その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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本作のアイズはこの段階で既にレベル6になっています。
(原作でも耐えていましたが)ティオネの毒・酸耐性が気になる今日の頃


3話 謎の男

 時は遡り、彼がリフトでダンジョンを脱出する1時間ほど前のこと。

 

 

「だんちょ――――!!」

 

 

 褐色の少女の声が響く50階層、セーフエリア。ダンジョン内部とは思えないほどの森林や草原エリアで形成されるこの階層は、イレギュラーが発生しない限りはモンスターが湧かない安全なエリアとなっている。

 それ故に野営するには丁度いいエリアとなっており、第一級のファミリアと言って過言ではないロキ・ファミリアの面々も、この階層にある高台で深層攻略のための野営拠点を構えていた。十数個のテントと50人ほどの第一級冒険者が活動を見せる様は、さながら1つの町と言った様相を見せている。

 

 後ろから距離を詰めてきた芋虫を謎の人物に託した3名は、無事に先ほど別れたグループと合流できたのである。そちらのグループには芋虫との初遭遇の際に傷付いた仲間が一人いた程度で、今のところは応急処置も完了し回復へと向かっている様子だ。

 武器を溶かされ先ほど逃げていた褐色肌が特徴のティオナはそれを知り、感情をそのまま行動に表している。兎にも角にも全員が無事であることを、心から喜んで野営地点を駆けまわっているのが30秒ほど前からの行動である。

 

 走り回るうちに先ほど別れたグループの一人、ロキ・ファミリアの団長である小人族、身長119㎝で金色の毛髪を持ち、見た目は子供ながらもその実40歳であるフィン・ディムナを見つけて抱き着いてしまいハッとする。自身とは対照的な、どこがとは明記しないが豊満な体型である双子の姉のティオネに引っぺがされることを瞬時に理解し、実行されるのであった。

 別の団員と真面目な話をしていたフィンだが、シリアスさはどこへやら。ひっぺがされた後に投げられくるくると空中を漂うティオナを心配しつつ、今日も変わらず“重い愛”を向けてくるティオネへの対応を考えて自然と溜息が流れ出た。勇者(ブレイバー)の二つ名を持つ彼でも、重いものは重いようである。

 

 

「団長、ここは是非とも姉妹の違いを感じてください!今度は私が同じ行動を!」

「なんでそうなるかな?とりあえず、僕が溶けるから遠慮させてもらうよ……」

「えっ!?だ、団長、やっと私に」

「感情的にじゃない、物理的にだよ!ティオネ、溶解液塗れじゃないか……」

 

 

 頬を染めながら斜め上の思考を展開する彼女に牽制を入れ、身体を洗ってくるように命令する。なぜ彼女があの芋虫の酸を浴びて平気なのか、未だに彼も分からない。フィンの命令に絶対服従と言って過言ではないレベルに素直なアマゾネスの姉は、全速力で水場へと消えていくのであった。

 溜息を吐きながら背中を見送り、先程まで話をしていた人物に向き直る。シルクのような金髪を腰まで伸ばす人形のように整った容姿が特徴の少女、剣姫(けんき)の二つ名で呼ばれる"レベル6"、アイズ・ヴァレンシュタインだ。ランクアップしたてとはいえ、名実ともに第一級の冒険者である。

 

 

「えーっと、ごめん、アイズ。なんだっけ、僕達が出発した後に出たグループ?」

「うん。52階層に送った人」

「そうそう!とげとげの黒い鎧だったよ!背も高かったな~、でもそんな人って居たっけ?」

 

 

そう言われても、ティオナの感想と同じくフィンにもピンと来ていない。今回の遠征に参加しているメンバーはもちろんの事、ロキ・ファミリアのレベル2以上は全てを把握しているフィンの記憶の中に、当該人物は存在しない。

もっとも大前提として、これ程の深層において一人で行動するような命令を出すことが有り得ない。セーフゾーンと言われているこの50階層ですら、野営の見回りや離れる場合は最低でも3人での行動を厳守させている。

 

 では、誰かの命令違反か。そう考えるも、52階層はフィンですらソロでウロウロしたいとは思えない程の厳しい環境。地上の町の人口においても0.01%以内に該当するレベル6の彼ですら、そう思えるほどの領域なのだ。

 ああだ、こうだと己の中で議論が沸騰するのと連動するかのように、アイズとティオナの議論も続いている。それにつられるかのようにして、周りには既に人だかりができていた。

 

 試しに聞いてみるも、全員が「そんな人は見た事がない」の類の言葉を口にしている。元より50階層に足を運ぶ人物ならば地上でもかなりの有名であるはずだが、そんな鎧を纏う人物は誰一人として知らずにいる。

 

 

「……ってことは、“ソロ”?」

 

 

 誰かが呟いたこの一言で、場が凍る。

 

 冗談じゃない。中層、頑張って下層ならば、ソロで潜ることも在り得る。しかしここは深層と呼ばれるエリアであり、出会ったのは前人未到である階層の一歩手前。

 第一級の冒険者が数名に加え、物資を運ぶ多くのサポーターや武器防具の調子を整える鍛冶師や料理人など、それこそ数十人が群れた上で十数日を要し、運も味方してようやく到達できるエリアなのだ。

 

 よもや、そんな地獄に一人で訪れる阿呆が要るとは思えない。いや、その者が阿呆で済むならば、街唯一の最高ランクであるレベル7の猪人(ボアズ)とて50階層手前でダンジョンの餌になっているだろう。と思いきや、実は49階層までの往復を達成済みであることは公表されていない。

 つまりおおよそ、アイズとティオナ、そして緑髪のエルフが見た謎の人物。フードによって目元は隠されていたらしいが、声からするに男性であるその人物はソロで52階層に到達できる程の実力を持っていたと考えられる。そのような人物は、彼の記憶では知るところがない。

 

 

 考察に優れるフィンは、内心でそう結論づく。しかし到底、口に出すことはできなかった。

 とにかく今は、想定外となった芋虫の群れから逃げるために撤退を行うこと。幸いにも、けが人はいるが死者は出ていない。

 

 

 無事に帰れれば、また来ることができる。何よりも仲間を想う小さな団長は、探索を終える決断を出す。また、同時に親指がうずきだし、早急な撤退が必要であると直感的に察していた。

 撤退理由が親指と聞けば「何を馬鹿な」と二つ返事で返してしまいそうな内容であるが、その精度は馬鹿にできないものがある。例を挙げるならば先ほどの女性、ティオネが何かしら企んでいるときなどは高確率で反応するという、文字通り彼の生命線であり相棒なのだ。

 

 それはともかく、早急な撤退という指示が出されたために、あとは流れ作業である。その場に居たファミリアのメンバーは必要な物資だけを手早く荷物を纏め、上層へと向かって歩き出した。

 隊列は完璧であり、全員の武器が溶かされたわけではないために戦力的にも不足とは程遠い。とはいえあのまま下層へと突撃したところでジリ貧になることは明らかであり、撤退したのは最良の判断だろう。

 

 歩く彼の頭の中にあるのは、仲間の3人が見たと言う52階層における謎の男。行動からするに敵でないことは読み取れるが、外観的な特徴と性別しか分かっていないのが現状だ。

 いかんせん、情報が不足しすぎている。そこで彼は、隣を歩いていた魔法使いの女性に意見を求めた。

 

 

「……リヴェリア。さっきの話、聞いてた?」

「聞いていたも何も、私もこの目で見たからな。可能性としてはソロというのが最も高いだろう、とても信じられないことではあるが……」

 

 

 親しげに話す他の者とは違って凛々しいながらも堅苦しいトーンで答えるのは、エルフにおける王族、それも純粋なハイエルフの血を持つリヴェリア・リヨス・アールヴ。九魔姫(ナイン・ヘル)の二つ名を持ち、第一級、いやピラミッドの頂点と呼んで差し支えない最強クラスの魔法使いでもある。

 彼女も当該男性を目にした際には疑問符が芽生えたが、極彩色の芋虫に追われており徐々に差を詰められていたために選択肢としては1つしかあり得なかった。もし彼が居なければ、最後尾を走っていた彼女も何かしらのダメージを受けていた可能性がある。最悪の場合、損傷した彼女を助けるために反転したアイズとティオナを巻き込んでいただろう。

 

 

「じゃぁ、リヴェリアの視点からはどう見えた?」

「2枚の盾を左右に持ち、見た限りだが棘の多い装備だった。盾や鎧の類は重装、文字通りのフルアーマーだったが頭部はフードとちぐはぐでバックパックも未所持。到底ながら、52階層へと来れるようには思えない」

「なるほど、他には?」

「一言だけ声を発していたのだが、『了解』という声には冷静さが溢れていた。さて本当に自信があるのか、それともただの思い上がりか。どちらにせよ、今も生きているかは分からない。迎えに行くとしても、こちらもかなりの損害を被るだろう」

 

 

 流石、目の付け所が違う。声には出さないが内心で呟き、フィンは己の考えを再考する。しかし残念ながら情報が少なすぎるために、何故3人を助けたのか、そもそも誰なのかなど知りたい部分はサッパリの状況だ。

 とは言っても、3人が彼のおかげで無事に帰ることができた点も事実である。本当ならば助けに戻りたいフィンだが、あの芋虫を相手にしていては武器も人も足りないだろう。50階層も酸の海になるかもしれないと、己の直感が悪い方向に信憑性がある場合に反応する“親指”が告げている。

 

 先ほどは興味なさげに見たことを呟いたリヴェリアも、本音を言えば彼の生死を確かめたい。しかし巻き添えとなる可能性が高いファミリアのためを考え、口に出すことは無かった。

 助けられたというのに感謝もできない身分を思って、表情に力が入る。願わくば無事でいてくれと内心では思うが、行動のように、それを声を出すことはできなかった。

 

 ちなみにだが、フィンが抱いた推察は正解だ。彼等が50階層を発った直後に芋虫の群れが雪崩込み、酸の海と化している。

 追撃とばかりに50階層へ進出した芋虫型の母体ごとタカヒロに葬られるオチを見せている点については、フィンもリヴェリアも知る由はない。物語は、ダンジョンに続く地上へと移ることになる。

 




・アイテムレアリティ
 上から順に レジェンダリー、エピック、レア、マジック、コモンとなる。蛇足だがMI装備とはマジックアイテムではなく、モンスター固有品。
 レジェンダリーで揃えれば強いということもなく、(基本として)耐性が偏りコンポーネントや増強剤だけでは足りずに高難易度では即死する。そのためレア装備を混ぜて耐性を稼ぐのが一般的。

 しかしマジックとレア装備には”〇〇 アイテム名 オブ ◇◇”と言ったようなアイテム名の前後に2種類の”Affix(〇〇と オブ ◇◇)”が付属するガチャシステムが存在する。
 この付属するAffixのレア度によって、そのアイテムのレア度がマジックなのかレアなのかが決定する。下手なレジェンダリーよりも使える代物は多いが組み合わせは非常に広く、このダブルレア装備を掘るほうが圧倒的に時間がかかる。

 ちなみにだが、MI品のダブルレア(Affix種類問わず)となるとドロップ率1%程度の世界。そこから更に目的のAffixでダブルレアとなると、普通にプレイしていたらお目にかかれない逸品だ。

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