俺の仕事は大きく分けて三つある。
一つ目はもちろん思い出の補給だ。俺の、というか【八咫鏡】のエネルギーは無限にあるわけじゃない。弦十郎さんから聞いた【デュランダル】という完全聖遺物は、圧倒的なエネルギーを無尽に生み出すというとんでもないものだったらしいが、【八咫鏡】はそこまで突出したものではない。
【八咫鏡】のエネルギーの源は太陽にある。太陽がある限りエネルギーが枯渇することはない。つまり無限ではないが、事実上無限ということになる。
二つ目は情報収集。ガリィにも命じているようだが、俺も一翼を担っている。といっても、俺はキャロルから命じられたことを情報屋に伝えるだけだ。餅は餅屋に任せた方がいい。だから俺の仕事というには語弊があるかもしれない。
三つ目はチフォージュ・シャトーで働くホムンクルスたちの、食事の世話だ。キャロルと同じ顔をした彼女たちは、思い出ではなく、人間と同じように食事でエネルギーを得ている。しかも燃費が良く、一日一度の食事で十分だとか。理由を尋ねると「あいつらは成長しない。だから動く分だけのエネルギーで十分なんだ」とのこと。まあ、それはいい。問題は食事のメニューだ。栄養調整食品という、クッキーとかビスケットみたいなやつだけを毎日食べている。これを朝に食べて彼女たちは一日頑張ってるわけだ。更に問題なのは、キャロル自身もこれを食べているということだ。流石にこれは何とかしなければならないと思った。
今では一日二回、俺が彼女たちの食事を作っている。三回だとさすがに多すぎるらしい。余った栄養調整食品は紛争地帯の子供たちに配ってやった。おやつには丁度いいだろう。
そして、たまに余暇ができると錬金術の講義を受ける。世間話で錬金術の話題を振ったのがマズかった。
「興味があるのか? ならば教えてやろう。手慰みにな」と言われ、時折教えを受けている。
まあ、あれだ。オタクが自分の趣味の話になると饒舌になるようなものだろう。本人の前では決して口にできないが。
そんな感じでチフォージュ・シャトーの生活にも慣れ始めた頃だった。食堂で一斉に食事をしていたホムンクルスたちも立ち去り、俺は洗い物をしている。全ての片づけが終わり、手を拭いていると、ひとりのホムンクルスに声を掛けられた。
「あ、あの。紫音さん」
「ん、エルフナインか。どうした?」
この娘は他のホムンクルスと違って、明確な自我がある。その為か、結構話すことは多い。
「少しお話があって、いいですか」
「ああ、いいよ。丁度終わったところだ。お茶でも淹れよう」
「い、いえ。お構いなく」
二人分のお茶を用意すると、一つをエルフナインの前に置く。
「ありがとうございます」
「いえいえ。で、話って?」
俺が椅子に座ると、エルフナインがゆっくりと口を開いた。
「キャロルを止めてほしいんです」
エルフナインは真剣な表情でそう言った。
要点をまとめればこうだ。【万象黙示録】が完成すれば、世界は崩壊する。キャロルは「世界を識れ」という父の遺言を曲解している。だから止めてほしいと。
「……なるほどね」
危険だと思った。オートスコアラーの四人は、キャロルに意見することはあっても歯向かうことはない。良く言えば忠臣、悪く言えば妄信している。いや、それも少し違うが、まあ完全な上意下達だ。
だが、この娘は違う。キャロルに反旗を翻そうとしている。エルフナインもキャロルに作られたホムンクルスだ。キャロルはそんなに甘くない。この動きは察知されているはずだ。見られている、聞かれているという前提で会話したほうがいいだろう。
「俺もね、若いころに父親から似たようなことを言われたよ」
「紫音さんも、ですか?」
「ああ、そして俺はこう解釈した。人は同じではない。育った場所、付き合った人々、信じる宗教、様々な要因で人の心は変化していく。善人でも切っ掛け一つで悪人になるし、その逆もあり得る。つまり、「世界を知れ」とは「世界に暮らす人々を知れ」ってことなんじゃないかってね」
「…………」
エルフナインは黙して聞いている。
「俺は君の、君たちのパパがどんな人間か知らない。もしかしたら、死ぬ間際に世界を憎み、怨嗟の鬼となってそんな言葉を残したのかもしれない」
「――ッ!! パパはそんな人じゃありません! パパは、パパはとても優しい人です」
エルフナインが涙を溜めて抗議の声を上げる。俺は彼女の髪を優しく撫でながら続けた。
「なら、パパの言った「世界を識れ」という言葉は、もっと前向きな意味じゃないかな。少なくとも、人の不幸を願うようなことを愛娘に託するとは思えない」
「――はい。パパは、パパは……」
「だからこそ、俺の出番じゃない。俺は所詮、部外者だ。俺がキャロルにそんな事を言ったところで、「貴様にパパの何が分かるッ!」と一喝されて終わりだよ。だから君の出番なんだ」
「ボ、ボクの……」
「部外者の俺じゃない、キャロルと記憶を共有している君だからこそ届く言葉がある。分かり合えないなら、分かり合えるまでぶつかってみろ。そこから道が開けることもある」
「……分かりました。ボク、もっとキャロルと話してみます」
エルフナインは涙を拭いた。その眼には決意の火が灯っていた。
「ああ、頑張れ」
俺はエルフナインを優しく抱きしめ、その背を叩いた。