その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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92話 4人の夜

 嵐の前の静けさとはよく言うが、嵐が過ぎ去ったあとも、また静けさが訪れるのが定石だ。台風が良い例であり、“台風一過”という言葉でも表される。

 もっともオラリオ西区にある廃教会においては騒がしさと言えど僅かなものであり、どこかで酒を飲んできたらしいヘスティアが千鳥足で戻ってきた時のものだ。彼女はそのままベッドに転がっており、安らかな寝息を立てている。

 

 

 その僅かな騒がしさは、リビング的な位置づけにある部屋のソファーの上で発生していた。

 

 未だ跳ねるように鳴り響く命の鼓動が、耳をつんざく。眠るために目を閉じたならば一層のこと顕著であり、振動が脳を揺さぶるような錯覚に見舞われる。

 就寝時だというのに体温が高いことも、己の気のせいではないだろう。夏場と言うことも合わさって布団の中は蒸されており、それが睡眠に陥ることを一層のこと阻害している。

 

 

「ね、眠れない……」

 

 

 誰にも聞こえないよう小さく呟くベル・クラネルは、本日の出来事を思い返して火照っている。無心になって寝ようとするも、決意した傍から今日の出来事がフラッシュバックで蘇る程。

 正直なところ強引に押されるように想いを伝えた結果だが、59階層の時のように、己だけでは勇気が足りなかったことだろう。なお、その直後にカウンターをぶっ放して一矢報いた点については、“してやったり”の感情として納まっている。

 

 木にしがみ付くナマケモノのように左腕にくっついていたアイズの感覚は未だ残っており、記憶に残る柔らかく甘い香りもまた眠気を吹き飛ばして思考回路を覚醒させる。そして何より彼女の幸せそうな表情を思い返すだけで顔が熱くなり、布団に顔を隠してしまうという“乙女”っぷり。

 なにせその実、青春真っ盛りとなる14歳のKENZENな男の子。これではどちらがヒロインなのか分からないが、その反応はさておき、あの情景を思い返すな・意識するなという方が酷だろう。

 

 ついでに言えばベル・クラネルとは、女性大好き“下半神”なる祖父に女性の魅力について英才教育を施された存在なのだ。もっとも幼すぎる頃だったために当の本人は“女性はいいぞ!”程度しか覚えていないのだが、そんなことはさておき、相手即ち己が一目ぼれした相手であることに違いはない。

 正直なところ己も宴会時の彼女のように甘えたいところはあるのだが、あまりガッツきすぎると嫌われる恐れがある。ほぼ同じ年代であることは知っているために年齢回りの話題で怒られることはないだろうが、彼女の身近にはソレがタブーな存在(某ハイエルフ)がいるために要注意事項と言えるだろう。とある理由により、年上の女性に怒られるのは少年の中で軽いトラウマになっている。

 

 とここで、オラリオで師と出会った頃に「女性関係は難しい」と教えられた言葉を思い出した。トラウマの原因である当該女性は己の“伯母”にあたるために「伯母さん」と呼んだならば拳骨が降り注ぐ(ゴスペられる)。つまるところ世の中の定義に沿って本当の事を口にしたならば怒られる(ゴスペられる)という、中々に理不尽な内容である。

 そういうことなのかと過去を振り返るも、如何せん本当に幼い頃であったために記憶は既に薄れているのは仕方のない事だろう。大人しそうで中々にアグレッシブな人だったなと、ベルはかつての伯母、母の姉が見せた様相を思い返していた。

 

 

「あっ、そう言えば……」

 

 

 そして更に、なんのために強くなりたいのかと聞かれて“ハーレム”と答えたことを思い出す。相手が覚えているかどうかは不明ながらも、蒸し返さない方が良いかと奥底に仕舞った。

 今の自分に、それを欲する感情は何処にもない。むしろ抱く感情は、かつて祖父がくれた言葉であるソレを目指す事とは全くの逆であることが言えるだろう。

 

 

「……いいや。忘れた、ってことにしちゃえ」

 

 

 ベル・クラネル、某下半神(ゼウス)に対する反逆の狼煙であった。ただの反抗期かもしれないが、真相やいかに。

 

 それはさておき、50階層で岩場に腰かけ師に告白した、己がアイズ・ヴァレンシュタインに向ける確かな想いは間違いない本物だ。その英雄になるのだと言うならば、己の弱さは決して許されることではない。

 何よりも失いたくない、確かな存在。そんな相手を守るためにも――――

 

 

「……強く、ならなきゃ。今よりも、ずっと」

 

 

 ぼんやりとする天井に向かって右手を伸ばし、一人の青年が見せた背中を脳裏に浮かべる。目指す存在は未だ背中も見えない遥か先を歩いており、その足跡すら伺うには程遠い。

 それでも近づくには足掻くしかないと、決意を固めるようにして拳を作る。技術や装備の更新など、やれることはまだまだ沢山あるはずだ。

 

 ならば今は、休まなければならない。そう身体が訴えるかのように、不思議と睡魔が襲ってきた。

 

====

 

 嵐の前の静けさとはよく言うが、嵐が過ぎ去ったあとも、また静けさが訪れるのが定石だ。台風が良い例であり、“台風一過”という言葉でも表される。

 ロキ・ファミリアのホームである、黄昏の館。宴のバトルフィールドであったその場所においては何名かがグロッキー状態でくたばっているものの、次の日には問題なく片付けられていることだろう。

 

 未だ跳ねるように鳴り響く命の鼓動が、耳をつんざく。眠るために目を閉じたならば一層のこと顕著であり、振動が脳を揺さぶるような錯覚に見舞われる。

 就寝時だというのに体温が高いことも、己の気のせいではないだろう。夏場と言うことも合わさって布団の中は蒸されており、それが睡眠に陥ることを一層のこと阻害している。

 

 

「ね、眠れ、ない……」

 

 

 以心伝心。と言うわけではないが、アイズ・ヴァレンシュタインもまた、ベル・クラネルと同じであった。

 誰にも聞こえないよう小さく呟く彼女は、本日の出来事を思い返して火照っている。無心になって寝ようとするも、決意した傍から今日の出来事がフラッシュバックで蘇る程に落ち着かない。

 

 布団の中が暑いことも相まって、抱き枕のようにギュッと布団を抱きかかえている。ほんの少し前まで“ダンジョン”と“ジャガ丸くん”が恋人だった彼女にとって、胸の奥底をくすぐり続けられる感情は、素面では対処が難しい。

 もし街中で少年を見つけたならば飛び掛かって(捕食して)しまいそうになることは、容易に想像が付くことだ。結果として、リヴェリアにこっぴどく叱られる未来が見えてしまう。

 

 

「……無理、かも」

 

 

 それが分かっていても、抑えることは難しい。書類仕事は蚊帳の外ながらも一応はロキ・ファミリアの幹部ということで、一人部屋が与えられていたことを感謝したのはこの日が初めてと言えるだろう。

 仲が良いレフィーヤはレベル3ということで2人部屋であり、レベルが下がれば3人、4人と相部屋というのが実情だ。己がそのような状況だったならば、まず間違いなく同じ部屋の者に迷惑を掛けてしまっている。

 

 

 ともあれ、興奮気味の感情を抱くことは仕方がないと言えるだろう。夢にまで見ることはあったものの、現れることは無いと悟った“己の英雄”が、こうして今目の前に現れたのだ。

 目を細め、59階層の光景を思い浮かべる。己より年下となる小さな、しかし大きく映るその背中は、何度思い返しても表情が緩んでしまう程のものがある。

 

 そして意識は、己の内に。少し前から気づいていたが、やはりそうだと再び確信して目を見開く。

 無くなりはしないと思っていた、呪いの類。己の中に宿り“復讐者(アヴェンジャー)”としてスキルとなって具現化する程に強い火種、自分でもわかっていた黒い炎はどこにもない。

 

 代わりに在るのは、白い炎。それがどのような存在であるのかは今の彼女には分からないが、目にしていて心地良い優しい炎だ。

 モンスターに対して抱いていた憎悪の炎は、黒から白へ。力を振るうのは大切な者を奪ったモンスターを討つ為ではなく、かけがえのない両親が残してくれたモノを、己が想う相手を守るために。

 

――――ごめん、なさい。

 

 頬に一筋の涙を流し、目を瞑り。今まで日々を重ねる過程で何度も“嘘つき”と憎悪を向けてしまった両親に、胸の内で謝罪する。

 もう、少女は二度と迷わない。駆け出しの少年が教えてくれた道はハッキリと見えており、その者と共に歩むならば、如何なる困難も乗り越えることができるかのように思えてしまう。

 

 同じ“強くなりたい”でも、意図が違う。意識の強さがまるで違う。新しく芽生えた心と感情は、抑えることは難しい。

 明日を迎えることが楽しみで、待ちきれない。ベル・クラネルと再び会う時のことを想像すると、布団を抱きかかえてベッドの上を右に左にゴロゴロと転がるのであった。

 

====

 

 未だ跳ねるように鳴り響く命の鼓動が、耳をつんざく。眠るために目を閉じたならば一層のこと顕著であり、振動が脳を揺さぶるような錯覚に見舞われる。

 就寝時だというのに体温が高いことも、己の気のせいではないだろう。夏場と言うことも合わさって布団の中は蒸されており、それが睡眠に陥ることを一層のこと阻害して――――

 

 

「眠れぬ、眠れぬ……なんなのだ、なんなのだ……!」

 

 

 誇り高き(ポンコツ)ハイ(lol)エルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴ。そもそもにおいて、眠りに落ちる努力をしていなかった。

 想いの相手と理想の関係になれた喜びと興奮を、全身を使ってで表現中。うつ伏せで枕を抱きかかえつつ足をバタバタさせて、まるで遠足前夜における子供のようにポンコツ()っている。

 

 ソワソワしつつ寝間着に着替えて寝床についてからは、小一時間以上はこの調子だ。衝撃を受け止めるベッドのマットレスに意思があれば、「いつまでやってんだコイツ」と文句を垂れていることだろう。

 言葉や相手を思い出しての嬉しさ、そして恥ずかしさ。この二つの感情が交互に脳内を駆け巡り、つい半月程前まで眠りに眠っていた乙女心をくすぐり続けているからこそ先ほどの様相となっている。

 

 

「……何をやっているのだ、私は。年甲斐もない……」

 

 

 流石にもう暫くしたら落ち着いており、少し疲れたのかベッドの上で仰向けになって、右腕を額に当てて溜息を見せている。そして落ち着いたかと思えば告白の言葉がフラッシュバックしており、アイズ宜しく布団を抱きかかえてゴロゴロと転がっているのは育ての親だからだろうか。

 己が齢■■■(検閲済)であることは自覚しているつもりだが、どうにもこの感情は収まる気配が見られない。己の方が遥かに年上だからこそシッカリせねばと一瞬だけは意気込むも、1秒と持たずに表情は容易く緩んでしまう。

 

 いつでも会うことはできないという少しの切なさとともに生まれた、大きな幸せ。相反する2つが同時に芽生えるこの感情は、エルフの国から飛び出さなければ得られなかったモノであることは明白と言えるだろう。

 問題としては、ファミリアが違うために日常的に会える関係ではないというところだろう。ならば改宗(コンバージョン)させてしまえばいいのだと宜しくない考えが浮かぶリヴェリアだが、既に己が心を奪われている点に気づいていないのはご愛敬だ。もっとも彼女とて、本気で改宗(コンバージョン)させようと思ってはいない事を付け加えておく。

 

 今までに色々とあった為に、ロキ・ファミリアとヘスティア・ファミリアの仲は悪くない。オラリオにおいても同じ探索型ファミリアで仲が良いことは珍しい事であり、だからこそ、気兼ねなく会うことができるだろう。

 しかし明日からは、どうにも平常で居られる気がしない。オラリオ広しとはよく言われるが、だからこそ街中で彼の姿を見かけたならば、周りの目など無視して小走りで駆け寄ってしまいかねない自信がある。

 

 

「……この気持ちは決して放さぬ。しっかりと責任は取ってもらうぞ、馬鹿者」

 

 

 50階層におけるアイズ宜しく花の笑顔を布団に隠す、恋する乙女が踏み込むステップは次の段階へ。「不束者ですが」という婚約時のセオリーを口にしていたことは、全くもって分かっていないことだろう。

 とはいえ、他に耳にしていた者が居ないためにセーフである。独り騒ぎ疲れたのか、彼女にも安らかな眠気が訪れた。

 

====

 

 同日、同時刻。そして場所は、再び西区の廃教会。そこに在る部屋の1つは、3か月ほど前までは荷物置きだった一室だ。

 

 未だ跳ねるように鳴り響く命の鼓動が、耳をつんざく?そんなことはない。

 眠るために目を閉じたならば一層のこと顕著であり、振動が脳を揺さぶるような錯覚に見舞われる?そのようなことも、まったくない。

 

 部屋から漏れる音は、微かになく。そこに在るのは、一人の一般人が見せる寝顔だけ。

 

 

「すやぁ……」

 

 

 オラリオどころか全世界においても前代未聞となる、堅物妖精(ハイエルフ)を墜とした青年、装備キチ(タカヒロ)。相思相愛となることができた満足感から、悶える3名を他所に圧巻の熟睡であった。

 

 古事記曰く、寝る子は育つ。

 もしかしたら、睡眠が強さの秘訣なのかもしれない。

 




かっこよかったり微笑ましかったり甘かったり酷かったり。


*一部、わざと同じ文章を繰り返しております。
*次話、再びお時間を頂戴します。ツイッターなどで偶に情報など呟いているかもしれません。

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