その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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77話 仲間に押されて

「……ハァ」

 

 

 何度目か分からない玲瓏(れいろう)な溜息が、静かな執務室の部屋に木霊した。遠征直前ということもあり処理しなければならない書類は数多く、それが己の足を縛り心の沈み具合を加速させてしまっている。

 結局のところ、リヴェリアはタカヒロの元へと行くことができていない。もっともこれは先の1日を青年のために使ったことが強く影響しており、ここ三日間は執務室と食堂・自室を往復するという文字通りの缶詰となっている状況だ。

 

 元より缶詰となる点については覚悟していたものの、結末が結末だけに、どうにも気持ちの切り替えができていない。他ならぬ己の不始末であるために、沈み具合は一入である。

 それでも、自分一人の身の上の都合にファミリアを巻き込むなど言語道断。副団長であり規律正しさを優先する、彼女自身が許さぬことである。

 

 

 天井を仰いで沈み具合を和らげようとして、失敗。お世辞にも欠片も和らぎそうにない。

 ならば文字通り、()を仰げば少しは変わるだろうか。そう考えたリヴェリアは、窓辺へと足を運んで広がる風景に目を向けた。

 

 

 風景に線を引くように伸びる道を歩くは、寄り添う男女。恋仲なのか、既に夫婦なのかは彼女にも分からない。

 それでも、意識せずとも男の姿に彼が重なる。何を考えているのだと目線を下げるも、翡翠の瞳は街中を見渡し白髪の後姿を探してしまう。

 

 本日は朝一でアイズに尋ねてみれば、こちらも遠征前ということで戦闘訓練は行われない模様。故に己が歩みを向けて会うことは叶わず、仕事を放り出して向かおうにもヘスティア・ファミリアのホームの場所が分からない。この点は、アイズもまた同じことだ。

 もっともエルフの者達はヘスティア・ファミリアのホームの場所を知っているのだが、その者らが口に出すことはあり得ず、逆に問いを投げる勇気を本人が持っていない。無駄に王族扱いを受けてきたことが、ここにきて尾を引いている。

 

 

 どこか切なく、つらく、もどかしい。ただ一人の人間と会えぬだけだというのにここまでモヤモヤとした心が生まれるのかと、落ち着かせるように胸に右手をつけて拳を作った。一層のこと伏せられる翡翠の瞳は、閉じられんばかりに細められている。

 

 

 仕事に戻るも気づけば今日も夕食時を過ぎており、明日は午前中に決起会を行って午後からは59階層への遠征がスタートすることとなる。到達が順調に成功する前提での話だが、最低でも20日以上は地上へは戻ってこれないことは確定だ。

 何より、心にモヤモヤを抱えたままでの遠征となる。非常に高い集中力が必要な詠唱にも影響を与えるのではないかと思える程に落ち込んだ心境は、できれば解決させてから遠征へ行きたいと思うのが本音となっているのは仕方がない点だろう。

 

 

 執務業務だけに目を向けても、居なくなって初めて分かる青年の大きさ。それは己の抱く心に対しても同様であり、あれほどくすぐられた心は嘘のように寂しさを抱いている。

 根は優しい彼の事だから、もしかしたら彼自身が何かをやってしまったのではないかと要らぬ不安を抱いてしまっている恐れもある。今更とはいえそのことに気づくと、ぽっかりと空いた心に痛みが生まれた。

 

 

 扉を叩く音が鳴ったのは、そのタイミングであった。続いてフィンの声が聞こえており、リヴェリアは入出許可の返事を行っている。こんな時間に何の用かと思えば、ゾロゾロと4人が続いていた。

 小さい身体ながらもファミリア一の勇気を持つパルゥム、いけすかぬと喧嘩ばかりしていたドワーフ、酒のことに執着する己の主神、そして山吹色の可愛い愛弟子。一体何の用かとポカンとするリヴェリアだが、フィンから差し出された地図と共に、一行の目的もすぐに理解することとなる。

 

 

「今日の書類は僕等でもできるし、遅れたりミスがあっても遠征だったからとギルドに言い訳することもできる。行ってきなよリヴェリア、後悔しないためにさ」

「まだ寝る時間には早いからの、押しかけても大丈夫じゃろう。あとで酒を奢るんじゃぞ」

「ウチにもできるかな~コレ……。レフィーヤ、どうや?」

「ううう……が、頑張りましょう!」

 

「……すまない、行ってくる」

 

 

 長年を過ごしてきた仲であるがために、多くの言葉は必要ない。この会話と地図で言いたいことは伝わっており、相手も漏らすことなく受け取っている。

 着の身着のまま、と言っても普段着が冒険用の魔導服であるために問題は無いリヴェリアは、いつもの冷静な装いだけを捨てて駆け出していく。後衛ながらもレベル6を誇る実力が遺憾なく発揮されており、夜と言うこともあって飛ぶようにオラリオの街中を駆けていく。

 

 

「……こ、ここか」

 

 

 地図に記されている地点は、間違いなくここである。目の前にあるのは、くたびれた、というよりは廃墟のような教会であり、ここがホームなのかと言われると首を傾げてしまうものがある。

 とはいえやはり、情報通りといえば情報通りの立地条件が揃っている。迷っていても時間が過ぎるだけだと恐怖心を振り払い、深く息を吸い込んで扉を叩いた。

 

 

「はいはい、どちらさま……珍しいね、ロキん所のハイエルフ君か」

「え?あ、リヴェリアさん、こんばんは」

 

 

 薄明かりに照らされるハイエルフはハッキリと顔の細部が見えないが、それでもヘスティアからしても美しいと思えてしまう程に凛としている。やや息が上がっているようにも見えるが、相手は客人故に尋ねることはできなかった。

 

 

「無礼を承知で押し掛けた、夜分にすまない。その……」

「ああ、タカヒロ君かい?」

 

 

 コクリ。と静かに頷く彼女の心拍数は急上昇している。かける言葉、謝罪の言葉こそ考えてきたが、いざとなると緊張の糸が張り詰める。

 思わず増えたつばを飲み込み、手足は軽く委縮してしまっている。困った顔をした神ヘスティアの口からどんな言葉が出るのかと身構えた彼女だが、回答は思いもよらぬものであった。

 

 

「うーん、困ったな……。実はタカヒロ君、十日間ほど戻ってこないって言って、一昨日の朝からどこかへ出かけているんだよ」

「と、十日……」

 

 

 出かけたのは己がやらかした一件の翌日という事になり、そうなれば戻ってくるのは、ロキ・ファミリアの攻略部隊が50階層に到達した、と言ったぐらいの日付である。聞いてみるにヘスティアもどこへ行ったか全く知らない模様であり、ベルもどこかは聞いていないようだ。

 思い当たる節としては青年の隠れ家的な一軒家が挙げられるが、それならば少なくとも、ベルに対しては”いつものところ”と言葉を残している。

 

 それすらも言われていないとなるとそこに居る確率は低く、もし隠れ家でなかった場合は少年も全く見当がつかない状況だ。腕を組んで顔をしかめ唸るベルだが、やはり思い当たる場所は無いようである。最後にリヴェリアに頭を下げて、わからないことを伝えていた。

 しかし、ここまできて情報がゼロというのも彼女としては納得できない。せっかく仲間が与えてくれたチャンスでもあるのだから、諦めるわけにはいかないのだ。

 

 

「伝えたいことがあったのだが、居ないとなれば仕方ないか……。と、ところで……3日前、タカヒロが帰ってきた時に、いつもと変わった様子は無かっただろうか」

「三日前……ああ、夕食後に帰ってきた時か。何があったのかは知らないけれど、凄く落ち込んでたぜ……」

「っ……」

 

 

 ズキリと、胸の奥深くに痛みが生まれる。ロキが口にした予想通り、己が考えた通り、やはり己の逃走が彼にダメージを与えてしまっていたことは事実であった。

 しかも帰ってきたのが夕食後の時間帯となると、あのまま待っていたのか、町のどこかを探していたか。単にどこかで別の用事があったのかもしれないが、何れにせよ良い印象を与えていないことだけは彼女にも分かる内容だ。

 

 夜分に押し掛けた非礼を詫びて軽く頭を下げ、彼女は北区と西区の中間にある小さな家へと駆けだした。他でもない彼の秘密基地がある場所であり、事前の情報で居ないと分かっていつつも、足を運ばない選択肢はあり得ない。

 北区から西区への移動とはいえ、オラリオというのは中心から半径数㎞の巨大さを誇る都市。いかにレベル6とて後衛でもある彼女に長距離走は分が悪く、いくらか息が上がってしまっていた。

 

 

「いない……か」

 

 

 結果は、心の隅で分かり切っていたこと。彼女が知っている彼の隠れ家は、誰も居ないかの如く静けさを保ち照明が落ちている。

 鍵もかけられたままであり、抱き合わせという言葉を表現するかの如く取り付けられた取っ手に溜まった砂埃から判断するに、ここ数日程は使われていないのではないかという様相を残している。こうなると少年が言っていたように、もはやお手上げの状態であった。

 

 振り返り、己が破壊してしまった扉に背中を預ける。見上げた先にある月は欠けており、まるで己の心を映しているかのようだ。

 

 やってしまった失態、それを謝りたいのに相手が居ない。身内とて居場所が分からない以上は悩んでいてもどうにもならないのだが、それでも僅かな可能性を求めてこの扉の前で待ってしまう。

 しかし、結果は同じだ。いつも就寝前に鳴っている鐘の音で時間に気づき、そろそろ戻らねばと、黄昏の館へと足を向ける。

 

 随分と走り回って疲れたために、心なしか足取りが重い。昼間はいくらか暑さが見えるとはいえ、夜間はどこか少しだけ肌寒く、走ってきたことにより喉も乾いている。

 丁度よく、足を向ける先に夜間も営業している軽食屋があった。客は少ないために、何か飲み物だけでも持ち帰りできればと思い魔導服のポケットに手を入れるも――――

 

 

「……持ってきて、いなかったな」

 

 

 着の身着のまま飛び出してきた彼女は、財布を持つことも忘れている。普通ならば在り得ないことであり、どれだけ己が切羽詰まっていたかと実感して、悲しい気持ちを含む溜息が声に出た。

 

 

――――何をしている、腰抜けではあるまい。

 

 

 このような場面においては己を煽ってくれるであろう、そんな彼の幻聴が聞こえた気がしてハッとして振り返る。少し遅れて宙を舞う翡翠の髪を視界の端に捉えつつ、しかしながら目にする先には、街灯の薄明かりに混じる闇が広がるばかりで何もない。

 その光は微かに期待してしまったリヴェリアの心に影を落とし、つられるように肩が下がる。相手から貰っていた言葉の大きさを痛感した彼女は、力なく黄昏の館へと戻るのであった。

 

 

 

 翌朝、黄昏の館では予定通りに決起会が行われる。ロキの言葉の後に団長であるフィンが音頭を取り、参加する者・残る者を含めて団員全員の気合を締めた。

 目標は59階層。かつての最強ファミリアであるゼウス・ファミリアが到達した通過点、今においては前人未到の階層であり、いよいよそこへ行く時が来たのかと考えると、冒険者達の顔に気合と不安の色が混じっている。

 

 名を轟かせようと躍起になる者、新たな戦いに焦がれる者。不安で心が折れそうになる者、予測される強敵を意識して怖気づきそうになる者など、抱く感情は十人十色で様々だ。

 昼食を取り、ロキ・ファミリアはダンジョンへと出発した。バベルに入る最後まで落ち着きなく辺りを見回す緑髪のエルフが居たものの、事情を知る者が声を掛けるわけにもいかず、集団は未知を求めて地下の闇へと降りていく。

 




 離れて気づく存在の大きさ。
 あまーいのが続いてたせいか随分と酸っぱく感じます。


P.S.
 最初からリヴェリアが好意を抱いてるパターンの作品はいくつかありますが、初対面から発展する関係の作品がなかったので自炊することになったこの小説。
 イチャイチャはくっついてからでもできますが、恋愛kszkムーブ含めてそこに至る迄の関係がイイのです。(自分語)
 書いていて今が一番楽しいかもしれません(笑)
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