し分なく、優れた品性と度量を持ち、男らしく家事も料理もハイレベルに全てをこなし、日々の豪遊に困らぬ収入を持ち、様々な記念日を決して忘れることのない殿方でなければ話にならないとのことです」
痛みが輪をかけて、ココニイルゾーと主張する。誰に気づかれることなくやや丸くなる背中は、生まれ出る痛みと背徳感を僅かながらでも和らげる為。
どうか何事もなかったかのように早々に攻略が始まって欲しいと天に祈るリュー・リオンながらも、どうやら願い事が届くことはないらしい。まずドライアドが話を拾い、リヴェリアを巻き込んで立ち話が始まった。
「随分と欲張りじゃのう。しかし強さで語るならば、あの御仁はお主よりも上じゃろう」
「はい、ドライアド様」
「むしろ、オラリオでも最上位のような……」
なんならドライアド様よりも強いのでは。という共通の疑念が浮かんだ者達だが、各々がエルフだからこそ、流石に口にできる程の度胸は持ち合わせていないようだ。
とはいえフィルヴィスが口にした、「オラリオ最上位」という比較ならばドライアドを貶すこともない。その辺りを理解しつつも触れないように、リヴェリアは解説を続けている。
「だろうな。そして、ギルドからの提出義務がある書類作成についても難なくこなす頭脳を持っている。私よりも早く、それでいて正確な程だ。密かに、ギルドそのものから転職の勧誘が来ているぞ」
「それ程とは……。僭越な言葉となりますが、容姿についても、特に疑念を感じません」
自称一般人に対する尊敬こそあれど、恋愛感情など伺えないフィルヴィスの口調。リヴェリアと合わせて、本当に心許した相手を除いて柔らかな表情を見せる事は少ないエルフだからこそ、基本として仏頂面での会話が続いている。
「そうだな。お前も感じているだろうが、度量についても持ち合わせている。理由についてはさておき、明確な品性もあるだろう」
品性とは、“道徳的価値としての個人の性格”を指す言葉。それが
「失礼ながら、家事や料理などは?」
「部屋の清掃については浮き沈みが激しいが、どちらについても、やるとなれば人並みと言えるだろう」
「ほう、誠か?」
予想外だったのか、疑問符にて相槌を入れたドライアド。どうやら今も昔も、家事全般についての男とは“基本ぐうたら”が一般的な認識らしい。
「はい、ドライアド様。最後に所得については……フィルヴィス・シャリア。お前も、ある程度は聞いているだろう」
「その気になれば、オラリオの経済が崩壊すると、ウr……とある神より伺っております」
「ああ、その通りだ。悪気はないのだが、既に、珍しい素材の値段が幾らか下落し始めている」
「……なるほど」
具体的な例を挙げるならば、まず代表的な品物は“カドモスの表皮”だろう。たった一年で相場は2割ほども下落しており、その勢いがどこまで続くのかと、転売を目的として仕入れていた業者は、商売の神に祈りを捧げている程だ。
次点としては、やはり超深層領域の素材だろう。一年前ならば、オラリオ最大手の一つロキ・ファミリアが数週間をかけて行き来していた領域の事である。
時たまソロキャンプしていたオッタルが、幾らかの素材を持ち帰ることはあった。それでも戦闘をこなしながらという非常に大きな制約が付きまとう事から、お土産程度の物量となってしまう。
さながら産業革命で生じたブレイクスルーの規模さえも軽く凌駕し、時間と物量の両方を一気に解決してしまった自称一般人。その影響によって幾らかの素材が流れ始めており、現在のオラリオにおいて、鍛冶師業界における最も大きな話題の一つとなっている。
ともあれ。今やオラリオのエルフならば殆どが知っている“悪口”の答え合わせは終了し、皆の意見も一致している。
そして仕舞には、リヴェリアの口から「父上と母上の承諾は得ている」との爆弾発言が繰り出され、エルフ達が気にしていた最後の障害も取り払われ。これでもかと祝福の言葉を述べたのち、フィルヴィス・シャリアは、怒りと共に心境を口にした。
「話を戻しまして、名実ともに、全く問題ないではありませんか。おのれ。このような虚言の数々を流したのは、どこの有象無象だ。到底同胞とは考えられぬ卑劣な所業だが、例え同胞だろうとも、容赦できぬ」
「まったくじゃ。フィルヴィス・シャリア、根源が露呈したならば、
「心得ました、ドライアド様」
己を救ってくれた存在である上にリヴェリア・リヨス・アールヴの相方を貶され、歯ぎしりと共に怒りを示すフィルヴィス・シャリア。まだ人の身に戻っていない為か、一般の冒険者とはまた違った強い怒気が溢れている。
リヴェリアの騎士として勝手をすることは無いだろうが、それでも、どこかの誰かのように「やりすぎてしまう」事は否定できない。実力と相まって、止められる者も数少ない。
「……ど、どうして……」
なお真実は、まさに灯台下暗し。意図が異なるとはいえ、そんな噂話が広がった元凶は、意外と近くに居たりします。
僅かばかりの弁明も出来ず、背を丸めつつ手で脇腹を抑えているフードを被ったエルフなど、中々に怪しくありませんでしょうか。声を掛けたならば、きっと上ずった口調の返答が行われることだろう。
「己の言葉選びに非があったとしても、これは、やりすぎではないか」と心の中で嘆くも、「やりすぎてしまう」が口癖の己に対するカウンターに他ならない。ともかく、八方ふさがりになってしまった現状だ。
敵にとっては最大限の脅威となる一方で、味方に胃酸過多のデバフを振りまく