翌日、日の出の時間を少し過ぎた頃。1つの小さな姿と大きなバッグが、今日もバベルの塔へと向かっている。
足取りは重く、周りを歩く他の者のように気合や覚悟は見られない。比喩とした表現ではなく、生き残るために、気乗りせず赴いているのだから当然だ。
それでも今までよりは少しだけ改善され、今は不安半分、期待半分。丁寧に心を見れば、少しだけ後者が上回っているかもしれない。
あの少年は信用できるだろうかと、何度も心の中で考えた。今までの者とは違うと分かっているつもりながら、己が今まで受けてきた仕打ちを考えると、やはり心は沈んでしまう。
嗚呼、きっと、誰が来ようと同じなのだと。待っているのはサポーターという職業としての“作業”なのだと考え、それでも僅かな光を期待して、こうして足を向けている。
人波に飲まれつつリリルカ・アーデが集合場所に向かうと、そこには3人の姿があった。東方の物と似た服装を着る青年と一緒にベルが居り、フードを被ったフルアーマーの姿の人物が談話をしている。
三者三様。先ほどの順にアーマーなし、ライトアーマー、フルアーマーと、なんともキッパリとした様相だ。
まだリリルカには気づいていないようだが、周りが足音ばかりのためか、会話の声が少し聞こえてくる。うち一人が、通りやすい声であることも理由の1つだろう。
会話の内容としては、大したものではない。東方のような服装をした者が発言者であり、ベル・クラネルに関する内容だった。
「おいおい、礼を言うのはこっちだよ。ランクアップのレコードホルダーが使ってる武器と鎧ってことで、実は最近、ちょくちょく売れてるんだ。ベルが紹介してくれたあのパーティーも、今じゃすっかりお得意様だ」
お礼ができて何よりです、と少年は答えるも、ヴェルフからすればベル・クラネル様様である。かつて師がナイフを見つけてきたフロアへヴェルフと共に行ってみると、店の奥の片隅、かつ小規模ながらも“ヴェルフ・クロッゾ”の武器を集めた専門コーナーが設けられていた程だ。
もちろん魔剣はなく、やはり時たま、勘違いした客も来るらしい。それでも、鍛冶のアビリティが無いレベル1の鍛冶師が受ける待遇としては、破格と言っていいほどの内容だ。ネーミングセンスが伴えば更に良くなるという事実は、なぜだか誰も伝えていない。
そんな話をしている3人組にリリルカが合流したのは、丁度そのタイミング。クロッゾという名の鍛冶師にも驚いていた彼女だが、ベルが自分の専属であることをヴェルフが告げると、そう言えばそんな情報も流れていたなと思い返す。
そしてリリルカは声からして、フードを被ったフルアーマーの男が、あの時自分が声をかけた青年なのだと気づいた。自称一般人と今しがた口にしているが、そんな鎧を着てどこが“一般人”なのかと物言いたげな目線を飛ばしている一方、相手は気にもしていない。なお、ベルとヴェルフもリリルカの意見に同意しているのはご愛敬である。
「やっべ、俺達が最後じゃねぇか?」
「そうみたいね、急ごう!」
「は、はい!」
そんな時に現れる、ヘルメス・ファミリアに所属する3人のパルゥム。24階層で活躍し、リリルカと同種族であったために、タカヒロがアスフィ経由で声を掛けていたのだ。前日夜にもたらされた急な連絡だったものの、落ち込んだ同族の為ならばと、3人も快く了承しての参加である。
もっとも3人にとってはタカヒロ以外は初めて会う人物ばかり。各々は、自己紹介を済ませていく。
流石にベルの名は知られていたらしい。パーティーの半分以上がパルゥムという、なんとも珍しいパーティーとなっていた。
気軽に挨拶をするポット、ポック姉弟と、その小さな陰に隠れて人見知りモード全開のメリルという対照的な存在。職業も前衛二人に人見知り魔導士と極端ながら、同じパルゥムということで、リリルカも表情を少し緩めて応対している。
そんなこんなで役者は揃い、7人パーティーのリーダーはベル・クラネルだ。実質的に6人パーティー、そして最初はベル・ヴェルフ・リリルカの3人パーティーとなりながらも、今日は夕方過ぎまで、9階層で狩りを行いドロップアイテムや魔石を収集する旨が告げられている。
リリルカ、ヴェルフ共に適正階層であり、実力面においても特に問題は無い。とはいえ彼女からすれば、さも当たり前のように9階層へと一緒にやってきた、冒険者登録をしていない上に武器も持っていないタカヒロのことが気になるようだ。
「さてベル君、自分は何をすればいいだろうか」
「それじゃ師匠は、リリ……アーデさんに指示を出してあげてください」
「承知した」
何の指示を、とは言われないものの、意図は伝わっているようだ。
そして自然に交わされたタカヒロとベルとの会話だが、実は先日の夜に、ベルから重要なことは伝えられている。リリルカは自分からの指示がなければ動かないと説明したベルだが、それには暗い過去が影響していることも話されていた。
己が指示した内容しか行わないが、恐らくは広い視野を持っている、そのサポーター。おそらくは独学であり、だとするならばセンスの良さは間違いない。天職とも言えるだろう。
もっともベルでは“そう思う”程度で確信が持てないために、こうして師を頼ったというわけだ。同時に、サポーターとしての職業に絶望しかけている彼女に対し、何とかしてあげたい、してあげて欲しいと祈願している。
その結果、タカヒロの仕込みによって、このパーティーが組まれたというわけだ。実際にたった今から戦闘が始まり、的確に指示をこなす一方で左右に動き続ける栗色の瞳を、漆黒の瞳が見据えている。時折タカヒロと目が合うと申し訳なさそうな表情を見せ、やはり、言われた仕事に戻っている点も特徴的だ。
仕事内容が終わると、やはり青年に対して指示を仰ぐ。青年もまた新たな指示を出すことが繰り返され、2-3分したのちに、戦闘が一時中断されることとなった。
「……どうにも君は、自分自身で考えて動いた方が良さそうだ」
「えっ……」
「アーデ君。それ程の観察眼を以てして、なぜわざわざ“無駄に”指示を仰ぐ」
当然だ。サポーターは、冒険者様の使い走り。冒険者様が思うままに使われる、道具以外の何者でもない。
そのことを弱々しく告げ、横に並ぶ相手の様子を伺うも、フードの下の口元は僅かにも変わらない。かと言って何かを口にできるわけでもないリリルカは、ぎゅっと口を噤んでしまう。
一方のベルは、流石は師匠だと内心思い、僅かに口元を緩めていた。たった一度の戦闘における観察でリリルカが持つ観察眼を見抜いており、同時に、自分と同じ長所を見つけてくれて喜んでいる。
「そうか、では命令だ。自分は何も指示を出さない、君の思うままに動いてみよう。今までは二人だっただろうが、三人となれば大きく違う。君ならばそのうち、知らなかったことに気づくはずだ」
「……は、はい」
実のところ、人数がどうこうというよりはベルとヴェルフの違いである。レベル2でありタカヒロ仕込みの広い観察眼と小手先の技術を持つベルと、レベル1であり戦闘については全くの独学であるヴェルフとでは、立ち回りが大きく異なるのだ。
極端に言うと前者は、ほっといたところで自分一人で問題に気づき、解決してしまう。しかしながら後者は、早くレベル2になりたいという必死さの影響から生まれる危ない気配がチラホラと見え隠れしており、普段もベルが気をつけている程だ。
ということで、サポーターからすると仕事量が雲泥の差となる結果が待っている。目配り気配りの量は普段と比べて非常に増えており、歩き始めた赤子を見守るかのような、ハラハラと気が休まらない感情が付きまとう。
別に、ヴェルフが子供というわけではない。無茶と言うべきか無鉄砲と言うべきか、どちらともつかない立ち回りは、見ている側の気が休まらないのだ。現に今も、横から来ているモンスターに気づいているかどうかも怪しいほどである。
「あの鍛冶師、ちゃんと横見てんのかな……」
「危なそうですが……」
ポックとメリルもそのことに気づき、不安げな視線を向けている。しかしながらヴェルフは気づくことなく、ベルが声を上げることとなった。
「ヴェルフさん、右から来てますよ!?」
「え?ぬおっ!?」
――――ああ、もう。ここの死体をどけなきゃいけないのに、援護が必要じゃないですか。
内心で呟いてさっそく仕事となり、ヴェルフに対して介護が必要となるようだ。
低威力ながらも小回りの利く、仕込み武器の類になる小さなクロスボウ。左腕にセットされたそれを使用し、的確にモンスターへと命中させて注意を削ぐ。
ダメージとしては大したことが無いものの、相手を乱すには十二分。ある程度の時間も稼げており、これでヴェルフは、態勢を立て直せたというわけだ。
「すまんリリ助、助かった!」
「っ――――つ、次はありませんからね!だいたい、なんで鍛冶師のヴェルフ様が戦っているんです!」
「俺は、戦える鍛冶師を目指してんだ!ッセイ!!」
何気ない、他のパーティーならば当たり前の一言が。決して特別ではないはずの言葉のやり取りが、心をくすぐる。いつもより忙しくなったはずなのに、なぜだか心は、別の感情が沸き起こる。
次は無いと言いつつ、既に2回目の状況が間近に迫っている。案の定ベルが気付き、溜息をつきながらも、リリルカは先ほど行った牽制の焼き直しを行った。
――――何故でしょう、身体が軽い。
忙しさと共に感じる、新たな感情。決して、モンスターを殺すことではない。それを行う、仲間の姿を見ていることでもない。
決して楽な仕事内容ではない。アレコレとやることは次々と出てくるし、フードを被った青年は動く気配が全くないし、考えなしにモンスターをどんどん倒す二人のせいで、魔石やドロップアイテムの回収も追いつかない。
このモンスターは魔石を取り出し、死骸が占領する面積を減らさなければ。そして、そろそろソコの死体をどけなければ、恐らくヴェルフが躓きかねないだろうとリリルカは予測する。
そして状況は止まらずに、ベルの前にも新たなモンスターが出現、数は4。彼ならば問題ないために任せておこうと、彼女は判断して声を上げた。
「ベル様、後方の空きスペースが少ないです、その4体は前方で仕留めてください!」
「わかった!」
「あ、転びそう」
「うげ、あぶねっ!?」
「ヴェルフ君、先程から足元が疎かだぞ。ソロとパーティーとでは倒す速度が全く違う。交戦態勢に入る前に、周りを見る癖をつけるんだ」
「す、すみません!」
嗚呼、やっぱりコレだ。洗練されたベルの動きと比べると焦りが見られるヴェルフの一挙手一投足は、結果として酷く危うい。珍しく、フルアーマーの青年から注意喚起がなされている。
それでも、不思議と口元が緩んでしまう。決して、ヴェルフの失敗を笑ったりしているワケではない。青年の注意を受けてしまっている彼を、貶しているワケでもない。
そして、気づいた。仲間のために考えて動けるということが、楽しいのだ。
おかしな話だと、そのような答えに辿り着いた自分を笑う。今までも3人どころか、6人7人でのパーティー行動など、何度もあったはずではないか。
理由を考えれば、原因は単純だ。本来ならばやるべきことは山のように在ったものの、自分自身に許されたのは、罵倒と共に指示された内容のみ。それすらも、最終的には邪魔だのボンクラだの、貶されて終わる。
しかし、此度においてはそのような気配は微塵もない。初めのうちは下を向いていたはずの己が、胸を張って前を見据えていることに気が付いた。忙しさ溢れる最中だというのに思わず口元も緩んでおり、次は何をしてやろうかと、考えすらも活発だ。
とはいえ流石に死体が溜まり過ぎたために、一時中断の提案を行うこととなる。やはり二人は従ってくれており、魔石の取り出し方を学ばせて欲しいと口にする程。サポーターが格下など、これっぽっちも思っていない言動に他ならない。
故に、彼女も表情柔らかく答えている。最初は落ち込み気味だった表情に笑顔が戻り、ヘルメス・ファミリアの3人もまた、顔を合わせて柔らかな表情となっていた。
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「ところで師匠、お話されていた例の件ですが……」
「ああ、呼んでおいたよ。余程が無い限りは、問題なく来てくれるとのことだ」
「そうですか!流石師匠、良かったです」
パーティー行動するメンバーを増やしたり入れ替えるなどして2回目の休憩の際に、ふと、ベルがそんなことを口にする。どうやらタカヒロが発案のようなのだが、誰かしら、合流する者が居るようだ。
誰のことでしょう?と言いたげに顔を傾けるリリルカとヴェルフだが、心当たりは全くない。期間的に短い二人とはいえ、いまだベルが他の者とパーティーを行っていることは聞いたことも無い内容だ。ヘルメス・ファミリアの3人も、その点については知らないようである。
8階層へ降りた付近で昼食がてら休憩を取っていると、言葉通り、ダンジョンの向こうから人影が現れる。近づくにつれて詳細が明らかになり、サポーターを含む7人のパーティーがやってきた。
その姿を見たベルは立ち上がって手を振ると、相手方も武器を掲げるなどして答えてきた状況だ。ピクニックをやっている雰囲気なベルに対して向こうは表情に力が入っているが、気さくな仲であることが伺える。
タカヒロ曰く、午後はこのパーティーと一緒に10階層にて狩りを行うとの内容。どこかのファミリアなのだろうかと
「えっ!?あ、あのエンブレム、ロキ・ファミリア……!?」
「っ!?」
「うわ!前も第一級冒険者を見たけど、こっちも本物だ!」
「はわわわわ!」
「なんだ、皆さんだったのか」
「先日ぶりですクロッゾさん、今日はクラネルさん達と潜っていたんですね」
「ええ。“楽しいパーティーが体験できる”って、タカヒロさんに誘われましてね。まぁ、迷惑ばかりかけちゃってるんですけど……」
いきなり気さくに会話を始めるヴェルフだが、目の錯覚かと、リリルカは何度も瞬きして疑った。それはヘルメス・ファミリアの3名も同様であり、驚きの表情を隠せない。24階層の時には確かに共闘していたフルアーマーの男だがファミリアは別であり、まさか、それ程の事ができる人物とは思ってもいなかった。
特にリリルカの驚き様は
あの最大派閥であるロキ・ファミリアと共にパーティー行動を行うなど、駆け出しの冒険者にとっては最も誉れ高きことの1つであることは考えるに容易い。オラリオの街にはパルゥムしか入店できない専門店があるのだが、そこで「ロキ・ファミリアのパーティーと一緒になってダンジョンへ潜った」と口にするだけで、一躍時の人となれるだろう。
紹介を受けるに、引率者を除いた全員がレベル1とのことだが、それでもロキ・ファミリアであることに変わりはない。更には様子を見るに、ベルに対して敬意を払いながらも、非常に親し気な対応を見せている。
パルゥムの4人は、双方の繋がりが、全くもって分からない。更には引率の者はフードを被っている青年やベルと互いに握手を行い、ロキ・ファミリアが上ではなく、互いに対等な立場であることを示している。何がどうなってその関係にあるのかが、輪をかけて不明な現状だ。
「数は多い方が、大変さと共に楽しみも増える。さて、奇遇だろうか。心構えならば、第一級冒険者に負けぬ者だらけではないか」
驚きを隠せず開いた口が塞がらないリリルカ達に対し、腕を組みフードの下で“わるーい顔”をしたタカヒロが言葉を掛ける。この隠し玉を用意した青年は、今ここに居る者達、全員を焚きつけた。
幹部の大半が注目する青年から発せられた言葉で、ロキ・ファミリアの7人、そして青年をあまり知らないリリルカを除く4人の中に宿る、それぞれの炎は猛っていると言っていいだろう。パーティーのリーダーはロキ・ファミリアのレベル1にスイッチしたために体制は変われど、各々ができることは変わりない。
冒険者だろうが、サポーターだろうが、その概念は変わらない。新たな者達との新たなパーティー行動に、各々は期待と興奮を寄せている。
ならば、己という個々が行えることを全力で示すだけ。だというのに――――
「そろそろ、あの白髪のガキを見捨てる頃かと思っていたんだよ。それどころか、丁度いいエモノを連れてきてくれたじゃねぇか、感謝するぜ」
9階層にて、中年の男性
楽しまなくちゃ、始まらない。
MMOとかでも“あるある”ですが、上手い人と組むと自然と楽しくなるんですよね。
メリル「はわわわわ!」←似合うと思います。栗みたいな口だとなお良し!