その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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魔石の使用用途が光、冷却、発火とくれば、アレだって……。
とあるシチュエーションをやりたいがための仕込み回です。最後を除いて、話の内容に大して意味はありません。

次話はだいたい出来上がっているので、今日か明日に投稿できそうです。


【閑話】秘密基地

 オラリオ北西部、住宅区の外れ。ここに、周囲から孤立した土地にポツンと立つ物件がある。

 立地が良いかといえば、答えは否だ。住宅地区である西区には隣接した屋台などがいくらかあるが、ここは完全に商業施設からは離れている。

 

 建てられたのは、そのような土地故にとても安かったから。5畳ほどの部屋で構成される2階建て2LDKという細長い小さな間取りは、大人二人子供一人の生活を想定して、一方でそれしか建てることができなかったから。10畳ほどのLDKが、一番大きな部屋となる。

 なお、結果として三つ子が生まれてくるなど中々に想定外の事故だったと言えるだろう。結果として家主は、建ててから十数年程度で手放さざるを得なくなった状況だ。

 

 

 手放したそれは、家と呼ばれる代物だ。男ならば“城”とも呼ぶことがあるその建造物は、人が暮らしを営むことに特化した設備を備えた建物である。

 

 

「それでは、こちらが家の鍵となります。1年間のご契約、誠にありがとうございました」

 

 

 案内を担当して愛想よく頭を下げる店員と別れ、タカヒロはドアについた錠前を外している。西区に広がる住宅地区のなかでも北寄りにあったこの小さな2階建ての貸し物件は、立地が良いとは言えないことと狭さがあるために格安となっていた貸し物件だ。

 その金額、少し値切ってピッタリ20万ヴァリス。800万ヴァリスもあれば豪邸が建つこの世界においても勿論ソコソコの金額だが築10年程度の物件であり、カドモスの被膜をヘスティアが換金してくれたおかげで約300万ヴァリスという大金を所持している彼にとって、払えない金額ではないどころか、嫌らしい言い方をすれば余裕であった。

 

 金額に比例してか設備的には一人用のベッドがある程度で、その他にも非常に簡素なものしかなく、俗に言う箸と茶碗だけ持って来れば生活できるような状況ではない。とりあえず廃材セールとなっていた六人がけのテーブルと4つの座椅子は事前に運んでもらっているが、何かと一式そろえなければ生活するには厳しいだろう。

 それでも、この2LDKとなっている物件は、青年からすれば理想の隠れ家だ。もっとも隠れるつもりも無ければこちらを住居にするつもりも更々ないのだが、教会の地下では何かと手狭になってきたのである。

 

 

 ではなぜ、気に入っていたあの部屋が手狭になったのか。実は、ステイタスにもステータスにも出てこない、彼が持つスキルを使うためだ。

 

 

 左手に鉄板、右手にはペンチのようなもの。一般人の力では曲げられない厚みの1メートル角の鉄板に、木板と鑢に鋸、そして床に広げられたのは緻密な数値――――ではなく、殴り書きとなっている設計図。

 設計図以外は、どれも先ほど購入した代物だ。行われるのは工学的な技術に基づいた工作、DIYである。

 

 

 以前に魔石灯を分解していたのは、魔石を用いた技術をパクるため。……もとい、参考にするためである。

 何を隠そう、ここ数日においてオラリオの気温はグングン上昇しているのだ。まだ朝晩は過ごしやすい気温であるものの日中はやや汗ばむ陽気となっており、平穏な朝晩も時間の問題であることは明白である。

 

 ならばと、ケアン文明の申し子は設計図を起こして立ち上がったわけだ。

 物資を冷凍させる用の魔石で部屋を冷やすことはできるが、それとはまた違った“涼しさ”を求めている。一般的には扇風機と呼ばれる基本にしてエコな逸品を完成させるべく、持ち得る知識と技術を繰り出していくわけだ。

 

 とは言っても、羽が回って風を生むような代物とはまた違う。人差し指ほどの長さの2枚の金属板を加工し、寸分違わぬコの字型に仕上げてHローターを作って、それにエナメル線を巻いてモーターを作成。

 そして寸分違わぬ4枚羽を作って、モーターのトルク量を調整して――――と、言ったようなことは行わない。

 

 

 ここはオラリオ、魔石と呼ばれるモノがあるのだ。ちなみに作成の決断としては、「光、冷却、加熱とくれば、同じエレメンタル属性の風も行けるんじゃね?」という、中々に単純な発想である。

 以前に魔石灯を分解し、一般的な魔石と何が違うのかを念入りに調べていた。実のところ加熱用なども取り寄せており、既に分解済みだったりするのはご愛敬。一応ながら、頭の中にプランはあるらしい。

 

 

 ところで、以前のネックレスにおけるエンチャント然り。なぜ素人の彼が、このような“魔具製作者”紛いのことを行えるのか。

 それは他ならぬ星座の加護によるものであり、天界のタペストリーを作ったとされる“鍛冶・建築の神ターゴ”の恩恵によるものだ。更にはその神が使う金床の星座も取得しているために、何かを作成することにおいて一際のこと磨きがかかっているのである。

 

 この魔石は空気を作り出すわけではなく、簡単に言えば、そこにファンがあるような働きをして風速を生むものだ。しかしながら単体で使っても空気が乱れるだけであり、その風が心地良いかと言われれば微妙なところ。

 ならば、ダクトのような整流装置が必要となる。加工した魔石の力に対して、太さ、長さを吟味し、様々なパターンを作ることとなるだろう。殴り書きの設計図は、その図面らしき物体というワケだ。

 

 整流効果というのは意外と重要で、例えば空気の入り口を出口の径を少し変えるだけで、体感する風の質は大きく変わる。出口側を狭めれば風速は速まるがピンポイントで風が当たって快適性が落ちるために、理論的にある程度形を作って、ああだ、こうだと模索するのだ。

 ちなみに工作内容としては大したものは無く、金属板を攻撃スキル“正義の熱情”で溶接してダクト形状の“サーキュレーター”を作る程度。試作段階のために仮固定して形状を決定し、続いて魔石を置く台座を、その中に組み込んでいく。

 

 

 結果として出来上がったサーキュレーターは、傍から見れば、あまりにも不格好。とはいえ、本来の溶接装置を使わずに金属板を溶接しただけなのだから無理もない。

 それでも内側は綺麗に研磨されており、しっかりと風は生まれるのだ。肌を撫でてゆく空気の流れがどれほどまでに心地よいかは、語るまでもないだろう。

 

 

 とりあえず完成――――と万歳三唱しようとして、台座部分を作っていなかったことを思い出す。風車(かざぐるま)ではないのだ。手に持って使うというわけにもいかない代物である。

 壁掛けか、長い首の床置きか。邪魔にならないとなれば壁掛けが妥当だろうが、いくらか距離に問題が残っている。

 

 

「……いや、ダメか。流石に風量が乏しい」

 

 

 己の技術の不甲斐なさにごちり、彼は溜息をつく。とはいえ、現状では無いもの強請りをしても仕方がない。

 他に何か手法がないかと考え、机の端に挟み込んで固定するタイプを思いついた。これならば使用者の近くにおける上に、固定もしっかりと行える。

 

 台座を作る序として、よくある首振り機能を実装できないかと思いに耽る。自動で左右に振るとなると難しいために、土台部分に歯車をつけて左右に首を振れるよう付加価値を実装するために刃物を取った。

 用意するのは、歯の大きなギアとストッパー。左右それぞれ60度ほどの範囲に首を振れる改造は木造となり、こちらの加工は割とスムーズに終了している。左右それぞれの可動範囲が微妙に違うのも、ハンドメイドらしさを強調していて風情があるというものだ。

 

 満足気に完成品を数秒眺め、その流れで床を見る。尾びれをつけても奇麗とは言えないリビングの床。木片や金属板が転がっており、破片こそ一か所に纏められているが中々に危険な状態である。

 木材の板もあるが、木の加工は屋外でやっていたために木くずの類はほとんどない。加えて、達成感を得た直後であるために、できれば嫌いな掃除は行いたくない。となれば――――

 

――――掃除は今度にしよう、そうしよう。

 

 掃除が苦手である彼、かつ男性特有の概念であり、バレたら彼女や母親に怒られるやつである。もっともどちらも居ないために彼を止める者は居らず、一仕事を終えて昼過ぎの時間、彼は大きな市場へと繰り出した。

 買い物客も一段落して余裕のある市場では、イイカンジのポットのような湯沸かし器とそれに使う魔石。お茶を淹れる適当なカップを見繕って購入する。もしコーヒーだろうが緑茶だろうが紅茶だろうが同じ容器でいいやと思っているのは、「男あるある」なガサツなところが表れている特徴だ。

 

 ティーパックの類は、今度また来るときに。今から帰って湯を沸かしていては日が傾く頃になる。早めに探索を切り上げたのだろう、冒険者らしき姿も増えてきた。

 この市場ももう少しすれば、活気と熱気に包まれることになるのだろう。そんな舞台に背を向けて、彼は人気とは無縁の隠れ家へと戻ってくる。そう言えば掃除道具を買い忘れていたことを思いついて言い訳とし、掃除は本当に次回訪れた時だと決意を抱いた。

 

 

「さて、確か食材の貯蓄も怪しかったな……。夕飯の食材でも買って、帰るとするか」

 

 

 ガチャリと音を立てる鎧と、扉を守る錠前。しっかりと鍵のかかったことを確認すると、住み慣れた廃教会へと向けて歩き出す。

 

 せっかくなのでカップを買った大きな市場で品定めした方が良かったかと思ったが、後の祭りである。そもそもが、ホームへと帰る直前に夕飯を作るかと思い立っているために猶更だ。

 そして食材を前にすると、装備コレクターの神髄が発揮されスペック厨に切り替わる。同じ装備効果が付いている同じ名前の武具のなかでも、より数値の高い方を求める奴だ。

 

 野菜と肉を筆頭として生鮮食品を吟味するフルアーマー、しかも数少ない知識を掘り起こして加減無しの本気モード。中々にオカシな構図であり、店員も若干引いている。

 そこそこの戦利品を引き下げ、タカヒロは廃教会へと凱旋し――――

 

 

「……で、ソコソコお高くて新鮮な素材だけれど、誰が料理するんだい?」

 

 

 帰宅後、ヘスティアの口から出たのがその一文であった。ピタリと、師弟コンビも固まって顔を合わせている。

 ベルとしては、きっと師匠が何か作ってくれるのだろうと思っている。タカヒロとしては、おいしそうな食材だったので購入したと言うだけで、調理のことなど頭から抜けていた。

 

 いうなれば、37階層辺りの素材を鍛冶師でもないド素人が使うようなもの。結果として出来上がる武具の性能、つまり料理の質はお察しだ。

 とはいうものの、これに見合う料理人が居ない以上は無いもの強請りをしても仕方がない。どうするべきかと、3人は唸って考えを口にした。

 

 

「……えーっと、師匠が作ったものでしたら誰も文句ないかと……」

「待てベル君、自分は焼く・茹でる程度のものしかできんぞ」

「それなら僕だってそうですよ!」

 

 

 どうやら、師弟の料理レベルは同等程度のようである。余計に「どうしたものか」と腕を組むタカヒロだが、このままではシンプルな料理の出来上がりを待つだけだ。

 

 

「ですが師匠、普通に作れるのでしたら十分だと思います。神様なんて……」

「そこで悲しげな顔はやめてもらえるかなベル君!?」

「でしたら“煮る”と“茹でる”の違いぐらいは覚えてください!」

「ぐほあ!」

 

 

 結果として購入者であるタカヒロが担当することとなり、献立は、野菜スープと肉野菜炒めの2品目。難しい料理はできないために適当にカットして、少量のバターで炒めた上で水を注いで火にかけて、塩コショウで味を調整。炒め物も塩コショウで味付けした程度ながらも、二人の評価も上々だ。

 3人揃って味見という名のツマミ食いに専念していたため、味の調整もバッチリだ。主食としてテーブル上で主張しているジャガ丸君をかじりながら、各々が過ごす日々の話に花が咲いている。

 

 廃教会という3人にとって落ち着く家で、その中心に温まる炉のあるヘスティア・ファミリアの夜は、今日も穏やかに過ぎてゆく。




■正義の熱情(レベル4)
39 燃焼ダメージ/3s
+23%燃焼ダメージ

詳しくはまた後の話で。

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