その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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日常回。例のイベントの伏線、あと原作イベントを回収。
こんな内容だと筆が進むこと進むこと……


98話 2枚と4人

 18階層にオカシな扉を見つけても、他のファミリアとひと悶着があったとしても、日課が変わるわけではない。朝の光は雲に遮られて薄暗い中、ヘスティア・ファミリアの二人は、いつもの外壁の上へと足を運ぶ。

 いつもならば先に素振りや疑問点の質疑応答から始まり、ある程度が経過してから実践となるスケジュール。しかしながら、本日は既に、2つの影がそこにあった。

 

 

「遅いぞ」

「遅い」

 

 

 可愛らしく物言いたげな目線を向けるリヴェリアと、これまた可愛らしく半目で片頬を膨らませるアイズの姿。曇り空ながらも栄える二人の姿を見れば、白髪の二人も朝一から元気が出るというものである。

 白髪の二人が彼女達を見て元気が出るように、その逆もまた然り。ファミリアが違うために常日頃から一緒に居ることができるわけでもないために、少しでも時間を伸ばそうと、アイズは眠い目に活を入れているのである。

 

 おかげさまでボーっとしたような表情に磨きがかかっているアイズだが、それもベル・クラネルが現れるまでのこと。少年の姿が目に留まると、機械の電源が入ったかのように、少女アイズとして薄笑みを見せるのだ。

 そうは言っても師弟コンビが来るのが遅いわけではなく、タカヒロの微調整により毎回1分程度の誤差に収まっているために問題ではない。彼女たち二人が来るのが、回数を重ねる度に5分程早くなっているのが原因だ。

 

 とはいえ男側が時間を早めていることはないために、結果として、いつかはこのように逆転してしまうのは必然と言えるだろう。その点を分かっているものの口には出せないため、どう返したモノかと目線を合わせる師弟コンビは、とりあえず苦笑と言う形で返事をしている。

 もっともその苦笑で相手方にも意図は伝わってしまっており、アイズは照れ隠しでベルの背中をポカポカと叩き、リヴェリアはプイッと顔を背けてへそを曲げる。タカヒロがいつもの表情で「やはり寂しがりか」と煽りの言葉を投げると、彼女は血圧が上がって平常運転に戻るのだ。

 

 

 セオリー通りのやり取りも終わったとなれば、行われるのはいつも通りの鍛錬だ。しかしながら、アイズが掲げる武器が、いつもと明らかに違っている。

 その左右の手には何故だか1枚ずつ、合計2枚の盾が握られていた。ロキ・ファミリアのホームにあるガラクタ倉庫のようなところから持ってきた盾であり、随分とくたびれた感じが見受けられる。

 

 どこかの青年よろしくそれっぽく構えて、盾の隙間から可愛らしいドヤ顔を見せるはレベル6の天然少女。姿かたちも全く違うが、どこぞの青年を真似しているスタイルであることは一目瞭然であった。

 が、しかし。相手のベル・クラネルからすれば何故に盾を持ち出したのか摩訶不思議なことこの上ない。気の抜けた姿でポカンとした表情を向けていると、アイズは己が行っている行動の理由を口にした。

 

 

「こうすれば、強くなれるって……ティオナが、言ってた」

「アイズさん……」

「アイズ……」

 

 

 どうやら黄昏の館において前衛職のあいだで流行り初めているらしい、2枚の盾。文字通り“まずは形から”であるものの盾を攻撃に使うなど前代未聞のことであり、運用となれば揃いも揃って首を傾げている状況だ。

 そのことは知っていたリヴェリアだが、まさか普段において盾すら使ったことのないアイズまでもが真似るとは思ってもいなかったようだ。右手で額を押さえ、どうしたものかと唸っている。

 

 

「……一応、真面目に答えておこう。2枚の盾を持てば強くなれるという、短絡的な道理は無い」

 

 

 真顔で答えるタカヒロは、そんな彼女の気持ちの代弁者だ。まさにデマ情報以外の何物でもなく、当の本人どころか3人全員に否定されてガーンという擬音が鳴るアイズ・ヴァレンシュタインは、鍛錬相手であり苦笑するベルにしがみついて悲しみに打ちひしがれていた。

 ともあれ、2枚の盾を使い熟す彼からすれば“全く普通の盾”と“コロッサル フォートレス(ダブルレアAffix)”という盾だからこそセレクトしているという現状だ。結局のところ性能重視であり、別にこれが杖であっても、彼はその杖を手に取っているだろう。

 

 現在は何も装着されていない武器スロットが選択されているために、2枚の盾はインベントリの中にあり本人は手ぶらである。【武器交換】という彼のスキルがあるからこそ成し得る代物であり、盾は嵩張るために何かと便利な代物だ。

 鎧姿ではなく簡易的な私服であるために、猶更のこと盾を持ち歩くのは違和感があるだろう。逆に有事の際は瞬時に最低限の武器を手にできるために、シンプルながら彼のお気に入りのスキルである。

 

 リヴェリアと隙間なく並んで壁に背中を預けている彼は、アイズから盾を受け取っていつもの構えを見せている。本職ながらも、いつもの盾以外でそれを行うのは物凄く違和感があるようで首を傾げていた。大きさ的にはいつものモノよりもかなり大型であり、本当に防御専門と言える程の代物である。

 そのノリでリヴェリアに盾を渡し、彼女も彼女で勢いに任せて青年と似た構えを取っている。そして彼女も強烈な違和感を覚えてタカヒロと同じく首を傾げており、そんな二人の姿がよほどツボに入ったのかアイズが珍しく肩を揺らして笑っていた。

 

 

 その笑いも落ち着いたころ、リヴェリアが2枚の盾を地面に置く。オリジナルを見せてやれと、悪い笑みを浮かべていた。

 そう言われたタカヒロは、固有スキルであることを説明して【武器交換】で2枚の盾を出現させていつもの構えを見せていた。フードが無いために面構えや目線がよく見えており、そんな姿の彼を見てリヴェリアが惚気ているのは蛇足である。ただ自分が見たかっただけという点も、誰にも言えない内緒話だ。

 

 対峙するベルとアイズは、単に目にして終わることはない。向けられた戦意から先日の光景を思い返して、背中にゾクリとした感覚が走ることとなった。

 構えを取ると自然と反応してしまうのか、先を見据える漆黒の瞳が鋭く光る。幾度の地獄(ケアンの地)を駆け抜けた、神にすらも墜とされぬ強靭な戦士の鱗片が、確かにそこに存在した。

 

 もっとも二人の震えの理由は真逆であり、アイズは59階層での光景を思い出したことによる恐怖。ベルは自分もああなりたいという、相変わらずの焦がれた感情だ。

 結局は、いつもの武器で鍛錬を。という結論に達し、アイズはデスペレートを鞘から抜く。木刀時代とは違って加減を間違うことはないために問題は無く、一方のベルは、兎牙Mk-Ⅲの二刀流だ。

 

 

「あれ……ベル。武器が、違う」

 

 

 構えを見せたベルを、常日頃からよく見ていたのだろう。いつもの黒いナイフが無いことに気づき、どうしたのかと、アイズはきょとんとして問いを投げた。

 自分を助けてくれるために放った一撃も、そのナイフだったために一層のこと覚えている。右手と左手の武器の差が激しいとは感じ取っていた彼女だが、口を出すのも無粋と思っていたために今まで口には出していない。

 

 

「いつもの黒いナイフですか?ちょっと摩耗してきたこともありまして、今、打ち直しに出してるんです」

「ふーん……そう、なんだ。大事に、しているんだね」

「はい!ヘスティア様にプレゼントして頂いたナイフで、ヘファイストス・ファミリアのヴェルフさんが作った武器。ヘスティア・ナイフって言うんです」

「っ!?」

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインに衝撃走る。身体はピシッと岩のように硬直し、口もやや半開きだ。

 タカヒロとリヴェリアも揃ってアイズの方に視線を向けており、「何かあったか?」と二人で顔を見合わせた。流石のリヴェリアも原因が分からないために、揃って観察続行の意を示している。

 

 やがてアイズも立ち直り、その構えに力が入る。ベルもまた据わった瞳で相手を捉え、やはり59階層での光景を思い出したアイズは目に力を入れ、駆け出した。

 今までとは明らかに違う白刃の音が、雨となって降り注ぐ。耳をつんざく鋼の音色は高き空へと吸い込まれ、余韻と呼ばれるモノを許さない。

 

 

「ハッ!」

「ッセイ!」

 

 

 残響が残らない程の密度となっていることも当然である。終盤とはいえレベル2だったベルが、今はレベル4なのだから当然とも言えるだろう。

 相手をする彼女にとっても好みである、速度と手数にモノを言わせた圧倒的な斬撃の連打。今までの防御面での運用とは明らかに違う“攻撃”は、己がレベル6だからこそ受けきれているが、もしレベル5だったらどうだろうかと考えて唾を飲む。

 

 わかりやすいフェイントもあれば、思わず息が詰まるモノもある。威力もまた然りで、常に全力なのではなく、相手の注意を逸らすだけで何ら力の籠っていない一撃が混ざっていたりと様々だ。パターン化すれば、それこそ100の数値に収まらない。

 その注意逸らしの一撃、カウンター狙いのモノに対して真面目に反応してしまえば、状況は一気に劣勢に傾くこととなる。距離を取って時間を稼ぐのが手っ取り早いが、その行動も既に3度目で、そろそろあとがなく限界だ。

 

 だからと言って下手な反撃を見せれば、それを利用した更なるカウンターが飛来する。レベル4を相手に苦戦とまではいかないが、相手が1レベル分を埋める程の技量を持っていることも、また事実。

 故にアイズとしても気が抜けない状況が続いており、苦手としていた対人戦闘の良い訓練にもなっている。少しずつではあるものの、彼女の技量もまたベル・クラネルによって引き上げられているのだ。

 

 

「……少し、休憩しようか」

「はい」

 

 

 刃物が鞘に納められる音が、辺りに響く。互いに「ふぅ」と肺に溜まった暑い空気を吐き出し、リヴェリアとタカヒロが並ぶ壁の方へと歩いていく。

 時間にして、1時間ほど続いていただろう。かつてならば汗だくだっただろう少年だが、今では少し滲む程度であり、レベル4になったことを実感している。

 

 しかし同時に、少し寂しくもあった。アイズが相手であるために試した攻撃ながらも、かつての情景には程遠い。

 むしろ、カウンターが中心となったスタイルの方がシックリとくる。それもまた同じ“彼”のスタイルであり非常に有効な戦闘手段ではあるのだが、あの日見た姿が小さくなることに、やはり寂しさを抱いてしまう。

 

 

「昨夜にロキが言っていたのだが、近々、アポロン・ファミリアが宴を開くらしい。ベル・クラネル、恐らく君も呼ばれるぞ」

 

 

 己が抱いた負の感情を消すかのように、玲瓏な声が耳に入った。自分の名前を口に出され、少年は顔を上げてリヴェリアの方へと顔を向ける。

 恐らくは、ヘスティアにも招待が届くだろうと言う彼女の推察。内容的にはホームパーティーに近いものがあり、出席・欠席は自由なれど、先日の事情が事情だ。

 

 故にベルも呼ばれるだろうとリヴェリアは捉えており、流石に現場では一波乱こそないものの、何か起こるだろうとも付け加えている。その点については、ただの彼女の直感だ。

 色々と気にしているが、やはり基本としてはホームパーティー。食事やダンスを楽しむことが主な目的であり、オラリオに居るほとんどの神が集うという内容が説明された。

 

 そんな話の最中、アイズは「ふぁ」と可愛らしい欠伸が出てしまう。リヴェリアに怒られるかと視線を向けるも、見えていなかったのかセーフのようだ。目にしていたタカヒロは視線を向けているが、言っちゃダメと言わんばかりにアタフタとジェスチャーするアイズを前に視線を逸らしている。

 

 それにしてもアイズとしては、いつにも増して眠気が強い。これでは休憩明けの鍛錬に支障が出ると考えている彼女は、どうしたものかと悩み、リヴェリアの話が一区切りしたところで口を開く。

 

 

「あ、そうだ……ベル。今日は今から、お昼寝の練習、だよ」

「ひ、昼寝ですか?」

 

 

 彼女曰く、ダンジョンでは休める時に休まなければならない。故に、いつでもどこでも睡眠をとることができるよう、身体を慣らさなければならないとの内容だ。

 なるほど!と真剣な表情を見せる少年に対し、本当は自分が眠いから提案した彼女の心にはグサグサと棘が刺さっている。ごめんなさいと内心で思いつつ、そろそろ限界が近いのが実情だ。

 

 

「ほら、リヴェリアとタカヒロさんも、だよ」

「むっ」

「わ、私もか?」

 

 

 ということで、更に隣の二人も巻き込んで共犯とするらしい。隙間なく座った4人は壁にもたれ掛かり、4人を正面にして、左からリヴェリア、タカヒロ、ベル、アイズの並びとなっている。

 そんな簡単に寝られるのかなと不安げだったベルだが、疲れもあるのか、まず最初にダウンした。タカヒロの左肩に安らかな顔を預けており、リヴェリアとアイズが優しい表情で見守っている。

 

 そんなことをしているうちに、行儀が悪いからと避けていたリヴェリアも乗り気になったのか。はたまた少年に対して嫉妬なのかは分からないものの、ベル・クラネルの真似をしだしたワケである。

 そこで青年がこっそり右肩に手をまわしてやると、少しの驚きの後に、ご満悦な表情を隠そうともしていない。これ以上の隙間は無いというのに更に身を寄せてくるのだから、愛しいこの女性は、一層のこと愛でたくなるというものだ。

 

 続いて更にベルからの体重が重くなりそちらを見ると、アイズがベルにもたれ掛かって眠っている。いつの間にかリヴェリアも安らかな寝息を立てており、吐息が微かに頬を掠めた。

 

 なるほど。

 そう言わんばかりに己が置かれている状況と、そうなったワケを理解したタカヒロは――――

 

――――寝れぬ上に、動けぬではないか。

 

 そう内心で、微かにしか思わない愚痴を呟く。左右からガッチリと体重がかかっており、己が立ち上がれば、この体勢はすぐさま崩れてしまうだろう。

 無防備な3人を守る保護者役の右肩にもたれ掛かるのは、青年が最も守りたい存在。無慈悲にも優劣をつけるならばそこまでには及ばないが、もちろん左の二人もまた、守ってやりたい存在だ。

 

 その者達の寝顔を目にするだけで、不思議と口元が緩み、心がふと軽くなる。優しい風が吹き抜ける中、アイズが提案したお昼寝という鍛錬は、しばらく続けられるのであった。

 




この鍛錬場所でリヴェリアと並んで立つシーンが過去に何度かあるのですが、少しずつ接近していたことに気づいた人は居ますでしょうか……!

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