その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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ベート君もうちょっとだけ頑張って…



69話 その発言、本音につき

「二度と呼んでやらんわい!アイズたん、向こうでステイタスの更新や!」

「えっ」

「頼まれたって来るもんかい!」

 

 

 バタァン!と中々豪快に玄関扉を閉める神ロキと、衝撃波でツインテールを昆虫の触角のようにする神ヘスティア。毎度の如く何を言い合ったのかと聞くのも時間の無駄になりそうなために誰も口には出さないが、どうやら今回も同じのようである。ドアが閉まった際に発せられた音が微妙に木霊となって残っており、文字通り何とも言えぬ味わいを出していた。

 一番の被害者は、アイズ・ヴァレンシュタインとベル・クラネルの二人だろう。ベルを見送ろうと思って場に残っていたアイズは主神に拉致されてしまい、別れの挨拶をしようと思っていた少年の顔も暗く沈む。

 

 

「……相変わらずだな、あの神二人は」

「……まったく。少しは落ち着けと言うものだ」

 

 

 就寝時間というにはまだまだ早いが、それでも夕食時はとうに過ぎた時間。オラリオ北区にある黄昏の館の玄関口で、このようなイザコザが発生している。黄昏の館で行われた晩餐会そのものは無事に終わったのだが、例によって凹凸神(約2名)がエンディングをぶちこわした状況だ。

 

 少年少女それぞれの保護者、あとは帰宅するだけのタカヒロ達ヘスティア・ファミリアと、ティオナの悲鳴を聞いてやってきたエルフ集団の取り巻きが付属しているリヴェリアは屋内にスペースがなく、集団と共に外へと出ていた。結果としてエルフ達は扉1枚で隔離されてしまっており、鍵のかかる音もしていたために入るのには一苦労することだろう。

 そんな光景が繰り広げられて絶望と悲しみに暮れるベルに対しては、なだめる声を掛けたところで僅かな薬にもなりはしないだろう。原因に対して周囲は溜息を吐くしかなく、まさに「やれやれ」といった様相だ。

 

 

 なお、そんなリヴェリアの視線は相変らず2-3秒に一度の割合で青年へと向けられている。先のやり取りが終わってからエンディングまでが直行便であったために、結局のところ最初にあった発言の意図は掴めていない。一方で進展もまた共になかったために何だったのだろうかと困惑しているなかで、すっかり相手を意識してしまっている状況だ。

 それでも、そんな心境を群集の前で表に出さないのは流石は彼女と言ったところだろう。実のところタカヒロからも目線は向けられており、“少し落ち着きが無いな”と捉えているのだが、こっちはこっちで己が原因であることなど分かっちゃいない。

 

 

 そしてプンスカするヘスティアが独り言を言うには、どうやらロキ・ファミリアとヘスティア・ファミリアで、表向きには出さない水面下での同盟が結ばれた模様。先程二人が見せた対応は、そのあとの言い合いによるものらしい。

 同盟の言葉を聞いて「知っていたか?」とアイコンタクトをするタカヒロだが、「知らぬ」と言いたげな翡翠の瞳が返されている。ロキ・ファミリア側の幹部も知らされていないようだが、ともかく、主神がこの様子ではマトモに話は聞けないだろう。

 

 タカヒロはリヴェリアに対して晩餐会の礼を述べると、明後日から再開となる教導の内容を確認。相変らず騒ぎ続けるヘスティアの首根っこを掴み、ズルズルと引きずって、肩を落とすベルと共に門の方へと歩いて行く。

 その背中を見届けるリヴェリアの瞳に映るのは、遠ざかりはじめた見慣れた背中。鎧姿とはまた違う、一見するとただの街の青年にも思える情景から、先に掛けられた言葉が浮かんでくる。

 

――――結局、あの言葉と感情は何だったのだろうか……。

 

 しかしながら、それで終わるわけではないようだ。リヴェリアが再び先のワンシーンを思い返して、心がトクンと跳ねたタイミング。青年が5-6歩ほど進んだ所で、横から第三者の声が場に通った。

 

 

「なんだババア、またそんな奴等を呼びつけていたのか」

 

 

 ロキ・ファミリアにおける幹部ながらも、今回の晩餐会に関係していない者もいる。エルフの集団を前にして積極的にヘイトを稼ぐこの狼人、ベート・ローガその人だ。外出先から戻ってきたかと思えば、扉の先で屯しているグループを目にして、いつものセリフを発している。

 当時はかなりの量の酒を飲んでいたため、タカヒロに殴りかかって吹っ飛んだシーンは覚えていないベートである。飛び火を恐れて未だに他の者も口に出していないために、彼が知るのは更に先の話となるだろう。

 

 それはさておき、どう頑張って尾ひれをつけても「良い」と言えない3文字の文言は、相変わらず言葉選びが非常に悪い。そのために、周囲に居るエルフ一行のヘイトを集めている。

 今回の場合は他のファミリアの前でそう呼ばれているために、エルフ集団において輪をかけて酷い殺気が渦巻いていた。そんな殺気に震えるベルとヘスティアだが、相変わらずタカヒロだけは、言葉の出だしからピクリとも反応していない。

 

 

「……ベート、お前もロキ・ファミリアの幹部だろう。客人の前だ、言葉を選べ」

「ああ?」

 

 

 そして、当の本人はすっかり“ナインヘル”に戻ってしまっている。淡々とした表情で叱りを入れており、(おさ)が静かなる対応を見せることによって、他のエルフが飛び出す状況を回避している格好だ。

 結果として睨み合う状態が続いている所から目を逸らしたヘスティアがふと横を見ると、珍しくタカヒロが何かを言いたそうにしているではないか。その表情を目にして正気に戻った彼女は、まぁ彼の事だから安心できると肩の荷を下ろして話を振ってみると―――――

 

 

「いやなに。自分も正確な数値は知らんが、随分と年輪を重ねたのは事実だろう」

 

 

 フラグを立てていた彼女に応えるようにして、爆弾発言をかましていた。ギョッとした同ファミリアの二人が青年を見るも、表向きは仏頂面な表情で平常運転に変わりがない。

 

 

「……ハッ、無様だなババア。聞いた通りだ、テメェには魅力が無ぇのだとよ」

 

 

 思わぬ掩護射撃と“誤認”し、ここぞとばかりにベートがエルフ一行を煽っている。「おいちょっと待ちな!」の類の言葉を叫びたいのは横に居る女神と子兎であり、しかしながら双方ともに周囲の威圧感に押されて口を挟めないでいた。

 今いる場所はロキ・ファミリアの本拠地であり、相手はあのナインヘル。エルフ連中の前でどこぞの狼人が「ババア」と貶していたことに対して空気がピリピリとしていたのは10秒前の話であるために、二人からしてみれば、今ここでソレに相当する言葉を出す意味が分からない。

 

 案の定、リヴェリア本人もさることながらレフィーヤを筆頭としたエルフ群団は、いくらか上々だった彼への評価を転換する。「所詮は下種なヒューマンか」と内心で考え、呪い殺さんばかりにタカヒロを睨みつけている程にその怒りは凄まじい。

 特にリヴェリア本人は顕著であり、表情が過去一番に強く歪むほど。知り合ってから短い間ながらも信頼を寄せていた彼の本音を“ベート経由で”知って、裏切られたと強く思っている。一触即発の場面とはこのことで、エルフ側は今にも総出で飛び掛からんばかりの勢いだ。

 

 

 しかしながら睨まれる者からすれば、何故そのような状況になっているか不思議で仕方ない。そもそもにおいて、今のところタカヒロと最も親しいベルが今の言葉から真相を見抜けていない以上、ベート程度の存在が、それを分かるはずがないのである。

 そんな取り巻きを流し見たタカヒロはベートを一睨みして怒りの感情を表すと、己が抱いている“とある事実”が理解できないかと判断して口を開いた。

 

 

「……何故、年を重ねたことが魅力が無いと繋がるのだ」

「あ……?」

「貴様はさておき同胞とやらも理解できんか、そもそも女と言うのは2種類あるだろう。若さ溢れる身体で雄を惑わす者と、年輪を重ねたが故に得ている安らぎの魅力で雄を癒す者だ」

 

 

 想定外にも程がある出だしに、全員の表情がポカンとした表情へと変わっており――――

 

 

「リヴェリアの風貌は前者において無上の程だが、心から相手を思いやり目を配る後者の類が本懐だ。素性や時たま見せる活発さも見過ごせないが、相反する二つを持っているからこその並びない魅力がシッカリとあるだろう」

 

 

 口説いていた。

 

 処女神が、子兎が、狼が、取り巻き含めたエルフ一行が。

 

 誰が見ても聞いても間違いなく、これ以上は無い程のべた褒めで口説いていた。

 

 

「その事実が分からんようでは話にならん、よもやそれを先の3文字とするなど、全くもってかけ離れている。エルフの連中も、的外れの遠吠えに応じる必要など……ん?どうした、ベル君」

 

 

 しかも表情1つ変えずに、である。目を見開きポカンと口を半開きにして青年に顔を向けている周囲の反応にクエスチョンマークを浮かべ、恐らくは一番話しかけやすかったであろう己の弟子に問いを投げている。

 とはいえ、口を半開きにして更に呆れかえっているのはベルもヘスティアも同様だ。やがてヘスティアは自分自身の眉間を指でつまんで皴を寄せると、青年に対して聞いて良いかと散々悩んで、重い口を開くことを決意する。

 

 

「……その、えっと、タカヒロ君?さっきの言葉だけど、意味をわかって口にしているのかい?」

「“それぞれの言葉”の意味か?もちろんだとも。そして事実だろう、尾ひれも付けていなければ虚言の類も言っていない」

「……いや、本望なのかどうか知らないけどさ。まさしくボクは、どうなっても知らないぞ~……」

 

 

――――師匠、それは“単語”であって“言葉”じゃありません……。

 

 ヘスティアと違って呟けるはずもなく喉元で押さえつけ、ベルは溜息交じりに肩を落とした。己の師匠には無いんじゃないかと思っていた限りなくポンコツに近い部分を知り、かつ飛び火したならばエルフ全体を敵にしかねないアブナイ場面ゆえに絶対に口を開けない。

 

 ベル・クラネルよ。現実を知れ、相手を広く見るのだ。

 レアドロップに燥ぎ過ぎて、相手モンスターの実力を忘れて本気の一歩手前を出すような君の師匠。君の戦いを見たいという理由で、9階層とだけ聞いて真っ先にダッシュして迷子になっている君の師匠。普段はかっこよく見えるかもしれないけれど、時たまひょっこり顔を出すポンコツ具合を併せ持っているのです。

 

 そしてベルが抱いていた疑念は正解であり、タカヒロ的には彼女に対して思ったままの事実を考えなしに口にしているだけである。いつかリヴェリア本人、そしてヘファイストスを相手にもやっていたが、時折現れる彼の悪い癖の1つだろう。

 

 何を隠そう、今日の彼は黒いガントレットが納品された日の夜ということで非常にご機嫌。そんなところに、己に答えの1つを授けてくれた上に普段気さくにしているリヴェリアを大衆の前で貶され、内心は非常にご立腹。まさに御機嫌は垂直だ。

 しかしベートは他のファミリア故に手を出すわけにもいかないので、手詰まりの状況に他ならない。とはいってもリヴェリアを貶すベートの言葉を真っ向から否定したいが故に、頭の中に出てきた言葉をつなぎ合わせたものが先程の一文なのである。

 

 

 

――――な、なん……なん、なのだ、なんなのだ……!

 

 だがしかし。これも先ほどの焼き直しだが、誰にも説明していないそんな彼の本心を、聞き手が理解しているはずがない。立食会の時の言葉で彼を意識していた彼女の心には致命傷となっており、どうにも立ち直れそうにない様相だ。

 タカヒロ曰く「それぞれの言葉」を受け取ったリヴェリアは、両手でもって口と鼻を隠してしまい。尖った耳の先までを色づいた紅葉の如く真っ赤に染めながらも、顔だけは見せまいと思い身体ごと振り返って隠してしまっている。

 

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ、鉄壁の処女■■■(検閲済)歳=彼氏いない歴。内心で途轍もなく甲高い声で心を落ち着かせようとしながら語彙力は絶賛崩壊中であり、なんとかしようにも驚きと疑問符しか生まれない。

 

 宝石の如き翡翠の瞳はこれでもかと言わんばかりに見開かれており、何が起こったのかと絶賛混乱している最中である。そしてコレっぽっちも理解できていない模様であり、結局は混乱に輪をかける以外に道が無い。

 少し前に、予想外の言葉を貰った時と感情は似ていると言っていいだろう。その時よりも一際早く強く鳴り響く鼓動の音色は耳をつんざく程と比喩していい程であり、もはや足の1つも動かせない。

 

 

 恋愛耐性?交際経験?あるわけがない。そもそも異性に興味を持ったことが無い。つまり恋というモノ、恋愛という行為、そこに至るまでを微塵も知らない純潔な乙女である。

 今現在において、一番に親しい男性は誰かとなれば断定はできないだろう。それでも、互いの悩みに対して答えを与え、貰い、己が生まれて初めて頼った共に居ることが多い彼の名は、一覧表のトップ3に食い込んでいることは明らかだ。

 

――――落ち着け、落ち着け。何を言われた、何と言われた!?わ、わた、私に……。

 

 なお、少し前に軽いジャブを数発食らっていたせいで少し耐性がついていたのか、此度においてはしっかりと文言を覚えているようで質が悪い。言葉による前代未聞の持続ダメージは脳裏に焼き付き、未だ継続して彼女の心をくすぐっている。

 落ち着くならば、今貰った言葉は綺麗サッパリ忘れるべきだろう。しかしながら少し前に目覚めたもう一人の自分が、決して消却の結果を許さない。

 

 やんごとなき続柄故に蝶よ花よと育てられ、尊敬の眼差しこそあれど異性からマトモに褒められたことも無いために、そちら方面の耐性もほぼ皆無と言っていいだろう。普段はクールな対応を見せる彼女だが、親しい者との間では時折言動に表れているように根は活動的な女性なのである。

 ハイエルフでありロキ・ファミリア幹部という立場とレベル6の実力者ということも相まって、先程のようなコトを言われるのは初めての経験だ。故に、掛けられた言葉が出てきた理由を考える思考回路は追いついておらず、普段の冷静さは影を潜めて色々とオーバーヒートしている。

 

――――彼は、私に、魅力が……。

 

 エルフ基準においても俗に言う行き遅れに突入していたことは、己でも分かっている。それをネタにされたこそあれど、以前の図書室での言葉もさることながら、よもや先のような“素敵な”言葉で表現されたことなど生まれてこのかた初めてだ。

 加えて、痛々しい二つ名を羨ましがる者が多いこの世界において、女性はこの手のキザな謳い文句に弱く、逆に口にできる男は少ないのである。もちろんそんなことを考えていない発言者タカヒロは、単に思っていることを口にしただけなのだから質が悪い。

 

 赤面の波紋は周囲に居た取り巻きの女性エルフにまで及んでおり、個人差はあれど、反応は同じベクトル。あれだけ張り詰めていた殺気は嘘のように消え去っており、漫画やアニメならばそこかしこで湯気が描写されそうなシチュエーションとなっている。

 男エルフに至っては今までタカヒロと同様のことを思っていたものの、うまく表現できずにいたこともあって盛大に同意している状況だ。決して歓喜の声を口には出せないが、本人の前で言い切った彼を心の中で讃えている始末である。

 

 

 他人。

 ハイエルフであるリヴェリアが名前を知っている男において九割九分以上はこの関係であり、他の者よりは彼女と仲が良い部類になるベルも、ギリギリここに該当する。

 

 友達以上、親友程度。

 ファミリアや同胞という括りを除外して考えると、この項目に当てはまる男はフィン、ガレス、そしてタカヒロの3名だけである。なんとも極端な住み分けだ。

 

 

 そこからロケットブースターを点火して、遥か先にある一人しか居座れないエリアへと突撃したポンコツ報復ウォーロード。そこに装備は無いと知らせても、戻ってくるかは神様ですらも分からない。

 

 案の定、先ほどのセリフに対して何も考えが回っていないらしい。固まる周囲を残して、彼はヘスティアを引きずって廃教会へと踵を返した。

 もっとも、己が特別な所へ辿り着く道を全開走行していると気づくのは、帰宅して落ち着いた時に他ならない。如何なる戦場だろうと乱れぬはずの大地の如き心構えだが、この時ばかりは「やっちまった」と反省をしていたらしい。心境は、いつかのお姫様抱っこの焼き直しだ。

 

 

 今晩に見せた言動は相手方が応えていないので、結果としては“単にリヴェリアを褒めただけ”となるだろう。しかしながら、この一件が様々な波紋を呼ぶことになるが、それは当然の事である。

 




やりやがった(他人事)


あのままの関係が続いてたら作者の趣味によって30話ぐらいそれで費やしそうなのと普通じゃ面白くないので、こんなロケットスタートにしてみました。

“思ったことをそのまま口にする。”今までに何回かフラグが建ってますね……

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