日の出間もなくして始まる、通勤ラッシュならぬバベルラッシュ。ダンジョンへと潜る冒険者が、我先にとは言わないが様々な武具を身に纏ってゾロゾロと波を作って地下へと降りていく時間帯である。
バベルの塔から東西南北に延びる大通りもまた多数の冒険者でごった返すのが日常であり、弁当や消耗品を販売するファミリアが屋台で売り込みを掛けるのもまた日常。しばらくすると穏やかになるが、この混雑はオラリオにおける醍醐味の1つと言っても良いだろう。
一人の女性がファミリアのホームを出たのは、そのラッシュが終わってからだ。理由としては単純であるがいくつかあり、まずは武具を身に纏う集団の中に私服で飛び込めば自ずと嫌でも目立つこと。
二つ目が、彼女そのものが人込みが好きではないと言う事。三つ目が、彼と約束した時間がラッシュを過ぎた頃に設定されていた事。移動時間を考慮してもラッシュを過ぎるあたりに設定されていた点は偶然ながらも、結果としてはオーライだ。
そして何より、なんと言ってもリヴェリア・リヨス・アールヴとはハイエルフであるがため。普段は濃い目の緑色を基調としたコートにしか身を包まない彼女が、よりにもよって御洒落な私服姿で歩いているのである。
神を相手に真っ向から戦える程の美貌を持つ彼女が御洒落をして出歩けば、周りの目線はどうなるか。答えは単純であり、種族・性別・年齢無しに振り返って見惚れる事態が起こっている。
バベルラッシュの時間帯は過ぎているためにまだいくらか落ち着いているが、それでも不埒者からすれば関係のないことだ。格の違いも把握できずにナンパを仕掛け、
「……少し早かったか」
タカヒロがリヴェリアを食事に誘ってから三日後。時間にして約束の時間の15分前、人込みから外れたエリア。小さな噴水の奏でる音が静かに響く公園のような場所に、リヴェリアが先に到着した。
トーチバッグをベンチにおいて、その横に腰かける。歩みと言う動作を止めたことで緊張と嬉しさが再び顔を覗かせており、つられて心拍数は上昇していた。
タカヒロの提案はランチだったというのに、なぜ朝を過ぎた頃の時間帯から約束をしているのか。彼と私服姿で出会っていきなりご飯となると緊張から喉が通らない恐れがあり、それを回避するためという彼女のポンコツっぷりが顔を覗かせているのが理由である。
それにしても、一秒が長く感じる。午後の気温上昇を想定して衣類を決定していたはずなのに、今現在において既に暑く感じるのは気のせいではないだろうと、肺に溜まった空気を吐き出した。
よくよく考えれば、教導がある日は毎度の如く時間ピッタリを守っているほどの青年である。15分前という時間も早かったのではないかと考え、何をして過ごそうかと、やや雲が目立つ空を仰ぎ見た時だった。
「すまん、遅くなったか」
――――トクン。
直後、背中に感じた聞き慣れた声が心を震わす。いざ訪れてしまったイベントを目の前に控え、緊張からゴクリとつばを飲み込んだ。
かつてアイズを迎えに行ったときとは逆だなと懐かしく思い、肩越しに振り返る。ストレートに下ろした長い緑髪がサラリと揺れ、彼女は彼の姿を目にすることとなった。
現れた彼は――――個人の好みをさて置けば、マトモだった。着飾っているようなことはしておらずシンプルに纏められている点も、人によって評価が分かれるところだろう。
彼が普段に着ている鎧の重厚さも、ましてや刺々しさも全くない。男性故にややゴワゴワとしたオールバックな白髪も自然に近い形で下ろされて額部分も隠れており、今の彼だけを見れば、少し背伸びをした大人しい青年にしか映らない。自称“一般人”も筋が通る。
弟子の瞳よりはやや暗い赤色のワイシャツは所々に幾何学的な白色の模様が見られ、第一ボタンこそ開けられているが、今のオラリオの気温からすれば普通の部類だろう。薄い黒色の締まったズボンの裾部分こそ千切られたような造形を見せているが、さわやかさと同時に彼のゴリ押し戦闘スタイルが垣間見えるようで遊び心がある。合わせられている重々しさのない革靴や小さなメンズバッグ、小さく控えに控えたチェーンのネックレスとも違和感が無い。
互いの視線が、交差する。ベンチに座っていたリヴェリアは彼の姿に数秒の間だけ見惚れると、四角いハンドバッグを手に取り立ち上がった。
「むっ……」
背もたれに隠れていた姿を目にして、今度は彼が固まった。やや眉間に皺が寄っており、その表情を見たリヴェリアは、自分に何か変なところがあったのかと考えてしまって焦りが生まれている。
しかし、考えたところで分からない。そこで彼女は、事実を含めて恐る恐る口にした。
「そ、その……私は、こう言った事には慣れていないのでな。レフィーヤに頼んで選んでもらったのだ。……変では、ないだろうか?」
彼が固まった理由は何を隠そう、顔をやや下げて上目で問いてきた彼女である。そんな彼女が正直な言葉を向ける青年の瞳に映ったのは“完璧”であった。
綺麗さと凛々しさの中に隠れていたリヴェリアの可愛さが、前者2つとのバランスを崩さずに仕立て上げられている。美しい髪を引き立てる白の薄いカーディガンや、あえてストイックさを少し捨て、ベージュ色の裾が細く長いスカートは足首までを隠すものの、あえて15cm程のスリットをチョイスし、控えめに“おみあし”を覗かせる。
ソックスは敢えての足首までとなっており、文字通りの“生足”となるのがワンポイント。見えるか見えないかのギリギリのラインを攻めている。歩くことを想定してノンヒールとなっている靴はそれでも気品があり、エルフにあるまじき尻軽さを出さぬようにしながらも全体のスタイルに欠かせないと断言できる程のアクセントとなるよう計算されているのだから隙が無い。
極僅かに主張する髪飾りを含めたアクセサリーの1つからして彼女に似合うものだけをセレクトしており、無駄もなければ不足しているモノも無いと言えるだろう。なお、あのリヴェリアをコーディネートできるということでレフィーヤ個人が睡眠時間と鍛錬時間を度外視して全力で楽しんでいたのはロキ・ファミリアにおける公然の秘密となっている。現在は自室において、アイズの夢を見ながら死んだように爆睡中だ。
結果として出来上がったデートスタイルはレフィーヤの好みが多いものの、エルフらしさは抜けておらず先ほどのリヴェリアが見せた仕草との相性も申し分ない。しいて不足部分を挙げるならば、隣に“似合う男”が居ない点だけだろう。
そんな問題点も、相手次第では解決となるかもしれない。リヴェリアを目にしてから腕を組んだままの状態である彼は、目を閉じて言葉を発した。
「おのれレフィーヤ君……よもや、これほど完璧に仕立て上げるとはな」
思ってもみない言葉が返されたリヴェリアに、嬉しさ反面、恥ずかしさがこみ上げる。直視できる勇気が無いため上目を使って彼を覗いてみるも、彼は顔を横に背けて目線を下げていた。
しかし、そんな表情も先の言葉の間だけ。言い終えたかと思えばリヴェリアに顔を向けると、かつてない眼力でカッと目を見開き―――
「
その
英語は分からないものの予想外の反応続きでポカンとするリヴェリアを他所に、明後日の方向に向かって雄叫びの余韻を感じている。
しかし、その場のノリで見せた反応は長くは続かない。彼はコホンと咳ばらいを行い、いつもの仏頂面な表情に戻ってリヴェリアを見た。
「……すまん、燥ぎ過ぎた。ん?待てリヴェリア。顔が赤いようだが、もしかすると空腹に酒を流しこんだ」
「飲んでなどいない!!」
興奮状態にある思考回路のせいで突然と明後日の方向に解釈したインスタント朴念仁に対し、条件反射でリヴェリアが距離を詰めて寄っている。互いの距離は、それこそ間近と表現して過言ではないほどだ。
青年が口にした台詞を言うならば、“まだ風邪が治っていないのか”の類が妥当だろう。ほぼゼロ距離と言った場所から彼に意見申し立てた彼女は、彼の顎の位置から見上げることとなった。
女性にしては長身で170cm程あるリヴェリアだが、相手の身長も高く数値は180㎝。そのために、傍から見れば双方のバランスが丁度良い。
故に彼が少し下を向けば、傍から見れば“いいかんじ”。彼女がハッとした時には互いの顔は急接近しており、己の今の行いと相まって恥ずかしさは急上昇。結果として、リヴェリアは瞬間的に一歩後ろへと下がった。
まるで、磁石のS極とN極が近づいたかと思えば片方の極が変化した時のよう。普段は大人しくお淑やかな彼女が見せる、女性としての素の一面である。
互いに1度ずつ叫んでしまったことにより集まった周囲の少数の視線から逃れるように、二人はそそくさと移動を開始する。もっとも目的地は不明であり、昼食には少し早い時間なのは相変わらずだ。
タカヒロは昼食までの暇潰しを行うにしても良いところが思い浮かばず、しかしこの辺りは来たことがあったことを思い出した。そこで彼女に対し、知っている喫茶店でも寄らないかと声を掛ける。
彼女からしても少し落ち着きたかったこともあり、二人は他愛もない会話を交わしながら路地を進んだ。最初は舞い上がりかけたリヴェリアも落ち着きを取り戻し、すっかりいつもの二人が見せる応対の様相となっている。
少し高くなったところに、その店はひっそりと建っている。しかしながら小高い故に眺めは良く、怪物祭などの時には祭りの情景を落ち着きながら見通せた程の眺めの良さだ。
紅茶については詳しくない彼だが、それでも味については中々だと思っている。ましてやこの場面で新たな店へと冒険するわけにもいかないために、安牌と言えば安牌だろうと判断していた。
9時過ぎ頃の開店直後ということもあってか偶然にも他に客はおらず、せっかくなので彼は、あの時と同じ席を選んでいる。リヴェリアの椅子を引いてあげると、彼女は嬉しさと恥ずかしさが半々の表情で席に着いた。
彼が頼んだのは当時と同じ紅茶、アッサム。彼女も同じものをということで、菓子の類は無いが、二人そろって優しい味を楽しんでいる。
しかし、リヴェリアとしては、ここへ来たことを疑問に思っている。道中において喫茶店は複数の店が存在しており、
ならば、どうしてこの店なのかと気になるのが人情である。今更の関係であるために、彼女は包み隠さず問いを投げることにした。
「ところでタカヒロ、どうしてこの店にまで移動したのだ?」
「偶然近くだったという理由もあるんだが……懐かしいな、もう一か月以上も前になるか。あの日はここで紅茶を、このアッサムを飲んでいたんだ」
恐らくは、自分と関わりのある日。そう彼の台詞を受け取ったリヴェリアは、珍しく催しに参加した1日の事を思い出した。
「……怪物祭、
24階層を最後にすっかりご無沙汰なモンスターだが、ベートとロキの追跡によって地下水道に何かしらの痕跡があったことが確認されている。もっともそんな一連のことを思い出した彼女だが、目を瞑って頭の中から消し去った。
今は一時だけ戦いの事を忘れ、彼と共に穏やかな時間を過ごしたいのだ。露骨ながらも彼女が話題を変えたために、タカヒロも話題を掘り返さずに別の話題を口にしている。
やがて時間も流れて話は昼食を何にするかの内容になり、互いの好みの料理などを話題に挙げている。とはいえ青年が知っている店などたかが知れており、正直なところお勧めできるか怪しいことを告げていた。
「そうか。では、よい喫茶店を教えて貰った礼だ、エルフ基準のお勧めで良ければ紹介できるぞ」
「乗るとしよう。丁度茶も切れたことだ、早めに行かないか?君のお勧めならエルフにも知れ渡っているだろう、無駄に混むと面倒だ」
「フフッ、違いない。実は店主もエルフなのだがな、気が利く奴だ安心しろ」
互いに口元を緩め、リヴェリアは上品に、タカヒロは少し椅子を鳴らしてしまい立ち上がる。その姿を見た店員が近づいて、支払いと相成った。
財布を取り出すタカヒロをリヴェリアが制止し、なぜだか己が支払うという頑固さを滲ませている。「払わせろ」と言わんばかりに口をへの字に曲げるタカヒロに対し、彼女はとある文句を口にした。
「なに、気にすることは無い。あの時の“ポーション代”だ、私に出させろ」
キョトンとしたタカヒロは、なるほどと言わんばかりに目を閉じて口を緩め。そんな応対もあったなと大人しく手を下げて、出会った頃の情景を脳裏に浮かべるのであった。
24話、怪物祭で出会った時に使ったポーションの一件をここで回収してみました。
■以下、ぶっこわれた“ぶっ壊れ”の言動について
・ウォードン先生の感情表現:
You are strong, but now I will demonstrate my true poweeeeeeeeeeeeeer!!!!!
訳:お前は強い。しかし今、私は真の力を
「美しいいいいいい」だったのでPowerrrと表記しました。ステンバーイ.
GrimDawnにおいては有名なこのセリフ、どこで使おうか迷ってここにしました。
希望AffixのダブルレアMIを拾った時と同じ壊れ具合ですね()