その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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アルティメットのウォードン先生に挑むエリートあがりの“乗っ取られ”。
初見の時は、本当に色々見極めないと勝てませんでした…


30話 立ち向かう

 ダンジョン9階層、正規ルートから外れた小袋にある小さな部屋。命のやり取りは変わらず、少年の防戦一方で進んでいる。

 ダンジョンの壁や床がえぐられる音は、洞窟に反射してどれがホンモノなのか分からない。少年からすれば速すぎる相手の剣は、回避するだけで精いっぱいだ。

 

 とはいえ、紙一重ながらも回避できているしハッキリと見えている。また、それも腕力の強さから来る瞬間的な速さだけ。大きいだけの相手の図体に惑わされるなと、己の心に暗示をかける。

 確かに一撃は今までのモンスターとは比較にならない程に重く、マトモに受けてしまえば即死も在り得る。しかし攻撃は単調であり、フェイントこそあれど各所に器用さは見られない。

 

 

 知っているだろう。白髪の少年は、自分にそう言い聞かせる。

 知っているだろう。目の前の赤い毛を持つミノタウロスなど、比較にならない程の一撃と狡猾さを。

 知っているだろう。青年に見えた自分の憧れを、教わった格上に対する戦い方を。

 

 

 妄想で終わるつもりもない。虚栄心で口に出しているわけでもない。少年は、そうなるためにここに来た。

 今は未だ願いであり憧れ、そして見果てぬ遠い夢であることは変わりない。それでもベル・クラネルは、絶対にソレを叶えたい。

 

 

――――今はまだ、漠然とした目標だけれど。僕は、英雄に成りたいんだ。

 

 

 “アルゴノゥト”と呼ばれる1つの御伽話がある。英雄に成りたいと切願する青年が、牛人の怪物によって迷宮へと連れ去られたお姫様を迎えに行く、言ってしまえば“よくあるパターン”の英雄記。できすぎた、大人ならば結末がうっすらと分かってしまう物語。

 騙され、利用され、時には蔑ろにされることもある物語。それでも青年はお姫様を助けるために、プライドを捨てて知人の知恵を借り、精霊から武器を授かり。結果としてなし崩し的に目的を果たす、滑稽な青年の物語。

 

 初めにソレを読んだのはいつの時だったか。もう思い出せないぐらい昔の話になるが、大半の内容はハッキリと思い出せる。

 それほどまでに、少年は物語の青年に憧れた。自分もそうありたいと、羊皮紙に穴が開くほど読み返した。だから、素人に毛の生えた程度ながらも剣を学び、迷宮都市と名高いオラリオへとやってきた。

 

 

 冒険者になって数日後。在り方は書物と違えど、そこで絵本の英雄と出会った。

 

 

 いかなるモンスターの数を相手にしても決して怯むことのない勇敢さ、多数の攻撃を受けても揺るぐことのない堅牢さ。その場において、守るべき少年に傷1つ負わせることなく守り切る立ち回り。

 それでいて、原理は不明ながらもドラゴンの一撃を平然と耐え、逆に一撃で葬る豪快さ。レベル1なれど手数だけは自信のある少年だが、その攻撃の全てを重量級の盾で捌き切る狡猾さ。

 

 武器や戦闘スタイルは違えど、まさに少年が夢見た英雄が具現化したと言って過言ではない。ひょんなことから同じファミリアとなったタカヒロという青年に、少年は自分の夢を確かに見た。

 夢に向かって走るために、強くなりたいという感情が沸き上がる。彼のように強くなれればと、英雄を望む心が騒ぎ立つ。

 

 

 レベル1である己に力はないことなど、言われるまでもなく分かっている。しかし力は無いが、通じるものは貰っている。

 師が授けてくれた格上に立ち向かうための小手先の技術と、まだ数日だが相手をしてくれた、焦がれた少女に対して試せた実績。そして主神がプレゼントしてくれた、尊敬する鍛冶師が作ってくれた至高の逸品(ナイフ)が勇気をくれる。

 

 対して己が示せるのは、心意気と姿だけ。男として、これ程のモノを貰っておきながら、誰かに助けてもらったり逃げ帰ることはしたくない。

 

 師のような存在に成るために、冒険をしよう。危険だけれど道は有る、今は立ち向かう場だ。

 いつか酒場で罵られた時の感情が頭を巡り、青年の言葉と共に思い出し、悔しさを跳ね返すために力が漲る。英雄と呼ばれる存在になるための前提条件へと辿り着くために、少年が持つ戦う理由のスイッチが切り替わった。

 

 

「なにっ!?」

 

 

 驚きの声を上げたのは、つい先程辿り着いた観客の誰だろうか。かつて、少年を罵った者かもしれない。その言葉が出た時を皮切りに、防戦一方だった少年の戦い方は変革する。

 

――――攻撃の防ぎ方には二種類ある。いまベル君がやったように真正面から止めるのと、相手の力を受け流す方法だ。

 

 師の言葉を、地獄と感じた鍛錬の工程を思い出す。ロキ・ファミリアの仲間を逃がすことに集中してしまい、ミノタウロス程の強者に背を向けてしまった、先ほどの自分をぶん殴りたい気分だ。

 

 真正面からミノタウロスの剣を受ければ、先ほどの引率者や自分のように、弾き飛ばされ足場を失う。ならばと少年は、相手が突き出してくる石の剣に対して短剣の刃を当てて滑らせる。

 相手の剣先は自身のすぐ横を抜けていくが、髪の毛が数本ほど持って行かれた程度でダメージは入らない。逆にガラ空きとなった相手の右わき腹に対し、少年は真横方向から短剣を突きつける。

 

 身体が回転する初動の力を利用した“兎牙(ぴょんげ)”による突きの一撃。腕力に乏しい少年が体重と遠心力を利用できる、全くの理想形だ。これがレベル2の冒険者ならば、有効打と言って良い一撃であることに揺るぎは無い。

 しかし、僅かに刃先1㎝程しか通らない。ミノタウロスの筋肉には初級冒険者が着る鎧ほどの防御力があり、少年の筋力、ましてやレベル1が持てる武器と力では太刀打ちできないほどの硬さなのだ。

 

――――防御力が絶対と言うつもりはないが、いかなる手数、いかに強靭な攻撃も、通じない相手には隙となる。

 

 とはいえ、マトモに打ちあったところで太刀打ちできないことは一戦交えて把握しており、そこから生まれる事実は師にも学んだ内容だ。ならば必要なのはと考えると、鍛錬で学んだ内容が当てはまる。

 あの時の訓練は、まさに今日の為だったのか。そう考えると武者震いで自然と口元が歪んでしまう程、遥か先を歩く師と行った鍛錬が生きてくる。ミノタウロスの腰部分を蹴り飛ばし、ベルは再び距離を確保する。

 

 その時に学んだ対策は何だったかと、記憶を辿る。忘れることのないソレはすぐさま掘り起こされ、実行するために策を練る。

 右手にある黒いナイフは最初からミノタウロスも警戒している仕草を見せており、故に通常の攻撃では逆に隙を作ってしまう事になるだろう。迂闊には使えないが、それは逆転の一撃でもある。

 

 

 故に、敵にあるかもしれない、僅かな綻びを見逃さぬよう広く見る。先ほど引率者が叩き折った角、古傷に見える毟れた体毛。

 見てくれはダメージを負っている部分だが、いや違う。ここではないと目を細め、一点だけに意識を向ける。

 

 最終的に狙うは魔石。突破口は、先ほど一撃を入れた右の脇腹。人間で言えば紙で手を切った程のものであり、ダメージ量としては誤差程度。

 

 しかし確実に、ミノタウロスという鉄壁に出来た綻びだ。英雄ならばどこに攻撃を当てようとも一撃で吹き飛ばせるが、格下の自分が通じるならばソコしかない。

 向かって左から放たれる相手の大振りを右に受け流し、左サイドへ向かって地面を蹴り。文字通りの相手の懐に飛び込んで綻びに手を向けた少年は、反撃のための狼煙を上げた。

 

 

「ファイアボルト!!」

『ヴモオオオオオ!?』

「そんな、無詠唱魔法!?」

「しかし、軽いか」

「でも上手い、相手の傷口に魔法を当てている!受け流しだって完璧だ!」

 

 

 詠唱を省略した速攻魔法に驚愕するレフィーヤの横で、思わず唸る。そんな反応を見せる人物はレベル6であり、オラリオでも第一級とされる冒険者。そして、ロキ・ファミリアの団長である。

 単に立ち向かう姿を見せているだけではない。それほどの者が見入ってしまう、中身の濃い攻防だ。己の一撃一撃に重さがないことを理解したうえで相手に通じる方法の最適解を見出す戦い方は、到底ながらレベル1とは思えない内容となっている。

 

 目を離せない、視線を切れない。絶対的な身体能力こそ低けれど、一流の戦士が行う戦いに手を出すなど以ての外だ。

 明らかな格上が相手だというのに、その戦いに危うさは見られない。もう見向きもしなくなった上層で行われている目の前の戦いが、かつてないほどに、無性に戦う心を湧き立たせる。

 

 

「……ベート、見ているよね。あの少年は、はたして本当に弱いだろうか?」

「っ……」

 

 

 かつて己の口から出た言葉だけは、否定できない。“そうならないため”に吐きつけた言葉を撤回すれば、目の前の少年はまた危険を冒すことになるだろう。

 しかし、目にして居る光景は現実だ。ミノタウロスの強化種が9階層で発生したイレギュラーなど容易に吹き飛んでしまうぐらいの、イレギュラー。

 

 よもや、レベル1。更には一月前に通常のミノタウロスを相手に手が出なかった駆け出しがここまで魅せるなど、実のところ事情を知っている数名を除いて一体だれが予想したことだろう。

 

 

 比較的大きなダメージを負ったミノタウロスは、再び傷口への一撃を警戒する。知能は無いモンスターとはいえ牛の戦士、戦闘本能の高さは注意すべきものがある。

 ファイアボルトで顔を狙う少年だが、それは撹乱であり、わき腹を狙おうとする動きは読まれている。黒いナイフに対する警戒は未だに緩んでおらず、ミノタウロス自身の攻撃頻度は落ちたものの、相手から放たれる一撃に対する注意は万全だ。故にベルは無暗に踏み込むことをせず、相手が隙を見せるタイミングを待っている。

 

 闘牛の一撃が縦に振るわれ、見切った少年は身体を一歩ずらして最小限の動きで回避した。地面と少年の後ろにある岩が砕け散る破片となって周囲に飛び散り、人間に対して自由な行動を許さない。

 こうなると、比較的有利なのはミノタウロスだ。ベルにとっては邪魔になる程の破片でも、モンスターからすれば霧雨程度の障害である。それほどまでに、耐久と突破力の差は圧倒的だ。

 

 

 しかしそれが仇となる、視界が悪化するのは双方同じだ。そうなることを狙っていた少年は誰も気づかぬうちに、警戒の薄まった黒いナイフを“左手”に持ち替えていた。微量のマインドを流し込んで攻撃力が底上げされた一撃は、突きならばミノタウロスの“薄い”装甲をも貫通する。

 だらりと右肘から先が変な方向に垂れ下がり、大剣が零れ落ち、右手に力が入らないことにミノタウロスが気づいたのは、数秒先のことである。

 

 

「馬鹿なっ!?レベル1がミノタウロスの装甲を」

「よく見てベート、肘の内側」

「わざとかどうか分からないけど、完全に切り落とさないことでかえって邪魔になるように狙っているのかな。力が抜ける瞬間を狙って突きを入れ、完全に切り落とさずに筋だけを狙って断ち切った。本当にすごい、鳥肌が止まらないよ」

「恐らくだが狙ってやっているぞ、フィン」

「……なんでそう言えるの、リヴェリア」

「……」

 

 

 しまった。と言わんばかりに、リヴェリアは視線を逸らす。どうやら何かしらの事情を知っているリヴェリアとアイズは、“そこ”を狙ったことに気づいたのだろう。他と比べて、驚き様は非常に小さい。

 少年が狙った場所は、最も筋肉の少ない肘の部分。刃の入り方もさることながら、腕を伸ばしきった直後に畳むタイミング、力が抜ける瞬間を狙っている。

 

 ミノタウロスは筋肉こそ確かに断ちにくいが、そもそもが薄い部分となる肘や膝と言った稼働部分ならば話は別だ。兎牙の一撃で示した通り、突きならば、一流の武器と技術があればレベル1でも綻び程度は与えられる。

 左手からの一撃は、傷口付近でなければ大した攻撃には成り得ない。本能からそのように判断していたミノタウロスは、一撃に対して全くの無警戒だった。

 

 自身の右腕に対して致命的な一撃を入れた少年に、闘牛が怒り狂うこととなる。傍から見れば己の油断が原因なのだが、考える頭が無いために仕方ない。

 

 

「あれは――――」

「正念場、だな」

 

 

 距離を取った少年に対して猛牛がクラウチングスタートの態勢を取り、構える。追い詰められた時にミノタウロスが見せる、独特の構えだ。

 敵が見せる構えは知らない。しかし放たれるのは突進術、それぐらいはベルにもわかる。それでも、突進に対する立ち回りは青年との鍛錬には無かった内容だ。

 

 当然、だからと言って臆することは無い。攻撃者の動きや構えから情報を得ようと、少年は相手を広く見る。

 カタパルトのように飛び出す闘牛、予想できる衝突までは僅か2秒。間近に迫る少年に対し、闘牛は咆哮にて戦意を刈り取ろうと吠えあがる。強制停止(リストレイト)と呼ばれるものであり、レベル2の冒険者ですら、戦意を削がれる咆哮だ。

 

 

 しかし温い。その程度、鍛錬において師が見せたことのある、全身の血を凍らせ戦意を根こそぎ圧し折るような本物の咆哮(ウォークライ)には程遠い。

 故にベル・クラネルには通用せず、広い観察眼に対して弱点を晒している。怯ませようとする目的とは裏腹に、突破口への鍵となった。

 

 

「ファイアボルト!!」

 

 

 雄叫びをあげた、その口に。威力は低けれど無詠唱故の速攻さを活かし、己が唯一使える攻撃魔法を横飛びで叩き込む。続けざまに傷口が露呈している右肘部分にもファイアボルトを打ち込み、相手の突進力を奪い去る。

 相変わらず与ダメージとしては低いものの、意表を突いた装甲の薄い部分への一撃は突撃を鈍らせるには十分だ。闘牛の足は勢いを失い、爆発の煙が立ち込める中で地面に降り立った少年は、綻びがガラ空きになっていることを見逃さない。

 

 身体の回転を利用しつつ真後ろから密着して、漆黒のヘスティア・ナイフを右脇腹の綻びに突き立てる。刃先の8割ほどが刺さっただろう、手に伝わる感触としても同等だ。

 もちろん、有効打ではあるが致命傷には届かない。しかしこの状態は勝利への通過点であり、少年は、唯一使える魔法の名前を止めはしない。

 

 

「ファイアボルト!ファイアボルト!!」

 

 

 ナイフが刺さった傷口に、刃先から打ち込むよう、連打、連撃。威力は足らないが選択は正解だ、現時点でベル・クラネルが持つ有効打はそれしかない。

 互いに密着した状態だ、純粋な力比べとなれば分が悪い。最も腕の力が入りづらい場所に、振るわれる腕の影響がない立ち位置からナイフを突き立てている故に、今は未だ相手の力を抑えられている。次また暴れられ、ヘスティア・ナイフを手放そうものならベル・クラネルに勝機は無い。

 

 

 しかし、杞憂である。

 

 

 持ち得る技の威力は全てにおいて低いながらも、それが通じるように仕立て上げた。レベル1の駆け出しであることは自覚している。それでも己の師に習った戦闘技術を全て使って立ち向かい、確実に攻撃を回避し綻びを与えてきた。

 相手の攻撃を受け流し、断ちにくい筋肉に対し突き立て、舞い散る破片を利用して右肘を狙って無効化し、防御力が高い相手に対し身体の中で魔法を爆発させ。連続して打ち込んだ、最大威力のファイアボルトは計6発。そこまでやったからには、もたらされる勝利は少年にあって当然だ。

 

 体内の魔石が穿たれ、ミノタウロスの身体が灰へと変わる。カランと音を立てて地に落ちた赤色の角を残し、勝敗は決した。

 

 少年が音のした方向へと振り返れば、そこに居たのはロキ・ファミリアの幹部達である。そして己が逃がしたパーティーリーダーも同じファミリアだと思い返し、考えるよりも先に口が開いた。

 

 

「フィンさん!あの人は、リーダーは……!?」

「君のおかげで無事だよ。今、病棟で治療を受けているはずだ」

「そうですか、よかっ――――」

 

 

 ゼンマイ仕掛けが切れたように、膝をついてバタリと倒れ込む。全身から嫌な汗が吹き出し息は荒くなり、下を向いて居るのがやっとの状態だ。

 酸欠に似た症状で、身体はとにかく安息を求めている。そこに最初に受けた物理的なダメージによる痛みも混じり、体調は最悪と言って過言ではない。

 

 マインド・ゼロ、その一歩手前。

 

 マインド・ゼロとは精神力を消耗する魔法を使いすぎたために起こる、気絶のような状態だ。鍛錬においてはマインドダウン寸前の状態も経験してきた少年だが、今回は最後の最後で力尽きかけた格好である。

 物理的な痛みとはまた違った痛みに耐えようとするも、症状はすぐには収まらない。フィンが差し出したマインド回復用のポーションをようやく一口飲み込むことができ、症状は少しだが落ち着いた。

 

 

「レフィーヤ、ミノタウロスの脅威は去ったと直ちにギルドに連絡してくれ。僕達は、彼が落ち着いたら地上に戻る」

「わ、わかりました!」

 

 

 山吹色の髪を持つ少女が、地上へと駆けてゆく。その後ろ姿を見守りながら、全員が視線をベルに戻した。

 

 目の前で偉業を達成され、到底ながらレベル1とは思えない狡猾さを披露され、興奮が収まらない。かつて自分達も通ったはずである冒険者としての道を思い返し、少年が持ち得る志の高さを見せつけられ、全力で戦いたいという気持ちが焚きつけられる。

 上級~第一級冒険者となったものの、この少年のような偉業を駆け出しの頃に達したことがあるだろうか。答えは分かり切っており、なぜこの道を進んだのが自分ではないのかと心内で嘆きながらも、息を荒げる小さな姿から目を逸らせない。

 

 各々で程度は違えど、冒険者ならば「そう有りたい」と夢見た戦い。物語に出てくるような、問答無用で周囲の視線を引き付ける、その戦い。見向きもしなくなった駆け出しの冒険者が持つ背中に、目標の1つが確かに在る。

 白髪・赤目のレベル1の少年がミノタウロスの強化種を倒したことなど、誰に言っても信じないだろう。だとしても、立ち向かう一流の戦士の姿を見た第一級の冒険者達は、今日の姿と戦いを決して忘れない。

 

 

 もっとも、周囲にそんな影響を与えているとは夢にも思っていない当事者の駆け出し冒険者。症状もだいぶ落ち着いて残りのポーションを飲み干し、あと1分もあれば自力で立ち上がることができるまでに回復した。

 

 

「……頑張ったね、ベル」

「……はい。こんなんになっちゃって、カッコ悪いですけれど」

 

 

 隣に腰かけ目線を合わせ優しく声をかける黄金の少女に、少年は苦笑して声を返す。疲労からか、彼女の薄笑みに見惚れている余裕がないのは仕方のない事だろう。

 

 

「ベル・クラネル。ロキ・ファミリアの団長として、仲間のために立ち向かってくれたことを心から感謝する」

「いえ……こちらこそ、ポーションをありがとうございます」

 

 

 その会話の直後、ガチャリと響く鎧の音と共に彼の師が現れる。姿を見せてベルの安全を確認する一方で開口一番「迷った」と口にする呑気な姿に、一応ながら講師であるリヴェリアは呆れた表情を見せているが、その反応も当然だ。

 

 

 しかし、纏う雰囲気がいつもと違う。かつての鍛錬で感じた、絶対に勝てないと痛い程に感じる戦士の気配が、ほんのりと微かに残っている。

 そう感じた少年は己の師がどこかで戦いを繰り広げていたのかと考えるも、口には出さない。本人が適当なことを言って誤魔化しているために、それを無下にしないよう喉元に仕舞うのだった。

 


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