その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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・業務連絡
戦闘パートはしばらくお待ちください、ちゃんと用意してますので。


72話 ローエルフ

 大親友による教導は、相手の初々しさもあって結局次の日まで続いていた。ちゃんと彼の目を見て話すこと、微笑みを作って好印象を作ることなど、本当に基本的なレクチャーとなっている。

 根は真面目なリヴェリアはアイナを相手に練習しており、なんとかなりそうだと安堵の言葉と表情を浮かべている。露骨なフラグになっているのだが、そんなことには気づかない。

 

 リヴェリアが町を出て帰路に就いたのは昼を過ぎた頃であり、日が沈むタイミングと共にオラリオへと戻ることとなる。行先は不明とはいえ出かける点についてはレフィーヤが聞いていたために、混乱も最小程度のものとなっていた。

 とはいえ彼女はロキ・ファミリアの幹部であり、暇ではない。すぐさま溜まっていた仕事の消化に入り、それが済んだのは日付が変わる直前だ。

 

 長旅で疲れが溜まっていたこともあって眠気はすぐに襲ってきたものの、そこはレベル6を誇る冒険者である。必要最低限の睡眠が済むとふと目が覚め、逆に今日が何の日であったかを思い出して、居ても立っても居られず行動を開始した。

 その結果として、物音に気付いて起きてきたロキと廊下で遭遇することになる。何故だか廊下を掃除していたリヴェリアに声を掛けると、問答が始まった。

 

 

「なんで廊下掃除しとるんや、リヴェリア」

「か、彼が来るのだぞ。綺麗にせねばならんではないか!」

「いつも担当が掃除しとるから綺麗なもんや!タカヒロはんが来るのもいつものことやろ!」

「しかし、もうすぐの事ではないか!」

「リヴェリア、とにかく落ち着き!授業はいつも8時半からやろ!?」

 

 

 一層の強い声に、テンパっている彼女は目をうるっとさせて口に力を入れ、何が問題なのかと己の主神に表情で問いかけた。レアスキルよりもよっぽど珍しいそんな表情に対し、普通ならば飛びかかってしまうであろうロキは盛大に溜息を吐いて、問題を口にする。

 

 

「まだ朝の5時にもなっとらんで……」

「あと4時間も無いではないか!!」

 

 

 ハイエルフとしての威厳や、気高い誇りもどこへやら。まさに絶賛混乱中の堅物妖精(ポンコツハイエルフ)、またの名をローエルフと化したリヴェリアは、盛大に空回りしていた。“lol(大笑い)-elf"という言葉でも似合うかもしれない。

 夜明け前という時間帯も忘れて声高に叫ぶと、まだやることがあると言わんばかりにカツカツと力を入れて歩き去る。次は部屋の掃除でも始めるのだろう。

 

 そんな後ろ姿に「どこまで神経質になっとるんや」とは思いつつ、悪戯の神であるロキは、いつもの悪戯を仕掛けようと声を掛けた。もっとも、少しでも理性があれば“あり得ない”と分かる内容であるが――――

 

 

「リヴェリア、タカヒロはん来おったで」

 

 

 当該ポンコツエルフはガクッと足がもつれて、廊下にあるベンチに倒れ込んだ。直後に慌てて起き上がり背筋を伸ばすと、残像を残す程のものすごい勢いで慌てて前後左右、更には上下を確認しだした恋する乙女。

 しかし当然、気になって仕方ない青年など居る訳がない。しかし当然、発言者のロキはそこに居る。

 

 直後。主神ロキの目には、般若か鬼神辺りのヤベーのが確かに見えたと語っている。

 

 

========

 

 早朝、黄昏の館。座学が再開される今日、タカヒロはいつも通りの時間に正門へとやってきている。心なしか玄関付近に居たエルフの視線が厳しい気がするが、何もなかったと思い込んでスルーした。

 

 

「……神ロキ、今日からまた眷属の世話になる。しかしどうした、中々に前衛的な頭の装飾になっているが」

「タカヒロはんのせいやと言いたいところやが、完全にウチの自業自得や……」

「……お、おう。お大事に。これ、話題の焼き菓子だ。いつも邪魔している礼だ、納めさせてくれ」

 

 

 偶然にも廊下で、そこら中にたんこぶを作るロキとすれ違う。何がどうなってそうなっているのかは全くもって不明だが、寝不足もあるのか目には若干のクマを浮かべていた。

 一応は誰かが手当てしたのであろう頭は包帯でぐるぐる巻きとなっており、何をしでかし、何にやられたのかと気になるレベルである。もっとも自分のせいだと言い張る彼女の手前もあり、彼もこれ以上を追求することができなかった。

 

 

「おおきにな、ありがたく貰っとくわ。せやけどウチに気使うよりも、はよあっち行き。これ以上睨まれたら何されるか分からんわ……」

「は?」

 

 

 親指が差される方向に顔を向けると、曲がり角に居たのであろう姿は瞬時にヒュっと消え失せる。その名残がいつか食器を運んだ時の彼女に見えた気がしたタカヒロは、何が起こっているのかが分からない。

 ふと反対を見ると、女性エルフ集団の半数が睨みを利かせて彼を見ている。今居るここが黄昏の館ということもあり、まさに四面楚歌に匹敵する程の状況だ。

 

 原因、状況は共に不明。先日の一件については、やらかしてしまったと実感している彼自身だが、それがとんでもないことになっているとは全く持って想像にできていない。

 そして、彼の考えはこうである。今までは何もしてこなかったエルフが睨んでくるということは、あの一文がリヴェリアに何か影響を与えているということ。そして先ほどのワンシーンより、リヴェリアが自分を避けているのだと判断し――――

 

 

「……帰った方が良いのか?」

「おどれ分かってて言うとるやろ逆やボケェ!さっさと行かんかい!!」

 

 

 エセ関西弁な咆哮とタックルを背中に浴びて、早歩きでいつもの執務室の前へと到着した。ロキとの会話で消費した時間のロスを、ここで丁度良く挽回した格好である。

 とはいえ正直なところ、彼もこの扉を開けるのに勇気が要る。己がぶちまけた言葉の内容は覚えており、微かな好意を抱いていることは実感しているために否定するのは心が痛む。故に何とか話題に上らぬよう対応できないかと、茶菓子の手土産を持参しているわけだ。

 

 扉に対し、ノックする。なんだか彼女が奏でるリズムと似てきたノックを無駄に意識してしまい、扉を開けるテンポがいつもより遅くなった。そのせいか足並みが少し乱れており、無駄な小刻みが発生している。

 何をやっているんだ自分は。と青年は内心で溜息を吐き、いつもの「失礼する」の言葉と共に部屋に入る。ここ一カ月間続けてきたことであり、今となっては青年の中のセオリーだ。

 

 部屋の中もまたいつも通りであり、整理整頓が行き届いており非常に清潔。少なくとも男一人の暮らしにおいて、こうなることは非常に稀と言っていいだろう。

 状況も日常そのものだ。執務机にリヴェリアが、教導用の長机にレフィーヤが座ってそれぞれの書物に目を向けている。青年が部屋に入ったタイミングで視線を向けてくるが、これもまた、いつも通りの光景だ。

 

 

 しかし、肝心のエルフ二人はいつも通りではない。

 リヴェリアは昨日の今日で寝不足気味であり、遠出による疲れも溜まっている。そして青年がいつも通りすぎる反応を見せるために、昨日の今日ということと、偶然にも同じ白髪から知っている少年(ベル・何某)を連想してしまったレフィーヤは、「なんか言えや」と内心で礼儀悪く唸っていた。

 

 内容までは知らずとも事前に遠出の連絡を受けていたレフィーヤも、今のリヴェリアが寝不足気味なことは理解しつつ、疲れも溜まっているだろうと考えるも、相変わらず欠片も見せない立ち振る舞いに感銘を覚えている。

 そしてレフィーヤは、自分が抜ければ二人きりになれる環境だと言うのに他でもないリヴェリアの教導を拒否するわけにもいかず、非常に歯がゆい立ち位置である。青年が何かしらの質問を行ってリヴェリアが接しやすい環境が生まれることを、心の中で祈っていた。

 

 そんな心境のまま、やってきた青年を見ると教材と共に何かの箱を持っている。顔よりも一回り小さいその箱が何なのかが気になり、彼女は素直に問いを投げた。

 

 

「何を持っていらっしゃるんですか?」

「焼き菓子だ、合間の茶菓子に合う物でもと思ってね。以前、好みの物だとレフィーヤ君が言っていた――――」

 

 

 ピシッ。空気に亀裂が走りかけたような音が聞こえ、タカヒロは一時停止した。

 

――――余計なことは言わなくてよろしい。

 

 そんな台詞が、目の前の少女から雰囲気によって飛ばされる。リヴェリアに隠れて今までにない眼力を発揮するレフィーヤの顔を見た青年だが、眼力に込められた本意を受け取れるはずもなく、手土産が宜しくなかったかと捉えていた。

 

 

「……今日は、この茶菓子の気分ではなかったか?」

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 そこは、「リヴェリアが好きそうなもの」などと彼女の名前を出して適当な言葉を選んでおけば、十分どころかこのシチュエーションにおいては大正解なのだ。その言葉を受け取るだけで、執務机に座る彼女はニッコニコで疲れも吹っ飛び上機嫌になっていただろう。

 

 だというのにこの青年、真面目にレフィーヤに対して思ったことを口にしている。彼の会話対象となっているレフィーヤは溜息と同時に怒りが沸き起こるも、しかし言動には出せないために、必死に目と表情で訴えるしか道が無い。

 しかも彼は、「これだっただろう?」とレフィーヤの横で箱を開いて菓子を確認している始末である。青年のヘイトを取ってしまったレフィーヤは内心でリヴェリアに謝りつつ、更なる眼力を男に飛ばす。

 

――――違う、違う!私じゃなくてリヴェリア様!あっちを気にしなさいこのヒューマン!!

 

 山吹色なエルフは必死に冷や汗を流して再度アピールするも、青年の反応はどこ吹く風。そしてレフィーヤだけが気を使われていることに対してリヴェリアの心には嫉妬の類が芽生えており、右手に握られ加圧されている羽ペンは助けを求めて身をしならせるも、生憎と助け船は出てこない。

 ワナワナと震える手がレフィーヤの目に入り、これはマズイと直感が告げている。いつまでたっても自分を気に掛ける言葉しか掛けない青年に対し、レフィーヤはついにしびれを切らし――――

 

 

「あーもう!私ばっかり気にかけずにリヴェリア様を見てください!!」

「リヴェリア?いや、気にしているぞ。珍しく寝不足気味でいくらかの疲れも溜まっているようだから心配だったが、以前に心配の声を掛けた時には“私の事など気にするな”と一蹴されてしまってな」

 

 

 その回答に、師弟揃ってポカンとした表情しか返せなかった。そしてリヴェリアは当時の光景を思い返し、ハァと深い溜息を吐いて当時の自分を呪っている。確かに、タカヒロに計算を手伝ってもらった時に見せた対応だ。

 

 一方のレフィーヤは、“ありえない”という感想を抱いていた。彼が部屋に入ってきてから今の今まで約2分程様子を見ていた彼女だが、その間彼がリヴェリアの顔を見たのは入室した際の一瞬だけなのである。

 それでいて、先の回答は的を射ている。ほぼほぼ正解と言っていい回答を、あの一瞬で見極めていたのだから驚きも無理はない。

 

 相手が他の者ならばまだ分かる。しかし相手は、常日頃からクールであり疲れていても表情1つ変えることのないあのリヴェリアなのだ。何をどうしたら一瞬でそこまでわかるのか、レフィーヤは不思議で仕方ない。

 そんな疑問の顔を尻目に、彼はリヴェリアの机へと歩いて行く。普段ならばクールに彼女らしく応対する場面だが昨日の今日という事もあり、座っている状態なものの完全に腰が引けている様相を見せていた。

 

 

「溜息が深いな、やや顔も赤い。微熱でもあるのか?ロキ・ファミリアの幹部ともなれば忙しさも一入(ひとしお)だろう、無理は禁物だ」

「ち、ちがう。やや寝不足なのと疲れているのは事実だが、大丈夫だ」

 

 

 違う意味で微熱があるのです、そして大丈夫なんかじゃないでしょう。だったら目を合わせてみなさいな。

 どうにか頑張ってクールさを演出しようとしていることは読み取れるが、ものすごく無理している。ほんの僅かに、声のオクターブが上がっているじゃありませんか。

 

 そのような内容をぶちまけたかったレフィーヤだが、後々が怖いのとリヴェリアの反応が面白いので喉元に仕舞い。執務机の横に立つ青年を、椅子に座って見上げるリヴェリアの視線を追っていた。

 

 

「そら見ろ、疲れから来る風邪の初期症状に近いじゃないか。厨房に行って生姜湯を作ってもらう、飲めるな?」

「あ、ああ……」

 

 

 では行ってくる。と言葉と扉が閉まる音を残し、タカヒロが廊下を歩く音が遠ざかった。

 

 

「……レフィーヤ、すまない。タカヒロと料理担当でトラブルがあるといけない、念のためついてやってくれ」

「あ、はい。わかりました」

 

 

 そんな真っ当らしい理由が浮かんできた己の思考を褒めたいリヴェリアだが、今抱いている感情を隠すのは長くは持たない。再度レフィーヤを催促し、追いかけるように指示している。

 それでいてピンと背筋を伸ばしたまま、彼女は手元の書類を横にずらす。礼をして部屋を出ていくレフィーヤが、パタンと優しく扉を閉めたことを確認し――――

 

 

 

 

「――――なんなのだ、なんなのだ……!」

 

 

 思わず口に出ており慌てふためいて両肘を机に付け、可愛らしく頭を抱えて心の中を駆け回るリヴェリアはおめめグルグル。彼の顔を至近距離で視界に捉えた瞬間に今まで掛けられた言葉がフラッシュバックで蘇っており、とてもではないがマトモに視認できる状況とは程遠い。

 戦闘中、強敵と対峙している時の如く昂る己の鼓動が五月蠅く耳を突く。青年が己の横に来たならばより一層の強さを増し、マトモな思考ができなくなったのは先ほどの行為で明らかだ。

 

 基礎程度だが大親友にレクチャーされた内容など、大空の彼方に吹き飛んでいる。一夜漬けで学んだ者が本番においてそのほとんどを活かせないように、いざ彼が横に来るとなると、思考よりも先に本能が反応してしまっている有様なのだ。

 

 そして思い返す先の言葉は、しっかりと自分を見てくれていたことの証である。彼が自分を見てくれており心配してくれているのだと考えるだけで張りのある瞳と頬はダラしなく緩みかけ、慌てて力を入れるも数秒後には焼き直しだ。

 とにかく、心の高ぶりをなんとかしなければ始まらない。そう考えて最近問題となっていたロキの酒癖を思い出すと、自然と顔に力が入るのだから今回ばかりは感謝している。

 

 

 しかし許さない。絶対に、だ。

 

 

 やがてタカヒロが生姜湯片手に戻ってくるも、一緒についていったはずのレフィーヤの姿がない。もっとも、今後の対応を問い詰められ露呈してしまったタカヒロが「先に戻れ」と言われたことをリヴェリアが知る由もない。

 そしてまた、弟子のレフィーヤには悪いと思いつつ、今は彼の優しさから生まれた生姜湯に舌鼓を打つことが彼女の中の目標だ。ポカポカとしたお湯とハチミツで味が調えられたその飲料は、不思議と心も落ち着かせてくれるものがある。

 

 

「飲んだら今日は早めに切り上げてゆっくりと休むんだ。……それと――――」

「ん、なんだ?」

「その……今度時間がある時、良かったら一緒に昼飯でもどうだ?」

 

 

「……ぇ?」

 

 

 ファミリア同士を比べた際に規模が違いすぎることを心配して、相手側から“仕掛けて”こないのではとアイナと相談したのはつい先日。彼女側からいつか食事にでも誘おうとしていたところに相手から突然の右ストレートを放たれ、回避行動を取れずに真正面から受けてしまう。

 

 目を真ん丸にして相手を視界に捉えるハイエルフらしきポンコツ、リヴェリア・リヨス・アールヴ。そもそもそこの青年は、今迄においてファミリアの違いなど僅かにも意識していなかったではないかと思い返すも時既に遅く、意識は遥か空の彼方を飛行中。

 

 いくらか落ち着いたと思っていたはずの思考回路は、たった今の一文によって一瞬にしてオーバーヒート。やはり一夜漬けで学んだ内容は、そのほとんどを発揮できないでいる様だ。

 




lol.


■lol は laugh out loud.またはlaughing out loud.の略語です。
意味:大笑いする

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