その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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あまり深く考えずにご覧いただければ幸いです。


41話 意外な特技

「失礼する。……おや?」

 

 

 ヘファイストスにドロップアイテムを納品してから、数日たった日の早朝。タカヒロは何時ものようにノックを行い、リヴェリアが仕事をする部屋へと入ってきた。

 しかし、見慣れた山吹色の髪が見当たらない事に気が付いた。いつも終盤になると苦しんだ表情を見せる彼女が居ないとなると、何かあったのかと勘繰ってしまっている。

 

 時間を間違えたか?と思うも、いつも通りだ。現にリヴェリアは既に席についており、何かしらの書類と睨めっこしながら作業を続けている。

 

 直後に顔を上げたリヴェリアからの説明があったのだが、今日は忙しいらしく自習的なものとなるようだ。暫くしたのちに復習がてらの小テストが用意されており、それを解いていく形となる。

 レフィーヤが居ないのは、単に朝からどこかへ出かけているため。午後には戻ってくるとのことであり、彼女が受ける試験は、その時に行われるようである。

 

 それはさておくとして、青年から見た今日のリヴェリアは、いつもと比べて随分と違っていた。眉間に力が入って中々に真剣な表情であり、彼も思わずその点と、気づいた他の事を口にしてしまう。

 

 

「……随分と目付きが険しいな、疲れも見えるぞ」

「私の心配は不要だ、勉学に励め。……まぁ、この計算は間違うと損失が大きくてな。何をしているか気になるか?」

「まぁ、人並み程度には」

 

 

 その返答を聞いたリヴェリアは別の紙を摘まむと、ピッ、と指で弾いて器用に紙を飛ばしてそのまま睨んでいた用紙と格闘中。そんな真剣な表情を横目見たタカヒロは、彼女がよこした紙を中指と人差し指で受け取って中身を眺めていた。

 

 

「……ロキ・ファミリアの財務に関する内容、恐らく1日の支出、雑費周りを羅列したものか。自分が見てもいいのかい?」

「気にすることはない、ギルドにも提出している内容―――と言うよりは、その提出する内容をまとめたものだ。いくぶん量が多くてな。ともあれ、これ等の計算を担当しているワケだ」

 

 

 財務書類と書けば機密事項の塊のように聞こえるが、支出の類しか書かれておらず機密事項は皆無で重要なものではない。これとは別に団員の情報や収入面を纏めた書類もあるが、そちらは逆に機密事項の塊だ。

 

 ものすごく噛み砕いて言えば、ロキ・ファミリアにおける、とある日付の家計簿である。モノ、単価、個数が記されており、一番下に合計値を書き込むような欄がある。部門別に色々あり、どうやら、この集計担当が彼女のようだ。大規模ファミリア故に、枚数だけでも凄まじい量があるらしい。

 内容を流し見るタカヒロだが、項目こそかなり多けれど小数点も無ければ乗算と加算しかないために、彼の得意分野となっている暗算の守備範囲。いつかヘスティアのローン年数を計算した時のようにノーミソをコネコネして先頭部分から数値を足していく彼は、別の紙に答えを記して元の紙と共に彼女に渡した。耐性パズルの計算も、間違いなく影響を及ぼしている。

 

 そして何事もなかったかのように、指示通りに自習の類を再開した。

 

 

「……は?」

 

 

 彼が計算を開始して彼女の手に渡り、今の発言となるまでのその間、約1分と少し。なんのメモの跡もない元の用紙と答えだけ書かれた小さな紙を見て、リヴェリアは盛大な疑問符を発している。

 まさか、適当にやったのかと思ってしまう。いつか団員が魔石をちょろまかした事があるために気を抜けない彼女は、今計算していた1枚を終えると、タカヒロから受け取ったモノを計算しなおした。

 

――――合っている。

 

 しばらく経過した結果、彼の答えと彼女の答えは一致した。一の桁まで寸分の狂いなく合致しており、念のために、もう一度計算してみるが変わりはない。

 やはり、彼は元々学者の類ではないのかと勘繰ってしまう。苦手な者が多い計算だが、どういうわけか彼は、彼女と同じく問題なく熟せるようだ。

 

 しかし、所要時間が大きく違う。己が一枚を計算する間に、彼ならば何枚の書類を処理できるだろうか。

 そう考えれば、自然と短縮可能時間へと行きつくわけである。ということで、最終的に浮かび上がる考えは1つだった。

 

 

「……タカヒロ、今日の教導は中止だ。君ならばどの道、試験も合格するだろう」

「……来ると思った。試験の結果はさておき、書類の在庫処理に付き合おう」

 

 

 パタンと書物を閉じて、彼は卓上のスペースを確保する。溜息をついた姿を見せるも嫌な気配は出しておらず、彼女の方を向いて書類が来るのを待っている。

 メモ用紙を用意したこともあって、処理する速度は更に向上。リヴェリアがいつもならば半日以上かかっていた書類の山が、恐ろしい速度で消化されていっている。

 

 ひと纏まりが終わり、彼はリヴェリアに用紙の束を渡す。そして、次のひと纏まりを貰うのだ。

 あまりの早さに、逆にリヴェリアの卓上へと書類が積みあがっていく。とはいえ、その光景は本来ならば昼食を過ぎてしばらくしてから見るものであり、まだ朝と呼べるこの時間に発生するだけでも気楽なものだ。

 

 

 とはいえ、スムーズには進まない。とある束の最初の一枚の紙を見た時、問題があると口にした彼がリヴェリアを呼び寄せる。

 書類の一点をペンで指す彼とその肩越しに書類を覗く彼女だが、何が問題なのか分からない。サラリと流れ彼の肩にも少し掛かってしまった横髪をかき上げながら、彼女は問題がどこかと問いを投げた。

 

 

「ここの単価だ、明らかに高いが間違っていないか?確か、そっちに渡した2つ前の束にある紙には――――」

「なにっ?……本当だ、これはおかしいな。恐らく記載間違いだろう。念のため担当には確認しておく、この紙は集計の対象外としてくれ」

「わかった。あともう1つ、その紙の中段と、これと……この紙の、コレだ。他の日よりも抜きんでて多い。恐らくこの日付は、数値からすると先日の分も合算してしまって――――」

「む、よく気付いたなタカヒロ。これもおかしいな……」

 

 

 2つ目の報告を終え対応を聞くと、何事もなかったかのように計算式に戻る彼の姿。そんな青年を瞳に捉え、彼女の口元が優しく緩む。

 時折腕を組んで悩んだ様子を見せるその姿は、問題の答えが分からず悩みに悩む愛弟子を見ているようだ。何に悩んでいるかは分からないが、雰囲気としては似たようなものである。

 

 本来、いつもならば彼女が行っていた作業において、書かれている数値をチェックするような手順にはなっていない。かつてより書かれている数値が正しい前提で進められてきたのだが、何かしらのチェック体制が必要だなと考え、リヴェリアは軽い溜息をついた。

 青年が単に書類の数値を計算するだけではなく、中身もしっかりと見ているという事実は先の通り。それこそ普段は数値を計算しているだけな自分自身以上の気配りだ。言われた事だけを熟すわけではない姿勢は彼女が好むものであり、普段の授業の成績とも相まって、俗に言う好感度は僅かながらも積み重なっている。

 

 しかしながら預けた仕事は、先ほどの間違いのようにすんなりと終わる代物でもなかった模様。財務系の書類も終わりかけた時、彼が随分と悩む仕草を見せていることにリヴェリアが気が付いた。

 

 

「ん、どうかしたか?」

「ん。ああ、いや。他のファミリアの財政事情に口を挟むつもりは無いが、とある品目の類が凄まじい量と金額だなと思ってね」

 

 

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 ロキ・ファミリアのホームにあるフィンの執務室。今日はロキが訪れており、先の遠征で失った武具の調達についてフィンと共に議論していた。

 ロキ・ファミリアのお得意先はゴブニュ・ファミリア。ヘファイストス・ファミリアと対を成す、オラリオにける二大鍛冶屋の1つである。もっともヘファイストス・ファミリアもお得意先となっており付き合いも長く、どちらを選ぶかは団員によって様々のようだ。

 

 双方共にいくらかのツケが利くとはいえ、今回は一度の大量発注となるためにそれも難しいだろう。そのための対策を、フィンとロキが話し合っていたところだ。

 そこに規律良いノックが行われ、二人は共通の人物を思い浮かべる。これほどまでに整ったノックができるのは、ロキ・ファミリアにおいても一人だけだ。彼が声を掛けると、ガチャリと音を立てて扉が開き、玲瓏な声が部屋に響いた。

 

 

「フィン、先月の財務報告の書類が出来上がった。ここに置いておくぞ」

「ありがとうリヴェリア。でも、今月分は随分と早いね。どうかしたのかい?」

 

 

 いつもならば夜間にあがってくる書類の束が、午前中の割と早い時間に届いたのだからその疑問も当然である。所要時間だけでも6-7割ほどは短縮できている計算だ。更に付け加えれば、データを修正した後における最終的な収支の額とも合致しており、間違いは無いと言えるだろう。

 リヴェリアは包み隠さず、勉学を教えているタカヒロの協力によって膨大な書類枚数となる支出側が異常なほど早く終了したことを告げていた。その言葉に真っ先に反応したのは、今までは黙って聞いていたロキである。

 

 

「だ、駄目やリヴェリア!ファミリアの機密を他のファミリアの眷属に知らせるなんて―――」

「財務内容はギルドにも提出しているだろう、支出側を知られたところで真似するものではない上に、団員のレベルやステイタスのようにファミリアの秘密というわけでもあるまい。なんだ、見られて恥ずかしがるものでもあるのか?」

「そ、そんなの無いわ!」

 

 

 まぁ、コレの内容ぐらいならね。と、フィンも相槌を打っている。

 現代社会の会社ならば色々と機密事項のために問題だが、給与支払いの制度も別枠であり、所詮は日々の雑費とホームの運営費用が羅列された書類の束。ということで、見られたところで中身もさして問題ではないというのが一般的だ。

 

 各々が使用している武具については、基本として各々個人の財務によって管理されているために猶更である。流石にファミリア用の、各団員のステイタス管理の類を開示することは問題だが、リヴェリアがそこまで任せるとは思えないために安心できる内容だ。

 フィンとしても、彼女の負担が減るならばと青年の助力には賛成の模様。しかしロキとしては、それほどまでに優秀な人材ならば、“とあること”に気づくのではないかと内心でビクビクしているのだ。

 

 

「ところでこれは、彼、タカヒロが纏めてくれた表なのだが……月の出費における3%もの金が、酒の類に消えていてな」

 

 

 気がかりだった内容をピンポイントで読まれ、瞬時に震える赤髪の神。ガレスも酒豪の類で飲んでばかりであるがほとんどを自費で賄っており、その点は問題ないだろう。多少程度は運営費から出ているとはいえ、リヴェリアもとやかく口に出すつもりは無い。

 主神ロキが震えた理由は、金の出どころの全てがファミリアの運営資金にある点だ。そして例えば月収20万円に対する3%ではなく、ロキ・ファミリア運営資金の3%であるために金額の大きさはすさまじい。同時に運営資金をそんなことに使える人物はただ一人であり、消費者も自然と限定される。

 

 

「駄目だと?逆だロキ、タカヒロには感謝せねばならない。実は記載ミスをいくつも見つけてくれたのだ。近々には59階層への遠征もあるのだぞ、故に財政は非常に切迫している。すぐさま削減することができる、いくらかの“無駄”を見つけてくれたのだからな」

「む、無駄やない!無駄やない!!仮に無駄やったとしても消費税より安いやん!」

「なんだそのショーヒゼーと言う奴は。ともかく、話し合いは必要だ」

 

 

 そしてオハナシアイの結果、ロキが負けて涙ながらに部屋から飛び出していく。武器を得て正論と王道で構成される彼女の言い回しに打ち勝てるのは、ロキ・ファミリアの幹部どころか主神においても存在しない。

 予想通りに逃げていくロキの背中を見て、フィンも「お手柔らかにしてあげてくれ」と一応フォロー。しかし、それ以上に気になる事をリヴェリアに尋ねていた。

 

 

「そういえばリヴェリア。彼の事、名前で呼ぶようになったんだね」

「……ん?」

 

 

 そういえば。と、本人も気づいていなかったのか可愛らしく口元に指を付けている。全く気にして居なかった本人だが、言われてみれば確かにそうだと思い返した。

 とはいえ、彼と彼女で抱く答えは違っている。その考える仕草が起す疑問は、フィンの考えているものとは別だ。

 

 

「……変なことか?向こうもこちらを呼び捨てている。ましてや、フィンやガレスに対する呼び方と同じだろう」

「……あー、そう受け取るのね」

 

 

 これ以上を掘り下げようとすると親指がうずくために、彼はそこで別の話題に切り替える。思いもよらない方向に進みかけている状況を楽しむ一方、どうなるか分からないという不安も抱くロキ・ファミリアの団長であった。

 




35話序盤の酒騒動の決着でした。次は閑話になります

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