(イーサークリスタルで)どったん、ばったん大騒ぎ。The true power、ウォードン・クリーグ先生と。
後衛の安全と安心をお届けする、物理報復ウォーロード株式会社の提供でお送りします。
“少し深く潜ろうか”という、魔法の言葉。微妙に細部は違えど、かつてこの言葉を聞いたことのある冒険者が、オラリオの街に一人いる。
他ならない一番弟子、ベル・クラネル。今の言葉のやり取りで、今後の事情を察してしまって苦笑の顔を隠しきれない。リリルカが不思議そうに首を傾げて顔を見上げるも、額に冷や汗が浮かんでいた。
かつて己も経験した、ヤベー場所のヤベー空気。ランクアップしたものの、レベル2ですら訪れるには早すぎる場所、深層のなかでも更に奥深くとなる50階層。
そこから一歩だけ進んだ51階層だったものの、出現したモンスターの危険さは今でも鮮明に覚えている。実力がついてきたが故に、危険さや実力差が、当時よりもハッキリと分かっていた。
ハイライトが消えかけつつある瞳で虚無を見つめるベルに気づき、リリルカは何事かと困惑する。当たり前だが、“少し深く”が50階層などとは微塵にも想定していない。
精々、中層手前の15階層辺りだろうと考えているのが実情だ。そして短“時間”とは“期間”の言い違えだと、脳内で勝手に変換して認識されてしまっている。
「確認するが、今回の目標は自分が集めているドロップ品の補充。そこから1000万ヴァリスは君の保釈金として充てよう。金銭の管理は君に手を差し伸べたベル・クラネル、いいね?」
「わかりました。リリにできることがあれば、なんでも仰ってください!」
「ドロップアイテムは此方が必要としていてね、譲る気は無い。君の取り分は魔石を換金したものとなるが、異論はないか?」
「はい!」
場所が場所じゃなければ異論は無いと思うけどなー。と内心で呑気に考えるベルとは対照的に、リリルカはやる気十分だ。
レベル2になって鍛冶のアビリティを取得したいヴェルフも、更なる階層ということでやる気十分。ソコソコ言い合っていた仲であるはずのリリルカとすっかり意気投合し、「
「では二人とも、少し目を閉じてくれ」
何か始まるのだろうかと、二人は目を閉じながらも薄笑みを浮かべて期待している。トンと優しく背中を押され、少しだけフワリとした感覚に包まれた。
先ほどまでの戦闘もあり、共にやる気は最高潮。1ヴァリスでも多く稼いでやると、リリルカもまた内心では十分に気合を入れている。
これは、
ダンジョンに常識との出会いを求めるのは間違っているだろうか。
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装備キチ基準の常識はさておき、青年が補充しようとしているドロップアイテムとは何なのか。それは、延長戦に突入しているヘファイストスへのガントレットの作成を依頼した際に渡した代物。自腹をきってまでトライ&エラーを繰り返しているヘファイストスのために追加で納品したヴァルガング・ドラゴンの鱗50枚。
つまり、タカヒロが“ちょっと深く”、かつ“短時間”で行こうとしているのは、ダンジョンの深層となる58階層なのである。ヘファイストスからもう一度の“おかわり”が出された際に備えるというのが理由であり、そして4人は、リフトにて50階層へとワープしてきたわけだ。
「り、リリリリリルカ・アーデ。が、ががが頑張ってくれよな!期待しているぞ、サポーター!」
「り、りりりりりの名前はそんなに長く、ありま、せん!期待していますよ、“戦える鍛冶師”!」
「今現在をもって撤回する」
「ずるいですよヴェルフ様ー!」
ということで、あっという間に現在51階層。初日のベル・クラネル宜しく―――というよりはそれ以上で、目を見開き歯を打ち鳴らして完全に怯えてしまって、ただのカカシと化している二人である。
目を瞑って2秒後に開いたら50階層でした、などと、誰に言っても信じてもらえないだろう。しかしながら、肌から心を蝕むようなこの気配は、話程度に聞いたことのある“深層”のモノであることはハッキリとわかった。
そして、そんな深層をズカズカと我が物顔の様相で進むフルアーマー。その後ろでは周囲警戒ということでベルが辺りを見回しながら進んでいるのだが、到底ながらも深層の行動とは思えない。
いや、そもそもにおいてレベル1や2がこんなところに居ること自体が間違っており、理論上の戦力がたった一人というのもオカシな話だ。最初から最後まで、とにかく全てにおいて、二人にとっては今までの常識が吹き飛ぶ状況となっている。
恐怖を紛らわすために、「どこへ向かっているのか」とリリリリリルカ・アーデが恐る恐る質問を投げる。すると青年は、平然と“カドモスの泉”と答えるのだ。残念ながら、抱く恐怖は増長されるだけで僅かにも軽くなっていない。
狩場へ向かう際に、ちょっと経験値やドロップアイテムが良いボスを倒していく流れ。そんな事は知らないが、51階層最強と名高く、階層主に匹敵するモンスターを相手にソロプレイなど正気ではないとリリルカは青ざめて――――
『■■■――――!!』
予想外が予想外で上塗りされる、数秒で終わる戦いを目の当たりにして。十日ほど前の夕方に己が起こした出来事が蘇り、違う意味で青ざめた。
今現在においては心を入れ替えているものの、己が狙った獲物が完全に間違えていたことが確定されて背筋が震えあがる。もしあのまま実行してしまっていたら、そこの
光景を目にして、ハイライトが消えかける。目の前の光景は到底ながら受け入れることが出来ず、思考回路が拒絶反応を起こしてしまったが故の外観的変化。
しかし耐えろと、皮一枚で繋がっている己の心を奮い立たせる。これが己の為の金策であることは重々承知しており、ここを乗り切ることができるならば、1000万ヴァリスを手にして大手を振ってソーマ・ファミリアから脱退することができるのだ。何事もポジティブに考えるべきであり、今しがたカドモスの皮を獲得したために、これで終わりだと暗示をかけて乗り切ろうと力を入れた。
「た、タカヒロ様、せっかくですので泉も回収していきましょう!需要が被れば、中々の高値で売りさばけます!」
「ほう。では任せよう、手早く済ませてくれ」
呑気に言葉を返しながら腕を振るうと、そこに居たらしいモンスターが炸裂する。今現在は58階層のドロップ品にしか興味がないこの男、「さっさとしろ」という心の底にある本音が漏れてしまっていた。装備できぬ、ただの水には興味がないらしい。
ということで欲張れないリリルカは、適度な量を汲み取ると、すぐさま“撤退”の準備を整える。湧き水を飲んで呑気に「おいしいです!」と言っている白兎を、これまたハイライトが消えかけつつ呆れた目で見つめるヴェルフなど、各々の温度差は様々だ。
しかし、そんなベルの姿を見たことで、1つの無慈悲な現実がリリルカのなかに思い返される。あの青年は、先ほど「ドロップアイテムは自分の物」との類の内容を口にしてはいなかっただろうか。
「それでは、このまま58階層へと向かうぞ」
ソーマ・ファミリアという、どうすることもできない絶望。貶されるだけで一生を終えると思っていた、サポーターとしての人生。
そんな絶望という闇を照らしたベル・クラネルに助けられたものの、ここにきて、もう1つの絶望が待っていた。今度こそハイライトが消えた瞳を虚無に向けるリリルカと巻き込まれたヴェルフは、それでも置いて行かれまいと、全力で51階層から先の通路を疾走する。
平均レベルが26となる4人パーティーは、約一名の指示をもとに文字通り必死になって火球を避けつつ、あれよあれよと口にする間もなく58階層へ到着した。あまりにも敵がポンポンと容易に死んでいくために、ここが本当に50階層より先なのかと、初参加の二人は、自分自身の視覚と聴覚を何度も疑ったほどである。
そしてその度に、少なくとも上層とは桁違いなモンスターを前にして、死を覚悟すると共に深層であることを再認識する無限ループ。所々で最低限度のメンタルを保護する現実逃避と言う感情が混じっているために、このような結果となっているのだろう。58階層に着いた直後である今でも、その感情は変わらない。
「そ、それじゃぁ鍛冶師の自分は、邪魔にならないよう隅っこで……」
「何を言っている。これもパーティー行動だ、全員に仕事があるぞ」
「「「えっ……」」」
しかしながら無情にも、まさかのこの一言である。魔石剥ぎ取り担当の仕事が予想されるリリルカはともかく、ヴェルフは何を言われるのかと怯え、足が震えてしまっていた。
結果としては、リリルカの手伝い作業。リリルカが魔石を取り出す担当であり、ヴェルフは魔石をバックパックに仕舞いドロップアイテムを一か所に纏めることが仕事というわけだ。
「死骸は“比較的”安全な数か所に纏める予定だ。ベル君は、モンスターを引き連れてきてもらう」
「が、頑張ります……」
「身体を張らなくてもいいぞ、遠距離からのファイアボルトで十分だ」
「あ、なるほど」
釣り、と呼ばれる行為がある。パーティーのなかで足の速いものが、遠方からモンスターを引き連れてパーティーの下にまで運ぶ行為。
もっともオラリオのダンジョンにおいて、そんなことをやる阿呆は存在しない。死んだら終わりの状況下において敵の頭数を増やすなど、文字通りの自殺行為に他ならないからだ。
それを58階層でやろうとしている阿呆が目の前に居るために、リリルカもヴェルフも身体が固まって動かない。必死になって58階層へ来れたものの、比較的安全エリアである58階層入り口から一歩進めば、そこは文字通りの即死エリア。
ベルとタカヒロが前に出て、残った二人から射線をずらして戦闘態勢を整えた。勇気を出してファイアボルトを放ったベルだが、キャッチボール宜しく、その何倍も強力な火球が返される。全力で回避に集中するが、中々に難易度が高い状況だ。
火球の次と言わんばかりに突進してくるヴァルガング・ドラゴンだが、結果は以前と同じである。報復ダメージで即死する結果となっており、人間の何倍もある巨大な死体がヴェルフとリリの真横へと蹴飛ばされた。
恐怖に顔が引きつりながらも、リリルカは魔石を取り出そうとナイフを突き立てる。しかしながらレベル1が使う武器が通用するわけがなく、線傷の1つすらもつかない状況だ。
「た、タカヒロ様、ナイフが通りません!」
「ならば、長剣だがコレを使え」
ダンジョンの階層6つを貫通するヴァルガング・ドラゴンの火球が背中に命中しながら投げ渡されたのは、どこからか出現した“スピリア・スクラップメタル グラディウス・オブ アタック”。レベル1の初期装備の剣ながらも、攻撃能力と追加の物理ダメージを発生する2つのAffixがついた、彼お手製の駆け出し用のマジック等級な片手剣である。
この世界におけるおおまかな性能としては、レベル5の冒険者が使うような代物であるために、ヴァルガング・ドラゴンの装甲にも通じるのだ。ナイフのようにとはいかないものの、魔石の位置を探り当て、テキパキと回収を行っている。
と思っていたのも、先ほどまでの感想だ。死体の山が片付いたかと思えば、すぐ横に、同じ程の山が2つも築かれている惨状が目に飛び込む。
その更に向こうでは、山を築くのは
必死になってやっているベルの“釣り”の姿を見るも、一度の突進術で、引き連れてきたモンスターが四方八方に飛び散っている。その度に「早くしろー」と言わんばかりの視線が背中に刺さるのだから、ベル・クラネルも超絶に必死の様相だ。そのうちタカヒロも、自分で釣りを始めているのだから始末に負えない。
マトモに戦えるわけでもなく、かと言って余裕があるわけでもなく、色んな意味で実戦よりもつらい。それが“釣り”を経験した、リトル・ルーキーの感想であった。
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「え、えーっと、端数を揃えさせて頂きまして、1782万ヴァリスになります……」
「ぶふっ!」
日が沈み切った頃、何故だか数秒間目を閉じたら街中に移動していた4人組。そのうち3人は肉体的・精神的に疲労困憊ながらも、まだ帰宅というわけにはいかない。破裂せんばかりに膨れ上がったバックパックの中身を換金するべく、冒険者ギルドへと足を運んでいる。
結果としては先の様相であり、ギルド職員から前代未聞すぎる数値を耳にしたリリルカは思わず噴き出した。4人パーティーならば、普段が丸1日を費やして10万ヴァリスも行けば御の字であるために、その差は凄まじいものがある。その後ろでは、ヴェルフとベルも生暖かい目を向けている。
なお、
そんな装備キチは「内訳を出せ」と申し出て、担当の者が慌てて引っ込み、内訳の書かれた用紙を取り出して細部まで確認を行っている。交渉すれば1800万は狙えたはずだが、悪目立ちは避けようと思い行っていない。既に悪目立ちしているのだが、その点は気にならないようだ。
もっとも、カドモスの皮を筆頭にドロップアイテムについてはお役御免で、青年のインベントリの中に納まっている。今回はあくまで魔石と泉の水だけで叩き出した数値であるものの、それでも2時間程度の狩りと考えれば、どれほどの異常さかは説明するまでもないだろう。
分配としては、まずリリルカの分で1000万ヴァリス。タカヒロ的には金についてはどうでもいいので残りを割り勘しようとしたところ全力で止められたため、500万がタカヒロ、100万がベルとヘスティア・ファミリアで計200万、残り82万がヴェルフの分配と相成った。
そして最初の分は、ベルの手に渡ることとなる。もし今後、リリルカが謀反を見せるような真似をすれば、その金をヘスティア・ファミリアとして使ってしまえば良いワケだ。
此処で、ヴェルフとはお別れだ。82万ヴァリスは大切に使わせていただきます。と礼儀正しく謝礼を述べ、ベルとリリルカにも別れを告げてヘファイストス・ファミリアへと戻っていく。今日の事は、きっと夢の一部として処理されることだろう。
残り3人は、そのまま廃教会へと移動した。待っていたヘスティアに対して過去や現状、今後の抱負を隠さず説明するリリルカとベルの言葉で、彼女もリリルカのパーティー参加を判断することとなる。
色々と真相を知ったベルだが、それでも、彼女とのパーティーを組みたいと言う意思に変わりはないようだ。安心して後ろを任せられるサポーターがどれだけ重要かを、ヘスティアに対して必死に説明している。
彼女も腕こそ組んでいるが、説明を聞く表情は真剣そのものだ。決して相手が女だとかそのような感情は無く、あくまでも、リリルカ・アーデという存在を見定めている。
「……なるほど、事情は分かった。それでもボクは、正直に言うとキミのことが嫌いだ。理由は、わかるよね?」
「っ……はい」
自分がしでかしたこととは言え、タカヒロとベルの装備に狙いを付けた、その実績。願う事ならば無かったことにしたい彼女だが、それは今までの人生においても同じこと。
そしてヘスティアからすれば、それは犯罪未遂以外の何物でもない行為。正直に話しているとはいえ、概要を聞いたヘスティアから見た彼女は、手のひらを返して二人に取り入ろうとしているようにしか映らないのだ。
「リリルカ・アーデ君、率直に聞くよ。君は今でも、打算を働かせているんじゃないのかい?」
それでも、己ともう一人の眷属が「任せる」と判断した、ベル・クラネルからの紹介であることも、また事実。故に彼女は、その心に真理を問うのだ。
普段は白髪の二人に向けられている柔らかなアジュール色の瞳はそこに無く、リリルカ・アーデの目を捉えて離さない。50階層とはまた違った威圧。神が己に対して向ける威圧に押されるも、眉間に力を入れて口にした。
「……あり得ません。私はこの方々に助けられ、心を入れ替えました」
「……もし君が似たようなことを繰り返して、ボクの眷属を危険に晒したら……裏切ったりしたら、ただじゃおかないよ」
「誓います。もう二度と、あのようなことは繰り返しません。ヘスティア様、ベル様、タカヒロ様、そしてリリ自身に誓います」
此度の親役、そして審判を下した神である者から釘が刺され、リリルカも頭を下げて誓いを述べる。そこに、ただ生きるために上辺を口にする少女の姿はどこにもない。
タカヒロの目に映る栗色の瞳は、最初に出会った時とは雲泥だ。役割はサポーターながらも、立派な戦う理由を抱いている。
ともあれ、失いかけた信用を取り戻すのは並大抵の事ではない。最後にヘスティアから「行動で示してみな」と発破が掛けられ、此度の話は終息した。
そして、とあるパーティーは、二人から三人へ。リリルカ・アーデが、ベル・クラネルのパーティーに加わった瞬間である。
これにてリリルカのパートは一区切りです。あとは脱退問題のところだけですね。
そして次回から、いつもの投稿ペースに戻らせていただきます。
少し愚痴をこぼしますと、毎日ってホント大変でした……。