その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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35話 保護者会

「……まったく、夢にまで出てくるとはな。ロキの奴め、どれだけ酒に執着する気だ」

 

 

 日の出直前の時間から出かける用意をしながら、思わず部屋で独り言つ。羽織ったローブに緑色のシルクのような髪の毛をサラリと流し杖を持つと、彼女は黄金の少女と共に、人知れず黄昏の館を抜け出した。

 独り言が出た理由は呟いた言葉の通りであり、財政難に直面しているための財政切り詰めの政策に、主神ならぬ主犯ロキが相変らず猛反発して食い下がったのが原因だ。相手もこちらも具体的な数値は示せていないものの、もちろんリヴェリアは猛反発を見せており、結局は最後の最後にロキを言いくるめる始末である。

 

 一夜過ぎたとはいえ、おかげさまでいくらか機嫌が宜しくない。もっともそれを周囲に振り撒くことはしないのだが、だからと言って機嫌が良くなるかと言われれば答えは否だ。

 そして今日はアイズによる指導の見学という事で不安要素は一入に強いものがある。彼女が行う手加減が手加減になっていないことが多いという事実は、リヴェリアが最も知っていると言えるだろう。

 

 

「ふごっふ!?」

「あっ」

 

 

 場所は、オラリオ北区に並ぶ防壁の上。顔を出し切った朝日が見守る中、少年と少女が刃を交える。なお、少女の方は木刀だ。

 しかしレベルアップした翌日に、案の定、相変わらずこの惨状。「ランクアップおめでとう!」を伝えることができて機嫌を良くし、故に力加減を盛大に間違えた彼女の一撃で、少年は空中浮遊を満喫していた。

 

 

 ところでなぜ、リヴェリアがアイズとベルの鍛錬のことを知っているのか。

 

 それは他ならぬアイズ自身が原因であり、初回鍛錬時にベルが見せたレベル1とは程遠い技術に機嫌を良くし、一方で加減を忘れかけ、少年をボッコボコのズッタズタにしてしまったことで罪悪感に蝕まれ、黄昏の館においてダークサイドに堕ちていたことが要因だ。ストーカー……もとい、良き理解者であるレフィーヤですら、近づくことを躊躇するレベルである。

 そんなこんなのために母親役であるリヴェリアの下へと出動要請が舞い込むこととなり、二人きりの空間で色々と問い詰めていったところ原因がポロっと口からこぼれたというわけだ。ミノタウロスの際にあまり驚かず、右腕を切り落とさなかったことに対し意見を出したのは、そもそもベルの実力を知っていた為に他ならない。

 

 もちろんロキ・ファミリアの技術を他のファミリアに教えているという理由が理由のために、いくらかの雷も落ちている。しかしながら積乱雲から発生するような物とは程遠く、本気の雷と比較すれば静電気と表現する者もいるだろう。そうなったのにも、歴とした理由があった。

 何せ、己が大切にしてきたアイズ・ヴァレンシュタインが、強くなることとジャガ丸君以外に初めて興味を示したコトなのである。過剰表現のように見える程だというのに、このように表現しても過不足無いのが恐ろしいところだ。

 

 だからこそ、リヴェリアとしては新しい気持ちを応援したい。アイズに対して、「そうしたいと思うのは、楽しいからだ」と声をかけて促しているほどだ。誰がどう見ても聞いても母親としか表現できない思考と行動なのだが、この2文字を口にしたら恒例の返答が返るだろう。

 

 

「……なるほど、二日目から君が来ていたのはそういうワケか。ハイエルフらしく規律にはお堅いイメージが強かったが、随分と彼女には甘いのだな」

「……そう言われると耳が痛いな。フィンが近々、先日の謝礼も兼ねて招待したいと言っていたが……この鍛錬がファミリアに露呈すれば、私も漏れなく説教を受けるだろう」

「いつのまにか、逆に説教をしていそうだが」

「そんなことはない。君は、私を何だと思っているのだ」

「……」

「……何か言え」

説教姫(サーモン・ヘル) (Sermon(サーモン))」

「ほぅ……」

「冗談だ。……杖を降ろせ、殴打に使うものではないだろう」

 

 

 互いに同じ壁によりかかってそんなやり取りを交わすのは、目の前で鍛錬を行う者、それぞれの保護者かつ教師役と生徒役である。人ふたり分弱ほどの妙な距離感を空けて寄り掛かっているが、特に話のネタに困ることなくチマチマと会話が続いている。先に寄り掛かって少年の素振りを見ていた横に、彼女とアイズが訪れた格好だ。

 相変らず鎧姿の場合はいつもの目深なフードを被っているタカヒロにリヴェリアが理由を聞くも、ただの趣味という事で流されている。なお、この点については嘘偽りのない事実であり、逆に私服姿の時は何も被っていないのが現状だ。

 

 

「そう言えば、未だ言っていなかったな。少年は君の弟子なのだろう?ランクアップおめでとう。二つ名は、リトル・ルーキーだったか」

「称賛を感謝する。二つ名はその通りだ」

「まさに名前の通りの躍進だ。フレイヤ・ファミリアの猛者もレベル8になったとの報告が町を駆け巡っていたが、それすらも霞んでしまうかのような大躍進と言ったところだ」

「猛者が?」

 

 

 疑問符を発して顔を斜めに向けるタカヒロだが、このタイミングとなると自分と戦ったことが原因だろうかと勘繰ってしまう。とはいえ確信もないために、大きな反応は示さない。

 リヴェリアもまた、ここに居る4人とは無関係の冒険者ゆえに同様だ。先程から、互いに関する内容について会話のキャッチボールが行われている。

 

 

「ちなみにだが、猛者の二つ名はそのままとのことだ。ところで、君は二つ名は欲しくないのか?しっかりと冒険者登録をして活動すれば、少年より先に取得できただろうに」

「興味があれば疾うの昔に登録している、二つ名の取得で能力が上がるワケでもあるまい。君は昔から九魔姫(ナイン・ヘル)なのか?」

「昔からというわけではないが……魔法スロットが埋まってからは、変わっていないな」

「減ったらエイト……いや違うか、六魔姫(シックス・ヘル)にでもなるのかね」

「……そうなるな、考えたくはないが。ところで、君は魔法は使えないのか?」

「一応あるが、大したものでは――――」

 

 

 そんな彼女を横目見ながら追撃の手を緩めないアイズは、リヴェリアが見せる姿を不思議に思う。ロキ・ファミリアにおいても他者との会話は簡潔に済ませるリヴェリアが、ああして会話を続ける姿は珍しいものがある。ヒューマン、それも男を相手にしているのだから猶更だ。

 そして、自身が再びベル・クラネルを蹴飛ばした直後だと再認識して真顔になる。思いっきり力の加減を間違っており、中々の放物線を描いて少年は飛んで行ってしまっていた。

 

 

 しかし、何かがおかしい。少年の腰、左右にあるホルスターの数が、片側2本の計4本に増えている点は今回の鍛錬からだが、そこはさして問題ではない。アイズは、先ほどの蹴りの内容を思い返す。

 もし少年がまともに食らっていたら、即刻リヴェリアから中止の号令が出て説教2時間コースとなっていたことだろう。思い返した結果、それぐらいの力だったかもしれないと冷汗をかいた。

 

 それがどうだ。確かにかなりの距離を慣性力で飛行した少年だが、受け身を取って立ち向かってくるほどの余裕を見せている。

 ゼンマイ仕掛けが切れる寸前のような、弱々しい動きではない。極端なことを言うならば、自分が放った蹴りの一撃を吸収してしまったかのような状況だ。

 

 とはいえ、その推察はあり得ない。吸収したならばあれほど長く飛んでしまうことはなく、そもそも打撃技を受け流せることはあれど吸収することは不可能だ。

 

 では、どうやって。何かしらの技、それこそ小手先の技を使っていることは読み取れる。けれどもそれは、彼女ですら分からない内容だ。

 ならば、もう一度。もしかするとリヴェリアの雷が落ちることになるだろうが、それよりも今は、少年に対する興味からくる好奇心が上回る。彼女は内心で少年に謝ると、再び同じような蹴りを繰り出した。

 

 

(バックステップ……!)

 

 

 注視していたために、よくわかる。蹴りが入るその瞬間、少年は後ろへ向かって跳躍して相対速度を減少させていたのだ。少年の身体に働く慣性力は既に後ろへと向いて居るため、同方向からくる彼女の蹴りの威力が減衰されていたという種明かしである。

 更には一瞬だけとはいえ相手の蹴りを左腕の篭手に当てて肘を動かしクッション材とすることで、可能な限り蹴りの威力を緩和させている。明らかな力の差に立ち向かうため、今の自分自身ができることを精いっぱいの努力で熟していたのだ。

 

 ということで更に機嫌を良くし、薄笑みが現れると共に徐々に徐々に手加減具合が薄れている。ベルも音を上げる前に必死になって何とかしようと足掻いているために、アイズからすればそれが嬉しく、無限ループとなっている状況だ。

 

 

「……反省の色無しか。レベル2を相手の蹴りとは思えんが」

「それを言うならば、少年の受け身こそレベル2のモノではないだろう。我々の前衛でも真似できるか怪しいものだ。レベル1の頃から驚かされるばかりだが、2回目となると偶然でもないようだ。思わず目を疑ったぞ」

「感心ではなく注意喚起はどうした。ロキ・ファミリアの鍛錬では、レベル2に対して先ほどのような蹴りを放つのか?」

 

 

 そして始まりかける、言葉による場外乱闘。2名の保護者はそれぞれの顔に対して更なる物を言いたげなジト目を飛ばし、危うくゴングが鳴りかける。

 タカヒロが言うように、いくら少年が上手くいなしたとはいえそれは卓越した技術であり、本来ならば骨の2-3本はヒビが入っていた威力だろう。ベルの技術に目を奪われていたリヴェリアだがタカヒロの言葉でアイズの蹴りを思い返し、眉間に手を当てて難しい顔と相成った。

 

 

「……いや、確かにすまなかった。手加減はしろと念を入れたのだがな、あとで叱りは入れておく。それにしても、君のところの少年はよく頑張っている」

「誉め言葉は受け取るが、戦えているのは相手の手抜きによるものだ。多少の手癖があったところで、どうにかできる実力差ではない」

 

 

 受け取ると言いつつ素直に誉め言葉を受け取らずに、事実だけを表現する彼らしい回答である。リヴェリアも「彼らしいな」と心の中で思い口元が緩んだ。

 

 

「そうイジメてやるな。レベル6を相手に、しっかりと頑張っているではないか」

「言葉を借りてそれを言うなら、イジメるなと言う言葉はそちらの娘さんに掛けるべきだろう。さっきから自分の弟子は宙を舞ってる時間の方が長くないか?少しは男としての見せ場を作ってやるべきだ」

「フフッ。アイズも珍しく楽しそうにしているからな、無下には止められん」

 

 

 男を蹴っ飛ばして楽しそうってなかなか悪趣味じゃないですかね。とは口に出せなかったタカヒロだが、ベルはベルで必死になって立ち向かっているだけに影響としても悪くは無いのだろうと考える。了承済みとはいえ己も似たようなことをやっているために、あまり声を強くできない。

 ふと見せる時がある少女の笑顔を目にし、やや動きが鈍っている点は説教するべきかどうか悩むところだが、全体としては合格点を出せる動きを見せている。滞空時間の方が長いという言葉も比喩であり、しっかりと地に足をつけて、敵わないと知る憧れに対して立ち向う姿を示している。

 

 タカヒロも時たま横を流し見れば、リヴェリアはそんな二人を見て僅かながらに表情を緩めている。無意識のように見受けられるその顔から、酒場で「母親」と呼ばれていた理由を垣間見ることとなった。

 時折ガミガミと五月蝿くなるのも、友達程度の仲ではなく副団長という親の立場からくる、心配という本心の表れだ。ならばその言動も道理であり、猶更のこと母親とつけられた隠れ二つ名の意味を理解できてしまっている。

 

 なるほど。と心の中で納得して、彼は視線を弟子に戻す。相変わらずレベル差からくる実力差は圧倒的であり、彼の攻撃の全ては通らず逆に攻撃を貰っている状況だ。

 一方で彼女の剣には焦りの感情が付きまとっているが、その理由はタカヒロにも分からない。とはいえ、己とて早く強く成りたいと思っていた頃はあんな感じだったのだろうかと、少し懐かしい雰囲気を感じている。

 

 

「……今日はここまで、だね」

 

 

 名残惜しそうな表情を見せるも、相手が負っている傷を考えて彼女は鍛錬の終了を決意する。そう言って、アイズは木刀を納めて闘志を消した。

 

――――まだいける。

 

 最後にそんな目を向ける少年だが、師である人物の言葉は絶対だ。少年はナイフを仕舞って両手を伸ばし、しっかりとしたお辞儀とお礼の言葉を口にした。

 

 

「昨日よりも、動きが、よくなってる。この調子で、がんばって」

「はい、ありがとうございました」

 

 

 表情を緩め、そんな少年を見ていたのはリヴェリアだ。これほどまでに素晴らしい礼儀を見せてくれるならば教育者としても嬉しいものがあり、決して礼儀は悪くないものの、自分の弟子も見習ってほしいと思う程である。

 そして、芽生えた感情はもう1つ。先ほどから“ああ言えばこう言う”態度を見せている青年とは全く違うなと鼻で笑い、先日のオモテナシの際や先ほど言い負けた借りを返すべく、相手に聞こえる大きさの声で口を開いた。

 

 

「ふむ、やはり礼儀も覚悟も素晴らしい少年だ。はて、どこで師と道を違えたのだろうか?」

 

 

 知っているか?と口に出すかのように、彼女は不敵に口元を緩めて青年に向かって顔を向ける。

 意地悪な微笑みに対し、フードの下から言葉が返された。

 

 

「違えるも何も、元より同じ道を歩んでいない。ところで戦闘における手加減の命令を守らず、レベル2では到底受けきれない蹴りを何度も放つアイズ・ヴァレンシュタインは、どこの誰の“教導”を受けたのだろうか?」

「……」

 

 

 例によって、相変わらずこちらでは場外乱闘が開幕寸前。知っているか?と言いたげな口元で、彼は僅かに彼女に対して顔を向けている。交わる視線は、やがて火花を散らすこととなるだろう。

 もちろん、フードの下では意地悪な微笑みに近い口元が顔を覗かせている。仲が良いのだか悪いのだか分からない二人の言葉は、会話のドッジボール一歩手前の領域に相応しい。

 

 もはや、二人においては定石と言って良い互いの行動。目を細めて断固抗議の意思をもってタカヒロに顔を向けるリヴェリアだが、目線の先にあるフードから覗く口元は相変わらず不敵に笑っており、先の一文が確信犯であることが伺える。

 しかし同時に、彼女は“同じ道を歩んでいない”という言い回しが気になった。少年が彼の弟子であるはずならば、一致こそしないであろうものの、似たような道を歩いているはずである。

 

 そんな青年の前に、少年がやってくる。戦闘中と同じく真剣な表情で、先ほどまでの戦いについて問いを投げた。

 

 

「師匠、今日の鍛錬が終わりました。何か、アドバイスはありますか」

「細かなところは多々あるが、しいて言うならば、二度目の蹴りの時だ。あれ程の速度と威力の蹴りなら回避できないことは仕方ないとして、ほぼ同じ蹴りに対する減衰方法が全く同じというのは頂けない。改善を目指すべきだ。顔からして、ベル君も気付いていたみたいだが」

「はい。言い訳ですが同じことは思っていました。瞬時の事に反応できるよう、鍛錬します!」

 

 

 その意気だ。と言葉を残し、青年は少年の頭を優しく撫でる。戦う戦士の姿が一変として花のような笑顔を振りまく姿にアイズも思わず少しだけ胸を高鳴らせ、彼女もまた柔らかな薄笑みで少年を見守るのであった。

 




頑張るベル君を見て機嫌を良くするアイズたん。
程度は違えど似たような女神が居たような…

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