その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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68話 延長戦

「なあああああにが“お(いとま)”じゃ戦士タカヒロ!オカワリというものがあるじゃろ!飲め、飲めぇ!ほれ、貴様もじゃ!」

「そうだそうだー!」

「ラウルさん、いっちゃってくださいよー!」

「いやいやいや、もう無理っスよー!」

 

 

 あまり遅くまで居ても迷惑が掛かるために、8時を少し回った2時間程度でタカヒロが(いとま)する旨の言葉を口にする。すると大ジョッキを掲げるガレスからこのような言葉が返されて、延長戦への参加が促されている。どちらにせよ、タカヒロ達が帰っても飲み続けることだろう。

 ドワーフの名に恥じぬ程の酒豪である彼は、ロキが用意した多種多量の酒類にすっかり機嫌を良くしている。その出所を知っているフィンは苦笑するしかないものの、アイズ達と共に楽し気に喋るベルを見たタカヒロは、延長戦の参加を決定した。

 

 ロキ・ファミリアの司令塔の後釜として絶賛教育中であるレベル4のヒューマン、ラウル・ノールドのジョッキに、並々ならぬ量のエールが注がれる。実の所まだ余裕があるラウルだが、この段階で無理と口を開くのは、酒豪を相手にして生き残るための知恵に他ならない。

 ところでこの人物と周囲に居る者、幹部かと言われるとそうではない。単に「酒が飲めそうなやつがほとんど居らん」という理由で、ガレスが拉致した者達なのだ。もちろんタダ酒であり、彼等の分はしっかりガレスが負担している。

 

 来賓よりも主催側が一番楽しんでいるという、謎の状況。もっともタカヒロもベルも全く気にしていないので問題は無いのだが、男10人程で構成されているその一角は、今現在においてベル達が居る一角とは全く違う空気を作り出している。

 そんな飲兵衛の一角とは対照的に、女性成分しかないベルの周囲は傍から見れば豪華絢爛の様相だ。主神ロキの趣味で美女が大勢いるロキ・ファミリアにおいては、幹部クラスも女性陣が多数を占めているのが特徴である。

 

 

「アルゴノゥト君、ほんと英雄録に詳しいんだね!」

「詳しいと言いますか……子供の頃からよく読んでいたので、自然と覚えちゃった感じですね」

 

 

 頬を薄く染めて気分よく彼女が出題する問いに対し、落ち着いた様相で淀みのない回答を見せるベルは、即答と表現して過言のない早さで答えている。答え合わせができるのは二人だけながらも、ティオナが言うには全問正解と言える結果のようだ。

 互いにドリンクを片手に、オラリオに伝わる英雄録について語り合う。時折レフィーヤやティオネなどが相槌を入れたり、気になったところを詳細に聞いている格好だ。

 

 

 なお、そんな二人の光景を目にして不貞腐れる少女も約一名。表情にこそ出していないが、内心ムスーッとしてモヤモヤ続きの人物こそアイズ・ヴァレンシュタインその人だ。

 もっとも、彼女はそんな話には詳しくないために輪っかにも加われない。レフィーヤに倣って質問をすればいいのだが、口下手故に不安が芽生えて行えない。ベルを挟んでティオナの反対側に位置取ってはいるものの、話が盛り上がっているために、ベルの顔は反対側へと向けられたままだ。

 

 そして気を良くしたティオナは、アマゾネス特有の気軽なスキンシップでベルの肩に手をまわし始める。困惑する少年だが格下という立場のために払い除ける訳にもいかず、冷や汗を流している。

 

 そんな光景にストップをかけたのは、勇気を出したアイズだった。口には出して居ないものの、そうと言わんばかりにティオナの肩をツンツンと突いている。感触を受けたティオナは笑顔のまま振り向いて「なになにー?」とでも言いたげな様相を示しているが、アイズは口を閉ざしたままだ。

 もっとも、普段のやり取りとあまり差は無い。恥ずかしさもさることながら、此度においては普段親しくしてくれている相手に「止めて」と言えるはずもなく、これでも精一杯に己の意志を伝達しているのだ。

 

 結果としてベルから離れたティオナは、今度はアイズの方へとスキンシップを取っている。それを見たレフィーヤが羨ましがるなど別の問題も発生しているのだが、放置しても支障は無い事柄だろう。

 そんな花の様相が溢れる場面を目にして、とあることに気づいたガレスがやってくる。あくまでも基準が“酒”である彼は、テーブルに残った多量の、なおそもそもが多すぎる酒の瓶を目にすると、ガハハと笑い威勢よく言葉を発した。

 

 

「なんじゃなんじゃー、全然減っとらんではないか。そら、もっと気合を入れて飲まんかい」

「ガレスー、そうは言うけどコレ度数が強すぎるよー」

「ハッ。団長ー、団長ー!ぜひ、一献いかがですかー!?」

「さっきも結構な量を注がれたけれど……そんなに飲ませて、どうするつもりだい……?」

 

 

――――ガレスの奴、余計なことを。

 

 そんな呪詛に似た愚痴を少しだけ零し、フィンは大人しく肉食獣が居る檻の中へと戻って行く。“躾”がなされていれば、きっと多分大丈夫だ。

 

 

「戦士タカヒロー!お前さんもどうじゃ、向こうで一杯やらんかね!」

「ガレスさん、無理に勧めるのはマズイっス」

「無理にとは言うとらんじゃろー。一杯だけじゃ、このドワーフ秘伝の火酒を」

そういうの(度数96%)がマズいって言ってるんスよ!!」

 

 

 もはや“気持ち程度に水が入ったアルコール”である。酒豪というわけではない上に酒の類は嗜む程度に抑えるタカヒロだが、いくら賓客側とはいえ、ある程度の付き合いは必要だろうと考えている。フレンドリーな方面の付き合いは現在進行形でベルが行ってくれているので、己ができる仕事をこなすまでだ。

 故に、軽く顔を縦に振って相槌とする。気を良くしたガレスは持ち場に戻って団員と共に酒を煽っており、一方で「流石に度がキツイ物は飲めんぞ」と少し警戒を見せるタカヒロは、そちらに向かって一歩を踏み出すために力を入れた。

 

 

「ん……?」

「……」

 

 

 クイックイッと、ワイシャツの二の腕部が軽く引っ張られたのは、そんなタイミング。何事かと首を後ろに向けたタカヒロの瞳には、見慣れたはずの彼女の面様が映っている。しかしながら、此度における新鮮さは一入(ひとしお)だ。

 “ナインヘル”という角が取れた、どこか少し不安気が残り、極僅かなあどけなさも顔を覗かせるその表情。かつての従者ですらも目にした回数は僅かに二回だけという、無意識に表れている“女性リヴェリア”が見せる仮面の無い素顔は、タカヒロも初めて目にするもので初々しい。

 

 互いに身長が近いこともあって、少し視線を落とした程度で目と目が合う。ちょくちょく見せる物言いたげな表情はそこにはなく、アイズのように相手をしっかりと、そしてじっと見つめて口を噤み、しかし言動は続かず何も起こらない。

 まるでアイズが乗り移ったかのようなリヴェリアは、己が抱く、どこか期待を含めた“先の言葉の意味”に対する疑問を口には出せないでいた。再び早鐘を打ち出した己の鼓動を抑えつつ先の一言の真意について問おうと精一杯の努力をして、結局の所このような格好としか示せなかったのだ。

 

 なお、残念ながらその程度では装備キチには通じない。移動しようとしたところを引っ張るということは、つい先程のやり取りもあって、思い当たる感想も自然と限定されてしまっていた。

 

 

「なんだ、やはり寂しいのか」

「なっ――――!」

 

 

 行動を起こしたタイミングの問題もあって、まるで「他の所へ行って欲しくない」ともとれる内容だったことに気づいてしまった彼女は、色づく紅葉の如き赤さで頬を染める。まさか青年が先ほど言い放った、“久々に出会えて”の(くだり)ではなく“そちら側”を拾い直されるとは思ってもいなかったらしい。

 直後、隠すようにしてコンマ1秒かからずに身体は反転。遅れるようにして宙を舞う美しく長い緑髪がタカヒロのすぐ目の前を通過し、男にとっては甘く感じる香りを振りまいて細い背中に収まった。

 

 今の煽りによってすっかりと再起動を終えた彼女だが、心の高ぶりは過去最高に強いと言って良いだろう。今までに全く経験のない流れと感情を経験した己の身は、まるでリヴェリア・リヨス・アールヴではないかのようだ。

 今すぐに、「そんなことはない」とでも口にして否定の感情を示したい。しかし心のどこか、恐らくは奥底で長年眠っていた見ず知らずのもう一人の自分が、絶対にそれを口に出すなと頑なに抑え込んでいる。

 

 それぞれを言葉で表すならば、上辺(うわべ)と素直さ。相反する二つの思考回路が同時に沸き起こり、そして正解なんぞ分からないために、彼女は焦りを抱きつつも口を噤んだままだ。

 

 

「付き合いがてらの一杯だ、すぐに戻る」

 

 

――――トクン。

 

 背中越しに放たれ背中越しに聞こえてきた、珍しい柔らかな口調の一言をエルフ特有の長い耳が受け止めると、妙に心が落ち着き始める。と思いきや煽りに対する反発の感情とはまた違った心の高ぶりが現れており、どうにも先ほどから落ち着けそうにない状況が続いていた。

 先程とは違うテンポで跳ねる己の鼓動は言葉によってくすぐられており、力を入れようにも何故だか頬は緩んでしまう。嬉しさに似た相変わらずの不明な感情は、まるで収まる気配を見せていない。

 

 

 結果としては、タイミングを見計らって逃げ出したフィンが、運悪く青年よりも先に戻ることとなる。少し惚けたリヴェリアの姿を見て何かあったかと勘繰る彼だが、恐らくは先ほどまで以上の地雷原であるために決して口を開くことはできない。

 地雷原の上で言葉というリズムに乗ったダンスが行えて生還までこぎつけることが可能なのは、同族であるリリルカぐらいのものだろう。実績があるのだから、二度目だっていけるはずだ。

 

 そんなパルゥムの事情はさておき、アルコール度数がコンマ5%もない非常に軽いお酒を煽っているベルも少しだけ上機嫌。事情を知らない彼がアイズに酒を勧めてしまったタイミングでティオナの悲鳴が盛大に轟き、全員の視線がそちらに向いた。

 黄昏の館を振動させんと鳴り響いた悲鳴を聞いて、リヴェリアに何か起こったのかと心配したエルフ集団もゾロゾロとやってくる程だ。取っ組み合いの所詮で髪の毛が乱れているロキとヘスティアも何事かとやってきており、ティオナからアイズに関する“酒乱”の事情が説明されている。

 

 顔を真っ赤にしたアイズが説明をやめるよう肩を引っ張るが、時すでに遅し。そのうち俯きだしたアイズにティオナが抱き着き始めるなどロキ・ファミリアらしい光景が広がっているが、どうにもベルには刺激が強い模様で目を背けている。

 そんなアイズを目にして薄笑みを浮かべるリヴェリアは心の落ち着きを取り戻しているものの、視線は定期的な間隔で、フィンと共に集団を眺める青年が見せる横顔へと向けられる。それに気づいて元に戻すも、数秒後には焼き直しだ。

 

 人数が増えてワイワイガヤガヤとしているうちに、時間はあっと言う間に過ぎてゆく。延長戦となった立食会は、今度こそエンディングを迎えることとなった。

 




こんなシーンを書きたいと我慢できずに挟み込んだ一話でした。
オラリオがこんな平和だったらなーと思うことがしばしば。

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