「あいたたた……リヴェリアのやつめ、年寄りに長時間の正座をさせるなというに……」
まだ少し、足のしびれが残る中。老衰したような歩き方になってしまっているガレス・ランドロックを見て、周囲のロキ・ファミリアの団員たちは心配した様子で対応を見せていた。別に年寄りという程でもないのだが、いつの間にかクセになっているようだ。
とは言っても、痺れの原因が病気ではないために、時間が経てば治るだろう。どうやら、レベル6であり耐久値はS999間近のステイタス、“
こうなった理由としては酷く単純であり、“意味ありげ”な発言をした青年の言葉に、面白半分で乗っかったガレスの自業自得。あそこで黙っていれば、少なくとも飛び火することはなかっただろう。
もっとも、ガレスからすれば新鮮な光景であったことも、また事実。同じファミリアの者でもリヴェリアに対してあのような言葉を口にする者は片手で数えるほどしか居ないのだが、どういうわけか、他のファミリアである青年が口にし始めたというわけだ。傍から見れば自爆特攻と変わりなかった光景だが、青年には冷静さが伺える。
普段から酒癖についてちょくちょく言われているために、青年の言葉が突破口にでも思えたのだろう。別に彼女を貶めたいワケではないガレスとしては、彼女に対する事実をいじる内容に乗っかってやろうと、彼の中の悪戯心が顔を出した格好となる。
なお結果は先の通りであり、無事に捕まって説教コースと相成ったわけだ。ゴロゴロと鳴っていた雷は、最終的にガレスと言う名の避雷針へと落ちる結末となっている。自ら獅子の尾を踏むならば、相応の盾が必要だ。
己とは別に逃げきった者の名を、タカヒロというそのヒューマン。ガレスとて、その青年について全く知らないわけではない。
自身と同じ盾を使う戦闘スタイルであり、未だ正気とは思えないが、52階層へソロにて到達できる実力を保持しているらしい。ついでにこちらも正気とは思えないが、あのリヴェリアの座学に付いていけているとの情報もある。
とはいえ、それもおかしな話でもある。52階層へ行けるほどの者が、何をいまさら学ぶ必要があるのだろうか。
知識・力・経験・仲間・装備・時間。深層とは、これらのうちどれか1つでも欠けたならば到達することは非常に難しい。ガレスとて知識に長けているわけではないが、必要最低限のものは身に着けている。故に、その者ならば猶更のことだろうと思っていた。
レベル、出身など、その一切が詳細不明である謎のヒューマン。唯一ヘスティア・ファミリア所属ということは判明しているが、所詮はその程度だ。
かつて、その戦いらしきものを見たことがあるのはリヴェリアとアイズ、そしてレフィーヤとギルド職員だけ、更にはたった一回という数少なさ。加えてリヴェリアによる情報を信じるならば、冒険者登録すらも行っていない確率が非常に高いと言う異常さがある。
主神ロキいわく、「悪い奴ではないが、色々と得体が知れん」と、まさにガレスと同じ感想を残している。彼女は酒場にて殺気を向けられているために、余計に神経質になっているのだろう。
装備作成・収集を邪魔しなければ、人畜無害な青年というのが実情だ。なお、先の4文字からモンスターは除くこととする。
もっとも、ガレスの中におけるそんな評価も、今日の午前中でお仕舞いだ。目にした光景を否定するならば評価もそのままなれど、現実に起こった事実であることは揺るぎない。強い弱いを明確に測れるような戦いでは無かったものの、持ち得る技術力は把握できた。
ひょんなことから開始された、団長であるフィンとの攻防。何故団長の立場に自分が居なかったのかと悔やむも、たった一撃のやり取りの中に青年が垣間見せた狡猾さは、今までに見たことのない代物であり――――
「ガレス、ちょっといいかな」
「ん?なんじゃ、フィン」
噂をすれば影が差す。とはまた違うが、そんなタイミングでフィンが声をかけてくる。槍を片手の表情は真剣そのものであり、自然とガレスの表情にも力が入った。
「久々に、鍛錬に付き合ってよ」
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「フッ!!」
「なんの!」
夕日傾き、西からの光で街中が紅く染め上げられる中。黄昏の館にある中庭にて、金属同士がぶつかる音が弾けるように響いている。
もはや見えぬ線となり突き出される槍の一撃を、ドワーフは普段通りに盾で受ける。フィン・ディムナから放たれた軌跡が昼過ぎにおける一撃の再現であることは、一撃が放たれる前に感じ取れた。
もっとも、ガレスとてマトモに受けているわけではない。その時の光景を再現しようと、彼もまた色々と試行錯誤を繰り返しているのが現状だ。
しかしどうして、理屈は単純そうで再現できない。受け流しの類であることは読み取れたために同じく左に流そうとするも、フィンの身体もまた流れてしまう。もしくは、双方が盾に阻まれるかのどちらかだ。
一方のフィンもまた、昼間の情景が脳裏に焼き付いて離れない。己の一撃が相手の盾に当たったような、当たらぬような妙な感触だなと一瞬微かに感じたものの、次の瞬間には身体だけがベル・クラネルへと向かっていたのだ。
もしアレが実戦ならば、反撃も防御も行えなかった己の身体は相手の剣で真っ二つだったことだろう。対人戦闘において攻撃を防がれたことは多々あれど、あそこまで綺麗に流されたことなど初めての経験だ。
そう思い返すたび、背筋が凍る。もしこれがダンジョンにおいて発生したならばと、沸き起こる不安を振り払うように首を振った。
すると、鍛錬を見学する姿が目に留まる。複数人の姿があり、その中において、己が気にする白髪を持つ少年の姿も確認できた。
その隣に佇むのは、自分自身と同じ金髪の少女。ベル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタインの二人が、並んで光景を見ていたのだ。何か用かなとフィンが声をかけると、見入ってしまっていたと、少年は照れくさそうに答えている。
「そろそろ帰る頃かと思っていたけれど、熱心だね。あ、タカヒロさんを待っているのかい?」
「あ、はい。ですが師匠、リヴェリアさんと執務室で何か言い合っていまして……」
「あれは……巻き込まれたら、ダメなやつ」
うんうん。と、目を閉じて仲良く頷く二人だが、その推察は正解だ。
鬼ごっこから逃げきったタカヒロはそのまま執務室へと戻って問題集に手を付けていたのだが、そもそもにおいて、この執務室は“鬼役”が使う場所。時間が経てば、自然に彼女と青年がかち合うこととなる場所である。
先の中庭における対応で“おこ”なリヴェリアはタカヒロに食って掛かるも、いい加減に問題集を終わらせたい青年からすれば集中力を乱すものでしかない。そもそもにおいて自分自身を巻き込んだリヴェリアに非があるために、此度の捻くれ度合いは一入だ。
青年曰く、「自分は“昔から持続時間の長い雷魔法を使う緑髪の魔導士”としか言っていない」と真っ向から反論している。加えて「心当たりがあるのか?」と煽りに煽っているその捻くれ者は、ここまで考えて口にして居るのだから色んな意味で質が悪い。いつものように血圧が高いリヴェリアも、重箱の隅をつつくような返しで応戦中。
ということで、例によって言葉のドッヂボール的な会話が交わされていたわけだ。双方の物言いたげな目線がバチバチと交わり、アーク電流と化している。
一方で、礼儀のために挨拶をしておこうと思いリヴェリアの後を追って訪れたベルと、くっ付いてきたアイズの二人。しかしながら扉の向こうから聞こえてくるこの会話文を耳にしたために、飛び火しないうちにそそくさと撤退してきたのである。
それを聞いて「昔を思い出すなぁ」と何故か感傷に浸っているフィンとガレスだが、ロキ・ファミリア結成当時にリヴェリアとガレスが事あるごとに言い合っていたことを知らないベルは可愛らしく首をかしげている。同じく事情を知らないアイズも真似ており、ガレスは「お主も言い合っておったじゃろ」とフィンにツッコミをいれていた。
なお、一番のとばっちりは同室に居るレフィーヤだろう。結果として雷も拳骨も降り注がなかった彼女だが、流れ弾が飛んでこないかと脅え、胃がキリキリする極限状況に放り込まれているというわけだ。
「昼間の答えが聞きたかったけれど……これは巻き込まれないために、やめといた方が良さそうかな」
「あの時は勢いに乗ってしもうたからのぅ……もう正座はやりとうないわい」
「あ。やっぱり今の攻防、昼間の再現をしていたんですか?それでしたら――――」
答え合わせは、ベルによって行われた。
突進している二つの物体、槍と身体。そのうち前者は、いくら力を入れているとはいえ、手首・肘・肩という稼働する部分によって身体に支えられている状態だ。
タカヒロが見せた受け流しの答えとしては、この可動部と自分自身の荷重移動を利用して、槍が進むベクトルのみを変えるという手法。もちろんベルからしても雲の上過ぎる技術であり、絶対に真似できないことを付け加えている。
――――それでも、カラクリを見抜いていたのか。
それが、フィンとガレスが抱いた率直な感想だ。相変わらず控えめな態度で答える少年と、実のところ分かっていないながらも雰囲気で同調しているアイズだが、ならばあの時、少年が“変な受け流し”と口にしていたことも頷ける。
武器も鍛錬用で威力も弱けれど、速度こそ実戦とほぼ同等だった、あの一撃。レベル2の少年では、攻撃の始動が見えたと思った頃には、既に盾とぶつかっていたことだろう。
聞いてみると、やはり見えていなかったとのこと。それでも事の顛末を知っているのは、結果として槍が流れた方向と師の動きからとの回答だ。
盾とナイフという違いもあるために程度も違えど、己も似たような技術を学んできたと付け加えられている。言葉が生まれない代わりに驚愕の感情が芽生えている二人だが、やがてフィンが、何かを言いたげに口を開いた。
「……ベル・クラネル、君は――――」
「ぬおあああああ!なんでウチに飛び火しとるんやあああああ!!」
廊下を疾走する、二つの姿。片や主神、片やエルフの弟子である二人の女性の声が、館に響く。この場の4人の視線も、自然とそちらを向くこととなった。
なお、周囲の見解としては「またロキが何かやった」程度であり、廊下ですれ違った者も総スルー。むしろ、その後ろから追いかけてくるヤベー姿の怒りを買わぬよう、積極的に目を逸らしている有様だ。
「ロキがあんな破裂寸前の空気のところに入ってきて“ごっつ仲ええなー”なんて言うからですよー!なんで“レフィーヤもそう思っとる”なんて仰って私まで巻き込むんですか!!」
「しゃーないやろ事実やんけ!レフィーヤ、なんとか」
「無理ですぅぅぅ!って、ああああ!また貴方はアイズさんと一緒に」
「へっ!?」
「ちょ、逃げるんかレフィーヤ!?」
先ほどまでの雰囲気は、怒涛の如き嵐に掻き消されることとなる。レフィーヤの視界に二人が入り、疾走の目的が逃走から白兎に変更されたために90度ターンにてロキと道を違えていた。そして後ろから迫る緑髪のミサイルは、直進の進路を選んでいる。
もっともロキを追いかけまわしているのはリヴェリアだけであり、相変わらずの仏頂面なタカヒロはどうとも思っていない。強いて言えば普段はクールな彼女に対し、「時たま活発になるな」と意識している程度である。
静かになったことで無事に課題を終わらせた青年は、山吹色の発言内容をもとにベルが中庭に居ると判断。相変わらずの仏頂面であるその姿が見えると、ギャーギャーと喚いていたレフィーヤも思わず黙ってしまうのだから不思議なものだ。
青年は「迷惑にならないうちに帰ろう」とベルに告げ、フィンとガレスを筆頭に、そこに居た者に対して世話になった旨の挨拶をする。断末魔のように響くロキの絶叫を耳にしつつ、複数の視線を受けつつ黄昏の館を後にした。
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廃教会へと帰る白髪の師弟は、市場へと足を向けている。せっかくなので何か買って帰ろうかと、タカヒロが誘った格好だ。
夕日に照らされるオラリオの情景は美しく、ダンジョン帰りと思われる冒険者の姿も数知れず。もうしばらくも経たないうちに、ここも更なる活気に包まれることとなるだろう。
そして話は、ナイフのメンテナンスについてとなっている。ナイフを受け取ったタカヒロが刃の状態を確認するも、実戦に支障はないとはいえ、連日の鍛錬の影響か、やはり劣化具合は隠せない。
実のところ、青年としてもこのナイフのメンテナンスについては気になっていた。打たれる度に僅かながらもバージョンアップしていくために使い捨てとなっている兎牙シリーズとは違い、こればかりは様々な意味で使い捨てというわけにはいかないのが実情だ。
「ベル君、今更だがお金の管理はできているか?」
「はい。師匠に習った方法から少しだけ変えているんですが、大丈夫です。数値化すると、大切さと実感が湧くので、結構楽しいですね」
「良い傾向だ。扱う金額が増えるにつれて面倒になるかもしれんが、将来においても必要なことだ、続けていこう。ところで、ヘスティア・ナイフのメンテナンス代金などは聞いているのか?」
「あ、そのことなのですが――――」
その件はベルが知っており、てっきりヘスティアから伝わっているものだと思って口にしては居なかったのが実情だ。別件でヴェルフの下に訪れた際に聞いたことがあったため、大まかに知っている程度の話となる。
神二人の神の間で話が交わされた際、ヘスティア・ナイフの3回分の修理素材費は前払いで支払われているとのことだ。そのために、素材さえ揃えばいつでも行えるようである。そのためにしばらくは、ベルとしても財政的な負担は少ないものとなるだろう。
「わぁ、いい匂いですね!」
話も一段落したところで、鼻と空腹を刺激する匂いが届いてくる。三大欲求の1つである食欲を、何を以て満たそうかとワクワクとした顔を見せる少年は、14歳と言う年相応の様相だ。
もっとも零細ファミリア故に、そのような御馳走にはありつけない。しかしながら偶には奮発してもいいだろうと、タカヒロは1枚の金貨を渡している。
「し、師匠、いいんですか!?」
「ここで待っているから、価格を気にせず好きなものを買ってきな。ただし栄養バランスを考えて、だぞ」
「任せてください!」
金銭管理ができている褒美というわけではないが、そう課題を告げると、ベルは花の笑みを振りまきながら、軽やかな足取りで市場へと消えてゆくのであった。小さくなる背中が、市場と言うダンジョンの入り口に飲み込まれてゆく。
そして手に持ったままだったナイフに気づくタカヒロだが、街中でドンパチが始まる訳でもないだろうと特別気にもしていない。近くにあったベンチに腰掛け、刃の劣化具合から何かアドバイスできる点を読み取れないかと、夕日にかざしてヘスティア・ナイフの細部をチェックしていく。
摩耗度合からするに昔よりは精密さが消えている気がするが、原因はアイズとの鍛錬だろう。相手の放つ攻撃の緩急が凄まじいために、レベル2の対応力では追いつかないところが多々あるはずだ。状態からするに、やはりもうしばらくしたら、メンテナンスに出した方が良いかと考えて――――
「お兄さん、白髪のお兄さん」
5分ほど経っただろうか。左サイド、距離にして2メートル。1分ほど前からそこに居た気配は感じ取っていたタカヒロだが、相手が話しかけるタイミングを伺っていたならば納得だ。
座っているはずなのに同じ高さから聞こえる声に、顔を向ける。古さは見られないものの簡易な薄いベージュ色のローブで全身を包み、フィン・ディムナと似た小さな身体に似合わぬ程に大きな抹茶色のバックパックを背中に担ぎ。夕日に照らされる栗色の瞳が特徴的な作られた笑顔が、タカヒロの視界に映っていた。
「サポーターは、お探しではありませんか?」
出会っちゃいました