日が昇りはじめた朝は、己の心の内を表現するようで清々しい。雲一つない夜明けの空は、これまた心の温度を表しているように、既に熱気を帯び始めようと照っている。
心内と連動するように気分は軽く、奥底も見通せるほどに明快だ。いつもの緑を基調とした魔導服に身を包み、穏やかな顔と共に静かに廊下へと出ると、彼女はスーッと深く息を吸い込み――――
「どこへ行く気だ、アイズ」
「ぎくり」
抜き足差し足で廊下を歩いていた天然少女を止めるという、さして特別ではない行為が、リヴェリアの新たな出発であった。プルプルと顔を震わせながら機械仕掛けのように首を曲げる彼女は、「見逃して」と言いたげな心境を隠せていない。
色々あったものの大筋としては大規模遠征の直後と言うことで、ロキ・ファミリアも何かと忙しい。この日ばかりはアイテム運搬などの仕事も多いため、普段の書類作業こそ無いアイズも駆り出されることとなる。
「ベルのところへ行く!」と頑なに主張していた彼女も、おとなしくリヴェリアに首根っこを掴まれて引きずられる光景を見せている。その口から吐き出される魂の吐息が、軌跡となって経路上に残っていた。
とはいえ引きずる彼女とて、少しの中身は違う上に決しておくびにも出さないが、抱く本心はアイズと似たベクトルと言って良いだろう。どこぞの青年に倣って悪知恵を考えるリヴェリアの頭に、1つの考えが浮かんだようだ。
そのことをアイズに伝えると、彼女は過去一番と言っていい程の仕事ぶりを見せている。それ故に他の団員から「熱でもあるのか」と心配されて体育座りで落ち込んでしまい、心配した者にはリヴェリアの雷鳴が轟くのであった。
一方、そんなことはつゆ知らず。ベル・クラネルが本日に行った日程は、朝一から昼前までの鍛錬、ステイタス更新、そしてレベル4へのランクアップとなっている。
此度においてはステイタスの殆どがS、珍しく耐久だけがA判定。数値的にはバラつきはあれど、ランクアップには十分な量を確保している。今回は新たなスキルは発現しておらず、表記上は剣士と幸運がG→Fになったぐらいと、一方で新たな発展アビリティの取得である。
その新たな発展アビリティが何かとなれば、まさかの“精癒”。リヴェリア、アイズと続いて、両ファミリアで3人目の取得者だ。タカヒロも毎秒あたりのエナジー再生効果を持っているために、ある意味では4人とも取得していることになるだろう。
こんな重箱の隅を楊枝でほじくるような珍しさに頭を抱えるヘスティアがマインドについて何かやっていたのかベルに聞いたところ、普段の鍛錬、戦闘で持続的にマインドを使っていたとのことである。つまり、常日頃から使っていたということだ。
とはいうものの、ヘスティア・ナイフで使うマインド消費が僅かとはいえ、今回のダンジョン探索からゴライアス戦のように数時間に及ぶ戦闘ならば、マインドダウンしてしまうことは避けられない。どう対応したのか聞いてみると、必要な際に瞬間的に魔力を練り上げマインドを流し込んで、炎属性の追加ダメージを得ているとの内容だ。
これはベルが独自に編み出し鍛錬で得たものであり、間違いなく彼から生まれた技術である。使用する魔力の多さでは比較にならないが、かつての保護者会において、リヴェリアが見せた洗練された魔力の練り方を見て発想を得たものだ。なお、そこの青年の背中に対する裏切りの一撃という点がなければ美談であろう。
また、ヘスティア・ナイフの効力を発揮するために必要な程度の瞬間的な起動力だけならば、彼女に匹敵する程のものとなっているのだから驚愕するべきところだろう。そこまでの内容については分からないタカヒロだが、実のところ以前から気になっていた内容を口にした。
「ところでベル君、少し前の話になるが……ゴライアスと戦ったからには、何か理由があったんだろ?」
そう口にするタカヒロの口調は、いつもより少し険しい。もし自発的に挑んだならばリリルカとヴェルフにとっては危険すぎる状況のために、流石に雷を落とさなければならないと考えているのが実情である。
もっとも逆に、ベルがそんなことをやるとは思っていない。念のための確認程度ではあるものの問いを投げた青年に、ベルは当時の状況を話し始めた。
「あ、はい。15階層で3人で戦っている最中に、“パス・パレード”を受けまして……」
多数の種類のモンスターが一度に多く誕生し、大規模な群れとなって襲い掛かる。通称“モンスター・パレード”と呼ばれる現象であり、遭遇したならば非常に危険な状況だ。
大抵の冒険者はパレードを引き連れ上へ上へと逃げるのだが、その際に他の冒険者にパレードをパスしてしまう行為のことを言う。MPKと表現すれば、ピンとくる人も多いだろう。
実は宴の際、ヘスティアが不参加だった理由がコレであった。のっぴきならない事情でパスしてしまったのは神タケミカヅチのところの眷属であり、その神はヘスティアと仲が良い。
加えて義を重く感じるタケミカヅチは、パス・パレードをやってしまって謝罪しないなど在り得ない神だ。己の眷属から事情を聞いたところ、リトル・ルーキーと名高い彼女の眷属についても知っていたために、無事を喜ぶと共に謝罪の宴を開いた格好である。まさかゴライアスを倒しているなど想像すらしていない。
なお結果としては、ものの見事にロキ・ファミリアの宴とバッティングとなっている。ヘファイストス・ファミリアに対しても謝罪したタケミカヅチだが、ヴェルフはパスされたことについては良く思っておらず、非難こそしないが不参加の返事を示していた。リリルカについては、そもそもにおいてタケミカヅチがソーマと連絡が取れずにいる。
どちらにせよ、ヘスティア・ファミリアとして無視するわけにはいかないだろう。己の眷属が向かって欲しいのは、タケミカヅチ・ファミリアか、ロキ・ファミリアか。
どちらを優先させるかとヘスティアが考えた際に、答えはすぐに取り出せた。己の眷属が迎えて欲しい幸せな将来を願って、二人を黄昏の館へと送り出したのである。
流石に、それらの真相を白髪の二人が知る由は無い。そして、ベルによる当時の状況説明が始まった。
見た限りは5人の冒険者、うち一人が重症であったパーティーからパスを受け、ベルは仲間を守るためにヘスティア・ナイフを取り出しハック&スラッシュを開始する。いくらか数が減ってきたところで、“おかわり”が起こったのだ。
その際に追加で発生したモンスターの“沸き”によって階層が崩落。1つ下の階層も続けざまに崩落し、まさかの沸いた直後であるゴライアスの頭の真横にホールインワンするというイレギュラー中のイレギュラーが発生したのだ。
そこからの少年の行動は迅速であり、ヴェルフが脅えていたのは理由の1つがそれである。向き直るであろうゴライアスの頭、そして目の位置を予測し、
武器と引き換えになるものの、開幕で片眼を潰すことで戦闘を有利に運ぶという先制攻撃。落下中、かつ一瞬の判断でそのような離れ業を行い命中までもっていくその姿は、まさしくついこの間まで共に戦っていた仲間とは思えないだろう。
巨体から放たれる一撃と、地面を抉ることにより発生する地鳴りと破片による遠距離攻撃。確実に回避を行いながら死角へと回り込むことで、リリルカやヴェルフに対するヘイトを向けさせずに立ち回る。
しかし、流石に無傷とはいかないようだ。減衰しているもののいくらかのダメージを貰っており、その姿に被ダメージの跡が浮かんでいる。それでも数時間にわたってそれを続けることができるのは、少年が持ち得る自力の二文字に他ならない。
しかし、一方で仲間二人の力も信用しており使わなければ勝利を掴むことは難しい。有効打を叩き込むためタイミングを模索していた少年は、ここぞとばかりに声を張り上げた。
「ヴェルフさん、今です!チャージ――――30秒!」
「任せろ、魔剣はここで使い切るぞ!リリ助、交互にだ!外すなよ!」
「わかってますよ!」
かつて、主神ヘファイストスに掛けられた言葉を思い出す。己の魔剣は、この少年とその師に対してならば、プライドを投げ捨て使うに値する覚悟がある。
比べたならば、共に戦う二人の方が遥かに大事な存在だ。己を認めてくれた少年の役に立つために、二人は魔剣を手にし、最大限の援護を行うために立ち向かう。
「おおおおおおっ!!」
「はあああああっ!!」
『■■■――――!』
長剣と短剣の差はあれど、“クロッゾの魔剣”から放たれる業火。普通の魔剣とは比べ物にならない強力な一撃が、ゴライアスの巨体を容易く飲み込んでいく。彼の魔剣から放たれる一撃はレベル4の魔導士による一撃に匹敵するものがあり、ゴライアスにも余裕で通るものだ。
突然の業火による攻撃にたじろぐゴライアスだが、そこもまた推定レベル4、かつ階層主であるタフネスさが発揮される。いくらかのダメージを受けたが振り払うと、そこにはチャージ終了2秒前のベルの姿。
己の目を穿った相手であるためにゴライアスは駆け出し、右腕を振るわんと距離を詰める。巨体が地響きをあげて突進し、瞬く間に上半身が見えなくなるほどに距離が詰まる。
そこに、小さなボウガンが撃ち込まれた。先制攻撃で受けた一撃と同じ場所を狙ったソレは、相対速度と相まって、ゴライアスの恐怖心を煽るには十二分と言えるだろう。
僅か数秒の余裕、しかしそれよりも突進術の速度を減衰させたことが功績としては大きいだろう。30秒という最適なチャージ時間を読み切った少年はゴライアスに対し、ミノタウロスの時に受けたような、相手が放つ捨て身の一撃を許さない。
全力で振り下ろされる右腕、直撃すれば即死だろう。いくらレベル3になったところで、相手の攻撃力と己の耐久の差は歴然だ。
しかし奇遇か。つい数日前に、その2倍と言える程に強力な触手の一撃を相手しているのだ。故にタイミングさえ間違わなければ、とある一撃を追加して叩き込める。
相手の一撃は己を狙う直線機動、つまり槍の側面に剣を滑らすような対処法が有効だ。瞬時にそのことを察知して、最も強力な一撃を叩き込めるように己の身体にかかる力を調整する。
丸太ほどの右腕と、華奢な身体が交差する。“兎牙MK-Ⅲ”と右肩のアーマーが一撃で持っていかれたが、身体に対するダメージは微少な程度。ベル・クラネルの左手が放つ攻撃に、影響される要素は全くない。
ゴライアスの胸部に対して完璧に決まる、カウンター・ストライク。完全な貫通とまではいかないものの、30秒間チャージしたアルゴノゥトとの組み合わせもあり、魔石に届くならば十分だった。
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「ということが、あったのです!」
エッヘンとばかり可愛らしく鼻高々にして口にする少年だが、青年からすれば、己が何を言っているのか分かっているのかが知りたい程だ。起こったこと、起こしたことを順に羅列していただけであるものの、聞く者が聞けば眉間に力を入れることになるだろう。
先制攻撃にて力の差から生まれる自力の差を極限まで小さくし、受けるダメージ量のコントロール、ヘイト管理と相手の集中力を乱す翻弄。与ダメージの管理と相手の残り体力の完全予測、火事場の馬鹿力を許さないトドメの一撃。
これら全てを、ヴェルフとリリルカという仲間を守りながら行う、その技量。相も変わらず想定以上のことを行ってくれる弟子の偉業に、青年とて思わず眉間に力が入り、口元が緩むというものだ。
スキルに責任を擦り付けなかったとしても、オールAまでブーストされるに相応しい“経験値”。これを「ズルだ」と罵る相手が居るならば、大手を振って「やってみろ」と返すことのできる内容に他ならない。
とはいえ、話を聞いているヘスティアからすれば“ゴライアスを倒した”という結果しか頭に入らない。結果よりもそこに至る過程の方が遥かに頭を抱えるべき内容なのだが、どこぞの美の女神と同じく“知らない”という事実は非情である。
ということで、ヘスティア的にはギルドに対するランクアップのことしか頭の中に入っていない。ここ数日、また、タケミカヅチにパス・パレードの謝罪を受けている際も、そのことが常に頭を支配している程だ。
「断たれるのが肉が先か骨が先か……レベル3で申請するか4で申請するかにおける違いなど、10段階のうち注目度が9になるか10になるかで然程変わらんだろう。2連続で受けるよりはマシだと思うがね」
「ううっ……」
そう言われると、彼女の中において、自然と答えは1つに絞られてくる。もとより既にレベル4になっていることもあり、彼女の中で腹は括られたようだ。
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一方、こちらは別の場所。オラリオ、とあるファミリアのホームである建物内部。
主神を象る石造、絵画がそこかしこにあるこの洋館は、人によって非常に好みが分かれるだろう。その建物の一室で、ファミリアの主神が、一人の眷属から報告を受けていた。
「――――それは、誠か」
「はい。ヘファイストス・ファミリアから漏れてきた情報です。ロキ・ファミリアのダンジョン攻略パーティーの一部が苦戦したモンスターから、ロキ・ファミリアの冒険者を守ったとのこと」
「ふふっ、はははははは。そうか、そうか」
伝言ゲームとは怖いもので、微妙に事実が隠され曲げられていることなど数知れず。現代における企業においては報告の際に電話ではなく書類もしくはメールを徹底するところが多いのだが、理由の1つがコレである。
もっとも此度の場合、その話を実践したのが「誰か」という点が重要だ。報告を聞いたそのファミリアの主神は、ニヤリと口元を歪めており――――
「ミノタウロスの件と言い、やはり素晴らしい……。ベル・クラネル、彼はこの“アポロン”が貰う!」
アイズ「…は?」
タカヒロ「ん?」
フレイヤ「?????」
伝言ゲーム駄目、ゼッタイ。