その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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甘味料補給


96話 悪巧み

 もうベルに対して指導できることが発展形のみと再認識して少し寂しく感じるタカヒロは、ベルと共に教会へと戻ってくる。やはりヘスティアの姿はそこになく、37階層へ出かける前と同じ様相を残している。

 互いに鎧姿だったベルとタカヒロは、着替えてソファに座り本を読んで過ごしていた。ベルはダンジョンに関する書類のようで、時折、分からないことをタカヒロに対して質問している。

 

 

「ん?」

「あれ?誰でしょう……」

 

 

 軽い感じ、しかしどこか忙しなく。そのような様相で地上へ続くドアがノックされたのは、暫くしてからのタイミング。中に居た二人は互いに読書を行っていたこともあり、その音は室内によく響き、余韻となって消えてゆく。

 こんな時間に誰だろうかと二人は顔を見合わせ、しかし答えは出てこない。ベルは書物を机に置くと、ドアの元へと小走りに寄った。

 

 

「はい、今開けます!」

 

 

 そして、誰だろうかと考えつつ扉を開くと――――

 

 

「ベルー!」

「うわあ!?」

 

 

 花の笑顔を振りまく超ご機嫌な天然少女が、バッと勢いよく飛びついた。その奥では、保護者役が眉間を軽く摘まんでいる。

 挨拶が先だろうとアイズの首根っこを掴んで引きはがし、一転してロキ・ファミリアとして礼儀正しい対応を示していた。ベルも両手を揃えて姿勢を整え、部屋の奥ながらもタカヒロも立ち上がるなど、双方がファミリアとしての対応を交わしている。

 

 そして相手が菓子折りを受け取れば、ロキ・ファミリアとしては任務完了。これが早朝のハイエルフの脳裏に浮かんだ悪巧みであり、不参加だったヘスティアへの菓子折りを持参するという事で、堂々と会いに来たというわけだ。それに気づいたタカヒロは、軽く笑って口元を緩めている。

 初めてヘスティア・ファミリアに来たアイズは、興味深げに各所を見回して探索中。紹介するような物もなければ狭い室内ながらも、ベルが案内役を行っている。一方のリヴェリアは、再びソファに腰かけたタカヒロの後ろ側へと移動していた。

 

 

「神ヘスティアへの謝礼ということで、ロキ・ファミリアを代表して菓子折りを持ってきたのは先の説明通りだが……姿が見えないな、外出しているのか?」

「恐らくヘファイストスのところだが、時間も時間だ。しばらくすれば戻るだろう」

 

 

 そんなことを言っていると、噂をすれば影が差す。「たっだいまー」と陽気に戻ってきたヘスティアは女性二人の姿を見てキョトンするも、それぞれの仲睦まじい姿を見れてご満悦。

 この結果が在るならば、己が送り出した甲斐もあったというものだ。今の彼女は、何よりも眷属二人の幸せを願う女神である。

 

 どこへ行っていたのかとベルが尋ねたところ、どうやらヘファイストスに食事に誘われていた模様。話を聞くに、来月辺りに少し変わった神の宴を開くらしく、二人で計画を練っていたらしい。

 ヘスティアや師弟コンビも誘われているために、頭の中には入れておいてくれと念が押された。直後に発せられた「君の服はあるのか?」というタカヒロの直球は、デッドボールとなってヘスティアに届いている。

 

 その点はさておくとして、どこかの誰かの機嫌を取ろうと策略も動いている。今日の会食において、ヘファイストスは、今の廃教会よりも広い新たな場所のレンタルを匂わせていたらしい。

 しかしながら、ヘスティアは乗り気ではないようだ。狭いながらもこの教会が気に入っており、眷属が増えれば話は変わるが、今のところは移動する気は無いらしい。便乗と言う前提を口にして、タカヒロも同意の言葉を返している。

 

 どうなの?と言いたげに可愛らしく首をかしげるアイズに対し。まだ返答を示しておらず、彼女から二歩ほど離れた位置にいるベルは腕を組んで、苦笑しながら口にした。

 

 

「なんだかんだで、僕としてもこの地下室が居心地が良いんですよねー……。たぶん地下室って言うよりは、神様や師匠と同じく“この教会がある場所”なんでしょうけれど」

 

 

 人気は少ない、というより無いに近いが、周囲の建物とも距離があり利便性も良いとは言えない廃教会。とはいえ慣れ親しんだ場所だからこそ、愛着というものが生まれている。

 裏側の敷地も広いものがあり、ちゃんと手入れをすれば庭として使うことができるだろう。優先度合いとしては崩れそうになっている上物の処理が先なのだが、こちらもお金を貯めれば行える内容だ。

 

 もっとも、そんな感情をよくわかっていない黄金の少女。ダンジョンがマイホームと言わんばかりに入り浸っていた彼女は、可愛いらしく首を傾げていた。

 

 

「そう、なの……?」

「アイズさんも、例えば100億ヴァリスで建てられた新しいロキ・ファミリアのホームに移れるとしても、気持ちとしては慣れ親しんだ今の方が良くないですか?」

「ベルと一緒なら、どこでもいい」

 

 

 会話が止まる。頬を薄く染めながらも、まったくもって見当違いな回答を口にするアイズの発言により、全員の動きも止まっている。

 言葉を受けた白兎の面様は、嬉し恥ずかしで真っ赤っか。恥ずかしがるばかりで喜ぶ様相を示してしてくれないベルに対し、アイズはぷっくりと頬を膨らませている。

 

 おいで!と言わんばかりに薄笑みを見せ少し腰をかがめ、小動物に対して腕を広げる天然少女。飛び込みたい本能とそれに反する理性がベル・クラネルの中で戦いを繰り広げており、顔を背けて両腕で目を隠すことで何とかして耐えている。

 なお葛藤している理由は、この場において二人きりではないが故。また、「ロキ・ファミリアにおいで」と言いたげだったアイズの本音が口に出れば話は別だ。ケロッとした顔に戻り、例えアイズが相手でも、それはできないと口にするのがベル・クラネルである。

 

 結果として待ちきれずに数秒後には眼光滾るアイズがベルに飛び掛かっており、小兎が獅子に襲われている。いつかのクラネル・マットレスが、またそこに再現されている状況だ。

 以前と違うのは襲っている側の心境であり、ものすごーい笑顔のまま、匂い付けとばかりに少年の胸元に顔を擦っているのだから相手へのダメージ量は凄まじい。流石にベルも腹筋運動の要領で上体を起こし、「何やってるんですか!」と叫んで行動を止めさせた。

 

 

「……ねぇ、タカヒロ君。ロキ・ファミリアからのこのお土産って、砂糖を巻き散らしたくなるようなラブラブシーンを見てくれたお礼ってことなのかな?」

「自分に言われてもな……」

「そうだもんね、さっきから呑気に本を読んでる君も似たようなモノだもんね!よくそれでいつもの表情を保てていられるよ!!」

 

 

 原因は、青年の後ろに居るハイエルフがいつの間にか行っていた内容だ。リヴェリアが後ろからソファー越しに彼の首に腕をまわして寄りかかり、肩越しに同じ本のページを読んでいる。既読が追い付いていないところでタカヒロがページを捲ろうとすると、袖をクイッと引っ張ってキャンセルさせているという微笑ましい状況だ。

 爆発しろーと叫んで別室に駆け込んでいるヘスティアだが、残念ながら意味が通じるのは一名だけ。その一名もこの状況を全く気にしておらず、少し目を細めてやや頬を赤らめている後ろと違って、相変わらずの平然とした様相を崩さない。

 

 基本的に他人の前では露骨にデレることのない二人、特に青年はその気が強いのだが、相手の姿が気に入らないのは、勇気を出して後ろから抱き着いた彼女である。そこでギュッと腕に力を入れてみれば、タカヒロは右手でもってリヴェリアの右頬に手を置いた。

 自分とは違う大きな手に対して顔を預ける彼女の表情は、大変に満足気。もちろん青年としても、昨日の今日ということと、先ほどの寂しさを埋めてくれる彼女を間近に感じられて内心ではご満悦。その行動で、読書から気が逸れた。

 

 しかしそれで気が回ったついでに、先ほどの事象を思い出す。特に気にも留めていないタカヒロだが、違う部屋にいるヘスティアにも聞こえるよう、少し大きめの音量で口を開いた。

 

 

「ところでヘスティアに1つ報告せねばならんのだが……君たち二人にも話は入れておいた方が良いな。ついさっき豊饒の女主人で、アポロン・ファミリアの団長にベル君が殴られた」

 

 

 女性3名揃って「は?」と口に出された回答だが、それは当然の事だろう。唐突過ぎることもあるのだが、それが本当ならば何があったか気になって仕方がない。

 

 本を閉じつつ事のあらましを口にしたタカヒロの前で、ベルはゴメンナサイと拝みながら、部屋から出てきたヘスティアに頭を下げる。内容的には先に手を出したベルに非があるものの、その発言者が殴られて当然というのがリヴェリアの見解だ。傷害を比べても、互いに一発ずつの結果にもなっている。

 が、しかし。約一名からすれば、最初に青年の口から出された「ベルがアポロン・ファミリアに殴られた」という内容しか残っていない。そのために黒いオーラが出かかっている黄金の少女は、外へと繋がる扉の前で、ポツリと一言をこぼしていた。

 

 

「……リヴェリア、(殺ってきちゃって)“いい”?」

「良いワケがないだろう……」

「大丈夫。“秒”で、終わらせる」

「ベル君、アイズ君を確保」

「はい!」

 

 

 宣言通り、秒で終了。後ろからガッシリと両肩を掴まれたアイズから殺気が消え、そのままベルにもたれ掛かっている。身体で身体を支えているベルは、そのままアイズの首元に手をまわした。

 ということで、タカヒロとリヴェリアの逆バージョン。ナチュラルに作られる光景に、リアルタイムでブラックコーヒーを求めるヘスティアは盛大な溜息をついている。

 

 

「なーんで君たちは、そうイチャ付き方も似たり寄ったりなんだい……」

「わ、悪気は無いんです神様!」

「しかし加減はあったとしても、よくレベル3の打撃を受けて無事だったな。見る限りだが、大きな怪我も無い様で安心した」

「ベル君はレベル4だからな」

 

 

 風呂あがったよー、に対する、はーい程度のノリで返されたこの一文で、再び空気が凍る。見えてはいけないものでも見えているのだろうヘスティアは、壁と向かって話をし始めた。きっとそこにはフェルズでも居るのだろう。

 青年の首に手をまわしている繊細な腕は、スリーパーホールドの態勢に移行中。身体を押し付け締め上げるリヴェリアに「締まってる締まってる」とゼロダメージを痛がる様子を見せる彼は、表情1つ変わっていない。

 

 

「……どう言うことだタカヒロ。確か、ベル・クラネルがレベル2になったのは……」

「ふた月程前だ」

「では、いつレベル3に」

「七日前」

 

 

 ……どういうことだ。と再び言わんばかりに、リヴェリアは技をキメながらも、もの言いたげな目線をタカヒロの後頭部に向けている。

 そうなると計算上は、僅か2か月でレベル2からレベル3へ。更に、たった七日でレベル4。文字通り、過去に例のないほどに尋常ではない成長速度だ。

 

 いつか弟子自慢ならば負けないと言ったことのある青年は再び同じ言葉を取り出しているが、違う、そうじゃない。自慢だとか、そんなレベルに収まらない。

 凄まじい成長速度に対してキラキラと輝くシイタケな瞳をベルに向けているアイズだが、ベル自身とて原因不明であるために困惑した表情を返すしかないのが実情だ。例のスキルの事情を知っているのが二人だけのために、その点は仕方のないことである。

 

 

「しかしタカヒロ。アポロン・ファミリアは、他のファミリアの者を強引に眷属にすることで知られている。最悪の場合、戦争遊戯(ウォーゲーム)も在り得るぞ?」

「自分としては願ったりだ。問題ない、ベル君が一人で全部倒すさ」

「ぶふっ!?」

 

 

 いつか59階層でミサイルを発射した時のように「できるできる」とでも気軽に口にするかのような調子の言葉を耳にして、壁と話をしていたヘスティアは思わず噴き出した。青年の真横に顔を並べてものすごく物言いたげな目を向けるリヴェリア然り、何を言っているのかと、ヘスティアも距離を詰めて突っかかる。

 そうは言われても、タカヒロ的には言葉通りの意味である。文字通り温度差が激しい二人だが、少年の実力を最も知っているタカヒロとしては、負ける情景が、これっぽっちも浮かばない。

 

 相手の最高レベルは酒場でベルを吹き飛ばした――――と思っているヒュアキントスのレベル3。対して此方はレベル4である上に、鍛錬とはいえ死の直前で流した血反吐の量とそこから得た実力は、誰よりも青年が知っている。

 更には師の影響を受けて戦闘スタイルはソロプレイヤーと化しており、鍛錬が中心となって成長してきたため、対人戦闘ならば最も得意なジャンルと言えるだろう。身に纏う装備もまた、一流の鍛冶師が作り上げた代物だ。

 

 いかなる脅威にも立ち向う心を持った、紛れもない強靭な戦士(ソルジャー)。相手がモンスターではなく人とはいえ、時間的な経歴で見れば差があるとはいえ、極限状態に居た場数が違う。

 その事をヘスティアに伝えるも、青年の予想通りに不安げな表情を隠さない。ベル・クラネルが大切だからこそ、やはり心配が勝るのだ。

 

 

「そ、それじゃベル君は、本当に一人で集団の相手をすることに――――」

「語尾が弱いぞヘスティア。君も分かっているんだろ。ベル君の実力を知らず、己が抱いている心配だけで口にしていることが」

「神様……」

「ううっ……」

 

 

 心配されることは嬉しいベルだが、もうちょっと頼って欲しいというのが男の子としての本音でもある。相手の優しさ故に口には出せないが、そんな少年の視線を受けて、ヘスティアも言いどもってしまった。

 一方で心配とは別に、信頼を寄せている者が居るのも、また事実。後ろから回されたベルの手をギュッと掴むアイズは肩越しに振り返り、「私は信じてる」と言いたげな薄笑みと目線を向けている。少年にとっては、何よりも活力が沸いてくる光景だ。

 

 

「では自分が保証しよう。大丈夫だヘスティア、ベルは強い」

「そ、それと師匠も居る訳ですから、ヘスティア・ファミリアが負けることなんてありえませんよ!」

 

 

 珍しく素直に褒められ照れ隠しを口にするベルは、やや頬を染めて落ち着けない。照れ隠しとなると素直になれない度合いが、どこぞの師と似てきている。

 手を口に当てて唸りながら考えを纏めるヘスティアだが、自分の持つ心配の心もあればタカヒロが口にしたことも間違いではないために、判断に悩む状況だ。そこで再度、当の本人が持つ覚悟を問うことにする。

 

 

「……ベル君は。もし戦争遊戯(ウォーゲーム)の申し込みが来たとなったら、どうしたいんだい」

「受けて立ちますよ、神様。アイツ等は、僕の大事な神様と鍛冶師、あまつさえ師匠を貶したんです。あの時なら譲れますが――――泣いて謝ろうが、絶対に許さない」

 

 

 目を見開いてヘスティアを見据える少年には、隠しきれぬ戦士としての怒りが溢れている。思わずゾクリと背中が震えた女性3名はゴクリとつばを飲み込んで、ベル・クラネルの怒りと覚悟を感じ取った。

 ここで応えなければ、己は主神として失格だろうとヘスティアは感じている。やはりベルを危険な目に遭わせたくない心が顔を出すが、そんな彼が、己のために怒りを抱いてくれていることも、また事実。

 

 かつての酒場で感じた悔しさを再び抱いた少年だが、此度においては我慢する必要はどこにも無い。相手は違えどあの時は勝てないことが嫌という程に分かったが、その悔しさをバネに少年は芽を伸ばした。

 とはいえ、相手が戦争遊戯を仕掛けてくるかは誰にも分からないことだ。しかしタカヒロの想定通りに実施されたならば、此度においては、その花を咲かせる時である。

 




ベル君げきおこ

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