その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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78話 複数のイレギュラー

 オラリオの街がスッポリと収まるのではないかと錯覚する程、端が見えぬ広大なワンフロア。かつて身を凍えさせる程の冷気が漂っていたフィールドはそこになく、大地は焼け焦げ熱気が充満しており、至る所に作られた無数の大きなクレーターと共に異常なまでの静けさを見せていた。

 凹凸の地面に広がるは死屍累々の光景であり、辛うじて死者は居ないものの、それぞれの命は風前の灯火だ。眼前に立ちはだかる天井に届かんとする高さのモンスターの前方50メートル一帯の地面に横たわる数々は、ロキ・ファミリアの面々である。

 

 

「ッァっ……」

「ぐっ……」

 

 

 その様相が作られている場所は、ダンジョン59階層。50階層の安全地帯にて大規模な拠点を敷設し、ここ数年において最高到達階層であるこの地に足を踏み入れたロキ・ファミリアの主力部隊。一部レベル3を含むものの、レベル4以上の者ほぼ全員で構成される大規模パーティーは、まさに異常事態(イレギュラー)を具現化した存在と戦っていた。

 具体的に言うならば、限りなく神に近い存在である精霊、それに似た何か。神と言っても足元にも及ばない低ランクに該当する精霊、その分身だが、各階層で襲ったモンスターの魔石を食べて成長した姿である。

 

 美しくも禍々しい姿に恐れ戦う冒険者に対して放たれる重い一撃に防戦一方だったタイミングで、モンスターが詠唱を開始するというまさかの事態(イレギュラー)が発生。防御魔法を張るために行われたリヴェリアの詠唱をも上回る速度で行われた精霊の詠唱から放たれた炎の一撃は、59階層を更地にする程の威力をもってロキ・ファミリアを薙ぎ払った。

 更には続けざまに開始される、第二の詠唱。炎ではないものの同じくエレメンタルによる大魔法が再びロキ・ファミリアに容赦なく襲いかかり、全員が体力の大部分を持って行かれ、大地は月の表面のようにクレーターが作られるほどに凄惨たる状況。オラリオ最強と言って過言は無い戦力を誇るパーティーが呆気なく壊滅し、全員が戦闘不能寸前の危機に陥ったのである。

 

 リヴェリアの防御魔法すらも突破した敵の魔法の威力は、文字通り、留まるところを知らずにいた。防御魔法で減衰したにも関わらず、最前線で防がんと前に立ったガレスを一撃で戦闘不能に持って行くほどに圧倒的な攻撃力。

 最大戦力と言って良い二人が一方的に蹂躙され、最早、パーティーメンバーが口にする言葉はとうに無く。再び魔力を練り上げる精霊を前に戦意は砕かれ、立ち上がる気力を残している者も皆無であり――――

 

 

「――――君たちに、勇気を問おう」

 

 

 己の家族(ファミリア)を纏める長は、その中で只独り立ち上がった。

 

 己の背中の先で膝をつく全員に、勇気を問う。己の目には勝利しか見えていないと口にして、死を目前とした仲間の恐怖を取り払う。故に、己に付いてこいと、背中の先で倒れる仲間たちに対して背中越しに声を上げた。

 しかし団長の轟も、あと僅かが届かない。幾たびの死線を潜りぬけたロキ・ファミリアの面々とてここまでの絶望的な状況は初めてであり、心を動かす燃料が足りていない。未だ、希望よりも絶望が大きなウェイトを占めている。

 

 ならば、別の“燃料”が必要だ。

 

 

「……なるほど膝をついたままか、その選択も結構だ。君たちには、“ベル・クラネルの真似事”は難しいか?」

 

 

 故に続けざまに発したその語尾に、最も早く反応したのは誰だったか。スローモーション撮影を行っていたならば優越はつくだろうが、フィンが感じ取った気配からすれば“全く同じ”。

 

 かつてダンジョン9階層での光景を目にした者の反応は、猶更のこと顕著であった。レベル1の身でもって、持てる技術の全てを駆使して格上のモンスターに挑み勝利した少年の姿は、今だ瞳に焼き付いて離れない。

 直前にレベル2の冒険者、それも中堅が一撃で敗北していたことを知ってなお挑んだその勇気。なぜその軌跡を残した者が己ではないのだと嫉妬し、その戦いに魅せられ、感動し、表裏(ひょうり)は個人差があるながらも最後には称賛した。

 

――――追いかけたくなるような、ロキ・ファミリアで居てください。

 

 幾たびの迷惑をかけてしまった少年が発した言葉は、フィンの耳にも強く残っている。ならば己の背中へと向けられる慧眼に応えるためにも、こんなところで膝をついている余裕は無い。

 

 

「彼は見事、レべル1で強化種のミノタウロスを屠って見せた。遥かな格上が相手だろうと、決して引かぬ強さと目を見張る程の狡猾さを見せつけた。君達はどうだ。彼に負けぬ志が有るというならば、眼に焼き付く轟に応えよ!」

 

 

 故に、少年が見せた勇気だけには負けられない。これは嫉妬や尊敬などからくる感情ではなく、単なる冒険者としての意地である。

 しかし、発破剤となるには十分な代物だ。膝をついた冒険者たちの心に“負けん気”という名の燃料によって炎が灯り、過去最大と言える程の試練へと歯向かうために次々と立ち上がる。

 

 

「うるせぇぞ……誰が、誰がここでクタバるかってんだ!!」

「いけすかぬエルフよ、やり残した大切なことが有るのだろう……まさか、こんな所で膝をついたままではあるまいな!?」

「当たり前だ、そんなことも分からぬかドワーフ……私は、絶対に死ねん。詠唱を開始する!お前たち、私を守れ!!」

「うん……出るよ、リヴェリア!」

「団長フィン・ディムナが命じる!総員、最後の一撃に全てを掛けろ!!」

 

 

 そして、冒険者達は駆け出した。最後の力を振り絞り、格上の敵に立ち向かう覚悟を決死に抱く。

 対する精霊は再び詠唱を開始し、己の触手を使用して女体部分の身を護る動きを見せる。ただでさえ火力不足と言える状況は先ほどよりも深刻と化しており、全員の表情が強張った。

 

 それでも、諦めることはしていない。もはや指揮は不要と判断し、フィンは己が持ち得るスキルを使用する。理性と引き換えに身体能力を引き上げるモノであり、普段の戦闘においては滅多に使用しない代物だ。

 直感にて行った槍の投擲は、防壁の隙間を針の孔を通すかのように貫通した。発生したダメージで詠唱は阻まれ、魔力の暴走による大きな爆発が発生し明確なダメージを与えている。

 

 

「続けえ!!」

「団長、援護します!!」

 

 

 その一撃に続いた団員達は各々が極めてきた武器でもって相手に挑み、敵の注意を引き付けた。持ち得る技量などは関係なく、少しでも注意を引きつけ、少しでも力になればと、残った体力を全て使って挑みかかる。

 しかしながら精霊を守るように、地面から触手が出現した。今までとは比較にならない硬さを備えているものの一行は諦めを見せず、投擲武器、魔剣など様々な手段でもって突破を図る。突破口は重量級の物理アタッカーであるガレスであり、その後ろに多数の者が続いている状況だ。

 

 狙うは一点。近接攻撃しか手段を持たないベートやガレスも飛び掛かり、その一点を破壊するべく、武器が壊れようとも拳や脚を振るい続ける。

 個々の力では劣れど、文字通りの一丸となって突破するべく試練に挑む。切っ掛けとなったフィンの投擲に続く各々の攻撃が防壁に綻びを作り、やがて小さな穴を開き広げ、文字通りの突破口を作り出した。

 

 各個の攻撃に対し、精霊は短文詠唱による雷撃や光属性の砲撃によって抵抗する。短文詠唱ながらも破壊力は一般的な魔導士とは比較にならず、挑んだ冒険者たちは蹴散らされる他に道が無い。

 

 しかし、この段階で相手の魔導士を止められなかった時点で精霊の敗北は決定した。突撃の中で集中力を乱さず詠唱を行っていたリヴェリアが放った氷属性の魔法が襲い掛かり、防壁に作られた突破口である“孔”が動かぬよう固定する。

 固く結ばれた冒険者達の覚悟と勇気は、逆境をも跳ね除ける。ここ一番において、状況は理想的なものに仕上がった。

 

 

「――――目覚めよ(テンペスト)

 

 

 決め手とばかりに矢の如く放たれるのは、吹き荒れる彼女の暴風。最大出力で放たれるエアリエルが乗せられた刺突の一撃は、作られた針の孔を目指し――――

 

 

「リル・ラファーガ!!」

 

 

 第二の母を筆頭に仲間達を守るという想いを乗せた強い風を、全身に纏って突き進み。空中を駆ける突進の一撃でもって、穢れた存在を無に帰した。

 

 大魔法を二連続で放った精霊も、まさに風の前の塵である。個で敵わないならば群で立ち向かうのが冒険者であり、火事場で見せた此度の連係は、ロキ・ファミリアとしての質と絆を表している。

 着地後に倒れたアイズを見て、アリシアに杖を預けたリヴェリアが駆け出した。互いに表情を緩めて肩を貸すその二人は、傍から見ると本当の親子の様であり周囲に薄笑みを生んで――――

 

 

 

 

 

 

 絆を分断するようにして地面から現れた、触手による打撃の直撃を受けてしまい。鈍い音と共に、左右方向へと大きく吹き飛ばされる現実が待っていた。

 

 

 

 薄れゆく意識の中、自分と対する方向へと飛ばされ小さくなっていく黄金の姿が脳裏に残る。8年前、心の悲しみを表す雨の中で己の手から離れていき、愛すると誓った存在の灯火が消えてゆく。

 ここにきて誓いが閉ざされるのかと、絶望が心を支配した。咄嗟に庇ったことで己はそれ以上の傷だというのに、やはり、最後まで彼女の身を案じてしまう。

 

 

 同時に、彼の姿が脳裏に浮かんだ。言わなければならない言葉が、必ず生きて帰り伝えると覚悟した謝罪の言葉を考え悩んだ自分が、脳裏に浮かんだ。

 

 せっかく、彼に1つの答えを貰ったというのに。少しだけ、それでも確実にアイズに近づけたのだから。

 もっと、アイズの成長を見ていたい。ベル・クラネルと出会って変わりはじめた彼女を、その少年が見つめる彼と共に、一緒の時を過ごして居たい。

 

――――こんなところで、死にたくない。守りたかった仲間が、死んでほしくない。

 

 けれども現実は残酷で、周りの家族が無事に逃げてくれることを案じた時、視界は既に暗く意識は朦朧として音が消える。己の身が硬い大地に当たって転がる感覚を最後に、彼女はゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 吹き飛ばされ鈍い音と共に地に叩きつけられた2名はピクリとも動かず、光景を目にした者は、もはや誰一人として悲鳴を上げる力すらも残っていない。精々目を見開く程度のものであり、誰一人として言葉の1つも出てこないこの状況に感情が殺される。

 無意識のうちに生まれていた油断と言うべきか、ともかく、まさかと思った。考えすらもしなかった。これほどの強さを誇るモンスターは一階層につき一体だけという先入観が“在り得ない”と思考を決めつけ、目の前の光景すらをも否定した。

 

 ダンジョンとは有り得ないこと(イレギュラー)が突如として普通に起こり得る、何階層だろうが死と隣り合わせの無法地帯。たとえ安全地帯(セーフゾーン)だろうとも、そこに居るのだという事を、如何なる時も忘れてはならない。そのことは、嫌という程に学んでいたはずだった。

 油断、慢心。もしくはその両方か。ともかく、全員が戦闘の終了を意識しており、全くの無警戒だったことは揺るがない。

 

 僅かに生じた勝利の喜びも、まさに一抹の余韻。この期に及んで“地中から2体目が現れよう”など、いったい誰が想像し対策を行っていただろうか。イレギュラーに次ぐイレギュラーに対応する力は、もはや誰の身にも残っていない。

 先ほど見せた一連の流れは、“50階層へと帰る力”を出し切って示したモノ。限界とは、乗り切れて1度しかない故に限界と呼ばれるのだ。2度3度と行えるのは単に回復しただけの話であるが、此度においてはそんな暇も有りはしないだろう。

 

 

 一番多くの絶望が圧し掛かっているとすれば、団長であるフィン・ディムナだ。仲間を鼓舞し、司令塔であるはずの己を狂化させ、全員の力で勝ち取った先の勝利。それを完膚なきまでに無に帰された理不尽さを前にして、背丈は小さいものの屈強な精神を持つ勇者の心は、ここにきて初めて膝をついた。

 

 衰退してゆくパルゥム、その一族の復興。そんな願いをダンジョンという名の死線で背負って立つ男の目に、死神が初めて顔を出す。

 触手を振りかぶる穢れた精霊は余裕綽々であり、互いが置かれている現状を示している。振りかぶられている触手が放たれれば、最前列で倒れているアイズとリヴェリアが、まず最初に殺される。

 

 何かできるかと、フィンは視線を動かし目まぐるしく状況を確認する。己の槍は既に投擲してしまっている、回収はできておらず予備も無い。足に力を籠めるも歩くのが精一杯であり、到底ながら救出には程遠い。

 周囲を見るも、ほぼ全員が同じ状況だ。地に伏せ立ち上がる事すらできない者も居る中で、戦う力を残している者は誰も居ない。フィンは覚悟こそ残っていれど、それを動かす体力が残っていない。

 

 かつて7年前における動乱の際は、自らが道化のペテン師となって皆を鼓舞した。勝率なんて万が一程度にしかなかったが、それでも可能性があると、僅かな可能性を手繰り寄せた。

 しかしそれは己達が傷1つ無い状況下にあり、神々や様々なファミリアからの支援がある状況下だったが故に行えたこと。今この場においてそれが有るかとなれば、答えは一目瞭然だ。

 

 

 

 もう、どうしようもない。心臓は諦めるなと言わんばかりに鼓動を強め、折れないと誓った心は皮一枚で繋がっているが、2体目のアレを前にしては折れたも同じ。この身の辿る先にある結末が、嫌と言う程に目に浮かぶ。

 50階層で待ってくれている仲間は大丈夫だろうか。今回の遠征に同行しているヘファイストス・ファミリアにも申し訳ないと彼は思うが、到底ながら口に出せる余力は無い。

 

 己の主神、ロキに対しても申し訳なく思う。かつて、初期メンバーの3人と彼女で交わした言葉は今でも決して忘れない。

 どんな時も生きて帰ると約束し、可能な限りそうなるように団員に指示を飛ばして守ってきた。あの時は種族の違いからリヴェリアとガレスが事あるごとに大ゲンカしていたと思い返して、思い出に耽ってしまう。

 

 命の危機にあるというのに、不思議と心は落ち着いていた。殴りつけられるように痛み血に塗れていた四肢の感覚も意外と落ち着き、周りの状況が良く見える。

 こちら側にはトドメをさすまでもないと精霊本体は余裕綽々で、倒れる二人に迫る触手は止める術すらどこにもなく、場は異常な程に静まり返る。耳をすませば、微かにすすり泣く声も聞こえている程だ。

 

 

 嗚呼、これで終わりなのだと。長年にわたり続いてきた自分達の冒険は、ここが終焉なのだと。

 

 

 ダンジョン、59階層。

 ロキ・ファミリア団長、最終到達レベル6。

 フィン・ディムナの死地はここにあると覚悟して――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからってコレですかああああああ!?」

 

 

 収まった鼓動の音と引き換えに、接近するドップラー効果の効いた少年の叫びが聞こえてきたのは、そんなタイミング。広大ながらも静かなフロア故に、その叫びはソコソコの音量で響くこととなった。

 まるで消えた炎が再び灯るように、下を向いた者達の顔が上がる。辛うじて動けるロキ・ファミリアの者の首は思わずそちら、58階層へと繋がる後方に向けて回ってしまう。

 

 滑空する飛翔体の名称は“ベル・ミサイル”。衣類の首根っこ部分を掴まれ、ブン投げられてロキ・ファミリアを追い越し150メートルほどの距離を滑空するは、彼等もよく知る白髪の少年。

 風圧で少し顔が歪んでいるが、おふざけ気味の驚愕を見せるのも道半ば迄。少年は本来ならば動きを制限される行動、アクティブスキル“英雄願望(アルゴノゥト)”のチャージを続行しつつ距離を詰め――――

 

 

「ベル・クラネル!?」

「な、なんで兎野郎が59階層に!」

 

「チャージ……完了!!」

 




ベル君には王道が似合う。

・裏話
 2体目の精霊というのはちょっと強引ですが、実はここからのパートはこの小説で一番最初に書いたところなのです。
 なので改変はしたくない気持ちがありまして、えいやっ、とそのまま実装致しました。

 本篇でも量産できてますし、二次創作ですので「そんなこともあるやろ」程度に思って頂けると助かります。

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