穢れた精霊の分身、その全6体を討伐した侵入者一行。“迷宮なんてなかった”かの如きスムーズさで合流したグループの行動を第三者が目にしたならば、攻略ではなく蹂躙と表現するはずだ。
一行は多種多様な集まりの集合体である為に、自然とそれぞれのグループの頭が存在している。彼等は「次に」と言わんばかりに地図を見下ろし、最大の目標を確認し合った。
「最後は“ニーズホッグ”、地図にも載っていない隠し部屋です!」
「となると、ベル様の出番ですね」
「はは……」
苦笑するフィンは、かつて裏で手をまわした強制ミッションを思い返す。明確な理由は聞いていないが、「ベル君ならば容易い」という、どこかの誰かが口にした感想の言葉は耳と脳裏にこびりついている。
となれば、脳裏に浮かぶ答えは一つ。今回の調査もまた、彼が活躍して解決するだろうと――――
『
「ジャガ、丸……!?」
「フィンさん、どうしました?」
知将フィン・ディムナ、想定の外から
階層に居る他のモンスターを検知できる存在、ジャガ丸。無論、そこへと辿り着く“道筋”も同様だ。ダンジョンにてアステリオスを見つけ出すことができたのも、この能力を有していたからこそに他ならない。
こうしてアッサリと、隠し扉の下へと辿り着いた一行。とはいえそこは、レンガで閉ざされた壁である。物は試しにとオッタルが攻撃してみるも、がわこそレンガだが本体は
ここからは
「やった、正解!」
「す、すげぇッス……」
数々の不安と、なぜかベル・クラネルに対する数名の心配を膨らませるかのように扉が開く。伝説に記された過去、その書物を読むように開いた先には巨大な空間が備わっていた。
広さとしては、正規のダンジョンの18階層に匹敵するかどうか。それについても驚愕に値するとはいえ、その中心の少し奥に鎮座していたデカブツが目に飛び込み――――
「黒い、竜っ!?」
「そんな……!」
アリシアとレフィーヤが、見開いた目と共に驚愕の声を口にする。それは、場に居るほぼ全ての人物を代表した表現そのもの。
しかし当然、それとは異なる感想を抱く者も存在する。アイズ・ヴァレンシュタインもその中の一人であり、知っているが故の事実を口にした。
「でも。“黒竜”じゃ、ない!」
何故、そのように言い切れるのか。そんな問いを浮かべる余裕がある者はどこにもおらず、事前の情報こそ得ていたものの、いざ絶望の情景と対峙したならば言葉を失う。
穢れた精霊の詠唱が完了しなかった事、更には詠唱開始から早急に討伐されたことにより、オラリオを消し飛ばす程の大魔法が生成されることはなかった。
しかし、穢れた精霊の分身が寄生した、このニーズホッグ――――モドキとなれば話は違う。寄生されずとも六体の大精霊と渡り合う実力を持つ存在に、輪をかけてブーストがかかっている存在だ。
未知の総力戦となった味方陣営だが、目の前のアレの未知数はそれすらをも上回る事など冒険者ならば誰しもが感じる事。穢れた精霊のざわめきを残し、場が静寂に包まれた。
そして、もう一つ。そんな空間を縦横無尽に跳ねまわってヘイトを稼ぐかのように、ベル・クラネルの言葉が通り抜ける事となる。
「まーた何か変なのがくっついてる……」
『
「ベル……」
モンスターに寄生し、花弁が開くように能力を開花させる、汚れた精霊の分身。驚愕と絶望に包まれる周囲を他所に「変なの」呼ばわりしてしまうメンタルの強さに対し、アイズは思わず名を呟いてしまった。
ジャガ丸の声についても理解はできていないが、きっとロクな事を言っていないのだろうと正解を察している。寄生されている“ニーズホッグもどき”からすれば、“ペッ”する事ができるならば実施しているだろう。
普段いかなる敵と対峙しても呑気な者が居ないからとて、そんな師の役割までを引き継ぐ必要などどこにもない。背中を追いかけている中で単に染まってしまったか否かについては、知る者は本人だけだろう。
傍から見れば、その様に見えるだろう。しかし事実は異なり、感想こそ先のような文章なれど、ベル・クラネルは、今までの経験から一つの事実を見抜いていた。
約半年前、59階層で対峙した“穢れた精霊の分身”。それが寄生していたのは、間違いなく超深層――――と思い、「あ、そこまで深くないや、60階層ぐらいかー」と、やはり呑気な考えに変わっている。
ともあれ、その時の戦闘経験を忘れるはずもない。己のスキルによるチャージこそ限界まで行ったとはいえ、それでもレベル2だった当時の自分は、相手の触手を切り落としたのだ。
それまでに行われたロキ・ファミリアの攻撃も、決定打こそなかったものの、与ダメージがゼロだったワケではない。つまるところ、“穢れた精霊の分身”が寄生したために戦闘能力は上がるかもしれないが、防御、言うなれば“硬さ”については大きく変化がないのだと見抜いている。
「あっ」
「レヴィスさん?」
そして、別のもう一人。
「思い出した、あの時の幼体か。10年程前にダンジョンの超深層で、エニュオに言われて捕まえたモノだ」
「うぉい!!」
「忘れていたのか……」
「10年も前だ、仕方ないだろう」
いつもの無表情と淡々とした声で、過去を思い出した一般人レヴィス。横にいたベートから思わず特大のツッコミが入るも、過去を掘り返したところで何かが始まることもない。
「レヴィスさん、師匠には秘密ですよ。ダンジョンを探し回って、成体になるまで育成してから討伐しかねません」
「ベル・クラネル、未来予知を行うのは止せ」
「ありえる、かも」
「
「……」
過去に意味がなければ未来を――――という考えは、絶対に間違っている。疑似父親の考えが分かってしまうベルの言葉にツッコミを入れるロキ・ファミリアの疑似母子に物言いたげな視線を飛ばすレヴィスだが、下手をすれば怪人の時のように超深層を周回させられかねない事を察して黙秘を決め込んだ。
だからと言って、目の前の存在に対して親戚や友達の子供のように「大きくなったな」と喜ぶわけにもいかず、ならば、どのように討伐するかが焦点だ。かつて大精霊が束となって掛かった存在と同族と言われるだけに、並大抵の攻撃では通じない可能性が非常に高い。
「伝記を考慮すると、打撃での有効打は希望薄。だからと言って、斬る事も難しそうですね……」
『
「ベル、アレを挽き肉にすれば良いのだろう?」
『
食べたところで美味なのか、そもそもにおいてモンスターの肉として残る事があるのだろうか。過去を遡れば、そんな肉を食していた特殊な人物も居たとはいえ、珍味か否かの真相は依然として闇の中だ。
ともあれ、こうして“緊張”の空気は和らいだ。幾らか物申したげな者こそおれど、この空気を元に戻すべきではないとツッコミに回らず口を閉ざしている。
「倒す事について間違ってはいませんが、当初の想定を超えています。ここは侮らず、黒竜と同等と捉えましょう」
「ふむ、違いない」
「ベル様。とはいえ、並大抵の攻撃では厳しいかと」
「うーん、そうなんですよね。とにかく想定以上で骨が折れそうです、となると、やはり――――」
伝記に出てくる“英雄”となれば、大抵が“規格外の一撃”を有している。それが剣技であれ純粋な魔法であれ、戦力差や戦いの優越を覆す程の一撃である点が共通だろう。
しかしベル・クラネルを筆頭に、そんな都合のいいモノを持ち合わせていなかった。純粋な力技となれば、この場においてはレベル10であるレヴィスですらニーズホッグには及ばないとの事であり、選択肢からは除外される。
魔法となればアルフィア、リヴェリアやレフィーヤの出番となるが、相手に寄生している“穢れた精霊”が厄介な存在だ。詠唱勝負で比べたならば勝機は薄く、お得意の触手を展開されようものならば攻撃が届く前に減衰してしまう。
ドライアドについても、ニーズホッグそのものが“黒いモンスター”の為に、残念ながら既に戦力外通告だ。彼女も「精霊では損傷を与えられない」程度の旨を口にしており、結論としては“物は試し”として魔法による一撃となったが、問題はやはり、誰が火力を担当するかという所だろう。
着火すべきポイントは二つ。ニーズホッグ本体と、それに寄生している穢れた精霊から湧き出てくるだろう雑魚についてを、同時に処理する必要がある。
今までのニーズホッグに関する情報を信じるならば、これはニーズホッグと“同類”であるだけで“同じ”ではない。よくよく考えれば、伝記と同じ大きさとなれば、地上の誰にも気づかれることなく運び入れる事など不可能だ。
そして現在は、誰の影響下にもないモンスター。言い換えるならば、“やせい の モンスター が とびだしてきた !”状況であり――――
「よし。行けっ、ジャガ丸!」
『ジャッガー!』
「!?」
「ジャガ丸!?」
思ってもいなかったジャガ丸の声を耳にして驚くアイズと、今は乗っていないものの騎乗者リリルカ。何やら“作品タイトルを明記してはマズい事態になる”展開となったが、この真相を知るのは神々ぐらいのモノだろう。
ともあれ、二つ考えられる着火点のうち、後者についてはジャガ丸が最適だろう。そう思うベル・クラネルだが、本当にそれでいいのかと、ふとした懸念が頭をよぎる。
穢れた精霊本体への攻撃は確定しており、オラリオにおける冒険者の魔導士を火力順にソートした際、ナンバー1-2-3を誇る大魔導士による魔法の一撃。各々が誇る特大の一撃でもって、穢れた精霊の存在を文字通り“消し飛ばす”。
シンプルにして、最も成功率が高い作戦。この戦いが語り継がれることになれば英雄禄の一端に載るだろうが、神話に登場する英雄の一撃とは、このように、大がかりなモノと相場が決まっている。
今この場における、最も強力な魔法戦闘力の集合体。逆に言えば、これでダメならば諦める外に道がない。
とはいえ言わずもがな、そう易々と魔法を放つことはできないだろう。妨害の為の反撃も予測され、それが穢れた精霊の分身から繰り出されたならば、第一級冒険者の盾職でなければ防ぐことも難しい。最も適任と思われる約一名が居ない事を嘆く冒険者も幾らか居たが、居ない者のことをアレコレ言った所で始まらない。
よしんば本体による攻撃が生じずとも、かつての59階層の時のように、イモムシなどによる妨害は予測できる。此方についても、質の高い迎撃の態勢が必要だ。
魔導士による攻撃も命中を前提とした考えであり、ならば、バックアップとなる攻撃は誰が適任か。勿論ながら、最低でもレフィーヤに匹敵する火力は必要となるだろう。
更なる理想としては、“周囲が明らかに護っている”対象となる三名の魔導士の影に隠れて準備を行える事。この条件に加え、更に奇襲と呼べる一撃を有しているとなれば対象は只一人と判断し、そして己の判断を信じたベル・クラネルは、該当する人物に素早く端的な指示を飛ばす。
「リリ!詠唱が始まったら魔杖に魔力を込め続けて!多分それ、チャージできる!」
「っ、やってみましょう!」
最初の戦闘、酔いが回る少し前にベル・クラネルが気付いたこと。そして新しい魔杖の製作に己の師が関わっている事は、事前の情報で知っていた。
ヴェルフ・クロッゾ、タカヒロ、そしてヘファイストス。この三名が関わって造り上げられた、ヘスティアからすれば“造られてしまった”、魔剣のロジックを用いた新しい魔杖。
ならば、常識的に考えて。本当の一般常識を基準としてマトモな得物に仕上がることなど、絶対に在り得ない。
それこそ、新規登録された冒険者が1年でレベル5に達する事よりも遥かに斜め上を行く“ぶっ壊れ”。最悪、リリルカの一撃で
己の師が関わるとは“そういう事”なのだと、ベル・クラネルは真髄を理解してしまう。地上への被害が生じたならば主神ヘスティアに迷惑を掛けてしまうかもしれないが、今回は心の中で詫びて目を瞑ることにした。
なお悲しいかな、今までの分は認知されていない。そして真実としてはヘファイストスのウェイトが6割ほどを占めているにも関わらずタカヒロが原因とされてしまっているが、これについてはコラテラルダメージの一部だろう。
そんな人物を誉めているのか貶しているのかベルの心境は、聞き手や受け取り手によって印象は変わるだろう。誰が悪いかとなれば、そもそもにおいて先のような結論に達してしまう“日頃の行い”を見せていた張本人だ。
そしてリリルカも、新しい魔杖の効能について全てを把握していないものの、ベルを信じ切っているからこそ疑う余地を見せる事は無い。相変わらずポーションを流し込みながらであるものの、絶対的な魔力量が少なく詠唱が不要の為に問題はない。
なお、所有者本人のリリルカがチャージ機能を知らないのも当然だ。改良型の魔杖については自称一般人とヘファイストスがヴェルフに対して入れ知恵を行っており、貶すワケではないが、ヴェルフですらも気付いていない性能の一部なのだ。
ちょっとした魔力消費でもって、通路で見せた威力となる。ならばチャージしたらどうなるかと、全員の期待がリリルカ・アーデに向けられた。
当たり前だが、魔杖から放たれるのはリリルカの魔法ではない為に、ベルやリヴェリアなどが所持することでも性能を発揮できる“装備”である。全員が「リリルカしかできない」と思い込んでしまったのは、どこかの誰かが持ち得る特出した装備の影響だろう。
とはいえ、魔杖という装備に対する練度について、最も高いのはリリルカだ。そういった意味では、やはりリリルカが扱う事が最適な回答と言えるかもしれない。
ともあれ、ここに役職は割り振られた。残るは、各々が最適な仕事を行えるよう連携して実践するだけなのだが――――
「リヴェリア、レフィーヤ。私とベルが、護るから」
「頼んだぞ、アイズ」
「お願いします、アイズさん!」
「あの、僕は?」
「アイズさんの邪魔をしないでくださいよね!!」
「ええっ……」
相変わらずベル・クラネル相手となればアタリがキツいレフィーヤはさておき、すぐさま詠唱へと入る為にベルの名を省略してしまったリヴェリア。内心では“すまない”と思いつつも、どうやら状況が許さない。
ベルの名を呼ばなかった事でアルフィアと、エルフ陣営との間で睨み合いが勃発し、ドライアドが仲介に入るという始末。無論ながら地上の避難地点では“
「んな事してみぃ!邪魔になる事ぐらい分かるやろ、それこそベル・クラネルに嫌われてまうで!!」
「っ――――!」
最後には、ロキが口にしたこの一言で決着がついたようだ。頬を膨らませつつも納得しかねる表情を消せないフレイヤだが、ロキが口にした結末など望んでいない。
そして
「アルフィアお義母さん、争ってる場合じゃないですよ!」
「そ、そうだな。すまなかった、ベル」
「少年の口にする通りじゃ。エルフの者共、己の責務を全うせい」
「申し訳ございません。一同、行うべき趣旨を見失っておりました。痛恨の極みでございます」
代表者であるリヴェリアに、それも詠唱を中断させて詫びの言葉を出させてしまった。心身ともに猛省するエルフ達が、間違いを起こす事は二度とないだろう。
アルフィアについても同様であり、可愛い可愛いベル・クラネルに言われては、借りてきた猫のように大人しい。こちらについても、二回目の騒動は無いはずだ。
ここ一番という時なれど大なり小なりグダグダとしてしまうのは、冒険者と呼ばれる彼らの“勤め”か、あるいは呪いのようなものか。それでも何とか収まりは見えており、表情を整えた冒険者達は、オラリオという街における過去最大の脅威と向き合った。