その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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33話 鍛冶の神

「失礼する。神ヘファイストス、急な依頼にも関わらず時間を作って貰い感謝する」

「エンチャント鑑定の件でお世話になっているからね、これぐらい気にしないで。丁度、時間もあったし大丈夫よ。ヘスティアから話は聞いてるわよ、防具を作って欲しいんですって?」

 

 

 ベルとミノタウロスの一件があった翌日の早朝、ヘファイストス・ファミリアが開店を迎えた時間。ヘスティアにアポイントを取ってもらったタカヒロは、鍛冶を司る神であるヘファイストスの下へと訪れていた。ヘスティアにお願いしたのは先日の昼時なのだが、感謝と共にまさかの即日対応で内心で驚いている。

 ヘファイストスは顔の右側の大半を覆う眼帯を装着している特徴的な人物であり、口調や声質、体型の全てがスレンダーな女性を彷彿とさせている。実際に身長も高くスレンダー体型であり、流石は神と言った美貌を備えている有名人だ。

 

 青年は部屋の入り口から少しだけ入った位置に立っており、彼女の方を向いて返事をしている。その目はかつてのエンチャント鑑定の時とは比べ物にならない程に真剣であり、まさに戦士の様相。つられて、ヘファイストスの気も締まるというものだ。

 執務机の上にあった書類を纏めてトントンと揃えた彼女は、前にあるテーブルの両サイドにあるソファへ座るよう手で促す。パックながらもお茶が出され、二人は一度、口を付けた。

 

 

「用件を再確認するわ。ヘスティアから概要を聞いた限りだけど、彼女の役割はただの紹介。ローンの支払いを持つのは貴方で、貴方のための防具を私に打って欲しいということで間違いはないかしら」

「ああ、その通りだ。自分が望んでいるモノを打てる卓越した技術と才能を持ち合わせているとすれば、鍛冶と炎を司る神、ヘファイストス以外に在り得ないと考える」

 

 

 真剣な表情からの突然のべた褒めに対して目を開いて視線を背け、彼女は少しだけ頬を染めて照れ隠しをすることとなる。人差し指で横髪をクリクリとしている点は可愛らしいが、青年の表情や視線は微塵も変わっておらず彼女を見据えており、どこ吹く風と言ったところだ。

 彼女はコホンと咳払いし、話を戻すために相手を見る。ついでに魂を見てみるも、嘘、すなわち建前を口にしているわけではないようだ。となれば猶更の事、どうにもすぐには戻れそうにないために、とりあえず相手に責任を押し付ける。

 

 

「……貴方、思ったことを口にする前に考えた方が良いわよ」

「それは失礼、しかし事実だと思っている」

 

 

 表情1つ変わらず、どうやら忠告も聞きそうにない対応だ。その言葉で先の台詞を思い返してしまい、彼女は再び咳払いする。

 とはいえ、彼が戦いのプロフェッショナルであるように、彼女もまた鍛冶におけるプロフェッショナル。己の得物を望む者が目の前に居るのだから、自然と覇気が戻るというものだ。

 

 どんな防具を希望しているのかと聞けば、青年はガントレットと返している。伝わるかどうかという点も含まれていたが彼女もガントレットは知っており、相談をしてきた眷属を相手に何度か作り方を説明したこともある。

 青年が言うには今現在において使っているガントレットは鍛冶師でない己が作った自作品であり、ベースの性能に不満を感じているということだ。軽く溜息をついている辺り、そのガントレットについて悩んだ過去があるのだろうとヘファイストスは捉えている。

 

 

「参考になる物……例えば、今まで使っていた物とかを見せてもらうことはできるかしら」

「ああ、持ってきている」

 

 

 その言葉で、タカヒロはインベントリから1つのガントレットを取り出している。バックパック要らずの光景に「スキルのようなものだ」と呑気に説明する彼は嘘をついていないため、ヘファイストスも追及することを止めている。

 

 しかし追及を止めた原因は、突如として出てきた点ではなく、ガントレットそのものが原因だ。予想外にもほどがある一品を目にして、彼女は思わず立ち上がって目を見開き、その防具を間近で覗き込んでいる。

 

 自作と聞いて鍛冶師としては嬉しく思い、どんなガラクタが出てこようが「鍛冶師じゃないのにやるじゃない!」とでも口にして褒め返そうと思っていたヘファイストスだが御覧の通り。そのまま売りに出すとしてもヘファイストス・ファミリアで一番のショーケースに突っ込んで事足りない領域に相当する品が出てきたために、内心で冷や汗を覚えている。

 これで素人が作った出来損ないなどと、他の鍛冶師が目にしたらやる気を削ぐどころか心が折れる者が多数現れることになるだろう。二つのAffixの内容までは分からないヘファイストスだが、青年が取り出したレア等級のガントレットは、まさに国宝級の逸品と呼べる領域に片足を踏み入れている。

 

 

「……何よ、これ。貴方、本当に鍛冶師じゃないの?」

「エンチャントこそ厳選したが、ベースは所詮、出来損ないだ。ローンになるだろうが対価は払う。これを超えるものを、作って欲しい」

 

 

 ストーンハイド・プレイグガード グリップ・オブ ブレイズ。様々な耐性を向上させたうえで報復ダメージ、報復ダメージ倍率、カウンターストライクのレベルを3つ上昇させる効果の付いたガントレットだ。

 しかしながら彼が言った通りAffixを除けば微妙なアイテムであり、今の環境においてはAffixで得られる耐性も過剰な数値となっている。故に悪い言い方をすれば“無駄”であり、見直す余地がある個所となっているのだ。

 

 神々と戦うために火力と引き換えに多くの耐性を積んでいる彼だが、厳密に言うならば、もう少し低くても支障は無い。ノーマル環境な現在においては合計375%の耐性が過剰となっているために、ここを削ることで他のAffixを付属させることができ、結果として更に強くなれる余力が生まれているのだ。

 もっとも装備の変更によって発生する影響は耐性だけではなく全体に及ぶため、それは出来上がったパズルを一度崩すのと同じこと。新しいパズルのピース、新装備が如何程かが分からなければ、新たなパズルの組み立てが始まらないこともまた事実である。

 

 弟子と同じくヴェルフの武具は気に入っている彼だが、申し訳ないと思いながらも、現状では望みの性能には届かないだろうとも判断している。故に、その道の頂点が居る門を叩いたというわけだ。

 

 神話級のレジェンダリーに匹敵する逸品。もしくはレア程度に留まるかもしれないが、未知のAffixによって生まれるかもしれない、高みへの突破口。

 それが先日、40秒ほど遅刻してしまうまで悩んだ問答で出した彼の答えだ。出来上がるかどうかは未知数ながらも、可能性があるならば試す他に道はない。

 

 

 一方のヘファイストスも、かつてない難易度の依頼であることをまざまざと感じ取って気合が入る。金銭面はさておくとして、ミスリルを筆頭に、素材の全てを超一流で揃えなければ始まりにも届かないことはハッキリと分かっていた。

 彼女としては、「やってやろうじゃない!」と口にして応えたい心境である。これ程のモノを作れてなお、先の言葉を掛けてくれた青年の期待に応えようと、かつてないほどのやる気が漲っている状況だ。

 

 とは言っても、どのようなガントレットにするかは要相談となる。そこで彼女は話を進め、どのような仕上がりにするかをヒヤリングすることとした。

 

 

「……で、希望するガントレットの詳細は何かしら。あんまりアレもコレもっていうのは無理だけれど、凡そは啄めると思うわ。具体的なものじゃなくても構わないわよ、言ってみて」

「基本としてはヘビーアーマー。夜空に浮かぶ星々から得られる力を意識して作ってみて欲しい。また、大地の如き硬さ、報復の心も必要だ」

 

 

 予想外の返答であった。もっと緻密で具体的なものかと思えば拍子抜けする程に抽象的であり、仏頂面から放たれる予想外の言葉に、ヘファイストスは可愛らしく首を傾げている。

 

 

「……見かけによらず、ロマンチスト?」

「理想の装備を追い求めるという意味では、そうかもしれん。言い方を変えるなら“至高の装備”の追求、どこかで聞いた台詞だろ?」

 

 

 どこもなにも、バベルの塔一階にある案内図に記載されているヘファイストス・ファミリアのキャッチコピーである。苦笑したヘファイストスは「そうだったわね」と呟き、瞳に力を入れて彼を見返した。

 抽象的ながらも相手が要望するイメージは掴めているために、彼女は試行錯誤をしながらチャレンジすることを決定した。どのような形となって現れるかはまだ彼女にも分からないものの、やる気の方はストップ高となっている。

 

 しかし気合いとは裏腹に、素材の方は全くもって足りていない。希少な金属はいくらかのストックがあるものの、先ほどのガントレットを超えるものとなれば最低でも、滅多に出回らない50階層以降のドロップアイテムがいくつも必要となるのだ。

 その説明に対し、返されたのは「何なりと言ってくれ」という一言だけ。あまりにもあっさりと返される返事に、ヘファイストスは表情をしかめることとなった。

 

 

「……聞いてたかしら。深層、それも50階層よ?本気なの?」

「無論だ」

 

 

 彼女はちらりと魂を見るも、本気である事に嘘は無いようである。近所に散歩しに行く程度では済まない深層と言う場所であることは間違いない。

 最低でも、どのようなモンスターか程度は知っているということだろう。そこでヘファイストスは、要求されるドロップアイテムを持つモンスターについて、質問を飛ばすことにする。モンスターの特徴などを答えるように口にして、問題を出した。

 

 

「ヴァルガング・ドラゴンの鱗」

「58階層に生息する、全長10メートルで二足歩行のドラゴン。52階層までを狙う火炎の砲撃を放つ。鱗ではなく爪をドロップする場合もある」

「……デフォルミス・スパイダーの糸」

「51階層に生息し、赤と紫が混色した巨大蜘蛛。八本の脚が特徴で、複眼を持つ。吐き出す糸による移動速度低下・拘束に要注意」

「ヴェノム・スコーピオンの針」

「巨大なサソリ、生息域は52階層。大きなハサミによる攻撃と尾にある針の毒に注意――――って、得物はガントレットだというのに関係があるのか?」

「無いわ」

「……」

 

 

 問いの3つともが正解であり、それぞれ一瞬の間をおいてすぐに答えが返ってきた。知識については単なる出まかせでないことが証明され、ヘファイストスも口をつぐむ。

 

 タカヒロとしては実のところ、これらはリヴェリアの講義で学んだ内容であり、スパイダーについては以前に屠ったことがあるので外観程度は知ってもいた内容だ。もっとも、その際には装備の直ドロップしか見ていないため、ドロップアイテムがあったかまでは覚えていない。

 正直なところ何をどれだけ依頼されても薙ぎ倒して確保する気でいた彼だが、ここにきてまで彼女の講義が役立つのかと内心でほくそ笑む。知恵ではないためにひけらかす程度にしか使えないが、役に立ったのは事実であった。

 

 

 ともあれ、作成に必要な2つの素材は把握できた。もっとも、ここまでのレベルの装備となるとヘファイストスも地上では経験が無いらしく、彼女と言えど必ず作れる保証が無いらしい。その点については、青年も承知した旨の返答を返している。

 ヘファイストスも必要な金属の追加発注をかけるとのことで、頭金は1000万ヴァリスで仮契約と相成った。契約価格は現物次第で青天井、かつ最低でも4000万ヴァリスになるであろう高額なガントレットに浮かれつつ期待を込めて、青年は別の場所へと足を運んでいる。

 

 そちらでの大事な用事も終わり、時刻は夕飯時を過ぎている。もっとも今朝の段階で、遅れるかもしれないことをヘスティアに連絡は入れていたため、帰りが遅くなる点については問題ないだろう。

 目先の目的は、50~58階層でのドロップアイテム収集。「とりあえず日帰りで狩ってくるとして、納品までは数日は空けた方が良いか」そんな呑気な考えを浮かべている程の気楽さを、星々が笑うように見つめていた。




既存装備:ストーンハイド・プレイグガード グリップ・オブ ブレイズ
レアリティ:レア
装甲値:1061
+550 ヘルス
+22% エレメンタル耐性
+26% 刺突耐性
+40% 毒酸耐性
+50% 出血耐性
+ 3% 攻撃速度
+ 3% 物理耐性
25% 中毒時間短縮
+13% 装甲強化
+214-280 物理報復
+42% 全報復ダメージ
+3 カウンターストライク

備考:スキルを除く上昇数値は付与される(上限+下限)÷2。物理報復ダメ―ジは、その数値の最低ダメージ-最高ダメージです。ヒット毎に当該範囲において変わる感じですね。

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