「やってきました、11階層ー!」
「11かいそー!」
「お二人とも、
「……まぁ、あれは、ねぇ」
「……ベル、リリ助。あれは夢だ、いいな?」
「「あっハイ」」
とある鍛冶師の陽気な声が、まだ狭い場である11階層入り口に木霊する。つられるように白髪の少年の声も木霊したが、ハッとして真後ろに居る己の師を見てしまう。ここはダンジョンであり、遠足に来ているワケではないのだ。
しかし、フードの下にある口元は穏やかである。先日の10階層では終始真面目な様子を見せていたが、今回は違うようだ。
「なに、たまにはこんな雰囲気というのも良いだろう。見ての通りフィールドは広い、三人とはいえ立ち回りも含めたパーティー行動を披露する場だ。楽しみながら、しかし油断せずに処理していこう」
「はい、頑張ります!」
師の許しも出たことで、今回のベルは心からの楽しみを見せている。ソロで潜っていた時のような技術向上が目的ではなく、3人での連携を楽しむ戦いだ。
流石に、先日の時のような大人数の興奮には及ばない。それでも、自分一人で潜ることがほとんどだったダンジョンに、こうして仲間と共に潜ることとなって嬉しいのだ。
そしてタカヒロは、新たにパーティーへと正式に加入したサポーターに対しても問いを投げる。先日の通りに動けるかと言う問いに対して、リリルカはハキハキとした回答を行っていた。
また、身の回りを案ずる質問を問われるも、例の3人組が働いていた横暴さが露見したために、ソーマ・ファミリアとしても活動を自粛しているようだ。絶対的な喧嘩の理由を持ち合わせたことにより、興奮度合いがバナナを得た猿状態になっているロキの指示で構成員の素行調査が行われ、“とりあえず”主神の唯一の趣味である酒造業務が禁止されたために主神ソーマのメンタルが決壊。結果として資金が貯まってもリリルカは未だソーマ・ファミリアに居るのだが、かつての資金巻きあげの被害などは無くなったとのことである。
「はい。おかげ様で、恐喝もなくなりました」
「そうか。しかし礼ならば、交渉の席についたロキ・ファミリアに伝えることだ」
「はい!」
年頃の女性らしい、向日葵のような笑顔がパッと咲く。そちらに目を向けていた男3名は、ようやく彼女の荷が下りたのだなと、安堵の心を抱いていた。
と、ここで、まずは青年による弟子に対する新たな技術の教育となるようだ。都合よく4体の魔物が出てきたこともあり、タカヒロは、呑気な様相で盾を構えて前に出る。
相手は全てシルバーバック。ベルもかつて相手したことのある魔物であり、厄介な魔物であるためにヴェルフも表情を強張らせた。そして青年が行う今回の講義は、一対多数における処理についての内容だ。
真剣な眼差しを向けるベルに、ヴェルフも声を掛ける余地がない。しかしシルバーバックは別であり、纏めてタカヒロに向かって突進や爪を振りかぶって攻撃を仕掛けてきている。
シュールな参考例となった一対複数の状況において、突撃のフェイントをかけることで敵の攻撃タイミングをずらし直撃する場所を調整、今回の例でいくと4匹のうち2匹に対してフェイントを仕掛け攻撃タイミングをずらし、かつ己の一振りで合理的な防御と成す高等技術。今までに学んできた相手を広く見る行動を使った次の段階を見せ、ベルは力強く頷いた。
なお、相変わらずタカヒロは口答で説明しながら朝飯前に行うのだから、リリルカやヴェルフとしては開いた口が塞がらない。しかし同時に、この者から学んだ故にベルが一流と言える程の武器の扱いを持っていたのだと再認識し、納得した。
どこでどう知り合ったのかは二人にもわからないが、ヴェルフにとっては、己のナイフがこれ程の者に認められたということも事実である。そう考えると、俄然やる気が出てくるというものだ。おかげで最近は、ダンジョン探索以外においては引きこもりに片足を突っ込みかけている。
クロッゾの家系で唯一魔剣が打てる自分に魔剣魔剣と迫らない師弟の二人ということもあり、彼の中におけるヘスティア・ファミリアの株は上昇していた。逆に求めない理由が気になって己から魔剣が気にならないのかと口に出すと、「現物を見てみたい、という程度なら興味がある」と青年・少年共に返してきた程度のものだ。
そんな不思議な人物との鍛錬も今日で三日目、逆に言えば最終日である実質トリオパーティー。今までベルとペアで何度か潜ってきたこともあり、今日こそは”鍛冶”のアビリティを習得するのだと、ヴェルフは大剣を振りかざしてモンスターと対峙する。
心に焦りが含まれているのか、やや無茶が顔を覗かせる行動がちょくちょくある。おかげさまでベルとリリルカにとっては良い鍛錬となっており、目の前だけではなく常に仲間に気を配るという、最も大事なことの練習にもなっていた。
そんな様子を見守る青年は、弟子の新たな成長を見れて満足気。また一歩踏み出したことを目にして、次は何が必要だろうかと新たな鍛錬の内容を考えた時、ふと、とある人物の顔が浮かんできた。
「……そう言えば、もう6日も会っていないのか」
最近は、ほぼ毎日の如く目にしていた整った容姿と素顔。時折互いにちょっかいがてらに煽るような言葉を発することはあれど、基本として親し気に会話を交わす、その相手。特徴的な人物故に忘れるのも難しいだろうが、はたして理由はそれだけかと疑問が芽生えた。
己が向ける広い目線が、ソコソコの頻度でそちらを向いて居たことに気づいたのだ。好意まではいかずとも彼女と交わす会話は楽しいと感じていることを、ダンジョンの11階層という全く関係のない場所で再度実感したタカヒロであった。
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一方此方はロキ・ファミリアのホームである黄昏の館。普段通りといえば普段通りなのだが、極一部において問題一歩手前の事態が起こっている。
問題と言っても具体的に被害を受けた者は一名を除いて誰も居らず、変わり様を見て思わず心配してしまう者が多数いるというのが実情だ。久々に団員、具体的には約一名の該当者であるレフィーヤを筆頭とした数名からヘルプが飛んできた主神ロキは身を震わせる。
何を隠そう、3日前の早朝に酒の件、なおタカヒロが発掘したものとは別件で当該人物に盛大に怒られた実績を持っているのだ。故に足取りは重いが、ここで拒否すれば己の威厳に関わるために震えながらも生じた任務を遂行する。
場所は中庭、声がするので場所としては間違いない。静かに扉を開き、鍛錬中のリヴェリアを観察し――――
「こ、ここで」
「違うぞレフィーヤ、そこではない。教導で詳しく教え試験にも出ただろう、何をしている!」
「も、申し訳ございません!」
ツンツン具合が、かつてない程に強烈であることを感じ取った。
ファミリア結成当時から色んなリヴェリアを見てきた彼女ですら、もうちょっと進めば「酷い」と表現しかけてしまう程である。言葉の末尾は強く上がっており、全面的に失敗してしまっていたレフィーヤも、思わず大きなお辞儀と共に詫びている始末である。
ロキとしては、逆に最近では落ち着いてきた方だと思っていたツンツン具合。心配から来る過保護な様子は相変わらずだが、そこは彼女の魅力であり、同時に穏やかさを見る印象が強く、ますますもって母親らしいと黄昏ていたのがここ1か月ほどの感想だ。
だというのに、ここ数日で一瞬にしてコレである。今ここで己が口を挟めば絶対に飛び火することが分かる程であり、レフィーヤには申し訳ないがロキは静かに扉を閉じた。
余りの剣幕に、いつもは仏でも拝むかのように鍛錬を見ているエルフの取り巻き連中も遠くから眺める程度である。そちらのグループに近づいていったロキは、「何があったんや」と溜息交じりに問いを投げた。
しかし、返ってきた答えは自分と同じだ。誰もが原因不明であり、むしろ教えて欲しいと問われたほどである。
「あのー、ロキ」
「うん?」
「リヴェリア様の情動が不安定になられ始めたのと、例のヒューマンへの教導が一時……確か10日間中止になったタイミングって、同じですよね」
「ああ、せやな。なんでも向こう側に用事が……え?」
いや、まさか。「そんなことあらへんやろ」と口にしたいロキだったが、しかしリヴェリアが見せる穏やかさが増してきたのも、彼が教導を受け始めたタイミングであったことを思い出した。
在り得る、いやソレが原因や。天界のトリックスターが持ち得る直感が、確かにそう告げていた。他のエルフ連中が発言者に「在り得ない」と食って掛かるものの、逆にそれらしい理由が無いことも事実である。
「そ、そもそも実のところ、あのヒューマンは真面目に教導を受けていたのですか!?」
「タカヒロはんは成績優秀やで。過去一番に出来る生徒って、珍しくリヴェリアが褒めとったぐらいや」
「り、リヴェリア様が讃美のお言葉を!?」
「他のファミリアのヒューマン、しかも男に!?」
「おのれタカ何某!」
「残り二文字ぐらい覚えたれや……。言うて自分ら、どっちかってーとリヴェリアの教導は避いとったんとちゃうんか?教える側からしたら、そら真面目で出来の良い生徒が来たら嬉しいやろ」
珍しく正論を言うロキに傷口を抉られ、そこに居た全エルフの眉が歪んで顔を逸らした。確かに一般的には厳しすぎる部類に入る彼女の教育は、たとえ尊敬の人物とはいえ遠慮願いたいというのが此処に居る全員の感情である。逆に、予習までして挑んでいるのが彼の態度だ。
もっとも、彼に対する彼女の教導が金輪際において中止となったわけではない。もしそれが原因だとするならば、たった6日目でこうなることには何か別の要因があるはずだ。
とはいえ突破口は得た故に、探りを入れてみることはできる。ロキは中庭へ通じる扉をガチャリと開けると、リヴェリアが反応を見せる前に口を開いた。
「なぁリヴェリア、タカヒロはんとやっとる勉強会のことなんやけどなー」
ピクッ。と、エルフ特有の長い耳が微かに動いた気がした。足元ではレフィーヤが知恵熱で頭から煙を出しているが、そちらは最初から視界の範囲外に納められるよう動いている。
そして、反応有り。根本的な要因ではないだろうが、教導の中止が絡んでいることは間違いない。現にリヴェリアは体の向きを変え、ロキの次の言葉を待っている。
「タカヒロはんな、他言無用で秘密やけど、何かと財務系の仕事を手伝ってくれとるやん?いうて本人が受け取り拒否しとるわけやから、賃金が出とるわけやない。フィンにも相談したんやが、色々と借りもあるし、感謝の意味も込めて簡単な食事会でも開いたろうかと思うとってな」
「ほう?」
「確認せんとあかんけど、明々後日あたりが丁度ええと思うとんねん。勉強会も四日後?五日後やったっけ?から再開やろ、事前に準備物とかあれば言えるし丁度ええかな思うてな」
なお、フィンに相談した件はでっち上げであるが、事情を話せば対応してくれるだろうと心の中で買収済み。10人程度で行うちょっと豪華な夕食程度の内容を考えている程度であり、財政的にも問題はないだろう。
日付については明日か明後日の夜で、犬猿の仲であるヘスティアも巻き込む恐れがあるが、ここはグッと我慢した。前回においてアイズに目線を飛ばしまくっていた少年も来る可能性が高いが、こちらもグッと我慢した。
何せ、己が今やっているのは般若か鬼神辺りの機嫌取りなのである。最近は下がる一方だった団員に対する己の株価が、上がるかどうか、一世一代の大仕事だ。
「良い心がけだ。タカヒロの財務処理能力には、本当に助かっている。内容次第だが、費用のいくらかは幹部で割り勘をすれば良いだろう」
「せ、せやな。ほな、ちょっと段取りしてくるわ」
「任せるぞ。そしてレフィーヤ、いつまで倒れている。もう一度最初から教えよう、構えるんだ」
「は、はいっ!?」
――――ここまで変わるんか!?
それが、ロキが抱いた正直な感想であった。離れたところに居る取り巻きに聞こえていれば、この変化だけで大騒動となっていただろう。下手をしたらヘスティア・ファミリアに特攻を仕掛けていた者も居たかもしれない。
完全にトゲが取れたわけではないが、ほぼほぼ穏やかな声と対応に変わっている。あまりの変貌っぷりに、レフィーヤの返答にも疑問符が付いている程だ。
タカヒロがやっていた煽り文句に対する叫びにより、知らず知らずのうちに緩和されていた彼女のストレス。久方ぶりに大きく成長したその影響で口調がキツくなっていたが、もちろん理由はそれだけではない。
――――もう、6日にもなるのか。
容姿、敬拝。己に対してそのどちらかしか目を向けてこなかった者がほとんどであるオラリオにおいて、自分を一人の女魔導士として扱うそのヒューマン。その者は知識がないと言うことは無く、己がハイエルフであることを知っている。
しかし先のように、特別に扱う気配は微塵も無い。普通ならロキ・ファミリアの所属というだけで敬語となる者も少なくないのだが、彼はファミリアの差すらをも眼中にない様相を見せている。
悪く表現すれば合理的な面もあるが、そうなる程に知識の幅も広く、独特ながらもしっかりとした考えを持っており話をしていて飽きない人物。現にアイズと少年との鍛錬の場においては、二人の動きを監視しながらも、常にどちらかの口が動いている状況だ。
もっとも、普通ならば有り得ない。なぜ己がヒューマン相手にそんな反応を見せるのかと考えれば、いつかアイズに対して口にした言葉が蘇る。
「……楽しい、のか?」
誰にも聞こえないつぶやきは、口を押さえた手の中へと消えていた。
八つ当たり良くない。
リリルカパートが続いたせいか無性に恋愛パートが書きたくて仕方がない今日の頃。決着付けようにも普通じゃつまらないし、うーん……