その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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4話 白兎が現れた(1/2)

 迷宮都市・オラリオ。他の町の者が迷宮都市という二つ名で呼ぶこの街は、中世ヨーロッパを彷彿させる街並みとなっている。中心部にはバベルの塔と呼ばれるスカイツリーもびっくりな摩天楼が聳え立っており、町のどこからでも見えるほどだ。

 迷宮都市という二つ名は、大規模なダンジョンがあるが故。しかしもう一つの意味があり、大通りを除いた路地裏が非常に入り組んでいるために迷宮染みた構造となっているのだ。

 

 どこもかしこも細く作られている通路から空を見上げれば道に沿って切り取られるように蒼く、まるでそちらの方が本当の通路なのではないかと錯覚してしまう程である。3階建てであり密集した建物が、そんな錯覚を作る要因の1つになっているのは明白だ。

 そんな迷宮都市の路地裏に放り出されれば、この街の者ですら迷子になる確率は低くはない。この街を知らない彼、リフトから出てきた直後であるタカヒロからすれば、輪をかけて猶更だ。

 

 

「どこなんだ、ここは……」

 

 

 リフトを閉じて2枚の盾をインベントリに仕舞って腕を組み、たっぷり1分ほどの時間を置いて。思わず、ダンジョン内部の時と同じ言葉が出てしまう。

 呆れと相まって出された低めの声は、誰に聞こえることもなく路地裏に消えて――――

 

 

「あの、迷子ですか?」

 

 

 いかずに、一人の少年に拾われた。

 

 

 ああ迷っている、しかし生憎だが子供ではない。と内心で反論するタカヒロだが、迷子に対する大人バージョンの2文字が思い浮かばないために口を閉ざしたままである。蛇足としては迷子とは“迷い子”の略称であるために、今の青年を言うなれば“迷い人”が正解と言ったところだ。

 ともあれ彼はそんな馬鹿げた思考を破棄すると、右横から声を掛けてきた人物に顔を向けた。声をかけてきた相手の背丈は160㎝よりは高いかなと思う程度であり、身長を除いた外見としては10代前半と見て取れる。

 

 顔を向けると、中性的な白髪ショートヘアの男子はクリっとした眼差しを向けてくる。RGBの数値で言えば255:0:0と言っていい程に真っ赤な瞳で見つめられ、不本意ながら、タカヒロが抱いた第一印象は“かわいい”であった。

 もちろん性的なかわいさではなく、小動物的な可愛さである。餌を持っていたらアンリミテッドに与えてしまうような、そんなベクトルが当てはまってしまう特徴的な少年であった。

 

 まるでウサギである。ぽかんとして口を半開きにした表情は、まさに餌を待つウサギである。なぜだかタカヒロは内心で2回呟き、そう納得できてしまっていた。

 そこまできて、ようやく少年の問いに答えていなかったことを思い出す。目の前の小動物は、ソワソワしながら彼の答えを待っているのだ。

 

 

「ああ、まぁね。さきほどこの街に着いたのだが、いきなり迷ってしまったというわけだ」

「えっ、今日着いたんですか!?もしかしてダンジョンに潜るために冒険者に!?あの、よかったら僕のところの“ファミリア”に来ませんか!?」

 

 

 上半身を前に向けて矢継ぎに言葉を放つ少年はまるで必死さを隠しておらず、タカヒロはフードの下で苦笑する。その“ファミリア”という言葉で、朧げな記憶がよみがえってきていた。

 嗚呼、なるほどこれが巷で噂の異世界転移――――が発生した理由は不明で元の世界の事なども考えると頭が頭痛で痛くなってくるので放棄した。とりあえず言葉は交わせるために、コミュニケーションに関しては何とかなりそうである。その手のセオリーに乗っかるならば、AR画面にログアウトがない時点でお察しだ。

 

 

 イセリアルのボスを倒しリフトを潜った果てに彼が赴くこととなった世界は、地に降りた神の眷属となった冒険者がダンジョンに挑む物語。

 

 

 簡単に言えば、そんな作品。レベルやステイタス、魔法、スキルなどのRPG要素がある世界であり、非常に有名な小説だ。付け加えるならば、漫画化やアニメ化もされている。

 しかし彼は漫画で軽く読み流した程度であり、詳細な知識や時系列は記憶の外となっている。先ほどの3名の少女を外観だけは知っていた理由も、漫画で見たことがあるためだ。

 

 具体的に覚えている知識は原作に出てくる数名の顔と、一躍有名となった“なぞの紐”。そして眷属も含めた集団はファミリアと呼ばれており、例えば創造神アルセウスの集団はアルセウス・ファミリアの名で呼ばれることになる。もっとも、そんな種族値オール120の器用万能な神は居ないわけだが。

 

 タカヒロが覚えているその作品において、持ち合わせている知識はその程度。記憶にある最後のピースは例の紐神の外見と、目の前に居る新人冒険者の名前だけである。

 

 

「わかった。ここで会ったのも何かの縁だ、ファミリアを紹介してもらえるかな?」

「いいんですか!?やったあ!あ、僕はベル・クラネルって言います!お兄さんのお名前は?」

「タカヒロだ、宜しく頼む」

 

 

 口元を緩めて右手を差し出すと、少年も差し出した右手を握る。柔らかさが残る手を取ったタカヒロに、少年は花のような笑顔を見せるのであった。

 

 

 嗚呼、こんなにかわいい子が男の子のはずが何とやら。このフレーズがピッタリとフィットしそうな、具体的に言えば数名の大人の女性がK.O.される眩しい笑顔を振りまいたベルは、ファミリアが増えた嬉しさのあまりウサギの如く軽く飛び上がってテンションが上がっている。なお、主神がタカヒロを拒絶する可能性もあることを想定していない。

 「こっちです!」と元気よく返事をし、ベルはトコトコと前を歩く。何が起こるか分からないためタカヒロは装備や星座にある報復ダメージの効果を無効化し、常時発動型であるトグルスキルを全て解除した。“肩を叩かれて振り返ってみたら報復ダメージで相手が死んでいた”など、洒落にならない話である。

 

 この状態でも装備そのものの強さは消えないことに加え、攻撃能力・防御能力は比較的高いものがある。いざとなれば報復効果や恩恵、スキルは一括で有効にすれば良いために、緊急時にも対処することができるだろう。

 彼の装備の半数程にあるそのレアリティは“レジェンダリー”。ドロップ率で言えばそれよりも圧倒的に希少であるダブルレアMI装備も含めて文字通りの宝物と言って過言ではないクオリティを誇るものばかりであり、ケアンの地においても様々な効果を発揮する特徴を持った、唯一無二と言える希少装備の数々なのだ。

 

 

 そんな装備を着こなす青年を横目で見ながら歩く少年は、彼の表情を盗み見ようと試みる。やや首が下を向いているものの背筋はピンと伸びており歩みにも淀みは無く、見た目を除けば王宮に仕えている騎士のような雰囲気だ。

 見上げる視界に入る身長は180㎝程と言ったところ。鎧と似た色のフードの下からは、形が整っているであろうスッと伸びた鼻梁が見える程度で顔立ちまでは不明である。髭の類は無縁のようだ。かなり頻繁にキョロキョロと街並みを観察しており、本当に初めて来たような反応を見せている。

 

 

 5分ほど歩いて、二人は町の西部にある草臥れた―――というよりは廃墟と呼んで差し支えない教会に到着する。少年の説明からするとここが“ヘスティア・ファミリア”のホーム、つまり本拠地であるらしいが、お世辞としても、とてもそうは思えないのが本音である。

 少年も説明していて苦しいところがあるのか、「とりあえず中に」という言葉とは裏腹に瓦礫しかなく、どうやら地下室らしい場所へと案内するようだ。申し訳なさそうに苦笑する少年だが、乗り掛かった舟ということもあり、タカヒロは続いて地下へと降りていく。

 

 

「おっかえりー……い?」

 

 

 少年が扉を開けた途端に勢いよく玄関へと走ってくる、小さい女性。なお、小さいのは身長だけで、ご自慢とばかりに強調されている胸部装甲は不釣り合いな程に豊満だ。それを強調する白い服と黒髪のツインテールが、傍から見た際の幼さに拍車をかけている。

 

 ――――そういえば彼女は、こんな感じだったな。

 

 と、彼は薄っすらとだけ残っている過去の記憶を思い出す。外観は本当に人間にしか見えず、これが神だと言われても同意するのは難しいだろう。今のところ威厳など欠片もない。

 当時話題になった謎の紐は目の前に健在であり、両端が左右の腕に繋がれているため、彼女の動きに合わせてクネクネと自由を謳歌していた。ある意味では触手と言って良いかもしれない。

 

 そんな彼女、ヘスティア・ファミリアの主神であるヘスティアは、ベルが連れて帰ってきた男を見てポカンとしている。それに気づいた少年は全員を椅子に座るよう誘うと、ハキハキと冒険者志望である彼の説明を、その後にヘスティア・ファミリアの説明を行うのであった。

 第一声目に「敬語不要」が出てくるあたり、彼女の性格を表している。地上に来てからは神ヘファイストスのところに居候していたなど、身の回りの話も混ざっていた。

 

 また、千年前に地上に降りてきたとされる神の説明に続いている。もっともアルカナムと呼ばれる神の力の大部分は使えないが、経験値を力にする“恩恵”を地上の者に与え、その者を“眷属”とする。

 力と言っても握力が数kg上がるなどの生易しいものではなく、低ランクといえど傍から見れば常識を覆す程のものがある。その力でもって眷属はダンジョンに潜り“経験値”や富、名声を得る。彼等に恩恵を与えた神は逆に、眷属が成した偉業で得られる生活の恩恵を受けるという循環だ。

 

 その話の流れで、一般的に冒険者と称される職業のことについても話をしている。ベルとヘスティアから主な注意点や流れを聞くタカヒロの目は真剣であり、それに気づいたヘスティアも、仏頂面がデフォルトながらもマトモそうな人だと内心で感想を呟いている。冒険者とは癖のある者が少なくないために、その点は好条件と言って良いだろう。

 どうやら、彼自身の考えとしてもヘスティア・ファミリアに入る方向の様子を見せている。ベルに続いて二人目の眷属が目前であるヘスティアだが、懸念点が1つある。

 

 

「ところでタカヒロ君、御覧の通りここは零細のファミリアなんだ。隠さずに言うけど、眷属になったあとはいくらかの寄付に協力してほしい。もちろん私用じゃなくて、ちゃんとファミリアのために使うと約束するよ」

「やぶさかではないが、通貨単位は?」

 

 

 相手も貧乏かと思っていた所への予想外の言葉に、思わず「おっ」と言いたげな反応を見せる神ヘスティア。しかし通貨単位を知らないとなると、現物を持ち合わせている確率は非常に低いだろうとも考えている。

 

 

「ヴァリス、だよ。聞いたことないかな?」

「生憎だが、持ち合わせが無い」

「うぐっ……ま、まぁそうだろうね。でも仕方ない」

「換金できそうなものはいくつかあるぞ?」

「ようこそヘスティア・ファミリアへ!!」

「神様……」

 

 

 随分と現金な神だな。とタカヒロは内心で考えベルと共に軽く溜息をつき、その流れで何が売れて何が買えるのかを確認する。ヘスティアによる2分程の説明を受け、タカヒロはおおまかな内容を把握できていた。

 基本的な冒険者は、ダンジョンで得た魔石を換金して収入を得ている。商店を営む者は営業利益、何かしらの物を作るならば売れた金額と言った具合で、ファミリアのランクによってギルドに対して納税義務が課せられているようである。もちろん、ヘスティア・ファミリアのような零細に義務はない。

 

 

「先ほど説明にあった魔石ってのは、これの事かな?」

 

 

 ゴロリと音を立てて出される、5つの魔石。ベルがいつも上層で穫ってくるような欠片ではなく、明らかに厚みを持ち合わせている形状だ。

 

 

「うわ、すごい!」

「お、おお、随分と立派な魔石だね。けっこうな値で売れると思うけど、どこで手に入れたんだい?」

「ここに来るまでに拾ったものだ、換金してもらって構わない」

 

 

 採取場所がダンジョンの52階層、という情報が抜けているが、本人も知らない上に嘘はついていないためにヘスティアは疑問符が芽生える。

 これほどの魔石を持つ敵に勝つならば、最低でもレベル5は必要となる程だ。しかし目の前の青年は恩恵を持っておらず、どう考えても勝利することは不可能のように読み取れる。

 

 ところでなぜ、ヘスティアが今のタカヒロの言葉の真偽を見抜くことができたのか。それは、彼女が神であるために使用できるスキルのような代物だ。

 神の前では嘘はつけない。この言葉の理由として、神は相手の言葉の嘘を見抜くことができるのだ。相手の青年が知っているかどうかはさておき、再び同じ質問をして魂を見るも、やはり恩恵を受けていないようだ。盗品かと考え質問したが、こちらもシロである。

 

 ともあれ、これほど立派な魔石ならば一か月は3人が暮らしていけるだろう。盗品でないならば問題にはならないと考え、換金の許可を貰ったヘスティアはさっそくベルを遣いに走らせた。

 なお、蛇足としてタカヒロが考えているファミリアへの納税額は1割のようである。金額と歓迎度合いは関係なし(建前)であることを口にして明らかに機嫌を良くしたヘスティアだが、タカヒロに「本音は?」と尋ねられてゲロっている光景は先ほどの焼き直しだ。

 

 




・耐性
 炎、氷、雷、毒・酸、刺突、出血、生命、イーサー、気絶、カオスの各主耐性が存在する。最初の3つを全て上げる”エレメンタル耐性”というのも存在している。
 原作や本小説の世界には風や水などの魔法もあるが、エレメンタル耐性によって自然由来(エレメンタル)である魔法の耐性も得ているというややご都合主義。
 参考までに主人公装備だと、エレメンタル耐性だけで84+92%(難易度補正+50%、詳しくは下記)は確保できている。

 耐性について補足すると、タカヒロがプレイしていた最高難易度、アルティメット環境においては各主耐性の初期値が、上記カテゴリにおいて刺突までは“マイナス”50%、出血以降はマイナス25%からスタートするという謎仕様。
 かつその難易度(のストーリー本篇だけ)を余裕をもってクリアするならば80%+過剰耐性20%は必要であり、結果として合計1500%の耐性を稼がなければならないという鬼畜仕様。俗に言う耐性パズルの幕が明ける。

 もっとも各種MAPで必要な耐性は若干異なるので全ての耐性が常に必要なことはないが、そうそう都合よく耐性のついた装備がポンポン落ちることもあり得ない。
 そのうち装備を付け替えるのもダルくなってくるので全耐性を確保したいと思うようになる。ともかく、この耐性パズルのおかげで使える装備と使えない装備、有効なAffixと微妙なAffixがハッキリと別れている。
 参考程度に、レジェンダリーでも1つの装備につき上がる耐性は平均40%と考えてもらって過言ではない。耐性かつ目的のダメージを稼ごうとするならばレア装備を掘るしかないのが実情だ。

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