その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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95話 看過できぬならば

 37階層にて0.0007時間(だいたい3秒)という激闘の末に階層主をソロで撃破し、身の丈程ある刃渡りの大きな黒剣を手にしてご機嫌の装備キチ。使えるかどうかとなればシナジーと合わない上に既存武器と比較すれば到底ながら弱すぎる代物だが、それでもMIはMIだ。無事、コレクションの中に加わることとなる。

 ちなみにこの剣のドロップ判定が発生する条件として、「ソロもしくはそれに匹敵する少数でウダイオスと戦う」というのがあるのだが、もちろんタカヒロを含めて知る者は居ない。過去にソロで挑んだオッタルもこの剣をゲットしているのだが、検証したことがある者は誰も居ないのが実情だ。

 

 ドロップ判定が発生する為には条件がある上に確定ドロップではないのだが、検証はされていない上に裏で“幸運”が仕事をしていたことは誰も知らないことである。ウダイオスにとってベル・クラネルが“幸運”を持っていた事こそが周回作業を阻止した幸運であり、同時にどう頑張ったって勝てない青年(装備キチ)が襲い掛かってきた不幸でもあるというワケだ。

 

 

 そんな二人は、豊饒の女主人にて軽い打ち上げを開催中。帰ってみれば置き忘れた客と共にヘスティアが消えていたため、討伐後のノリで再び50階層へ飛んでから49階層へ移動。

 ベルが単独のモンスターを相手に実戦経験を積み、タカヒロが見守っていた格好だ。そしてドロップ品の魔石を換金して軍資金とし、そのまま酒場へ足を運ぶ流れとなっている。

 

 前回同様にフードに鎧姿での登場により、偶然にもカウンターに居てそれを見かけた店主ミアの表情が露骨に歪んだのは仕方のない事だろう。客である以上は来店を拒否することは無い上に中身が比較的マトモであることも知っているが、得体のしれない相手に対して警戒心を抱いている。

 

 

「いやー、ウダイオスは強敵でしたね」

 

 

 少人数用のテーブル席にてホワーっとした安らかな笑顔で呟く、何故か上機嫌なこの少年。幸いにも物騒な発言は誰にも聞こえておらず、その声は周囲の客が発する雑音に消えてゆく。言い回しについては、恐らく偶然の産物だろう。

 

 もう片方が、レベル1でミノタウロスの強化種を倒して僅か一カ月でランクアップした今話題の少年ならば猶更だ。周囲のテーブルからも、「あれってもしかしてリトル・ルーキー?」と言った小さな声が出ている程。

 なお、現在既にレベル4。そんな事実は誰も知らないが、知ったところで本当の事とは思わないだろう。

 

 もっとも、この少年は違う意味でも有名である。滅多に客に絡まない綺麗なエルフの女店員が、彼とだけは他愛もない会話を続けることが稀にあるのだ。

 現に、今も料理を運んできたリュー・リオンはベルと簡単な会話を交わしている。その横で肉に胡椒を振りかけているタカヒロは、他愛もない会話内容を右から左へと聞き流していた。

 

 

「あはは。本当に、師匠や皆さんのおかげさまです」

「御謙遜を、貴方の実力であることに間違いはありません。クラネルさんも、レベル2になったことで随分と有名に――――」

「なんだなんだー!?どこぞの“兎”が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」

 

 

 リューの発言を遮り、酒場の一角に聞こえる音量の発言が飛び込んでくる。耳にした者は会話を止め、声の届いた方向を横目見ていた。

 

 

 なお、青年・少年共に目線を向けただけで反応を示していない。「なんか言った?」とでも口にするかのような雰囲気を隠しておらず、相手の感情を逆なですることとなった。

 実のところアイズが「兎みたい」と何度か口にしているせいで、ベルにとっては兎と表現されることに対して不快感は生まれない。タカヒロ視点でも兎であることに違和感は無く、今回も本人が何の反応も示していないためにスルーしている。

 

 

「新人は怖いもの無しで良いご身分だなぁ!?レコードホルダーといい、嘘もインチキもやりたい放題だ!」

 

「ベル君、レベルというのは過剰申請できるのか?」

「できるでしょうけれど、ギルドからの任務が課せられますから、そんなことをする人は居ないでしょうね。嘘だとばれた場合は罰せられます」

「ギルド側もファミリアのレベルに沿ったミッションを課しますので、あまりにも失敗が多い場合は、直ぐに虚言が露呈します。普通に考えれば、クラネルさんが仰るように、虚偽の申告を行う者など居ないでしょう」

 

 

 タカヒロの問いに、ベルとリューが答えている。話が聞こえている周囲も「なるほどな」と呟いており、実のところ二つ名を欲しがっており同じことができないかと考えていたレベル1の冒険者は、デメリットの多さを感じ取って反省している。

 もっとも、例によって煽ってきた人物にとっては気分が全く宜しくない。いくら煽っても全く反応を示さず、挙句の果て論破されているのだから、自業自得とはいえ仕方のないことだろう。

 

 つまるところ。ベル・クラネルを知らないが故に、そういう類の事しか言えないのだ。

 このことが根底にあるために、煽った人物は罵倒の矛先を変えることにする。数秒でありきたりな罵倒が思いつき、考えを口にした。

 

 

「さぞかし、周りにもたかが知れてる奴しかいねぇんだろ!知ってるぜ?貧乏な女神にお似合いな大した武器を作れない鍛冶師で、そこの男も大したことが」

「取り消せえ!!!」

 

 

 見開かれた紅の瞳と共に放たれたウォークライかの如き少年の雄叫びが、豊饒の女主人に響き渡る。立ちあがった際に椅子が倒れた音をも掻き消し、いつかのリヴェリアの叱責然り、雷鳴の如く轟いた。

 鬼神染みたあまりにも強い気迫に、疾風と呼ばれ恐れられるリューを筆頭としたレベル4を誇る歴戦のウェイトレス一行ですらも、恐れを抱き冷や汗が流れた程。一方で師は「おお」と内心驚き、怒りを現せる成長ぶりを見れて満足していると言う温度差である。

 

 挑発を投げた者など、椅子をひっくり返して完全に腰が抜けている。5分ほど前から様子を観察していた際に見せていた、穏やかな少年の様相などどこにもない。

 今にも殴りかからんとする身体を理性で必死に押さえつける様相は、店主ミアをもってしても眉間に力が入るというものだ。あまりの剣幕に、誰一人として言葉の1つも掛けられない。

 

 

「もしソレが黄金の彼女を貶された、侮辱されたとなれば君はどうする。力とは無闇に晒すものではないだろう。しかし藻掻き苦しんで“レベル2になった”ならば、必要な時こそ責任を背負い、適量を存分に示すものだ」

 

 

 ただ一人。食後のスープに口を付けながら妙な内容を口にする、彼の師を除いて、であるのだが。

 一部だけおかしかった内容にキョトンとしながらも、とどのつまりは“そう振舞って一発殴ってこい”と言われていることを理解する。ニカッと笑顔を返して返事をした少年は、己がレベル2だった頃を思い出して軽い暗示のようなものをかけていた。

 

 もっとも、だからと言って店に迷惑はかけられない。故に備品を壊すわけにはいかず、「一発だけ許して!」と、目線でもってミアへとコンタクトを投げている。

 それに対し、目が伏せられた。OKサインということで、ベルは相手の肩に右ストレートをお見舞いする。立ち上がって迎え撃とうとした相手は綺麗に床を滑っており、少し床を汚してしまった程度で片が付いた。

 

 そして、ベル・クラネルもまた、別の人物に吹き飛ばされる。こちらもまた勢いよく床を転げまわり、目に力を入れて、ベル・クラネルは立ち上がった。

 少年の脇腹部、アーマーが影響しない確実な部分を狙って一撃を入れた人物。一撃を入れた地点で佇むその男は、ニヤリと口元を歪めて声を発した。

 

 

「その程度か、リトル・ルーキー。まだ撫でただけだぞ?」

 

「お、おい、あれアポロン・ファミリアだぞ……」

「レベル3の団長、ヒュアキントスだ……」

 

 

 喧嘩両成敗、というわけではないが、ここでミアが両者の成敗に入る。物質的な損害は出ていないため、双方を時間差で追い返すという格好でケリがついた。

 殴られたわき腹を押さえるベルに対して、罵った冒険者達は悪態をついて店を出ていく。ヒュアキントスに対して手も足も出なかった少年は、悔しそうな表情を返していた。中々の役者である。

 

 もっとも流石に、ミアに対してはベルの演技は見抜かれている。何が目的だと言わんばかりにタカヒロを横目見る彼女だが、フードの下の口元は、わるーい笑みを浮かべていた。

 そして先に“手”を出しているのはベル・クラネルだが、それはタカヒロも了承済み。己の主神を貶されて黙っている奴がオラリオに居るかどうかとなれば、“ルール”はどうあれ、大義名分がどちらにあるかなど、眷属ならば子供でも把握できることである。こちらも後ほど、師弟揃って店を追い出された。

 

 笑った口元のような三日月の薄明かりが、路地裏を照らしている。ガチャリと響く鎧の音が家屋に木霊し、通路の闇に消えてゆく。

 しかし、装備者の態度が少しおかしい。その肩は店を出てから微かに震え続けており、今にも声をあげて笑いだしそうな状況だ。

 

 

「そ、それにしてもベル君よ、なかなかの役者魂じゃないか。相手の打撃を綺麗に受け流して自分で吹っ飛ぶのはやめてくれ。道化も裸足で逃げ出す程の狡猾さだ、笑いを堪えるのに必死だったぞ」

「ありゃ、やっぱり師匠にはバレちゃいましたか」

 

 

 少し舌を出してテヘッと可愛らしく笑う少年だが、青年も限界だったようで口元を歪めて笑っている。殴られたわき腹を引きずって店から出た少年だが、人気の少ないところに入ると、いつもの姿勢に戻っている。

 

 今夜の一件は、少しは騒ぎになるだろう。タカヒロからすれば、相手から戦争遊戯を仕掛けてきたら万々歳。そうならなくとも、どちらに正義があるかは明白だ。

 謝るとしても互いに一発ずつ入れている上に、あの場における証人も多数居る。ヘスティアには迷惑を掛けてしまうが、大した問題にはならないだろうというのが青年の考えである。

 

 タカヒロとしても、自分のために怒ってくれるベルの対応が嬉しかったのだ。だからこそ、この一件が少年のために使えないかと、色々と考えを巡らせていたのである。

 いくらか大人びてきたとはいえ、そこは年相応の14歳。たまにはこんな野蛮な経験も必要だろうと思い、一方で「良いことを思いついた」とわるーい笑みを浮かべていた彼は、だからこそ、レベル2として振舞えと口にしている。

 

 

 タカヒロの考えとしては、わざと手を出すことで最低でも全面抗争、あわよくば戦争遊戯(ウォーゲーム)へと発展する可能性を望んでいる。最速レコードホルダーとしてレベル2になったならば、嫉妬や軽蔑の視線を向けられることもあるだろうと、実は昔から思っていた。

 なんせ、周りはベルの腕前を知らないのだ。ミノタウロスの亜種を倒したのも事実ではあるが目にしていたのはロキ・ファミリアだけであり、ギルドに持ち込まれたその情報だけが出回っているのが現状であることも、また事実。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインのための英雄となるために強くなる。50階層で口にした、少年の明確な決意。

 それを叶えるならば、レベル4、5となって活動することが必要不可欠だ。そしてレベル4になった現状もあり、ならば猶更の事、今のままでは厄介な視線は増えることとなるだろう。

 

 

 ベル・クラネルと、アポロン・ファミリアによる戦い。これによって周囲に対し、ぐうの音も出ない程の真の実力を知らしめる。

 傍から見れば正気かと疑うソレが、タカヒロの考えている最後のシナリオ。獅子は我が子を千尋の谷に落とす、と言われる迷信とは意味が少し違うが、最後に与える試練に他ならない。

 

 少年が身に付けた技術の数々を発揮できれば、危なげなく勝てるだろう。しかし、どこか一度でもミスをすれば、瞬く間に窮地に立たされることだろう。

 そうなった際の立ち回りも重要だが、そもそもにおいて、そうならないことが大切だ。教えられることは全て教えてきたし、少年は死に物狂いで身に付けた。

 

 

――――もう、自分が教えることのできる技術は何もない。

 

 

 騙し騙しの応用を繰り返していた最近だが、恐らく少年も薄々感づいているだろうと伺える。

 もう1つだけランクが上がった際の、彼なりの捻くれたお土産こそは残している。それでも少年の巣立ちは、すぐそこに迫っているのだ。

 


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