ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館。日暮れまで資料を漁っていた青年が帰った晩、フィン・ディムナの執務室に、唸り声とまでは行かないが、2つの悩む声が木霊する。
「僕は見当もつかないな。生憎と、そういう専門的な、特に鍛冶のこととなると疎くてね」
「うーん、ウチも聞いたことないなぁ……。
それに対し、「そうか……」と落胆した返事を口にするのは、二人もよく知る副団長のリヴェリアだ。あまり感情を出さない彼女だが、今回は珍しく眉が下がっている。
あのあと己もいくらか調べてみたが、感想としてはフィンと同様。少し前に極彩色のイモムシについて情報集めに手を出したことがあるが、それよりも未知の度合いが非常に高い。むしろ、掠りもしない状況だ。
ちなみに彼女が二人に質問をした内容は、「星に関する、鍛冶に使えるアイテムは聞いたことがあるか」という内容。他ならぬタカヒロが本日調べていた項目であり、“かの言葉”でいくらか機嫌を良くしたために、手伝えることがあるならばと肩入れしている状況だ。
なお、無情にも結果は先の通りである。言われてみればその道の一番と言って過言ではない神ヘファイストスが知らないと言うならば、相当に調査の難しい内容だ。ロキも何かないかと記憶を探っているらしいが、思い浮かぶものは無いようである。
「うーん、星座、つまるところ星やろ~……。星々を線で結んで作られた星座ってのは、本当に昔からあるもんや。案外、古いものなんかが足掛かりになったりしてな」
「古きもの、か……」
1000年、2000年程度ではない、本当に遥か昔の話である。一般的に遺跡と言われるような場所が栄えていた時代よりも古くから、星々というのは地上を見守ってきた存在だ。
リヴェリアとて夜空を見上げたことはあれど、特別に意識したことは無かった、それらの存在。エルフ故に木々や精霊となれば相応の知識はあれど、星座となれば素人も良い所である。
ロキが言う“古いもの”とは、占星術などに使われていた道具である。もっとも今は滅多に使われていないものであり、たとえあったとしても、鍛冶に使えるような代物ではないだろう。
そして、それが正解ならばヘファイストスが真っ先に答えているだろうとも予測することが出来ていた。そのためにロキも具体名称は出しておらず、古いものを片っ端から当たるしかないのではないかと口にしているのだ。
「そうだ。団員の一人が言ってたんだけど、少し前から、古典に関する博覧会が開催されているみたいだよ」
「古典博覧会……まさに丁度いい。場所などはわかるか?」
生憎とそこまでは知らないフィンは、口に出していた団員のエルフの名を告げている。まだ無礼ではない時間であったために、さっそくその団員のもとへと向かったリヴェリアは、詳細な情報を聞き出していた。
その者も詳細とは言っても展示内容までは覚えておらず、「オラリオで古典博覧会があるらしい」程度の情報を知っているだけ。故に、聞き出せたのは場所と入場費用ぐらいのものである。ならばと、彼女は頼みごとを行った。
その者も詳細は知らないとはいえ、いくらかの伝手はある模様。他ならぬリヴェリアからの頼み事ということで、その内容が全てにおいて最優先で処理されていったのは、エルフならば当然の事であった。
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「……これは?」
翌日、昼食時を過ぎた頃。リヴェリアの仕事を手伝っていたタカヒロが一段落した時。渡した書類と引き換えに、リヴェリアが2枚のチケットを取り出し、うち一枚を彼に向かって差し出した。
「何の紙だろうか」と内心で考え右手で受け取る彼は、文字を読んで疑問に思う。事情を知らない青年からすれば、古典博覧会など、正に何の脈略もない事柄だ。
「君が探していた星座というのは、古くからあるものだ。何か参考になるかもしれない。今日は、この博覧会に赴くぞ」
そして、このリヴェリアの発言である。古典博覧会という理由は納得したものの同時に色々と疑問符が浮かんだタカヒロだが、そのなかで、最も気になったことを口にした。
「……まさか、今からか?」
「私なら大丈夫だ、気にすることは無い。日々における君が見せた、弛まぬ研鑽の褒美だ」
違う、そうじゃない。青年が気にしているのはリヴェリアの用事ではないのだが、どうやら彼女は一ミリも疑問に思っていないようである。
タカヒロが気にしているのは、普通ならば、互いにちゃんとした服で出かけるシチュエーションの一種となる、その状況。もちろん傍から見ればそう捉えられることなど気づいていないリヴェリアは、まさかの当日に切り出している格好だ。
いつも通りにワイシャツと適当なズボンであるタカヒロは、「どうしたものか」と少し悩む。しかしながら相手もまた普段の魔導服であるために、とりわけ意識していないことは明白だ。
ということで、「別にいいか」という結論に達している。この青年は基本として、輪をかけて変でなければ服装は気にしない傾向にあるために問題にまでは成っていない。レフィーヤ辺りが耳にすれば、即刻「ダメです!」と行政指導が入っていたことだろう。
そしてタカヒロからすれば、服装どうこうよりも、自分のために起こしてくれた行動が嬉しいのだ。そのために、青年の中にある断りの選択肢は、のっぴきならない事情でも発生しない限りは選ばれない。
並んで歩きながら話すリヴェリア曰く、星座に関するものとなれば歴史は古いため、古典博覧会に何かヒントがあるかもしれない、とのこと。なるほど。と呟いて腕を組むタカヒロは、一理あると言いたげな様相を示している。
なお、彼女の言葉は、ご存知の通り主神ロキの受け売りに他ならない。先日の図書室で貰った言葉で“ごきげん”なバフ効果は未だ続いており、青年の悩みを解決する糸口になればと張り切っている。
いつも周りに居るエルフに手伝ってもらい、古典博覧会のチケット2枚を入手したというわけだ。別に1枚だけを手に入れて渡せば済む話なのだが、そこはロキ・ファミリアにおいて
もっともチケットを入手したエルフには誰が誰と行くとは伝えていないために、彼等からしても、まさかリヴェリアが出向くことになるとは思っていないのだ。事実が周知されれば、一波乱は起こる事になるだろう。
「星座について、随分と悩んでいたようだからな。答えがあるかは分からんが、行ってみる価値はあるだろう」
「……それで、わざわざ古典博覧会について調べ自分を誘ってくれたと言うワケか。本当に面倒見が良いのだな、君は」
すると、先日に終わった試合のはずだというのに軽いジャブが繰り出される。不意打ちで突然と、青年らしい苦笑交じりの優しい表情から出された言葉と様相を耳にし目にした彼女には、相変わらず回避を行う暇がない。
先日に与えた忠告もなんのその、既に忘れているどころか聞いちゃいない。今回も今回とて思ったことをそのまま口にしており、耳にした彼女は顔を背け、先日の言葉を思い出したその眼は右に左に泳いでいた。
「え、ええい、御託はいい。私が誘ったのだ、乗りかかった船とも言うだろう、行くぞ!」
「了解したが何処へ向かう。焦るな分かっているのか、そっちは逆だろう」
「っ、わ、分かっている!」
「やはり分かっていないだろう、そっちで正解だ」
「お、お前という奴は――――!!」
ひょんなことから始まった流れは、さっそく既に空回り。青年に詰め寄って文句を口にしたリヴェリアは、フンッとへそを曲げて一人ズカズカと足を進めることとなる。
その後ろから、何を焦っているのだとタカヒロが大股の歩みで追っている状況だ。軽いジャブののちに、普段の調子で君がいじるからいけないのです。
ワケあって遠くから一部始終を見ていたフィンは、「大丈夫かこれ」と内心で思いつつ。いい方向に転がれば良いなと苦笑し、後ろから音を立てて追ってくるアマゾネスから逃げるのであった。
彼にとっては、“己の頭の蝿を追え”。他人を気にするお節介よりも、まずは42歳である自分の身の回りをしっかりせよという、注意喚起の文言である。
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「落ち着けリヴェリア、急げば躓くぞ」
「うるさいっ……」
オラリオにおける、人気の少ない裏通り。白兎を相手するレフィーヤと違って蒸気機関車とは程遠いが、プンプンとした擬音が似合いそうな雰囲気で、リヴェリアが足を進めている。その後ろに、タカヒロが続いている格好だ。
このハイエルフ、別に怒っているわけではない。後ろの青年に振り回されている現状に、年甲斐もなく拗ねているだけである。空回りな現状もかねて、拗ね具合が今までで一番に強いというわけだ。
互いのステイタス並みに秘匿されている歳の差は4倍程度のものがあるのだが、これでは、どちらが子供だろうかと思える程。やがて落ち着いたのか小声で「すまなかった」と呟く姿がある分、流石に弁えは持ち合わせているようである。
青年から見ても分かる程の空回り具合とは裏腹に、通りの左右にある店舗に切り取られた空は清々しい夏の訪れを感じさせている。そんなことを考える余裕のあるタカヒロとは対照的に、リヴェリアには酷く心の余裕がない。
――――調子が思わしくない。
今一番、彼女が感じている内容だ。明らかに普段の自分と違う対応続きな現状に加え、どうにも先程のような言葉しか返せない。己が原因であるにも関わらず、思わず彼のせいにしてしまいたくなる。というよりは、している。
しかし不思議と心は軽く、懐かしくもある。もうしばらく思い出す機会も無かったが、久方ぶりにこのような気持ちになったためか、本当に久々に脳裏を過る。
かつて、パルゥム、ドワーフの3人と、ファミリアを結成した頃を思い出す。事あるごとに言い合っていた頃の気持ちと似ていると気付くと、自然と口元が緩みかけた。
楽しく、懐かしく。それでいて辛く、悲しみを背負った、己の過去。一番の年長だからという理由で黄金の少女の世話役となり、苦悩した、約10年前の日々が思い浮かぶ。
それでも、だからこそ、今のロキ・ファミリアがここにある。己が身を案じ、愛すると誓った少女も今では立派に成長し、余程の事が無い限りは負けないぐらいに強くなった。
少しばかり感情表現が苦手なところが気にかかっていたが、なぜだか最近は昔ほどは酷くない。その変化が少年と鍛錬を開始した頃からだと思い返すと、不思議とリトル・ルーキーには感謝の念が芽生えてくる。
それらの転換期がどこかとなれば、やはり52階層で、そこの青年と出会ってからだろう。全く別のファミリアであり、彼女の中でも未だ謎が多い人物ながら、何故だか不思議と世話を焼いてしまうのだから不思議なものだ。
彼女がそんな感情を抱いているうちに、目的の地点へと到着する。人が疎らなこともあり、二人は順路に沿って様々な展示品を眺めていた。いくらかエルフ関係の物もあったのか、リヴェリアが反応を示している。
結局、古典博覧会の内容としては書物系が中心であり、英雄記に基づいたレプリカの展示が少しばかりあった程度だ。故に参考になりそうなものは何もなく、答えだけ言ってしまえば空振りである。
当てが外れ、リヴェリアは少し落ち込み気味に展示会を後にする。そんな彼女の横顔を見たタカヒロは、1分ほどだけ待っていろと告げ、早歩きで道の反対側へと向かっていった。
背中を目で追う彼女は、やはり少しの落胆の色を覗かせている。他に何があるかと、心境を表すかのような、雲が多い空を仰ぎ見た。
そうこうしているうちに1分程が経過したようで、青年が手に何かを持って戻ってきた。中指ほどの深さがある携帯容器であり、その中身は、露店で売っていたアイスティーの類である。
多くもなく少なくもない量は歩きながら飲む分には丁度良い軽さであり、文字通り気軽に飲める一品。博覧会会場から出た時に周囲を見渡したタカヒロが、目ざとく見つけていたものであった。同じものながらも2つを購入しており、うち1つを彼女に向かって差し出している。
「釣り合わんが、今日の礼だ。結果は空振りだったが君が落ち込むことは無い。神ですらワカランと口にする内容だ、気長に探すとするよ」
「……そ、そうか」
それだけ口にすると、青年は彼女と共に歩きながらドリンクを呷る。程よい冷え具合が体温を下げ、優しい舌ざわりとほのかな甘さが味覚を優しく撫でている。
一方で、己がドリンクを渡した相手が王族であることなど、微塵も気にしても居ないのだろう。普通のエルフならば、彼女を相手に飲み歩きの誘いは行わない。
とはいえ誘い返されたのだから、彼女からすれば真似てみるのも一興だ。“行儀が悪い”行動を彼に倣って行うも、何故だか此度だけは許される気がするのだから不思議なものである。
露店販売らしい無骨な味の紅茶に、舌鼓を打ちながら。少し強い日差しの下、二つの姿は黄昏の館へと戻っていく。
ツイッターで見かけた程度の情報ですが、円盤の特権SSで70歳以上という情報がある模様。そこから更に28年経っているらしく、しかし公式のキャラクター紹介では神が???才となっているところリヴェリアは??才だったので、これらを信じるならばギリギリ2桁なのだと思います。海外Wikiだとage99となっていますね。
念のための注釈:フィンを追うアマゾネスが蝿と言っているわけではありません。ことわざです。